まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

鹿沼にさつきを見に行ってきた

2018年05月27日 | 旅行
ヒマ&思い付きというのは、ときに思いがけないことをする。
 
今日は栃木県鹿沼市までさつき祭り見学に行ってしまった。
 
盆栽にはまっている大先輩がいて、その人のさつきがきれいに咲いたので、感じたとおり「きれいですね」って言ったのがきっかけである。
 
「鹿沼あたりへ行けばもっとすごいのがたくさんある。今ちょうどさつき祭りが始まったころだよ」と教えてくれた。
 
時間はタップリあるし、古い軽四の愛車も車検&悪い所の修理を終わったばかりで、すこぶる調子がいい。そんで、行ってしまった(笑)。
 
 
確かに、ピンキリで、千円くらいのお手頃な鉢物もあったけれど、本格的な盆栽はやっぱりすごかった。
 
 
 
人が造った小さな鉢の世界なのだけれど、実に神々しい。
 
「値段をみて、イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン、ジュウマン、ヒャクマン(@_@。」
 
でも、ここまで造りこんだ年月、手数を考えれば、もちろん買う気はないけれど、納得できた。
 
表層部をサラッと撫で生きている私には、盆栽はとてもできないけれど、さつきに時間(思い)を凝縮した作品には、心から感心した一日になった。

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<今日は何の日>
1928(昭和3)年の今日、全国農民組合が結成しました。
 
農協の原点は、下総国香取郡長部(ながべ)村(現在の旭市長部)を拠点に、活動した大原幽学が、1838(天保9)年に先祖株組合という農業協同組合を世界で初めて創設したと言われています。
 
幽学は、千葉県の人ではありません。
流れ者です。成果も地味で歴史の教科書などには載っていないと思いますが、強い思いで地域の人を導きました。
幕末の天保水滸伝、飯岡の助五郎親分などと同じ時間を共有しました。
 
記念館(資料展示館)もあり、たぶん今もやっていると思います。
 
お近くにおいでの際は是非(^<^)。
 
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出羽三山参り 月山登山

2017年08月03日 | 旅行
右足のダメージはまだ少し残っていたが、地域の皆さんと一緒に出羽三山のお参りに行ってきた。
 
近所の先輩にもう十年近くも前から会社を終わったら行こうと誘われてきたが、数年前に定職を自主的に終わりにしたにも関わらず、人間関係不得手の私はのらりくらりと不参加を決め込んできた。
 
長時間バスという小さな空間で過ごせば、話題がなければ『私(個人的な)』の話になる。
 
どこに住んでる?
歳はいくつ? ○○って知ってる?
仕事は?
・・・
 
実は、こういうのがとても面倒でパスしてきたのだが、今年も年初に声をかけてくれた先輩にほだされ、半分お付き合いで参加を決意したしだい。
 
年一回は旅をしようというのも『自分清算会社小路てくてく』の事業の一つなので、今年はこれが旅イベントだと、シルバーバイトの約一月分の旅費を渡し、出発の日が近くなるにつれ、知らない事への好奇心・期待が沸いてきたところでの階段転落だった。
 
旅の初日は湯殿山、羽黒山の参拝。
 
足を着く角度によっては多少違和感もあったが、この二山は神社付近までバスで行けたので初日は無事参拝ができた。
 
湯殿山のお湯が足に効いたのか、二日目は嘘のように痛みが軽減した(^◇^)。
 
羽黒山側の月山八合目までバスで行き、初登山に挑戦。
 
天候が悪く山に入るのを躊躇したが、一番平易なルート※らしく、先達もつき、地元の先輩たちも励ましてくれたので歩きだした。
 
(※今回のルート:羽黒山側の月山八合目から上がるコースは初級、下りのリフトコースも初級らしい)
 
雨と風、すごいガス(雲)の中、景色はまったく見えない山道。
 
ただただ踏みしめる足元の岩を、雨でくもったメガネ越しに探し、一歩一歩歩を進める時間だった。
 
風が吹き付ける側のメガネレンズが特に曇るので、片目状態で遠近感がつかめないのだ。
正直、一人だったらヤバイ!と感じた。
 
メガネ友達の先輩のひとりが、足を滑らせ谷側の熊笹の上に転倒した。
 
幸い笹などがクッションとなり、打撲もなく衣服を汚した程度で、事後の笑い話で済んだが、転落していれば今頃この記事を書いているような状況ではなかっただろうと思う。
 
 
 
山頂付近の雪渓にはまだたくさんの雪が残り、一部登山道も雪の上を歩いた。
 
 
 
山頂もこんな感じ。
 
みなさんカッパを着ていてもびしょびしょぐしょぐしょで、体温を奪われ山小屋のストーブで温まりながら、持参のカップ麺や小屋の美味しい味噌汁を飲んでいた。
 
下山時には天候が好転し、多少景色もみられた。
実は雪渓の画は下山時のものだ。
 
月山八合目からの登山・参拝は観光地ではある。
 
でも、あなどってはいけない、そう感じた。
 
千葉の最高峰は標高400m程度。
 
この程度の山野でも尾根から転落して亡くなる人もいるわけで、『月山登山』は最低限の山歩きの装備と精通した地元の先達などの助けを借りるべきだと痛感した。
 
バスで冷たいビールを飲みながら、自分は自己中100%の人間だけれど、日々みんなに助けられてなんとかやっているし、多少は周りの役にたっているのかもなぁ、と自己中に実感。
 
 

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<今日は何の日>

1247年(鎌倉時代)の今日、時の幕府の執権北条時頼が、道元を鎌倉に招きました。
 
道元が、権力近づかず自分と向きあい仏の教えを追及する姿勢を確立した出来事だと言われています。
 
『道元禅師』(立松和平氏著 新潮社)、こんな小説も読んでいるのですが、なかなか進みません(笑)。
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家に帰ってゆっくり休もう(只見の旅6)

2016年10月25日 | 旅行

檜枝岐からの道は走りやすく、那須塩原からR4号バイパスにのると、ここは、時速60Km前後で流れていたので、19時半頃には道の駅しもつけに着けました。あと150キロ。

埼玉県庄和からのR16も流れのはやい国道なので、これなら日付変更時刻前後には帰宅できそうです。
ちょっと頑張って、家に帰えろう。家が一番ゆっくりできる。
23時半過ぎ帰宅。
ワンコ歓喜のお出迎え!(笑)

全走行キロ790kmあまり。時速50~60kmの日常走行だったけれど、古い軽もよく走ってくれました。そしてたくさんの発見がありました。
何より、無事に、交通事故もなく、見知らぬ土地を見分できたことに感謝です。

自然の厳しさについては、すでに書きましたが、ガソリン単価の違いにも驚きました。私の生活圏では、1リットル114円~116円ですが、むこうでは127円くらいしていました。
車は田舎の必需品、今回いったエリアなどは、まさに車がないど大変そう。その燃料がこれだけ違う。暖房用の灯油なども当然高いのだと思います。
雪国の田舎生活も大変なんだろうなぁ。

道の駅で無料Wi-Fiがつかえるところも増え、整備が進んでいるのにも驚きました。タブレットPCなどがあれば、出先で情報検索や宿の予約なども簡単にできる。すごい時代になってきています。

あたしは相変わらずガラケー携帯、旅情報は家のPCで調べて、紙やマップに書き込んでという生活で、たぶんこからも変えることはないと思いますが、時代遅れであることは分かるようになってきました
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河合継之助記念館で知った小説『会津士魂』を大人買いしたので、しばらくは、読書の秋を楽しみたいと思っています。


 

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檜枝岐(ひのえまた)温泉への道は酷道だった(只見の旅5)

2016年10月24日 | 旅行

旅の最後に、ひとっぷろあびて計画のため、檜枝岐温泉(難しい読みですね)へ向かいました。

奥只見ダムの駐車場で、持参したツーリングマップルをひろげてながめていたら、このときすでに1枚目の”またぎせんべい”をポリポリやっていたわけですが、シルバーラインの途中から、銀山平方面、R352に抜ける道がつながっていて、R352をずっと走っていけば、再度福島県へ入り、目的地に着けそうでした。

自然の厳しさをしらない、お気軽温暖エリア房総在住おやじ、距離も70キロ程だし、こりゃ、いただきだな!とタカをくくって走り出した後の2時間ほどは、とても心細い、今思うと無事でよかったぁという時間になりました。

ツーリングマップルにも、ガソリンスタンドはないですよ、との情報は載っていましたが、行けども行けども集落も”第一村人”も発見できない細い山道。対向車、後続車ももちろんありません。峠を越えたと思うと、また新たな峠。
標識があったので注意してみたら、「ここから携帯電話が利用可能エリア(NTTドコモ)」のような表示。

ここへ来て初めて、ここ携帯電話もダメなんだ!と認識した次第。日本でもまだこういうところはたくさんあるんですね。

走ってきた部分のR352は、国有林の中の舗装してある山道。たしかに国有の道路、国道には違いありません。シルバーラインの中で、よぎった悲観的な思いが、どぉ~~んと押し寄せてきました。

古いけれどまだポンコツではない愛車も12万キロ走り、あたし同様、日常生活には支障はなくても無理はできません。この車の鼓動がとまったら、たぶん森のくまさんに食われて最期かな?

まあ、それはいいとしても、事後処理に大勢の人に迷惑をかけるのは本意ではないな、とまじめに考えちゃいました。

それでも、どうにか集落のある檜枝岐へ到着。

遭難みたいなことにならなくて、ほんとよかった!と思いながら、目の前に広がる紅葉と露天風呂で思いき切り手足を伸ばした駒の湯です。
入浴料500円也。

小一時間ゆったりして、16時過ぎ。あとは、300キロ先のわが家へ帰るだけです。

旅のイメージでは、宇都宮あたりのビジネスホテルに飛び込みで入って一泊してゆっくり帰るつもりだったのですが、さて、どうしようか。
ときかくR4号バイパスまで戻ろう。


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シルバーラインは恐ろしく長いトンネル群だった(只見の旅4)

2016年10月23日 | 旅行

奥只見ダムにゆくには、このダム建設に先立って作られた専用道路、シルバーラインを通っていくしか道がないようです。
このシルバーライン、全長22kmのうち18kmがトンネルだという前情報を持って行ったのですが、実際走ってみたら、むき出しの岩盤、湧き水のトンネルが延々と続く、想像を絶するものでした。

交通量も少なく、ここで車が壊れたらどうしよう・・・。そんな悲観的な考えもちらっと浮かんだりして。

よくまあ、こんなトンネルを掘ったものだと、ダムよりも感心してしまいました。

長いトンネル群を抜けると、視界がひらけ、日本最大の重力式ダム、奥只見ダムと広い駐車場、おみやげもの屋さんがありました。

名物またぎせんべい。380円也。一袋購入。
カミさんにおみやげのつもりで買ったのですが、次の目的地への移動中小腹がすいて食べちゃいました()。これがけっこう美味かった。

もっとたくさん買えばよかったなぁ。

 近くにあるという奥只見丸山スキー場というところは、冬季は雪が多すぎて閉鎖されるのだとか。どんだけ雪が降るんだろ?
ここでも、豪雪のイメージはつかめなかった、温暖エリア房総在住おやじでした。

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