一燈照隅

日本が好きな日本人です

張作霖爆殺の真相は!?

2006年02月28日 | 支那事変
昨年「マオ・誰も知らなかった毛沢東」ユン・チアン著の中に書かれてあった、張作霖爆殺事件について書きましたが、この本に書かれていたことを裏付けるような記事が、今朝の産経新聞に載っていました。

“張作霖爆殺「ソ連が実行」”として、旧ソ連・ロシア特務機関の活動を専門とする歴史家、ドミトリー・プロホロフ氏が産経新聞のインタビューに答えたようです。 ソ連の張作霖暗殺計画は28年(昭和3年)の爆殺事件以外にも計画を企てていた模様です。

今までは関東軍の河本大作大佐が計画したとなっています。
張作霖爆殺事件を旧ソ連がやったのなら、歴史は大きく変わります。
謎は深まりましたが、真実は一つです。


プロホロフ氏は、旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン大統領のお膝元であるサンクトペテルブルクで、ソ連崩壊を機に同国の特務機関について執筆を開始。これまでに10冊以上の専門書を著した。

同氏によると、日本の支援で中国東北部の満州(当時)を支配した張作霖は1924年(大正13年)9月、武器援助などで中国に影響力拡大を図るソ連政府と「中国東北鉄道条約」を締結し、友好関係を結んだ。

しかし、張作霖軍の鉄道代未払額が25年末に1400万ルーブルに達し、ソ連側が抗議、鉄道使用禁止を通達すると、同軍はソ連鉄道監督官を逮捕し、事実上実行支配した。ソ連側はその反ソ連的な姿勢に加え、ソ連が支援した国民党の軍事作戦の相次ぐ失敗にいらだちを募らせており「張作霖暗殺」を決めた。

だが、計画を未然に察知した張作霖側が26年9月、暗殺命令を受けたソ連特務機関の工作員らを逮捕。暗殺は失敗した。ところが、ソ連側は、張作霖が28年(昭和3年)、反共、反ソの満州共和国創設を日本政府と協議し始めたために、暗殺計画を再度立案。

実行責任者には、後にメキシコに国外逃亡した独裁者スターリンのライバル、トロツキーの暗殺にも深く関与した合同国家保安部諜報員、ナウム・エイチンゴンらを任命した。

張作霖を乗せた北京発奉天行き特別列車が同年6月4日、奉天郊外に差し掛かったとき、大爆発が起き、重傷を負った張作霖は十数時間後に死亡。事件は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で関東軍元幹部が犯行を認める証言を行い、「日本の犯行」となった。

しかし、プロホロフ氏は「その幹部は戦後、ソ連に抑留され、ソ連国家保安省が準備した内容の証言をさせられた。日本が張作霖を暗殺しなければならない理由はなく、ソ連が実行した」と指摘した。


張作霖爆殺はソ連がやった?

メールより「北朝鮮人権侵害救済法案」の方が大事だと思うが。

2006年02月27日 | 時事問題
マスコミは連日ライブドア問題を大きく取り上げています。民主党永田議員が衆議院予算委員会で取り上げたメールに各社とも全勢力をあげているような感じです。

その前はBSE問題に耐震偽装問題。今この問題は何処に行ってしまったのでしょうか。マスコミも国民も新しい大きな事が出てくると今までのことを忘れたかのように新しいことに飛びつきます。

しかし、その中で忘れてはいけない事があるのを、常に心がけていかなければならないでしょう。
堀江メールに世間の目が行っている2月24日に、民主党が「北朝鮮人権侵害救済法案」を衆議院に提出しました。

マスコミは堀江メールより、この「北朝鮮人権侵害救済法案」の方を取り上げるべきではないでしょうか。 この法案の目的は北朝鮮による拉致問題解決に向けての前進になるでしょう。日本としての確乎とした意思表示です。 自民党議員も協力して成立に向けてほしいものです。


この法律は、拉致問題への対処に関する国の責務を明らかにするとともに、脱北者の保護及び支援、北朝鮮に対する支援に係る基本原則等について定めることにより、拉致問題の解決その他北朝鮮当局により侵害されている人権の救済及び北朝鮮における人権状況の改善に資することを目的とすること。


北朝鮮に係る人権侵害の救済に関する法律案要綱

神聖不可侵

2006年02月26日 | 日本の文化
昭和天皇は昭和21年の「国運振興の詔書」(いわゆる人間宣言)によって神格否定して神様から人間になったと言われています。

なぜ天皇が神様と思われたのかと言うと、大日本帝国憲法第3条に「天皇は神聖にして侵すべからず」と書いてあったので、占領軍は神聖を神様(ゴッド)と思ったと考えられます。それで人間宣言を天皇陛下に言わすようにしました。
しかし、この「国運振興の詔書」を読むとけっして人間宣言ではありません。天皇陛下が「戦災の傷痕は大きいがこれから私も国民も頑張っていこう」と述べられていることがわかります。

それが占領軍の策略に共産主義者が利用して、内容よりも人間宣言と言う言葉が広まってしまったようです。 また「神聖不可侵」は美濃部達吉が冒涜してはいけないと言っています。

「カミ」はゴッドの神でなく、上下の上のことでありカミ・シモの上のことです。
「神聖不可侵」は里見岸雄の「討論天皇」にわかりやすく書かれています。

大内山 そうですとも。いったい、ありもしない神格を否定したなどという架空の説をつくり出したのは誰ですか。幽霊の正体見たり枯尾花というが、敗戦脳震盪民主主義というものは、どこまでたわけたことをいうのか、実にバカバカしい話です。

村上 しかし先生、日本の旧憲法には「天皇は神聖にして侵すべからず」とあったんですから、やはり天皇を神様扱いにしていたんではないですか。学者、評論家など、みなそういうふうに批判していると思います。

大内山 脳震盪患者だからそんなことをいうんですよ、若し脳震盪でないのなら、わざとそんなこといって忠良な一般国民を惑わすためです。神聖不可侵という規定は、日本の憲法だけではなく、外国の、もちろん君主国ですがね、外国の憲法にも全く同文のものがいくらでもありますよ。帝国憲法はそれに習ってあの規定を設けたので、天皇が神様だという趣旨を現わすものではないんです。

村上 でも神聖というのはなんです。

大内山 神聖というても、神様のことではないです。神聖な国会、神聖な教室なんていうの、君聞いたことないですか。

村上 あります。


大内山 唯物論は神様なんか全然認めないんだが、その唯物論共産主義のソ連の憲法にさへ「神聖な義務」という言葉が使ってある。それは祖国防衛の義務について、いってるんですがね。国王(または皇帝)はホーリー(神聖)で、インバイオラブル(不可侵)だというのは、西洋の君主国でも、アフリカのエチオピヤでも、東洋のタイ国でも、みな共通の、いわば、きまり文句みたいなもので、有名な美濃達吉博士は「神聖の語は一言独立しては無意味で、不可侵と合して如何なるかを以ても天皇の御一身を冒漬することを許さない」ということを意味するのだといってるんです。つまり(一)不敬行の禁止(二)政治上の責任の無いこと(三)御一身につき一般に国法の適用なく殊に刑事上の責任のないこと(四)廃立の法律上不能なること、この四つが神聖不可侵の意味だというんです。

伊谷沢 それは美濃部博土だけの考えなんではないですか?

大内山 君などはまだ憲法概諭の講義を聞いたか、聞かないか程度の大学生だから、何も知らないのも無理はないがね、そういうふうに、何か一つのものにとらわれてなんでも予断することはよくないと思うな。帝国憲法の時代に出た憲法書を百冊調べてみてね、神聖というのをいくら変示教的に解釈したものはたった十八冊しか無いんだ。あとは、大体みな美濃部さんのような見解をとってるんですよ。

村上 そうすると宮沢俊義さんを始め、いまの憲法学者がたいていみな、帝国憲法は、天皇を神格化していたといって神聖不可侵の第三条を証拠にしているのは、ちとケシカランということになりますな。

菅原 そうだとも君。だいたい、宮沢なんて男はだね、あれ、美濃部さんのおかげであと釜の教授になったんだが、美濃部さんが、神聖不可侵というのは神様のことではない、二語合して冒漬を許さぬという意味だと講義しているのを、居ねむりでもして聴いていなかったんじゃないのかな。村上君のような俊才を誤らせたのも、ひっきょう宮沢なんかの………、(一同笑う)

時野 菅原老将軍の脱線をちょっとレールの上に戻さしていただきまして……。(一爆笑)さて、天皇は現人神てあるというのは、天は生きゴッドだなどというバカげた思想ではなく…。 ええとそれから、どういったら正確に表現できますかな?……先生!

大内 天皇は入問なんです。人だから御先祖がある。その先祖を、一般に日本人が死者先人の霊を神として祀る民俗に従い、皇祖神として崇める、天照大神ですね。そして皇祖天照大神の御子孫が、その御血統と精神の道統とを連綿として御継承になっているのが天皇なんだから、天皇は、皇祖天照大神が現実に現われた人である…。だから現人神というのである。だいたいこんなふうに理解したらよいでしょう、元旦の詔書ですね、あの御文草をよく読んでごらんなさい。神格否定も人間宣言もありはしませんよ。

伊谷沢 はなんですか?

大内山 君ケンカ腰にならずによく読み、よく考えてみたまへ。それが先決問題だよ。「朕と、爾国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず」というで一文において、「単なる」の語に深い注意が必要ですね。「単なる」がなくって「神話と伝説に依りて生ぜるものに非ず」とあれば、神話と伝説は完全に否定されるわけだが、あいにく、この文章には「単なる神話と伝説」とあるでしょう。どう違うか考えてみたまえ。 伊谷沢 ちょっとわからんですな。

大内山 国文法習ったんでしょう?

伊谷沢 文法というほどのもの習っておらんてす。 

大内山 ふーむ。では親中さんにでもやっていただこうか。

親中 あら、とんだ自羽の矢が……。(ニッコリ笑う) ……?これは、そうですね、「単なる」の一語があると「神話と伝説」を半面において認めているように思いますが。

大内山 その通りです。神話と伝説というものは、日本の文書歴史以前の時代のことを伝える唯一の拠り所なんだし、過去の日本人がこれに拠っていたということは疑う余地のない事実なんだから、いかに詔勅でも、過去にあった事実を抹殺することはできないですね。だから半面においてこれを認めたのが、この「単なる」の一語なんです。つまりね、神話と伝説に基づいたばかりではない君民相互の信頼と敬愛という現実の結びつきというものがあったのだという意味なんです、これを、神話と伝説の否定だなどと解するのは、文章の読みが浅いと思うな。

田中 先生の御解釈でほんとになんだか救われたような気持ちがいたします、現人神の方は、やはり架空観念ではないのでございますか。


大内山 元旦の詔書に「天皇を以て現御神とし」とあるのは、これも過去の日本人が天皇を現人神とした事実そのものを否定したものではありません、過去の宣命や勅語の中にたくさん、現御神だと書いてあるし、民間の者の中には幾らでも実例がある。そういう過去にあった現人神の観念は架空なものではなく、ちゃんと社会的にも理論的にもよるところがあって出てきたものなんです。それをなんぼ勅語でも抹殺し否定し去るということはできないですよ。私なんか、今日でも、正当な意味で天皇は現入神であると信じていますし、学問的に説明しろといわれれば、幾らでも説明できます。そういうものを、勅詔の力で否定するわけにはいかんでしょう、この元旦の詔書の「天皇を以て現御神とし」という句はですね、その次の「旦」という語と結びついて「日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべぎ運命を有すとの架空の観念」に悪用した場合の意味なんです。



「年頭、國運振興の詔書(人間宣言)」昭和二十一年一月一日
http://blog.goo.ne.jp/misky730/e/8f9ae213c8031ec08eab2a8858c32594




「紀元節祭」がなぜない。

2006年02月25日 | 皇室
先日、拙ブログで「宮中賢所物語」から年間の宮中祭祀を書きました。
ところで、最近気がついたのですが、日本国にとって肝心な「紀元節祭」が有りません。 神武天皇が即位され日本の紀元が始まったとされる日ですから、新嘗祭と同じくらい大切なはずです。人にとってはその個人の誕生日にあたります。その大祭が有りません。
何故無いのか、その事について「昭和天皇のおほみうた」鈴木正男著 に書かれていました。


紀元節祭とは、2月11日御神祭遊ばされ、午前中に大祭が執行され、午後6時より大御霊を御慰め申す御神楽が夜半まで奏し続けられたのであるが、祝祭日の改悪により紀元節が廃止されたため、この宮中での大祭たる紀元節祭も止むなく昭和24年以降底止させられたのであった。

昭和天皇はこの紀元節祭中止に心を痛まれて、次の如く仰せられました。 2月11日紀元節祭は行はなくても当日は特別に拝礼をする。 紀元節祭の夜に奏上申し上げていた御神楽は4月3日神武天皇祭(大祭)に奏上せよ。 昭和24年以降はこの決定により、形の上での紀元節祭は消えたが、実質的な紀元節祭は毎年毎年少しも変わることなく斎行されているのである。しかし、このことは一部の宮中関係者しか知ることがなかった。

紀元節2月11日は、昭和41年に「建国記念の日」の名称のもとに復活した。全国各神社はこれにより2月11日紀元節祭を紀元祭として復活させ、年々盛大に祭典を行い奉祝行事を行っている。

神社本庁並びに神道政治連盟はこの事実の上に立って、宮内庁に対し2月11日の紀元節祭を紀元祭として復活されたいと度々要望しているが、いまだにその時期でないとして実現しない。

復活の時期は誰が考えてもすでに到来して久しい。復活しないのは宮内庁の事勿れ主義による。


紀元節が復活しないのは宮内庁にもよります。先日の皇室典範改定問題と言い宮内庁は皇族の事よりも、自分等の事に重きを置いているようです。


宮中祭祀

自民勉強会 有識者会議に批判集中

2006年02月24日 | 皇室典範
皇室典範、自民勉強会 有識者会議に批判集中 男系維持含め議論
2006年 2月24日 (金) 03:11 産経新聞  

皇室典範に関する自民党内閣部会(木村勉部会長)の勉強会が二十三日、スタートした。この日は、政府の「皇室典範に関する有識者会議」の女性・女系天皇容認を打ち出した報告書について、内閣官房の柴田雅人皇室典範改正準備室長が説明したが、出席議員からは有識者会議の人選や運営に対する批判が続出。勉強会では今後、男系維持の方策も含めて検討していくことになった。  

「有識者会議の人選はだれがどういう責任で選定したのか。皇族の方(の発言)を『どうということはない』と切って捨てるバカなやり方が、有識者のやることだろうか」(野田毅元自治相)  

勉強会では、報告書の内容よりも、十カ月で結論を出した有識者会議の拙速さや正当性に次々と批判が表明された。柴田室長は「有識者会議は法律に基づく機関ではない。人選は内閣官房が宮内庁と相談しながら決めた」と説明したが、議員側からは「あまりに軽々しい扱い」といった意見が相次いだ。  

また、報告書が具体的な根拠を示さずに旧皇族の皇籍復帰を「国民の理解と支持を得ることは困難」と断じていることにも疑問が集中。このため、甘利明政調会長代理が「中川秀直政調会長は『男系維持案についても検討してほしい』と言っている」と引き取った。  

勉強会では当面、報告書について議論し、「意見集約を行うかどうかは政府が法案を提出するかどうかによる」(木村部会長)という。


本来の男系男子継承のためにはどのようにすればいいか、その事を考えなければ有識者ではない。
所詮は将棋の終盤で負けてる人の形作りと同じでしかなかった。
柱はあくまでも男系男子維持の方法を考えること、それが女性皇族方にとっても一番良いことです。




荒川選手金メダルおめでとう。

2006年02月24日 | スポーツ
荒川選手 金メダルおめでとうございます。

トリノ冬季五輪第14日の23日(日本時間24日)、フィギュアスケート女子はフリーを行い、荒川静香(あらかわ・しずか)(24)=プリンスホテル=が金メダルを獲得し、不振が続いた今大会の日本にようやく初メダルをもたらした。五輪フィギュアでアジア選手の優勝は史上初の快挙となった。日本選手のメダルは1992年アルベールビル大会銀の伊藤(いとう)みどり以来2個目。

荒川は16歳で出場した長野大会で13位。ソルトレークシティー大会は代表を逃したが、2004年世界選手権で優勝。優雅で伸びやかな演技で五輪でも世界の頂点に立った。(共同)sankei web


どきどきしながら見ていました。演技の最後の方では会場からの拍手が止まなかったぐらい素晴らしかった。

次に演技した村主さんも優雅で素晴らしかった。採点に差が出たのはビールマンスピンが無かったからかなとも思います。

荒川さんは表彰式の国旗掲揚で君が代を口ずさんでいたのには感動しました。

テレビ解説の佐藤有香さんも良かった。
選手の演技以外に「楽しむ」発言に的確な説明をしていました。








今年も出た馬鹿な年中行事。

2006年02月23日 | 時事問題
「強制やめて」保護者訴え 卒業式の日の丸君が代
2006年 2月23日 (木) 18:18 共同通信  

卒業式シーズンを前に、東京都立高31校に通う生徒の保護者らが23日、東京都教育委員会に「日の丸・君が代を強制せず、内心の自由を保障した式にしてほしい」とする要請書を提出した。

都教委の担当者は「学習指導要領に基づき国旗国歌の意義を理解させる必要がある」などと説明。同席した都立高3年の女子生徒(18)は「何も説明なしに、君が代を歌うことを強制されても理解にはつながらない」と訴えた。

3年の娘が都立高に通う女性(51)は要請後の記者会見で「娘は君が代を歌いたくないが、大好きな担任がそのことで処分されないかと心配している」と話した。


卒業シーズンになると必ず出てくる年中行事。
日の丸、君が代が嫌だと言うならどんな国旗、国歌が良いというのでしょうか。 責任を他のせいにして自分は間違っていないと言うような人間です。
これ、イデオロギーの名を借りた単純に我が儘なだけ。

世界で日本を象徴する国旗は日の丸で、国家は君が代です。
自分の国の国旗や国歌に誇りを持てないような人間は何を言っても駄目。
「何も説明なしに…」、国家を歌うのに説明がいるほど幼稚なのかな。
そんなに嫌なら出席しなければいい。

ついでに言わせて貰えば、サッカー日本代表はいくら上手くても国家を歌わない選手は選ばないようにするべきです。


日の丸、君が代
http://blog.goo.ne.jp/misky730/e/282c053792a8d9726ed8cdbe4bebd1af


皇太子殿下御誕生日

2006年02月23日 | 皇室
慶祝 皇太子殿下御誕生日

皇太子殿下のお誕生日に際しての記者会見の内容

11月には,妹の清子が結婚しました。その時は,清子が皇室を離れることに一抹の寂しさを覚えましたが,幸せそうな様子に兄としてとてもうれしく思っています。少しずつではありますけれども,新しい生活にも慣れてきたと思いますが,末永い幸せを祈っています。  

昨今,子供が犯罪や災害の被害者になるというニュースが多いことには心が痛みます。子供は古くから世の宝ともいわれます。子供たちが安心して健やかに育っていくことができるような世の中であることを心から願います。子供たちのために良い環境をつくっていくことは,大人や社会の大切な責任だと思っています。  

つい先ごろ報じられた秋篠宮妃の懐妊の兆候は,私たちにとっても大変うれしいことです。秋篠宮から電話で報告を受けましたので,私からは,「それは良かった。」ということと「お大事に」ということを伝えました。ただ,まだ正式に発表できる前の段階だと思いますので,殊に今は,静かな環境が保たれることが大切なのではないかと思います。私たち二人共に順調な経過を心から願っています。

公務についての考えは昨年の会見でもお話しましたのであえて詳しくは申しません。公務については,今まであった公務はそれぞれ意義深いものとして行われてきておりまして,大切にしていきたいと思っています。また一方で,皇室が今まで時代にあった,あるいは時代に先駆けた公務をしてきたことを考えますと,やはり今の時代にできること,私たちの世代だからできるものを真剣に考えていくことも必要ではないかと思います。それらはもちろん公務をしながら見いだしていけるものと思います。これに関して,以前の会見でお話したことが,今までの公務をやめるように一部で誤解された節がありますが,そのようなことはないので申し添えておきます。

「皇室典範に関する有識者会議」が最終報告書を提出したこと,そしてその内容については,私も承知しています。親としていろいろと考えることもありますが,それ以上の発言は控えたいと思います。皇室のあるべき姿としては,私は,以前から申し上げているように,皇室の伝統を尊重しながら,天皇陛下をお助けしつつ,国民の幸せを願い,国民と苦楽を共にしていくことだと思います。これは時代を超えて存在するものと思います。宮中で行われている祭祀については,私たちは大切なものと考えていますが,雅子が携わるのは,通常の公務が行えるようになってからということになると思います。  

愛子には,一人の人間として立派に育ってほしいと思います。名前の通りに,人を愛し,人からも愛される人間に成長してもらえればと願っております。


皇太子殿下の御誕生日をお祝いいたします。
マスコミは何故「さま」でなく正式に「殿下」と書かないのでしょうか。







中国機密情報 民間人に収集依頼

2006年02月22日 | 時事問題
中国機密情報 民間人に収集依頼
外務省保護せず服役

中国で国家機密を入手したとして、日本人男性が1996年に逮捕され、2003年まで約7年間、北京の刑務所で服役したことがわかった。男性は産経新聞の取材に、「日本の外務省職員から情報収集を依頼され、逮捕されたら外交ルートで助けるといわれたが、実際は助けてもらえず、帰国後も外務省からは謝罪のひと言もない」などと話した。証言が事実なら、民間人を利用し機密情報を集めさせたこと自体、外交活動の範囲を逸脱している。法人保護が行われなかったことに加え、先の上海総領事館員自殺事件同様、情報活動をめぐる外務省の対応のまずさが改めて問われそうだ。


服役していたのは、東京都内に住む会社経営、原博文氏(40)。……
原氏が中国当局による摘発を恐れ、外務省への協力を止めたいと申し入れたが、外務省職員からは、「国益のためです」「仮に中国に逮捕されれば、外交ルートで救出する」などと言われ、情報収集を続けるよう説得された。……

原氏が刑期を終え、帰国した後、ようやく捜しあてたかつての外務省の担当官からは、「終わったことだ」「生活が苦しいなら、生活保護を申請すればどうだ」などといわれたという。……

「外交官は、私が逮捕されると厄介になり、簡単に切り捨てた。事なかれ主義の外務省によって隠されてしまった。上海の事件も、私の事件と本質は同じだと感じた」と話している。
外務省は20日産経新聞の取材に対し、「特定の個人に関する事柄については答えられない。外務省の情報収集活動の内容などについて、具体的に述べることは差し控えたい」


海外に於いて邦人を保護する役目の外務省役人のすることか。
外務省のこの事件はまったくもって許せないことです。
先日の上海総領事館員の自殺は同省の人間の問題です、しかしこの事件は民間人を巻き添えにしています。しかも捕まることも前提にしてやっている。

もしこの人が死刑なり、刑務所内で死んでいたら外務省はどのように責任を取るのだろうか。おそらく闇に葬っていた可能性が高いと思えます。

外務省だけでなく官僚に言えることは、自分等の利益を守ることを考えて、その為には国民に不利益な事を与えても平気でいれる無神経なところが情けなくなる。 国会でライブドアもいいが、野党はこのような事件をなぜ取り上げないのか。





亡国政治家を重用するな!

2006年02月21日 | 時事問題
共同歴史研究 多国間で検証を 訪中の中川氏提案   産経新聞  

【北京=赤地真志帆】自民党の中川秀直政調会長は二十一日午前、北京市内のホテルで開かれた自民、公明両党と中国共産党が意見を交換する「日中与党交流協議会」の初会合で講演し、「歴史の事実を歪曲(わいきょく)する議論を破綻(はたん)させるためには、科学的な実証主義で対抗すべきだ」と述べ、日中両国で日中戦争についての歴史共同研究を始めることや、必要があれば米国などを念頭に公正な第三国の歴史研究者に加わってもらう構想を提案した。  

また、中川氏は小泉純一郎首相の靖国神社参拝について「首相は私的参拝と明言している。公式参拝との違いは、私的参拝は対象を限定できる」と述べ、A級戦犯を対象から外しているとの認識を示し、「心ならずも家族を残して命をささげた戦没者一般に参拝している」と強調した。  

中川氏は「首相は過去の一時期の植民地支配と侵略を、誤った国策と明言している。言葉のやりとりを絶つべきではない」と述べ、首脳会談の再開や与党間交流の重要性を強調するとともに中国メディアの責任についても言及。「戦後日本の平和的発展をとりわけ青年に伝えられるようになれば、日中関係安定化に寄与する」と指摘した。


心ならずもは、戦犯とされ刑場の露と消えた人達の気持ちです。
英霊全部を心ならずもなどと軽々しく言うべきでない。
安部晋三以外は皆心ならずもと言う。
中川秀直、二階俊博と亡国の民を重用している歴史を知らない小泉総理は退陣するべきです。



誤れた歴史は書きかえろ!

「敗戦60年に思う」

「三種の神器」

2006年02月20日 | 皇室
天皇は皇位継承したとき三種の神器を引き継ぎます。
三種の神器は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降臨する時、天照大神が授けました。 八坂瓊玉、八咫鏡、天叢雲剣(後に草薙剣)を言います。
この三種の神器ですが、皇位継承の印だけでなく、天皇としての統治理念を現しています。


昭和天皇が東宮時代、倫理を進講した杉浦重剛が

“三種の神器は知仁勇の三徳を示されたるものなり。例えば鏡は明らかにして曇り無く、万物を照らしてその正邪曲直を分かち、之を人心に比すれば則ち知なり。知は鏡の物を照らすが如く、善悪黒白を判断するものなり。玉は円満にして温潤、恰も慈悲深き温乎たる人物に比すべし。是れ仁の体にして、仁とは博愛の謂なり。また剣は勇気決断を示すものなることはほとんど説明するまでも無く、もし之を文武の道に比すれば、鏡は文、剣は武なり。詮じ来たれば三種の神器は知仁勇の三徳を実物に託して垂示せられたるものなること益々明瞭なりとすべし。”


以上のことから、三種の神器は物として引き継ぐだけでなく、たとえそのものが無くても天皇としての大切な理念を伝えていると言えます。
天皇も人間ですから中にはこの理念から外れていた方もおられるでしょう。しかしほとんどの天皇は三種の神器の理念を守られてきています。
昭和天皇は激動の時代に於かれて、まさに三種の神器の理念そのものを行われたのではなかったでしょうか。


この天孫降臨の時、三種の神器に加えてもう一点与えています。
それは高天原の斎庭の稲穂です。

「吾が高天原に所御す斎庭の稲を以て、亦我が児に御せまつるべし」

この天壌無窮の大道によって天皇陛下が御田植ゑをされるわけです。 毎年の行事として、新嘗祭、神嘗祭が天皇にとってとても大事な行事なのが分かると思います。


「たかじんのそこまで言って委員会」

2006年02月19日 | Weblog
「たかじんのそこまで言って委員会」
◇パネラー 三宅久之、舛添要一、金 美齢、勝谷誠彦、 宮崎哲弥、橋下 徹、 桂ざこば、高田万由子

質問:あなたが思う「お世継ぎ問題」の最善の解決策は

三宅 :いかがわしい有識者に惑わされないこと
桝添 :女系容認、長子優先
金  :秋篠宮ご夫婦のもとにどんどんコウノトリを飛ばす
勝谷 :揺るぎなき男系継承
宮崎 :宮家をどうするかにかかっている
橋下 :旧宮家の男性を愛子様の配偶者とする
ざこば:男系継承
高田 :愛子様を皇位継承第3位にそして皇室の遠縁と結婚


やり取りの内容については他のブログで取り上げてくれると思いますので書きません。

桝添以外は方法が違えど最終的には男系継承でした。高田の“愛子様の皇位継承第3位”は現時点での皇太子殿下、秋篠宮殿下の次という意味でしょう。
桝添は女系天皇と男系天皇の違いを正確に知っていないような感じでした。

それに皇太子殿下の次に秋篠宮殿下だと皇位が40年次は10年と期間が短くなるから、長子優先にして皇位の期間を一定にすべきなど言う。そもそもの考え方が間違っている。桝添はいつも人のせいにしたりする卑怯なところがあります。
金さんと大違いです。
金さんは「伝統を大切にしてどうしたら伝統を守ることが出来るかを考えなければならない」いつも日本人以上に日本のことを心配してくれはる。

辛坊がスタジオ見学者に「今上陛下」書けますか。と聞いたところ何人か書け無いで手を挙げていたのには驚いた。女系・男系天皇の話以前の問題です。


最後にざこばの発言を紹介します。
「正田美智子さんが行かはったとき、国民に近づいた皇室言うた。けど僕は子供心に民間人のようになってきたのかと思って、今までの重みが軽くなったのではないかと実は感じていたんや。
またこんなことあったら、うんと軽くなってくる。軽くしてほしくない」

「御皇室を護ろう」デモの写真

2006年02月19日 | Weblog
2月12日に行われた、「皇室典範改悪阻止」デモの写真がクライン孝子さんのメルマガにリンクを張ってました。
http://mid.parfe.jp/katudou/H18-2-12-kousitu/H18-2-14-pic.htm

私も写っていました。(どれかは想像にお任せします)

パトカーが来るのが遅れて、集会からデモに移るまで30分ぐらい待たされたかな。
でもデモ中は警察官の皆さん、走りまくっての交通整理有り難うございました。




御製 弐

2006年02月18日 | 皇室
昭和23年冬歌われた昭和天皇の御製です。
この年の11月12日に東京裁判の判決が下され、12月23日に絞首刑の執行が行われました。


「しずみゆく夕日にはてそそり立つ冨士の高嶺はむらさきに見ゆ」

最近昭和天皇はいわゆるA級戦犯を合祀したから靖国神社に参拝されなくなったと、さもA級戦犯を避けているような事を言う輩がいます。 しかし、判決の日と刑の執行の日のご様子が「昭和天皇のおほみうた」に書かれています。

陛下は御文庫で御自分でラジオのスイッチを入れられ、実況放送をお聞きになられた。そして、夕食後は側近も退け、一人部屋にこもって夜のふけるまでお過ごしになられた。
12月23日未明、絞首刑が執行された。この日は皇太子殿下(今上陛下)の満15歳の御誕生日であった。例年この日は、皇室御一家が御揃いで夕食を共にされるのが常であったが、一切の行事をとりやめられ、陛下は終日御文庫に御こもりあそばれた。


また靖国神社には昭和61年に読まれた歌が、陛下のお気持ちを一番よく表していると思います。

「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし」

陛下の靖国神社に参拝できないもどかしさが物凄く感じられます。
英霊も陛下に参拝いただくと喜ぶことでしょう。


昭和天皇最後になった全国戦没者追悼式の御製です。

「やすらけき世を祈りしもいまだならずくやしくもあるかきざしみゆれど」

「さしのぼる朝日の光へだてなく世を照らさむぞわがねがひなる」
光(昭和35年)

「日日のこのわがゆく道を正さむとかくれたる人の声をもとむる」
声(昭和41年)
ご自身に対する諫言を求められるなど、私のような凡人にとってはまったく持って畏れ多い限りとしか言いようがありません。


「わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々」
祭り(昭和50年)
宮中三殿に祭られる神々のことを詠まれています。 天皇陛下が拝礼されない日は代拝を立てています。

他にも昭和天皇の御製は数多くありますが、ほんの少しですが私なりに紹介させて貰いました。
御製に見られるように、天皇陛下は今も昔もご自身のことよりも皆のことをお考えになられてることがよく分かります。
歴代天皇陛下のはお名前に「仁」の字がつかわれているのがよく表していると思います。