【掲載日:平成21年11月11日】
愛しき 人の纒きてし 敷拷の
わが手枕を 纒く人あらめや
〔寂しさは 日に日に募ると 他人は言うたが
まさに その通りじゃ〕
葬儀の日から 旬日
初七日も終え やっと 人心地ついた旅人
ひしひしと迫る 寂寥感
何を見ても 思い出すのは 郎女のこと
夕闇せまり もの影が 朧になると 胸が痛い
眠るべく 延べた床は 身に冷たく沁みる
愛しき 人の纒きてし 敷拷の わが手枕を 纒く人あらめや
《可愛らしい お前が枕に して寝てた この手枕に 寝る人居らん》
―大伴旅人―〔巻三・四三八〕
朝廷から 弔問の使者
悔みの賜り物を持っての訪れ
もう あれから 二か月
気は 取り戻したものの
旅人に 昔日の覇気はない
使者の 石上堅魚は 気を利かせた
「旅人殿 お役目は終わった
折角の下向じゃ 基山の眺めを 望みたい
どうじゃ 案内は適わぬかのう」
抜けるような 青空
遥かな眺めは 気宇を 荘大にし
筑紫の山々の緑が 目に沁みる
〔共に来て よかったであろう〕
堅魚は 旅人を思いやって 詠う
霍公鳥 来鳴き響もす 卯の花の 共にや来しと 問はましものを
《霍公鳥 鳴いてるお前に 聞きたいな 卯の花咲くのと 同じに来たか》
―石上堅魚―〔巻八・一四七二〕
遥かを見やっていた 旅人
思い直したかに 応える
橘の 花散る里の 霍公鳥 片恋しつつ 鳴く日しそ多き
《霍公鳥 散った橘 恋しいと 甲斐もないのに 鳴く日が多い》
―大伴旅人―〔巻八・一四七三〕
耳にした 「霍公鳥」を 詠み込みはしたものの
旅人の心は 郎女から 離れられずにいた