新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

4月8日 その2 我が国の企業社会の弱点を探れば

2024-04-08 08:05:15 | コラム
アメリカの企業社会の文化と比較すれば:

長い年月、アメリカの大手紙パルプ・林産物メーカーの2社に勤務し、彼等アメリカのビジネスマンたちの視野に準拠して、我が国の企業社会を望見していて気が付いた事を取り上げてみよう。それは、嘗てはあれほど世界的に栄えていた日本の企業社会が振るわない一つの原因に「大学の新卒の定期採用と年功序列の人事制度があるのではないか」だった。

少なくともアメリカの製造業界には「新卒の定期採用」のような習慣も無ければ年功序列式な人事制度もないのだ。この方式(仕来り)と日本式の何れが優れているかというのではなく、国の文化次第で何れかが採用されているだけのこと。私は夫々の仕組みには一長一短があるのは間違いないと思っている。だが、現時点では残念ながらアメリカ式の方が優勢と見えるのだ。

アメリカで我が国の事情に明るい人たちの間では、我が国の人事制度を技術者の処遇面を見れば「若年層にどれ程優れた研究者(R&Dの分野等の意味)がいても、会社側がどれ程柔軟な人事に踏み切っていても、年次が上の人を追い越させる人事は出来ないと言うか、出来るようになっていないのが難点ではないか」と見ているようなのだ。

要するに「アメリカのように即戦力で使える者を中途採用する文化の方と比較すれば、年功序列を重んじる我が国の文化の方が現時点では劣勢ではないか」と言うこと。さらに、年齢という点を見ても、我が事業部の副社長兼本部長は寧ろ部内で最も若年だったし、勿論「中途採用者」だったのだ。彼は私よりは10歳下であり、事業部長に抜擢されたのは39歳。それでもアメリカの一般的常識では遅い方。

それでも、その類い希なる頭脳、営業手腕、冷酷な人事、技術分野の深い造詣等々を、部員たちにこれでもかと見せ付けたのだった。それを目の当たりにした年長者は、彼に逆らうのは無駄な抵抗と悟って服従していた。しかも、彼は州立の四大卒でMBAでもなかったのだ。そういう学歴でも、上層部は力量を見込んで地方のワンオペの営業所長から本部に引き上げる大抜擢をしたのだった。このような人事は年功序列制度から脱却していない我が国ではあり得ないだろう。

アメリカ式では、このように能力を評価されて抜擢されることもあるが、私が見てきた限り最も普通である事は「有名私立大学でMBAを取得した者は先ずは幹部候補生である以上、いきなり管理職的な地位に付けられるし、俗に言われている「スピードトラック」という昇進が約束されている軌道に乗っていくのだ。であるから、その分野の責任者が配下にある全員よりも年下である事など珍しい事ではない。

ここまでで言いたかった事は「アメリカでは学歴と能力次第で、年齢とは無関係に昇進して責任ある地位に就ける」という点である。新卒を毎年採用して、年功序列制を何らかの形で維持していれば、我が事業部の本部長は地方の営業所長の儘でくすぶり続けただろう。私はこのような抜擢人事が可能なのがアメリカ式の利点だろうと思っている。だが、その陰には州立大学出身者には辛い仕組みなのだが、その点は何時か別途語って見よう。

このような人事はアメリカでは一般的であると共に長所もあるからと言って、我が国に持ち込むのは現時点では先ず不可能だろうと思う。私は我が国にとって必要なことは「能力か才能がある若手をどのように活かして、年功序列式が持つ短所を拭い去っていけるか」ではないのかと見ている。だが、こういう仕組みを年長者が受け入れる時がそう近い将来に訪れるという見込みがあるとも思えない。しかし、研究/検討する時期が来ているのでは。

(嘗ての、と言うが)我が社の本社機構で事業部長級にはMBA以上の学歴の者がいるのは当たり前だった。アメリカでは、このような学歴(出身大学ではない)が生存競争の重大な要素になっている。アメリカで一時「頭でっかちのMBA無用論」があったが、今やそんな事を聞かなくなり、そのアメリカの企業が優勢のような気配だ。と言うことは「裕福な家庭に生まれ育たない限り、支配階層には上がっていけない仕組み」であるとなってしまう。

私は「何れにせよ、我が国でも新卒の定期採用と年功序列式人事制度を見直す必要がある時が迫っているのでは」と感じているのだ。確かに、中途入社を推進している大企業も散見される。「job型雇用」などと解ったような説を為す者もいる。外国で流行っているからと言って、内容も見極めずに導入するのは如何なものかと思う。異文化の花は兎角綺麗に見えるものだが、棘も生えているのかも。


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