イノベーション戦略の論理 - 確率の経営とは何か (中公新書) | |
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中央公論新社 |
イノベーションを成功させるための論理は、米国流のコーポレート・ガバナンス論ではなく、「イノベーション確率最大化基準」によるべしと説く、「イノベーション戦略の論理 - 確率の経営とは何か」(原田勉:中公新書)。
本書は、イノベーションの成功確率は、Q(n,p)=1-(1-p)^n (n:試行回数、p;各試行の成功確率、^:階乗を表す)で表されるのだから、nかpの値を大きくすれば、イノベーションの成功確率は上がると説く。この式自体は、自明なものだが、実際にこれを経営に活かそうとすると色々な点で行き詰る。
まず各試行の成功確率pをどうやって求めるのだろうということだ。そもそも、何か新しいことをやるからイノベーションなのであって、初めからpが分かるようなものなら、そんなものはイノベーションではない。著者は、<pがナイト流不確実性を反映していて確率計算できなかったとしても、何ら大きな問題は発生しない>(p47)と書いているが、それでは、計算できない数式を持ちだす事に、いったいどんな意味があるのか。
また、<もともと大数の法則が成立しないイノベーションという現象を、類似した試行、プロジェクトを複数回試みることによって、ナイト流不確実性を客観性の高いリスクへと近似的にも翻訳する事が可能になるのである>(p46)とあるが、これはひとつのモデリングに過ぎない。そのモデルが、実際の現象に当てはまるかどうかは、きちんとした検証が必要だ。
さらに、nを大きくするにしても、一般に企業の予算はそれほど潤沢ではない。本書中には、「大数の法則」なる言葉がよく使われているが、それが成り立つ程、多くの試行ができる企業なんて、どこにもありはしないのだ。
そして、企業家が目指すのは、イノベーション確率を最大化する事ではない。イノベーションによって生み出される利益を最大化することだ。いくらイノベーションが成功しても、赤字になってしまっては本末転倒なのである。
そもそもイノベーションと言うのは、新しいビジネスモデルを作ったり、画期的な製品を開発したり、生産工程を大幅に改善したりと、個別具体的なものである。ところが、経済学者たちは、「イノベーション」という抽象的な言葉で、それを十派ひとからげに扱ってしまうことが好きだ。これは<経済学では、生産関数のシフトのことをイノベーションと定義する>(p131)という一言に端的に現れていると言えよう。 しかし、生産関数のシフトは、イノベーションの結果であって、イノベーションそのものではないというのは言うまでもないことだろう。
本書の内容が、果たして実際に具体的なイノベーションに結びつくかは疑問である。少し読んでは、そのロジックに頭をひねることの連続で、少なくとも私には、この内容を活かしていく事は無理だ。
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