【掲載日:平成21年10月27日】
葦屋の うなひ処女の 八年児の 片生の時ゆ
小放髪に 髪たくまでに 並び居る 家にも見えず・・・
【御影町東明の処女塚】

芦屋浜 小高い丘に 虫麻呂がいる
〔これも 哀れな話 伝えずに 措くものか〕
葦屋の うなひ処女の
八年児の 片生の時ゆ
小放髪に 髪たくまでに
並び居る 家にも見えず
虚木綿の 隠りてませば
見てしかと 悒憤む時の 垣ほなす 人の誂ふ時
《芦屋に住まう うないの処女
八つの歳から 年頃までも 隣も見せへん 箱入り娘
見たいもんやと 胸焼き焦がし 引きも切らない 求婚話》
血沼壮士 うなひ壮士の 盧屋焼く すすし競ひ 相結婚ひ しける時は
焼太刀の 手柄押しねり 白檀弓 靭取り負ひて
水に入り 火にも入らむと 立ち向ひ 競ひし時に
《血沼の壮士と うなひの壮士 火花を散らす 嫁取り競い
こなた太刀提げ かなたは弓で 水中火の中 厭いもしない》
吾妹子が 母に語らく
倭文手纒 賤しきわがゆゑ 大夫の 争ふ見れば
生けるとも 逢ふべくあれや ししくしろ 黄泉に待たむと
隠沼の 下延へ置きて うち嘆き 妹が去るぬれば
《優しい処女 嘆きて母に
こんな詰まらん 私のことで あたら男が 命を賭ける
生きての結ばれ 考えせずに あの世で待つと 言い告げおいて
本心隠し あの世の旅へ》
血沼壮士 その夜夢に 見取り続き 追ひ行きければ
後れたる 菟原壮士い 天仰ぎ 叫びおらぴ 足ずりし 牙喫み建びて
如己男に 負けてはあらじと 懸佩の 小剣取り佩き ところ葛 尋め行きければ
《血沼の壮士は 夢見て知って 遅れてなるかと 死出追い旅に 後で気の付く 菟原の壮士 叫び足ずり 歯ぎしり喚き
負けるものかと おっとり刀 あの世までもと 後追いかける》
親族どち い行き集ひ 永き代に 標にせむと 遠き代に 語り継がむと
処女墓 中に造り置き 壮士墓 此方彼方に 造り置ける
《残る家族は 悲しみ集い
処女の塚を 真ん中挟み 右と左に 壮士の塚を 悲劇伝えに 造って祀る》
故縁聞きて 知られども 新喪の如も 哭泣きつるかも
《身内人では 無い者なのに 謂れ聞いたら 泣かずにおれぬ》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一八〇九〕
葦屋の うなひ処女の 奥津城を 往き来と見れば 哭のみし泣かゆ
《芦屋の 菟原処女の 墓のとこ 通るたんびに 悲して泣ける》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一八一〇〕
墓の上の 木の枝摩けり 聞きし如 血沼壮士にし 寄りにけらしも
《墓の上 木の枝靡く やっぱりな 血沼壮士に 気があったんや》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一八一一〕
蕭々たる浜風
虫麻呂の袖を 抜けて 吹きすぎる

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