行政書士・社会保険労務士 大原事務所

人生も多分半ばを過ぎて始めた士業。ボチボチ、そのくせドタバタ毎日が過ぎていく。

メニエール病 最初の発作 ②

2015-11-20 20:15:35 | 日記・エッセイ・コラム

 布団は確保した。確保したが端っこを掴んで倒れたという風情なので、左脚が布団の外だ。身体を覆った布団も左側は少し浮いている。寒い。でも暫く固まっているとめまいは少しおさまる。そこで、絶対に頸から上は動かさないようにして、まず左脚をそろりそろりと布団の中に入れて、脚で持ち上げるようにして全体的にかけ布団を左にずらして下半身を覆うようにした。少しでも頭に動きが伝わると目が回りそうになる。来るか?と思ったらその時点で固まってやり過ごす。少しコツが分かってきた。

 さて、今度は上半身。幸い枕はちゃんと頭の下にあった。枕に頭を押し付けるようにして、動くな!と祈りながら左手で布団の端を掴み、右手も使って少しずつ、少しずつ掛布団を左にずらした。途中何度か、来る?と思った時もあったが、その度に固まってことなきを得た。身体のすべてを布団でつつむことが出来た。

 暫くして暖かくなって、やっと震えがおさまって落ち着いた。軽い頭痛と吐き気はあるが我慢できる程度のもの。

 さて、どうしたものか?とりあえず今現在は何もできない。時計を見たいが怖くて首を動かせない。目だけ動かして見ようとしたが、来そうになったので止した。でも、じっといつまでもこうしているわけにもいかない。何時おさまるかも分からない。一時間か二時間か、それとも半日か、ずっとこのままの状態だって考えられなくはない。そのうち喉も乾く、トイレにも行きたくなるだろう。もしかすると、めまいは初期症状で、何か重大な病気かもしれない。そんなことを考えている。

 どのくらい経ったか?そうだ、枕元に目覚まし時計があったかもしれない。四畳半一間、手を伸ばせば、たいていの物には届く。ゆっくり右手を伸ばして、大きく頭の上の方を探った。指が時計らしきものに当たった。引き寄せるように持ち上げて、顔の前に持って来て時間を見ると9時を過ぎている。いつの間にか一時間以上もほぼ固まったままだった事になる。

 何時までもこのままではどうしようもない。病院へ行こう。目が回ろうと、吐こうと、兎に角病院まで行こうと決めた。

 ゆっくり目を動かす。気分は悪いが大丈夫。頸だけを動かして頭を上げた。大丈夫。腕を突いて上半身を起こす。大丈夫。暫く固まっていたのでかなり良くなったのかも知れない。ゆっくりだが思い切って立ってみた。さすがに少し回る。ふらふらと身体が浮く感じで安定しない。いちいち身体を動かすたびに唸りながらパジャマの上にコートを着た。着替えている余裕はない。財布と保険証をポケットに入れて外に出た。めまいは相変わらず続いているが、ひどくなる気配はない。

 アパートの外階段を下りて路地を大きな通りへ出た。ここは通り沿いに何処かの会社の広いテニスコートがあって、ずっと金網が続いている。その金網につかまりながら歩いた。すぐに東横線の高架があって、それをくぐってもう一本大きな通りへ出れば病院がある。

 ところがテニスコートを過ぎ、金網の支えが無くなって、高架下の石垣までの10メートルほどを歩いた時、めまいが少しひどくなって思わず蹲った。折角ここまで来たら家に帰るという選択はない。家より病院の方が近い。電話ボックスも病院前までない。えーい!なるようになれとばかりに立ち上がって、速足で病院へ向かった。めまいは次第に早く回り出した。ひどくなって歩けなくなるのが早いか、病院へ着くのが早いか?なんとか病院の受付へたどり着いた。

立っていられない。カウンターにぶら下がるように膝をついて、手と顔だけ出して

 「すいません。目が回るんです」

 カウンターの女性はそんな私の窮状を無視するように

 「診察申込書を書いて、保険証と一緒に出してお待ちください」

 「あのね、無理なの。朝からめまいがひどくて、今もまだ立てない位目が回ってるの。やっとの思いでここまで来た。見て分からないかなあ?今もう倒れ込んでしまいそうなんだ。というよりもう限界だ、ごめん!」

 と言って、そのまま床にうつ伏せに倒れた。

 さすがに驚いたのか事務員さんや看護婦さんが数人出て来て、

 「ちょっとだけ我慢して」

 車椅子に乗せられ、救急診察室のような所へ連れて行かれ、ベッドに寝かされた。

 看護婦さんに朝からの経過を話すと、ドクターが来るまで少し待ってくれという。

 「申し訳ないが、今かなり動いたせいか、めまいがひどい。出来るなら早くなんとかしてほしい」

 と言ってるうちに若いドクターが来てくれた。看護婦さんに話を聞いて、私に二、三質問して、

 「大丈夫ですよ。注射一本で多分めまいはすぐおさまります」

 と言って、注射の準備を看護婦さんに指示して、すぐ来ますと席を外したと思ったら少し年配の医者をつれて帰ってきて、その医者に何かぼそぼそと報告している。年配のほうが

 「そうだね。いいよそれで」と言うのだけがはっきり聞こえた。

 準備できましたと言って持ってきた注射器に驚いた。そんなに沢山注射液を身体に入れて大丈夫なのかと思うくらい太い注射器に薬液が一杯はいっている。

 私の心配を察したのか、腕に針をさすと、

 「ゆっくり入れるから大丈夫。この薬が全部入るころには多分めまいは消えてるから」

 二、三分かかった記憶がある。薬液はなんの苦痛も無く私の身体に入っていった。

 「どうかな?ゆっくり頭を左右に動かしてみて?」

 めまいは不思議な位消えていた。

 メニエール症候群と言われた。三半規管の病気らしい。発作の時の症状は激しいが、死に至る病ではない。基本的に片方しか悪くならない人が殆どだから、発作が何度も続いて生活にひどく支障が出るようだと手術で悪い方を取ってしまう方法もある。でも規則正しい生活をして、食事に注意して、ストレスをためないように、つまり一般的に健康的な生活をしていれば、ずっと発作がおきない人も多い。

 30年以上前に聞いた説明だから、今は少し違うようだが、これで一回目の発作は終わった。その10年後くらいに一度だけほんの一瞬、来た?と思った事があったが、それはふらっとしただけで、それきりつい三年前までなんでもなかった。それが忘れたころにまたやって来た。

 

 

  



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