すちゃらかな日常 松岡美樹

サッカーとネット、音楽、社会問題をすちゃらかな視点で見ます。

ハリルジャパンの合言葉は「6つの速さ」だ ~日本4-0イラク

2015-06-12 11:44:10 | サッカー日本代表
タテへの速さで圧倒し相手に何もさせない

 圧倒的な勝利だった。昨日のイラク戦、人とボールがよく動くサッカーで完全に主導権を握り、終わってみれば4-0のシャットアウト勝ち。前半の終わりから後半立ち上がりにかけて運動量がガクンと落ちたが、それを除けばタテに速いチームコンセプトを貫徹し勝ち切った試合だった。

 ではいったい、このチームの何がタテへの速さを生んでいるのだろうか? キーワードは「6つの速さ」である。

(1) ビルドアップの速さ

(2) パスを出すタイミングの速さ

(3) パススピードの速さ

(4) 攻守の切り替えの速さ

(5) プレッシング(寄せ)の速さ

(6) 判断の速さ

 要素を並べればざっとこんなふうになる。(1)~(6)のそれぞれの速さは独立した要素ではなく、たがいに相関関係がある。では具体例を見て行こう。

ショートカウンターを成立させるにはいろんな速さが必要だ

 ハリルジャパンは相手ボールのときに(5)速いプレッシングでボールを奪い、ショートカウンターから点を取るのが約束事だ。この場合、前でボールが取れれば取れるほど敵の守備隊形が整っておらず、そこからのカウンターが有効になる。

 こうしたボール奪取を成立させるには、味方が前線でボールを失ってもそこで決して足を止めず、(4)素早く「攻」から「守」へ切り替えることが大切だ。重要なのは、相手に守備陣形を整える「時間を与えないこと」。つまり攻守の切り替えやプレスの速さだけでなく、ボールを奪ってからの速さも必要になる。

 例えば1点目の本田の得点は、左サイドにいた柴崎のスルーパスから生まれている。柴崎は味方がヘディングで競ったボールのこぼれをダイレクトで、本田の前に広がるスペースに強くて速いスルーパスを出している。

 逆にいえぱダイレクトのスルーパスだったため、敵の守備者はまさかあのタイミングで前にラストパスが出るなどとは思っておらず、対処が遅れた。

 このとき柴崎は自分の目の前にヘディングのこぼれ球が落ちてきた瞬間、ボールに触る前に最前線の本田を見ている。そしてあの地点から「ラストパスが出せる」と(6)速い判断をした。かつ、ダイレクトのスルーパスという(2)最もタイミングの速いパスを出したことが得点につながった。

自陣から6本のショートパスをつないだ岡崎の3点

 岡崎があげた3点目は、(2)パス出しの速さ(6)判断の速さがミックスされた総合芸術だった。あの得点は自陣からダイレクト~ツータッチのパスを連続して5本つなぎ、最後は宇佐美がドリブルでためて岡崎にラストパスを出した。

 こんなふうに自陣からビルドアップする場合、1人1人がたっぷり時間をかけてボールを持った上で6本のパスをつないだとしたらどうか? ラストパスが出るころには、敵の守備隊形はがっちり固まってしまう。

 逆にいえぱあの3点目は、1人1人が速い判断でダイレクト~ツータッチのパスを畳みかけたから生まれたものだ。またラストパスを出した宇佐美が最後にドリブルで敵陣にゆさぶりをかけ、守備の綻びを作ったのも大きかった。

「第3の動き」が生み出すダイレクトパスの乱れ咲き

 ではなぜこのチームは、これほどダイレクトパスを何本も続けてつなぐことができるのか? 重要なカギを握るのが「第3の動き」である。

 ボールの出し手(選手A)とパスの受け手(選手B)の2人だけがプレイにかかわるのでなく、3人目(選手C)の動きが同時にあれば、Cは1本目のパスを受けた選手Bから、その次の2本目のパスをダイレクトでもらえる。

 単純にいえば、味方がボールを持った瞬間に2~3人が同時に連動してパスを受ける動きやスペースを作る動きをすれば、第3の大きなうねりが生まれる可能性が高くなる。

 昔のサッカーでは、ボールホルダーとパスの受け手の2人だけがプレイに関与し、ほかの選手は足を止めてしまっているシーンがよく見られた。だがこれでは選手Aから選手Bに1本のパスが通るだけだ。ダイレクトパスが次々につながる展開にはならない。

 あげく、次に新しくボールホルダーになった選手Bと、パスの受け手である選手Cのまたもや2人だけが次のプレイに関与するのでは、また1本のパスが通るだけで終わる。1本1本のパスがぶつ切りになってしまう。次の新たなボールホルダーがまた何タッチもかけてあたりを見回し、じっくり考えてからパスを出す、というのでは絶対に速い攻撃はできない。

 つまり第3の動きを心がける強い意識づけが、このチームにダイレクトパスの乱れ咲きをもらたしている。これは大きな意識改革といえるだろう。

バックラインやGKまでビルドアップのダイレクトパスを出す

 そしてこのチーム最大の特徴は、自陣・後方からの(1)ビルドアップの速さだ。なんとゴールキーパーまでが、ダイレクトでビルドアップのための1本目のパスを出している。

 また特筆すべきは昨日の槙野がやっていたように、センターバックからの(3)強くて速いグラウンダーのパス出しである。そう短くはない中距離のパスを、センターバックもダイレクトで前へ出している。つまりバックラインの選手がボールをもった瞬間、速い判断ですぐ最前線を見て、スキあらば少しでも前のポイントへボールを運ぼうとする意識が徹底されている。もちろんこれは監督が考えたチームコンセプトだろう。

 日本のサッカー界はもう長い間、強くて速く長いグラウンダーのパスを出せるかどうか? が永遠のテーマになっていた。

 中~長距離のパスを通すとき、海外の一流クラスは平気でインサイドを使い、強くて長い正確なパスを出す。一方、日本の選手はといえば、中~長距離になるとゆるい浮き球のパスを出すか、グラウンダーだったとしても「ポーン、ポーン」と何度も軽く弾みながら目的地へ到達するような緩慢なパスしか出せなかった。だがそんなパスでは速い攻撃はできない。

 つまり従来の日本人選手は、「ズバン!」と強くて速い(しかも長い)グラウンダーのパスが出せなかったのだ。だがハリルジャパンのセンターバックのパス出しを見ていると、このチームは日本サッカー界の長年の課題に答えを出そうとしている。これは歴史的な転換点である。

バイタル手前の中央にクサビのパスがよく通った

 とはいえ喜んでばかりはいられない。この日の日本の攻撃がうまくハマったのは、ひとつにはイラクの中央の守備が甘かったのも大きい。

 日本の選手がボールを持ったとき、イラク陣内のバイタルエリアから少し手前にいる味方の選手がしょっちゅうフリーになっていた。そこへ「スパン!」と強くて速い縦のクサビのボールが通り、その落としから展開するパターンがよく見られた。

 あれだけクサビのパスがよく収まれば組み立てはラクになる。守備のレベルが高い相手なら、なかなかそうはさせてもらえない。ゆえに、この点はかなり割り引いて考える必要があるだろう。

 圧勝したが、相手がゆるかった──。ここは肝に銘じておくべきだ。

 もうひとつはスタミナの問題がある。前半の終わりから後半の初めにかけ、ガクンと運動量が落ちて前への推進力が鈍った。むろんあれだけ速いプレスをかけ続ければ、後半に運動量が減るのは自然の成り行きだ。この点は「プレス型」のチームにとって、これまた永遠の課題である。

 過去、Jリーグでもハリルジャパンのようにこまめにプレスをかけてよく走るチームが登場するたび、「後半も同じように続けられるかどうか?」がテーマになってきた。古くはベンゲル時代の名古屋グランパスのように、いくつものチームが挑戦しては果たせずにきた。ゆえに90分間、同じハイペースでプレスをかけるのは現実的ではない。

 とすれば試合展開や点差に応じ、プレスをかけ始めるゾーンを低く設定するなど、意図的に相手にボールを持たせることも必要になってくる。こうした状況判断を選手1人1人が「自分の頭で考えて」できるかどうか? ここは今後の課題だろう。

柴崎、宇佐美、武藤に期待がふくらむ

 最後に選手個々の寸評へ行こう。まず個人的には、いちばん強く印象に残ったのは柴崎だった。彼は状況判断が速く、自由自在にダイレクトパスが出せる。この点ではチーム一だろう。

 また短いパスだけでなく中~長距離のパスが正確無比だ。おまけに自分がボールを持ってないときも労を惜しまず、こまめにプレスをかけ続ける。今回、ザックジャパン以降に代表デビューした選手の中で、チームコンセプトに適応しながら短期間でいちばん伸びているのは柴崎ではないだろうか。

 次は宇佐美だ。彼の攻撃的な動きは非常に頼もしい。宇佐美はドリブルで攻撃にアクセントをつけられ、攻めのリズムを変えることができる。この効能はチームにとって大きい。相手チームは彼をファウルでしか止められないシーンも見かけるが、逆にいえぱ彼のドリブルは敵のバイタルエリア近くでフリーキックを取れる「飛び道具」になる。あとは自分がボールを持ってないときに足が止まるクセが直れば鬼に金棒だ。

 そして後半、目を引いたのは武藤である。彼の場合は(周囲との問題もあり)「連動性」という意味では前半の選手より落ちたが、なにしろ積極性がすばらしい。勢いがある。常にシュートを狙っているし、ドリブルもできる。宇佐美とポジションがかぶってしまうのが非常に惜しい。

 おそらく武藤は前半から出ていれば、周囲との連動性にも問題なかったのではないか? 次は、もともと連携の取れている本田、香川、岡崎の3人とからむところを見たい。彼らと同時に出場したとき、どれくらいの完成度が期待できるのか? 興味がつきない。

 また武藤と同時に交代出場した永井と原口も武藤と同様、非常に思い切りがよく勢いがあった。彼らも一度、連携が取れている「土台たち」との組み合わせで見てみたい。

勢いと思い切りのよさ――メンタリティが変わった日本代表

 一方、ベテラン組に目を移すと、右の本田はボールを持つと内側へ切り込んでくる動きを繰り返し、うまく真ん中寄りでポイントを作っていた。ポジショニングのうまさは相変わらずだ。

 また岡崎もボールの収まりのよさはピカイチだし、この日は香川が復調している気配が感じられたのもよかった。さらに長友、酒井の両サイドバックの信じられない運動量も目を引いた。かたや後半、柴崎と交代出場した山口蛍は、クレバーで読みがよく守備だけでなくパス出しも非常によかったのが印象的だった。

 いつも後半の残り時間が少ないところで出てくる大迫は、必然的にゲームに入るのがむずかしくなり、少し気の毒な気がした。しっかりポストになれてパス出しもできる彼は、たっぷり出場時間があれば必ず結果を出す力がある。今後に期待しよう。

 さて総評として、日本代表はいまやメンタリティがはっきり変わった。強い精神力と団結心が備わってきている。実はこれがいちばん大きい。後半に出てきた武藤が象徴するように、チームに勢いと思い切りのよさが根を下ろしつつある。この「無鉄砲なほどの思い切りのよさ」は、歴代の代表チームにはまったくなかったものだ。実に頼もしいし、いよいよ本番が楽しみになってきた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする