シニアー個人旅行のかわら版

国内・海外旅行の話題を中心に、アップデートな情報とともに、シニアーのための手作り旅行を発信する。

スコットランドとスカイ島 the Isle of Skye

2007-09-24 15:21:04 | Weblog
英国人の豊かな暮らしぶりを紹介する「ミスター・パートナー mr partner」という雑誌の広告に‘スカイ島’の名前を見つけ大変懐かしくなりました。英国観光協会の冊子で、「霧と山に閉ざされたスコットランドの秘島」と紹介された記事を読んで心引かれ、出かけたのが20年前、そして再度10年前に家内を伴ってスカイ島訪問・・・当時の思い出が蘇ってきました。しかし‘スカイ島’ではどうもピンと来ません。やはり‘Isle of Skyeアイル・オブ・スカイ’でしょう。スコットランドでは‘島’は‘island’でなく‘isle’と言いますが、羽田空港に行く途中のモノレールの駅名‘天王洲アイル’もスコットランド方言にあやかっているのでしょうか・・・。

 最初に出かけたのは所用でロンドン滞在中、単身レンタカーを借り、途中スコットランド南部の美しい町モファットMoffatに一泊、そして‘Isle of Skye’にフェリーで渡り一泊、次の日インバネスInvernessでレンタカーを返却、北海油田で繁栄するアバデイ―ンAberdeen回りの寝台列車でもロンドンに戻りました。
二回目は成田からロンドン経由で、直接インバネス空港へ、そこのB.B.(ビー・アンド・ビー bed and breakfast朝食付き民宿)に一泊。次の日にレンタカーでネス湖Loch Ness(lochはlakeのスコットランド方言)を訪れ、その日の内にスカイ島に渡りました。(現在ではスカイ・ブリッジが完成しています。)島の中ほどの海岸にある一軒宿のスリガッチャン・ホテルSligachan hotelに二泊、最初の日はスカイ島を象徴する霧と風雨に閉ざされましたが、次の日は奇跡的な快晴に恵まれ、ホテル脇の登山道からクイリン山the Cuillinの一つBlack Cuillinに登ることができました。

スカイ島はどこにある?
スコットランドの地図のサイトを開いてみましょう。イングランドとスコットランドの間には川とか山脈とか明確に区切る地理的な特徴がありません。西暦43年から4世紀にわたってローマ帝国がブリタニアBritannia(イングランドのローマ名)を統治していた時代、北方のケルト民族の南下をくい止めるために250キロに亘り築いたハドリアンズ・ウオール(Hadrian’s Wall)以北がスコットランドとされており、この遺跡は現代でも一部残っています。エジンバラEdinburghが首府、グラスゴーGlasgowが最大の工業都市です。


最北のインバネス空港から西方約50キロに半島のように大西洋に突き出た大きな島がIsle of Skyeアイル・オブ・スカイで、現在ではスカイ・ブリッジで本土と結ばれています。島内最大の町ポートレエPortreeでも人口二千人強で、私が滞在したスリガッチャンSligachanは地図では町として記載されていますが、実質的にはホテル一軒だけの村といった感じです。スリガッチャン周辺の風景を六枚のスライドでご覧下さい。写真でお分かりのようにスカイ島は荒野と山岳、そして入り江が複雑に入れ込んでいます。低地は泥炭層に覆われ、ヒースの紫の花が咲く頃は美しい風景を見せますが、海抜2,3百メートル以上は草木が全く育たない岩石地帯の荒涼とした風景が特長です。

スカイ島とスコットランド民謡「マイ・ボニー」
My Bonnie lies over the ocean
My Bonnie lies over the sea
My Bonnie lies over the ocean
Oh bring back my Bonnie to me
Bring back, bring back
Bring back my Bonnie to me, to me
Bring back, bring back
Bring back my Bonnie to me

この哀愁を帯びたスコットランド民謡を耳にしたことはありませんか?・・・この歌の中のmy Bonnieとはスコットランド王国の再興を夢見て、スコットランドの人々を率いてイングランド王国軍と戦ったBonnie Prince Charlie ことジェームス二世の孫Charles Edward Stuartのことです。しかし戦いに利なく、1746年、インバネス近郊のカロデンCullodenで敗北し、スカイ島に逃れます。この時、島の娘フローラ・マクドナルドFlora MacDonaldはチャーリー王子を洗濯娘に変装させてイングランド兵士の追及から逃します。やがて王子はフランスに亡命、二度とスコットランドの土を踏むことはありませんでした。

私の美しい人は海の彼方にいる・・・私のところに連れ戻しておくれ」という反復されるフレーズの中にはフローラやスコットランドの人々の思いが込められているようです。
1962年にビートルズのバックバンドでトニー・シェリダンが歌い、大ヒットしました。当時の英語の教科書にも採録され、歌った記憶のある方も多いでしょう。

スカイ島へのアクセスと観光案内は下記をお読みください。

http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/d/20071025

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 高岡市瑞龍寺・勝興寺と氷見... | トップ | スコットランドと夏目漱石 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Weblog」カテゴリの最新記事