まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

野菜中心の食事だと体調いい

2020年06月25日 | 日記

ぐうたら、適当を旨といているので、健康志向で野菜中心の食事をしているわけではない。

宅内の庭先農園に植えたキュウリ、ナスが収穫期に入ったのだ。

気の向いたときに化成肥料をパラパラと追肥はしてきたけれど、キュウリの脇芽かきは後手後手。ほぼ放任状態。

ナスも二本仕立てにしたのだけれど、その後はほぼ放任状態。

管理していないから、短期に集中してたくさん実ができて終わる。

ナスはこれから剪定していければ、秋ナスまで持っていけるかもしれない。

でも、キュウリはあっという間に巨大化して、木を弱めるし、食べるにも「美味しく」とは言い難い状態になってしまう。

せっせととって、できるだけ新鮮な内に食べる。
これしかない。

漬物にしたって、新鮮なしゃきっとしたものを漬けた方が断然おいしい。(と思う。)

朝食から、庭先農園でとったキュウリ スティックに味噌をつけてパリパリ。
漬物は、前日夕方とったナスの塩漬け。

お味噌汁にも、ナスがプカプカ。

主菜は、大き目のご飯茶碗八分目盛りのご飯に、たっぷり美味しい千葉の醤油をかけて、真ん中にお箸でぐりぐり穴をあけ、そこに新鮮な生卵を落としたTKG。
行儀のよい食べ方ではないけれど、これがいい。

血圧には最悪!的な、塩分高めの、昔ながらの食事だけれど、意外に血圧も高くならない。

血圧を朝夕はかってPC内のスプレッドシートに記録しているけれど、「130前後~80前後」で安定している。

キュウリには、利尿作用があるというから、塩分も中和されるのかも。

都会で家庭をもった子1号のところへも応援を頼み、少し食べてもらっているけれど、もうしばらくキュウリ、ナス三昧の食事は続きそうである。

昭和の、子供の頃を思い出す。

今はあの頃と違い、こういう生活が嫌ならいくらでも食べるものはある。

国が豊かになり、当時にくらべ多少の現金もあるから、一年中、刺身も肉も買って食べる選択肢もある。

でも、菜園でとれた野菜を慈しんで、一生懸命食べる。
こんな生活って、自分が望んでいた時間なのかな、とも思う。

今は、所属している組織もない。定期的に生活を支えてくれる収入もない。社会的な地位とか職権などとは無縁である。

自分の時間と向き合い、少しの収入をえながら、前向きに日々暮らす。これがすべて。
最初は不安だっけけれど、失うものが少ない暮らしって、慣れてくると案外気楽で楽しい。

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誤解

2020年06月24日 | 日記

先日、新型コロナウイルス接触確認アプリのことを書いたが、その後テレビ等の解説を見ていたら、どうもアプリの仕組みを誤解していたと気づいた。

陽性判定された日以降の接触状況の把握だと思ったのだけれど、陽性判定された(当事者がアプリに陽性登録をした)日以前14日間の接触データを使って知らせてくれるというのが正しいらしい。

これならば確かに医療関係者、介護、教育現場で働く方などをはじめ、都会の密の中で暮らす方たちにはかなり有効かもしれないと思い直した。

個人を特定できる情報は使用しない、位置情報は使用しないらしいが、スマホ固有の端末番号などと接触状況(日時などのログ)をサーバーに蓄積して、分析して知らせてくれるのだろうから、スマホの使用者は誰か、その接触時日時くらいは、その筋の方が調べようとすればできるのかもしれない。

通知には、「〇月〇日 感染者接触〇人」のように表示されるようだ。

先日のブログにも書いたけれど、こんな情報をもとに、「きっと誰々にうつされたんだ」的な、魔女狩りのような行動が広まらなければいいと思う。

同時に、アプリの精度が上がって、通知がでたら、その人は全員すみやかに検査を受検できるようにすべきだろう。

通知がでたので、病院へいったら、窓口で門前払い!では、国が主導したせっかくのアプリの信頼性は地に落ちる。

字田舎の今の生活では、日々の生活の中でアプリの必要性を強く感じないのだけれど、たまに電車、バスをつかって移動する時や、毎月いく医療機関の待合時間など、その時間だけ使うことは意味があるかもしれない。

スマホが古くなってきたので、電池が弱い。
使うときだけBluetoothをオンにしておく。
そんな使い方もアリかな、と思い直した。

アプリの不具合が修正されうまく動くようになったら、再度ダウンロードしてみようか。

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様子をみることに

2020年06月21日 | 日記

新型コロナウイルス接触確認アプリの名前は、COCOA(COVID-19 Contact Confirming Application)だそうだ。

早速スマホに入れて自分なりに検証してみたのだけれど、アンインストールした。

COVID-19陽性者が、他へ感染させてはならないという善意で情報登録することがこのアプリの出発点となっている。

そもそも陽性判定がでた時点で、他へ感染させてはならないという善意の意思が強い人は出歩かないだろう。

アプリに登録して動き回る人がどれだけいるか?

「1m以内、15分以上の接近」をスマホのBluetooth機能を使って補足する仕組みのようだけれど、字田舎からの都内通勤の電車内や医療、介護関係者などを除けば、こんな情報から『魔女狩り』が始めるのが常だ。

感染症は、本人の不摂生という点も確かにあるにしても、どんなに注意していてもかかる可能性はある。

感染者を探すだし、「はちぶ」にしても、ましてそうでない人を寄ってたかって「はちぶ」にしても、なんの問題解決にもならない。

感染したらどうどうと「私は感染してしまいました」と宣言でき、その人たちが回復するまで社会の制度として生活支援をしてあげる。

検査体制を整えて、不安があったら検査を受けられるようにする。

そこが大切かな、と感じた。

きっとたいまいなお金をかけて発注したアプリなのだろうけれど、どうもなぁという感じを受けた。

私的には、中華製の安いスマホを使っている。

そろそろ使い始めて2年が経ち、電池のヘタリが気になってきた。
電池を持たすために、不要なアプリ、機能はカットして使っている。

「1m以内、15分以上の接近」という環境とは、とあれこれ考えたけれど、ほぼない。

ウォーキングで電車で出かける際などはそうなるのだろうけれど、コロナが大きな社会問題となってからは、電車で出かけるウォーキングも時々都会に出かけることもストップ中。

そんな中で、Bluetooth機能を常にオンにし、電池だけ減らすことに意味を感じない。

「1m以内、15分以上の接近」という環境の中で生活するようになったら、改めて導入を考えることにし、今回は様子をみることにした。

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アプリの名前は?

2020年06月19日 | 日記

スマホでの、政府主導の新型コロナの感染者追跡アプリが今日の午後にダウンロードができるという話をニュースできいた。

たくさんの人がダウンロードして使うことがこの手のアプリでは必要だと思い、情報を集めてみたのだけれど、さて、どこにもアプリの名前すらのっていない。

午後にはダウンロードが可能だといっても、何を手がかりに検索して、めざすアプリを探し出せばいいんだろう。

この午後の話ならば、政府のHPやダウンロードサイトなどにアプリの名前や概要の説明程度は公開しておくべきではと思ってしまった。

お金を配ることは決めたけれど、その方法は検証・確立できていない。
アプリの配布も同じである。

政府主導っていうのは、どうしてこうなんだろう。

住民に近い現場にも、Web技術の現場にも詳しい優秀な人材は多いとは思うけれど。

 

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時空をこえたようなVerification Cardに感激

2020年06月14日 | ラジオな日々

今やradikoのエリアフリーなどを使えば全国の主要ラジオ局の放送を素晴らしく良い状態で聞くことができる。

が、昭和の前半生まれのラジオっ子は、手作り感のあるラジオやアンテナで、遠くからの電波にのってきた音声を聞くことに今でも興味を持つ。

これからの夏場は、E‐スポで、遠くのFM放送が聞こえたりするのが今でも不思議でたまらないのだ。
上手く聞き取れたときは、受信報告書を送り、ベリカードを発行してもらっている。

放送局さんには余計な負担なわけで、めんどうなジイサンだと思っているに違いないけれど、ラジオを聞く楽しみの一つである。

数日前に、交通誘導のシルバーバイトで市原市内へでかけ、お昼休みにいちはらFMを聞いて過ごした。

帰宅してポストをのぞいたら、いちはらFMからの手紙が入っていた。

「???」
であったが、封筒、自身の返信用宛先ラベル、切手は、ベリカード返信用に使ってきたもので見覚えがあった。

2016年08月19日に自作のフィーダーアンテナをもって裏の田んぼ中へ出かけ聞いた受信報告のベリカードが4年の時空をこえて届いたのである。(笑)

ベリカードの発行は、放送局さんの都合だから、返信がなくても当たり前、帰ってきたらラッキーという感じのものである。

よく4年前の古文書のような受信報告書を廃棄もせずもっていてくれたと、そのことにも感動。

海外の短波放送ではこちらがすっかり忘れたころにベリカードが届き、嬉しくなることがあるが、今回は地元FM局で同じような気持ちを味わえた。

いちはらFMの担当者さん、お忙しい中お手数をおかけしました。

自分の中では、ちょっと嬉しい出来事であった。ヽ(^o^)丿

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