エイトセンシズに続き二次創作では登場しているこのナインセンシズ、
唯識論で説かれている第8識、阿頼耶識から天台宗などでさらに第9識、阿摩羅識を立てます。
これは穢れ無き仏性とも言われ、「識とは言い難いが・・・」などとも注釈され、元の法相宗等では
第8識と分けていないなど各論ありますが、ナインセンシズに相当するものは他にないでしょう。
真の悟りの境地とも同一視されており聖闘士星矢に当てはめると神の境地辺りに相当しそうで
阿頼耶識に目覚めた者より更に強くなることは想定できます。阿頼耶識までの人と神との対戦の
描写が冥界での乙女座シャカvsハーデスしかないので細かいところは分からないのですが。
それに関連するかもしれない描写として、人間には見られず神々には共通した傾向として
あえて言葉にするなら「自我?に執着しない」ということが挙げられます。ハーデスは人格を
アローンに乗っ取られたことに大した反応を返さず、アテナも記憶を捨てて地上に来ます。
いわば神としての属性をメインにして動いており、それ以外の、自分の好みや性格傾向、
思いや生き方、などといったモノがそもそも大してないのかもしれません。対する人間側は
そういった物を前面に出して神に立ち向かっていく構造になります。どの人対神の構図でも。
となると第9識に当たるのは「自分の宿命を感じ取る」辺りになるのかも。参考になりそうな
事例としてテンマの描写があります。星矢たちの場合は冥界で痛めつけられ、エイトセンシズ
が弱ったところで目覚めた、とも考えられるような感じがします。完全には程遠いようですが。
得られる強さは神聖衣を纏った位、というよりナインセンシズの高まりに聖衣が反応して神聖衣
に変化するとか辺りかも。少し目覚めたくらいではタナトスとか中下級の神に匹敵する力には
なるが、ハーデスとかに伍するには完全に目覚める必要があるとか。今のところの推測として。