まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

無料オフィスソフトのマクロ自動記録

2015年10月31日 | 道具弄りの日々

今回は、ほんどの人が関心を持たない、チョォ~~ォ、オタク的な話です。

今使っている1万円PC、使い慣れて来たら、なかなか好調です。これに関連する話。

5年前の中古PCでも、Webを見たり、ときどきメールや手紙を書いたり、スプレッドシートで、家計の集計する程度であれば、処理能力的には十分だと思います。

作業的にはそう難しいことはしないのですが、『一太郎』と『ロータス』でPCに馴染んだ昭和人としては、最低、ストレスなく使える、ワープロとスプレッドシートは欲しい。

1万円PCに最新のMSオフィスがついているわけはなく、購入していれたんでは、1万円で頑張ってくれているPCに申し訳ない。
うちのカミさんに、振袖新調して着せるようなもんです。

そんなわけで、無料オフィスソフト、LibreOffice(リブレオフィス)をメインに使い始めました。

”無料”って、ヤバいんじゃない?って感じもしますが、この類のオープンオフィスは、20年来のお付き合い。
MSオフィスの補助として、描画やプレゼンのファイル作りに使ってきましたが、”ヤバい”ことにはあったことがないので、大丈夫だと思います。

MSオフィスのVBAは、操作した出来事の自動記録機能があり、簡単なマクロ(自動化)なら、知識なくできますね。会社勤めしていた頃は、この機能で、ずいぶん楽をしました。
こういう環境に慣れると、もう、それができないことが、結構なストレスになるんですね。

今、LibreOffice(リブレオフィス)のカルクというスプレッドシートで、家の周りの花木の剪定時期と剪定のポイント、施肥時期とその内容をまとめているのですが、作業時期をはっきりさせるために、剪定時期、施肥時期をキーにソートしたい。それをマクロで自動化したい。
月初めに、シートを開いて、ボタンをクリックすれば、当面の作業が見えるようになれば、物忘れが激しい頭でも、日常を維持できそうです。

LibreOffice(リブレオフィス)では、デフォルトで、『マクロの記録』は使えないようになっています。製品としては十分な内容だと思いますが、無料(寄付歓迎)の世界では、手厚いサポートや安い解説本はありません。

興味が、植物からPCの方へ移ってしまいましたが、こういう情報を探すのも、無料ソフトの面白さだとは思います。

Windows10エッジには、Javaは不要なので、入っていない。

オープンオフィスのマクロに、Javaのランタイムが必要なのは以前からなので、まず、ダウンロード。

その後について、Web検索に出てくるのは、以前のバージョンの情報ばかりで、現行のLibreOffice5.×では、「???・・・」
ツール(T)→オプション(O)→LibreOfficeを開いて→「全般」を選択し・・・とあるが、そこにはない。

ポチ、ポチの人海戦術で、『マクロの記録』をオンにするところを見つけました。

ツール(T)→オプション(O)→LibreOfficeを開いて、「詳細」。
詳細→実験的なオプションの項目のチェックを入れると、、『マクロの記録』がオンになり、記録ができるようになった。

こんな情報を必要としてる人は、本国内では数人かも(笑)

1万円PC同様、組織から離れた個人が使うだけなら、オープンオフィスから派生した無料オフィスソフトでも十分な感じがします。
何より無料。
使い方を調べている内に、ネット上に知人ができたりします。

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下手の考え休むに似たり

2015年10月30日 | 日記

自分が20~30代の頃、今の自分年代の方から、「最近の若い人は・・・」「最近は世知辛い世の中になってきた・・・」などと言われていたように思う。

自分としては、そう非常識な言動をとっていたつもりはなかったのだが、生きてきた時間(時代)の違いで、物事に対する受け取り方は変わってくるということかもしれない。

特定の若い人に、強い憤りを感じるようなことはないのだけれど、日常会話の中で、その言葉、使い方違うよね、って思うことがしばしばある。

例えば、情けは人の為ならず。

敵に塩を送る。

周りに親切にしておくことは自分のためだよ、とか、相手の苦境を救う潔い生き方を言う意味だと思うが、若い人たちの会話に時々出てくるときは、この意味とは逆の使われ方をしていることが多い。

「情けは人の為ならず。甘やかすと、あいつのためにならないから、ほっとこ、ほっとこ」
「そんなことをしたら、敵に塩を送っちゃうじゃん。あたしらが損しちゃう」

あたし個人的には、言葉は、それを言ったときの場所、ニュアンスも含め、通じれば良いと思っているので、いちいち最近の若い人は言葉の使い方も知らない(あたしもよく知らないし)、という気はないのだけれど、世知辛い世の中になり、言葉の意味も、世知辛く変わっているのだなと思う。

こんなことを考えていること自体が、歳だなぁ。
いかん、いかん。

下手の考え休むに似たり、というのもあった。
どうでもよいことをながながと妄想していないで、11月中の目標、庭の雑木の整理に着手しなくちゃ。

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房総駅間ひとりウォーク(JR岩井駅~JR浜金谷 営業キロ9.7Km) その2 

2015年10月29日 | 房総駅間ひとりウォーク

富山をおり、JR安房勝山駅に向かいましたが、既に、残りのエネルギーを示す胸のカラータイマーは赤の点滅!
時間も押してきており、今日は行けるところまで行って帰ろうモードに。

安房勝山は、房総捕鯨の発祥の地。
今では、クジラと言えば、外房側の和田町あたりを思い浮かべますが、江戸時代まで、ここ勝山が捕鯨の中心であったようで、駅周辺にはたくさんの捕鯨史跡が残っています。

小高い丘の上に、天守閣のような展望台が見えます。安房勝山駅の電車の中からも見えましたが、ここ大黒山には、『房総の捕鯨の祖』といわれた醍醐新兵衛さんのお墓や鯨見台、捕鯨繁栄の碑などが残っています。
 

今回はのぼりませんでしたが、この展望台までの道も、かなり急坂で、のぼりがいがあります。

 

漁港脇、大黒山の下にある、勝山漁港直営食堂、『なぶら』
この辺に来たら新鮮なお魚ですね。

隣の保田漁港直営、『ばんや』は有名ですが、あたしのお気に入りは、こちらです。
価格帯は1000~2000円でそう変わらないのですが、『ばんや』のように、観光バスがど~~んと乗りつけこともなく、ざわざわという感じもなく、海に浮かぶ浮島を眺めながら、のんびり食事ができるのが気に入っています。

 

安房勝山駅に到着。
歩数は25000歩程度でしたが、富山登山でのアップダウンは、足に、「来てます!」

 

駅から海岸線に出て、源頼朝が、むかしむかし、石橋山で平氏軍に敗れ、伊豆半島、真鶴岬から安房国へ渡った際に上陸した地と言われている辺りを散策しました。

この辺りは、波も静かで、対岸の三浦半島などを遠望しながら、遠くのAMラジオの電波でも拾って、ぼんやり夕日を眺めて時間を過ごすにはいい場所です。

 

国道に戻り、道の駅『きょなん』。菱川師宣記念館脇を通過。
鋸南町商工会おさんぽマップ『保田海岸コース』を参照し、国道127号沿いにあった、菱川師宣生誕の地に立ち寄りました。

 

保田食堂さんというお店の脇の奥まったところに顕彰碑がありました。
縫箔師の職人さんの家に生まれたようです。
何度も車やバイクで通っていた場所ですが、今まで気づきませんでした。


 
海岸の方の別願院というお寺に、菱川家のお墓があるというので、足をのばしてみました。
お寺に入ると、元禄地震で亡くなった人達を弔うお地蔵さんが目に入りました。関東一円では、八千人以上、保田だけでも319人の人がなくなり埋葬されたと解説がありました。
今も地元に残るこういう記録に触れると、東北の東日本大震災は、ほんとうに、はたごとではないと思い知ります。

 

菱川家のお墓。

 

別願院脇に立っていた、『房州海水浴発祥の地』顕彰碑。
明治に時代に、まだ20代前半の学生であった夏目漱石が、房総旅行に出掛け、その見聞をしるした『木屑録』を書きあげた、ゆかりの地なのだとか。
 

目の前には、今は秋で人気のない静かな砂浜が広がっていました。
たしかに、いい場所ですね。

 

もう日が陰ってきた、17時近く、保田駅に到着。
この駅は、春先の水仙、頼朝桜を見にときどき降り立つ駅です。

今日の目標は、次の浜金谷駅。あと、4km余り。夕闇に歩くのは危険。ひたすら歩いても、1時間はかかる。残りのエネルギーを示す胸のカラータイマー点滅もほとんど点かない状態!と客観的な認識はできたものの、無鉄砲の虫が、せっかくここまできたんだから・・・とうずいている。

歩くことにしました。

歩き出してから、やっぱり止めとけば良かったなと、いつもの後悔。
鋸山下のトンネルでは、迂回路がなく、ものすごく怖い思いをして、トンネル内歩行。道幅が狭いので、ほんと命がけ。ここは歩いて通っちゃいかんですね。
地元の人たちは、自転車や原チャリで走るときどうしているんだろう。

 

鋸山下のトンネルを超えたあたりで、頑張った自分に、思いがけずのご褒美がありました。
最高のサンセットです。

 

そして、なんども内房を訪れているのに見たことがなかった、ビッグ富士。
こんなに大きくみられるとは思いませんでした。

馬琴も北斎も伊八も師宣も、きっと浦賀水道越しに見える対岸の世界に大きな夢を馳せたのかもしれませんね。


 
18時過ぎ、もう、真っ暗な中、浜金谷駅にたどり着きました。
疲れたけど、夕焼けの富士山は、疲れをぶっ飛ばしてくれました。無鉄砲でも、歩いて良かった!

 

次は、竹岡駅。ここからは、また、都市化した平坦な道になっていきます。
外房線の勝浦駅辺りから続いた、トンネル内歩行も、たぶん今日が最後でしょう。

今の道路は、人の道ではなく、車のための道なんですね。
歩行者優先ではなく、車が優先するもんだと考えないと、命がありませんね。
便利さは、いいんだか、悪いんだか・・・。

次回は、できれば、久々に、元祖竹岡式ラーメン食べたいな。 

JR内房線 岩井駅~浜金谷駅 営業キロ9.7Km)    2015年10月07日
実際に歩いた歩数 4,0368歩(28.7Km)

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房総駅間ひとりウォーク(JR岩井駅~JR浜金谷駅 営業キロ9.7Km) その1 

2015年10月28日 | 房総駅間ひとりウォーク

今月は、JR内房線岩井駅から、浜金谷駅の沿線をぶらついてきました。

岩井は、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』ゆかりの地、富山(とみさん、349.5m)の最寄り駅です。

駅からハイキングで、『南総里見八犬伝ゆかりの地ハイキング~紅葉の富山(とみさん)~』(2015年11月21日~12月20日)が計画されており、その時期に歩こうと思っていたのですが、駅に降り立ち、隣接する案内所で話を聞いている内に、ひとりウォークの気軽さから、やっぱり今日歩こう、と予定変更。

先月の大雨で、コースの一部が崩壊し通行止めとなっているということで、福満寺・富山遊歩道側からのぼるコースで歩き始めました。

駅を出て左に進むと、すぐに、線路沿いに八房と伏姫の石像があり、気持ちもアップ。

 

案内人の方が教えてくれた、千葉県最大といわれる大ソテツを見学。



個人のお宅の庭にあるものですが、公開していただいており、すぐ近くで見ることができました。
嘘か、真か。源頼朝もこの大ソテツを見て、称賛したのだとか。
それほど、古いものだということだと思います。
 


経路に、勝山藩酒井家ゆかりの福聚院というお寺があるということで、立ち寄り。
この山門は、勝山藩祖・酒井忠国の寄進によるもだとか。
酒井家の殿様が訪れた際に用いた石組みの駕籠の置き場が残っていたり、波の伊八の彫刻が残っていました。

 

正面のハウスの上に、富山が見えてきました。
 


富山表参道の石柱を入っていくと、

 

福満寺の山門で、仁王像がやあ、やあ、やあとお出迎え。

 
 
福満寺の墓地脇から、登山道に入りました。
かなり急な坂道が続いていました。

三千メートル級の山が続く、長野県あたりの感覚で言えば、日本で一番標高が低い県、千葉県の山は、山とは言えないのかもしれません。
県内で、一番高い山が南房総市峰岡山系の愛宕山(408m)。富山は、4番目に高い山だそうです。それでも、山です。馬鹿にはできません。歩く格好して入らないと。

伏姫籠穴側からの遊歩道は、大雨の被害で、通行止めとなっていましたが、こちらのコースでも遊歩道が流された部分があり、スタートから、ちょっと先が思いやれらました。

 

南峰(観音峰)に、なんとか到着。
観音堂は相当荒れて朽ちていましたが、石段の減り具合と合わせ、その感じがとても長い歴史を感じ、ほんとうに、ここで八犬伝の物語があったのではないかという思いがわきました。
自然のままに近いので、一人で立っていると、ぞくっとするものがあります。

北峰(金毘羅峰)に向かう途中の、樹齢300年以上だという縁結びの杉。
鐘があり、子供たちの良縁を願って鳴らしてみたら、とてもいい感じの音色でした。
親がこんな人知れない山中で願っても、効き目ないわな、と苦笑い。

 

北峰(金毘羅峰)の金毘羅様の社と山頂の眺め。
 
青息吐息の到着ですが、小さな山でも、到達点まで頑張れたときに見られた景色はいいですね。
山頂には、展望台があり、そこにのぼって、房総の山並みを眺めながらお昼にしました。

 

展望台脇には、平成11(1999)年に、皇太子ご夫妻がここを歩かれた時の顕彰碑がありました。

伏姫籠穴には、40代の頃に、バイクツーリングで来たことがあるのですが、当時の自分は、富山登山は、時間がかかるし、疲れるからパスでした。歩くのも億劫という人間だったわけで、変われば変わるもんです。

今回は、疲れはしましたが、一歩一歩重い足で前に進み、風景、風情を楽しめました。
息が上がってきたとき、遠くの山並みを眺め、物語の作者、馬琴もここを歩いたのかもしれない、そんなことを考えながら歩いていると、八犬伝の物語の中を歩いているようでした。
物語を書くにあたって、一度や二度、現地を踏んでいるんでしょうね。

伏姫籠穴方面に降りる遊歩道は通行止めのため、同じ道を引き返し、下道から伏姫籠穴へ。

 

ここは奇麗に観光用に整備されていますね。

『南総里見八犬伝』には、房総各地の話題が出てきます。
馬琴は、現いすみ市岬町長者出身の中村国香(江戸中期の学者)の『房総志料』という書を下に置いて物語を創作したのだそうです。
ご近所が物語の舞台になっていると思うだけでも、安房、上総に住んでいる人には、今でも身近で、楽しい物語ですね。

房総駅間ひとりウォーク(JR岩井駅~JR浜金谷 営業キロ9.7Km) その2へ続く


JR内房線 岩井駅~浜金谷駅 営業キロ9.7Km)    2015年10月07日
実際に歩いた歩数 4,0368歩(28.7Km)

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渋柿をとって、干し柿に挑戦

2015年10月27日 | 家事・雑草との日々

開墾した畑には、3本の渋柿の木があって、実をたくさんつけています。

昨年までは、畑すら荒らして”雑草栽培”だったくらいですから、この柿をよく眺めたこともなく、まして、渋柿を食べてみようなどとは思いませんでした。

今シーズンは、畑に行くたびに、色づき始めた柿に、秋への移ろいを感じ、柿もいいもんだなぁと、作業の息抜きに眺めてきました。

それでも、渋柿を食べようという発想はなかったのですが、熟したものを鳥が美味しそうについばんでいる姿をみて、子供の頃は渋柿を取って、藁の中にしばらく入れておいて食べたり、干し柿を祖母が作ってくれ食べたことを懐かしく思い出しました。

今は藁の積み置きはないので、どうやったら食べられるのかネットで調べてみたら、柔らかいものを取ってきて、冷凍すると渋が抜け食べられるとのこと。
手始めに、鳥の上前をはねて3個ほど凍らせてみました。
懐かしい、素朴な味でした。

調子にのって、干し柿もつくってみようかと思い立ち、たくさんなっている内の、30個ほどとってきて、ネット情報をもとに、皮を剥いて、軒下に吊るしてみました。
食べられるところまでいくといいのですが。

 

失敗でも、干し柿のある風景、悪くないなぁとひとり悦に入っています。

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