まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

わが家の家計分担

2015年06月29日 | 早期退職

母の一周忌の席で、少々お酒も入り、兄夫婦が口論を始めました。話しの内容を聞いていると、家計の負担のことのようです。
どうも、わが家に来る前からひともんちゃくあったようで、一緒に来た子供たちはドン引き。
ああ、俺、電車で先帰ろうかなぁと言い出す始末。
家庭を持つのが遅かったので、今年は、大学生を2人抱え、大変なようです。

兄の所は、毎月○万円と決まった金額を奥さんに渡し、たらなかったら自分でなんとかしろ、的な、案外、金銭にはシビアなオヤジのようです。

わが家も結婚当初はそんな形だったのですが、私は、面白い事にはどんどんお金を使ってしまうところがあるので、数か月で家計は破綻。カミさんにすべて乗っ取られました(笑)

毎月数万円の小遣いを貰う形が数か月続きましたが、どうにも窮屈で、面白くないので、給振通帳は返してもらい、自分の給料は自分の勝手に使わせてもらう今の形になりました。

勝手に使うといっても、このブログでも書いているように、主食費を除く生活基盤費は私が持ち、カードはカミさんが持っていて、子たちの学費など、家庭全般運営費の不足分は、通帳残高マイナスになっても勝手におろして、勝手にやって、という暗黙の了解。

これでひとまず30年余り過ごせました。

今現在、自分の資金は把握していますが、私はこの30年余り、カミさんの収入を知らないし、カミさんの手持ち資金というのも知りません。

こんな状態で、ここまでなんとかこられたのは、まあ、家計全般をコントロールしてきたカミさんの力かな、と思っています。

今はカミさんにパラサイトして、国民年金保険料も健康保険税も介護保険料も負担せず暮らしています。でも、長年続けてきた暗黙の了解である生活基盤費くらいはなんとかせにゃ、との思いで、少し働く日々を続けています。他人にはどうでも良いことですが、これが私のプライド!このプライドは、今の生活のハリにもなっています。

少し働きながら家事をし、雑草との日々で時間を過ごす今の生活は、相対的に経済的に恵まれなかった(と勝手に思っている)子供の頃(零細稲作農家)をもう一度振り返える時間になっているように思います。

究極の貧しさは不幸をよびますが、他人より貧しいことが不幸かといえば、全てがそうではないなぁ、自分なりの豊かさ・幸福感というのは、自分の思いという絶対的な部分が大きいなぁと、雑草取りをしながら思うこの頃です。

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九十九里ぶらり、ローズマリー苗ゲット

2015年06月27日 | 日記

梅雨空が広がっていますが、家に籠っているのももったいないので、カミさんとたまたま帰ってきていた子3号と連れだって、お昼がてら、『九十九里ハーブガーデン』と今年4月にオープンした『道の駅 九十九里』をぶらぶらしてきました。

 

『九十九里ハーブガーデン』(山武郡九十九里町片貝4477)は、レストラン、ハーブ関連ショップ、カフェ、バーベキューなどがあり、オートキャンプ場が併設している施設(入場は無料でした)です。

カミさんと子3号は、レストランでのハーブを使った食事、私は、施設内にあるハーブ・花苗ショップ『風香』でハーブの苗を買うのか目的で、短い時間でしたが楽しく過ごすことができました。

苗はネット通販でも見かけますが、300円の苗に1500円の送料がかかるといった具合で、余程希少なもの以外は、「高い感」があってなかなかポチッとできません。

『九十九里ハーブガーデン』は初めてでしたが、ハーブ苗の種類もたくさんあって、目で楽しんで、香りで楽しんで、十分楽しませてもらい、ローズマリーの苗を2本、600円で買ってきました。

近所のホームセンターではない苗がたくさんあって、穴場発見!という感じです。

 

こちらが、九十九里漁港近くに、今年4月オープンした『道の駅九十九里』(山武郡九十九里町小関2347-98)。
ハーブガーデンからは、車でわずかな距離でした。

 

館内では、イワシ3000匹がお出迎え。この水槽の奥に、『いわし資料館』が新装オープンしており、地元のイワシ文化にふれることができます。

1Fは、地元産品の直売所、2Fは、海産料理のお食事処になっていました。
自販機等に描かれていたキャラ、『くくりん』は、九十九里のゆるキャラなんですかね。

今、帰宅し、『九十九里ハーブガーデン』のカフェでテイクアウトした手作りケーキでお茶をしている母娘がいますが、こちらも、なかなか美味しいようです。

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蝉の初なき

2015年06月25日 | 日記

午前中、ジャガイモを掘り出しました。掘りだし時期が遅かったせいか、腐り始めていたり、虫食いになっていたりしたものがたくさんありましたが、カゴに2杯とれ、家で食べるには十分でした。

今お昼休憩中です。

まだ弱々しい声ですが、蝉のなき声が聞こえます。もう、かんかん照りの夏本番もまじかなんですね。
こちらがどんな状態であっても、季節は確実に移ろいで行く。どうということのない毎日の繰り返しですが、時をしっかり受け止める気持ちは忘れちゃいかんな、と感じました。

午後からは、物置の断捨離。
これももうだいぶ続けていますが、親の代の物もあり、なかなか整理ができません。今私には時間があるので、子たちに不要な負担をかけないよう、その時間を使って進めていきたいと思っています。

 

2月に開墾した畑の隅に植えたヘメロカリスの花が咲きました。草だらけの荒地に植えてもう4か月たったんだなぁ。

 

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房総駅間ひとりウォーク(JR太海(ふとみ)駅~JR南三原(みなみはら)駅 営業キロ13.8Km)

2015年06月24日 | 房総駅間ひとりウォーク

JR太海(ふとみ)駅からは、鴨川市の整備した『頼朝再起の小路』に沿っててくてく。

 

伊豆、房総には源頼朝伝説がたくさん残っています。『頼朝再起の小路』は、魚見塚展望台に隣接した一戦場(イッセンバ)、仁右衛門島など鴨川市内の海岸沿いに残る伝説の場所に沿って江見まで設定された遊歩道です。

 

仁右衛門島、太海フラワーセンター付近にさしかかりました。
このエリアは、バイク・車で何度も来ているので、立ち寄らず通過。仁右衛門島には、船(有料)で渡ることができ、頼朝、日蓮伝説を感じることができます。

 

磯に降りられるところがあったので波打ち際までおりて少し休憩。海は本当にきれいでした。

 

少し進んで、道の駅鴨川オーシャンパークで休憩。ここは、バイクや車で来たときによく立ち寄るところです。
休憩後、車の少ない旧道を歩こうと、この交差点の右脇道に入ってみると、岩屋山波切不動という看板が目にとまりました。鴨川市の道標もあるので、『みどころ』かな?と思い、ちょっと道草。

 

畑の中を進むと、参道の途中を内房線の線路が横切り、踏切はありません。『ナマ線路』の横断を決行。列車の音に注意し、左右を良くきょろきょろして、線路内を歩いて横断。都市部でやったら大事ですね。
更に参道を進むと、

 

たくさんの石仏が。
お堂脇を通って、奥に進むと、岩を削った中にこんな祠と、滝が出現しました。
怪しい場所です(笑)

 

帰宅後調べたら、この岩屋山波切不動(ここの地名は現鴨川市江見太夫(タユウ)崎)の洞窟は、頼朝に勝運をもたらし、鎌倉へと導いた馬が現れたという伝説が残っている所でした。洞穴の前を流れる小川を「名馬川(メイバガワ)」というのだとか。

それらしい洞窟は、画像の右側に残っていました。まっ、伝説ですが、『頼朝再起の小路』の素材ですね。ぶらり立ち寄りでまたひとつ勉強になりました。

 

 岩屋山波切不動周辺の畑には、こんな案山子がいくつか置いてあり、よくできているなぁと感心です。ごくろうさん、と声をかけたくなりました。

 

15時少し前、鴨川市内最後の駅、JR江見(エミ)駅に到着。
到着時は、駅員さんも利用者も誰もいない静かな駅でした。

江見から先は、国道128号線と併行した旧道(生活道)を地元の空気を感じながらゆったり歩きました。

最近では、道路がよく整備されてきましたが、それでもこの辺りは、首都圏からは遠く、銚子同様、『国のとっぱずれ』です。豊かな自然はありますが、中核都市に出るにもけっこう距離があります。
私も同じような環境に住んでいますが、田舎は、豊かだと思えば豊かだし、不便だと思えば不便です。『不便な豊かさ』を感じられるかは、考えようです。でも、若いうちは、都市部の『便利な豊かさ』にひかれるのも分らなくもない。

てくてく歩きながら、海岸線ぎりぎりに走る内房線の様子が、以前宮城をバイクで旅したときに見た仙石線に似ているな、と感じました。
仙石線は、3・11東日本大震災で大きな被害を受けましたが、房総のこのあたりも海抜は低く、浜に鉄橋をかけ走っているようなところもありましたし、以前放送されていた朝ドラの『あまちゃん』のばっばが列車に向かって旗を振っていたような風景もこのあたりの海岸でみることができました。
なにもなければ穏やかな豊かな海ですが、大きな津波が来たら、東北で起きたことがわが郷土でも起こるかもしれない、そんな印象です。
地震などの天災は避けることができないわけで、早く逃げるしか手はないと思います。普段からできるだけ早く発生をとらえる仕組み作り、たくさんの人に早く正確に伝える仕組み作り、早く逃げられる経路の確保に取り組んでいくしかないですね。

南房総市に入ると、道端にビワの実などがなり、鴨川市よりさらに一段ゆったりした空気になってきました。早春ならば、花畑の風景が広がるエリアです。

 

道の駅和田浦WA-O。クジラの街らしく駐車場には実物大のおおきなクジラの骨格が展示されていました。今回のウォークで唯一具体的に考えていた、WA-Oでクジラ料理を食べよう計画があったのですが、現着は16時を回っており断念。
ちょっと残念でしたが、時間も体力もいっぱいいっぱいになって来ており、仕方のないところです。

 

JR和田浦駅です。周辺のローカル色の濃い外観の駅とちょっと雰囲気が違いました。比較的新しい建物で、関東の駅百選に選ばれているとか。
駅には資料館のようなスペースが併設されていましたが鍵がかかっていて入れませんでした。もう少し時間が早ければ見学で来たのかもしれません。

 

駅から和田浦海岸へ降りて浜辺の生活道を歩きました。

 

 今日のゴール、南三原駅手前で道を間違い、線路を超えて山側に広がる田園地帯に迷い込んでしまいました。
海も近いですが、線路を隔てた山側は、区画された田圃が広がる農業エリアでした。1本道を間違うと、遠くに見えている所になかなか届かず、見通しの良い田圃の向こうを走り去る、1時間1本のJR内房線下り各駅電車を恨めし気に見送りながら、18時少し前、トホホの南三原駅ゴールとなりました。

 

のんびりした駅前では、地元の男子高校生が階段に座り、仲よくおしゃべりしていました。
今どきのほとんどの人(大人も)は、一人でスマホを黙々とのぞいてという姿が多いですが、大きな声で、楽しそうに談笑している姿はなんだかともて新鮮というか、懐かしいというか。まだ、携帯電話もなかった自分の高校生時代をちょっと思い出してニンマリです。



こんな感じのホームで小一時間待っていると、地元の高校生たちがたくさん集まってきました。みな元気があって、純朴そうな子たちで、元気を貰いました。

家に帰りついたら、20時過ぎ。電車に乗る時間も長くなり、ちょっとした小旅行でしたが、「まあまあ。お山は晴天、みんな無事で、お毛が(怪我)なくっておめでたい」と、落語大山詣りの落ちで今回は終了でございます。

 

次回7月は、南三原から館山までを歩く予定です。

太海駅~南三原駅 営業キロ13.8Km)    2015年6月10日
実際に歩いた歩数 27,662歩(19.7Km)
安房鴨川駅~南三原駅 トータル歩数 37,261歩(26.5Km)

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房総駅間ひとりウォーク(JR安房鴨川駅~JR太海(ふとみ)駅 営業キロ3.4Km)  

2015年06月23日 | 房総駅間ひとりウォーク

今回から房総駅間ひとりウォークは、JR内房線沿線に入り、終点の安房鴨川駅から房総半島を時計回りに、8ヵ月かけて、営業キロ119Km余り先の蘇我駅を目指します。

今月は、6月10日に、JR内房線の終点、安房鴨川駅から南三原(みなみはら)駅まで、四駅、営業キロで17.2キロを歩きました。

鴨川市内の魚見塚展望台からの眺めがなかなかいいとの事なので、まずそこをめざしてスタートです。
安房鴨川駅を出て、JR太海(ふとみ)駅方面へ右折すると、前方の山のてっぺんに銅像のようなものが遠望できました。たぶん、そこかな?と目標をつけて、ぶらぶら歩きを開始。

 

しばらく歩くと、鴨川市貝渚(かいすか)地区に入り、『しんかもがわばし』という橋を渡りました。たぶん、この川が鴨川市の名前の由来になったという賀茂川なのだと思います。京の賀茂川に似ていることから付けられた名前だとか。

 

詳しいコースを決めていないぶらぶら歩きだったのですが、鴨川市の整備した『魚見塚・一戦場遊歩道』というコースに乗ったようです。
コース入口の八雲神社の鳥居をくぐり振り向くと、太平洋が広がっていました。海辺の街らしい風景です。遊歩道はこの神社の裏手から、浅間神社、魚見塚展望台(一戦場公園)、鴨川松島、太海へと続いていました。

八雲神社の裏手から、浅間神社への道標はあったのですが、これがどうもどっちを向いているのか微妙で、今一つ分かりづらく、スタートから右往左往。
ご夫婦で畑を楽しんでいる方がいたので、展望台へいきたいんですがと尋ねてみたら、ああ、こっちからでも、あっちからでもいけるよ、浅間神社の方から行くと山道でけっこうキツイかもねと、親切に教えてくれました。

キツイと忠告を頂いたのですが、まだ元気もあったので、コース通りの浅間神社コースに進むと、いや、いや、ほんと山道。キツイ!

 

山(参)道を上がっていくと、こんな鳥居がありました。

 

たくさんの石碑があり、いくつもあり、

 

こんな文様がそこここに。
なんて読むんだろ、なに、これ?
江戸、下総、上総の文字も見えます。
自分の中では、60年近く生きて来て初めて見た世紀の大発見です(笑)

帰宅後調べてみたら、浅間神社というのは、富士山を信仰する神社のようで、この文様は『やまつつみ』と読み、安房エリアで広く信仰されている富士講のマーク(今で言えばツアーのガイドさんが持っている旗のマークみたいなもの?)なのだそうです。
講祖は、江戸時代の中頃の修山禅行(包市郎兵衛)という人で、その弟子に上総国君塚(市原市)の正行真鏡という人がいて、南房総に広めたのだとか。(「たてやまフィールドミュージアムNo.12 富士をめざした安房の人たち」(http://enjoy-history.boso.net/)に詳しい記事がありますので、関心のある方はどうぞ)
家の近所にも浅間神社というのがありますが、浅間神社の由来も初めて知りました。

私の住んでいる周辺には、昔から出羽三山信仰というのがあります。北総や東京の方へいくと丹沢の大山講というのもありますね。
落語に『大山詣り』なんてのもありますが、一生懸命働いて稼いだお金で、ご近所集まって講を組んで、何年かに一度ワイワイ旅をする。まあ、当時のお山信仰は、信心がてらの慰安・ご褒美旅行みたいなものだったのかもれません。
奉納されていた石碑は、お山に何度もいけるほど頑張って働き生活にも余裕がある、家族や地域の人もみな大過なく元気だ、そんな感謝の気持ちと自分たちをを讃える顕彰碑なのかもしれませんね。
勉強になりました。

 

浅間神社の社に着きました。
社の右脇に遊歩道が伸びており、尾根伝いに歩くと魚見塚展望台「誓いの丘」に立つ女神像「暁風」の下に出ました。

 

女神像の前で、恋人同士が誓いをし、その証として鍵をかけると幸せが未来へ続くのだそうで、たくさんの鍵がかかっていました。
40年前なら胸ときめいた風景ですが、今となっては鍵をかけられるのはごめんです。お互いに元気で留守がいい。元気があって、怖いもの知らずで、これからの未来ににワクワクした時間は、もう遠く過ぎ去ってしまいました(笑)

 展望台からの眺めは評判通りなかなかでした。

 

鴨川松島方面。

 

中世から軍馬の牧場があり、江戸八代将軍吉宗さんの時代には酪農が取り入れられ日本酪農発祥の地として知られる嶺岡山系方面。

 

賀茂川と鴨川市内。

 

魚見塚展望台を下って来ると、展望台からみた鴨川松島付近に出ました。
本家宮城県の松島は、広い駐車場もあり、おみやげ屋さんや食べ物屋さんがたくさんあったように思いますが、鴨川松島は道路沿いから、ちょっとだけよの世界。でも雰囲気はありますね。

 

県道247号を歩いていて歩道のないトンネルを迂回しようと海側の道に入ったところ、施設の裏口から千葉県立鴨川青年の家の構内に入ってしまいました。
偶然ですが、青年の家出入り口付近で県の天然記念物になっている鴨川枕状溶岩を見ることができました。太平洋の海底火山から噴出したものが、太平洋プレートに乗って房総半島まで移動してきたものだとか。
最近地震や火山噴火が続いていますが、目の前の溶岩を見て、房総沖の大きな地震というのも、他所事ではないなぁと実感できました。

 

曽呂川にかかる外房線の単線鉄橋。
この川の上流に、まだ訪ねたことはないのですが、千葉県でも最古級の曽呂温泉があります。ほんとうに田舎の小さな温泉らしいですが、いつか訪ねてみたいところです。

 

12時半過ぎ、鴨川市の整備した『魚見塚・一戦場遊歩道』に沿って、JR太海駅へ到着。
この駅の乗車人員は、関東のJR駅の中で最も少ないらしいですが、のんびり感満々で、駅前のベンチを借りておにぎりをパクつき、休憩させてもらいました。
『裸の大将放浪記』の世界です(笑)

安房鴨川駅~太海(ふとみ)駅 営業キロ3.4Km)    2015年6月10日
実際に歩いた歩数 9,599歩(6.8Km)

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