少し入院した。すぐ退院経過良好で良い調子。その話はまた詳しく書くが、今日は患者同士の挨拶の話。
子供の頃、街灯もまばらな夜道を母と歩いた。銭湯の帰り。たまにすれ違う人に母は必ず挨拶した。
「今晩は」
どちらが先という事はない、小さな声だがお互い自然に声をかけて会釈する。
「母ちゃん、今の誰」と私。
「知らん人じゃ」
「知らんのにこんばんは言うん?」
「知らん人でも挨拶はするんよ」と母は言った。
でもそんなこと言ったら昼間、人ごみの中を歩くときは、忙しくて仕方ないだろうと思ったが、何となく納得した。
サラリーマン時代は営業職。管理職だったので、一応評価はされていたと思うが、私的な付き合いのある知人は今も昔もみんな言う。
「お前みたいな無愛想な奴が営業マンだったなんて信じられない」
それは当然。仕事は食う為だけにやってる仕事でも、あわないと思ってる仕事でも、好きな仕事でなくても、懸命にやる。でないと面白くもなんともない。だから仕事上の顔はある。よくしゃべるし、愛想も良くなる。付き合いも良い。但し私生活は別。常識の範囲だが好きなように振る舞う。無口で無愛想な奴となる。
でもそんな私の私生活でも、挨拶くらいはする。知らない相手でも空間を共にするような場所では会釈位はする。狭い道ですれ違う時には身体を横にして避ける。相手も避ける仕草をすれば、すれ違う時、しつれい、位のことは言う。それが当然だろうと思ってやってきた。
ところが、この挨拶の習慣が無い人が多いかもしれないという事に暫く前、気が付いた。期間は短いが度々病院に入院するようになってからだ。
病院の入院病棟という閉鎖された空間。その空間を共有している。勿論来たくて来ている人はいない。だから少なくとも嫌な思いはしないで入院生活をしたいと思う。
だから、挨拶くらいはする。挨拶と言っても私もおはよう以外は会釈する程度だ。ところが、相手から先に挨拶されることが殆どない。看護師や病院のスタッフは別にして他の患者から先に挨拶されることは全くと言っていい程ない。二つの病院に何回か入院したが、いつも同じ。これはむこうに挨拶する気がないのか、それとも私が早く挨拶しすぎるのであって、待っていれば向こうが先に挨拶するのか、どちらなのか疑問に思っていた。
そこで、何時もの病院とは違うが、今度の入院に際して実験してみることにした。私から先に挨拶しないとどうなるのか。向こうから挨拶してくるのか?それとも挨拶はしてこないのか?
結果、見事に挨拶はなかった。5泊6日の入院。途中まで本当に辛かった。顔をあわせても挨拶してはいけないのだ。おはようも言えない。会釈も駄目。これは結構苦しい。でもみんなは苦しくないのか全く相手からは挨拶してこない。他の患者同士も同じ。互いに挨拶しあっている様子はない。
朝同室の人と顔をあわせても無視。眼があってもすぐ視線を外して無視。洗面所でも無視。当然廊下やデイルーム(面談室みたいなもの)でも無視。完璧な無視である。会釈もない。
三日目の朝、耐えきれなくなって、洗面所で出あった人におはようございます、と言った。おはようございますが返って来た。挨拶されれば返すことはするらしい。みんなそうだった。それからは何時ものように朝はおはようの挨拶、その他の時は会釈をした。フーッとため息が出た。楽になった。