文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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はたらく物語

2024-01-07 09:47:11 | 書評:学術・教養(人文・社会他)

 

 本書は、小説、漫画、アニメ、映画、ドラマなどを通じて、「はたらく」ということを考えていこうというものだ。そして、それらの視点は主に3つ。すなわち新自由主義、ポストフォーディズム。ポストフェミニズムである。本書中に、この3つの単語は何度も繰り返して太字で出てくる。「新自由主義」位は分かるが、この言葉も久しぶりに使われているのを見たような気がするのは私だけだろうか。こういった用語には複数の意味が有ることが多いので、補足的な説明を加えて、一応本書の中から定義を拾っておこう。

 新自由主義というのは、複数の訳語として使われることがあるらしいが、よく目にするのは、ネオリベラリズムの訳語としてだ。本書もその意味で使っている。これは市場に任せれば何でもうまくいくという一部経済学学者の間にはびこる一種の信仰のようなものである。つまり福祉国家を否定し、規制緩和(もしくは撤廃)を前面に出し、小さな政府をつくって、市場に任せておけば、すべてうまくいくという思想である。

 フォーディズムというのは、フォードシステムに由来するもので、人がベルトコンベアの前に並び、それぞれが、単純労働を繰り返し、その結果全体として製品が出来ていくというもの。労働者は単純繰り返し労働の苦痛に耐える見返りとして高賃金、短時間労働を手に入れた。要するに、大量生産・大量消費という現代資本主義の根幹をなす思想だ。

 フェミニズムというのは聞いたことがない人は少ないだろうが、女性解放を旗印に性差別をなくそうという思想や社会運動のことである。

 ポストというのは、思想関係の研究者などが好きな言葉で、それ以後という意味で使われる。つまりフォーディズムやフェミニズム以後ということだ。

 新自由主義以外の言葉は、初めて目にする言葉だ。まあ、私は大学・職業とも特定の思想には関係のないところで育ってきたので、単にそのような素養がないだけかもしれないが。

 分析の対象となっているのは、「3月のライオン」、「プラダを着た悪魔」、「マイ・インターン」、「宝石の国」、「機動戦士ガンダム 水星の魔女」など。私は、「宝石の国」を深夜アニメで視たことがあるくらいで、他の作品については全く知らない。

 例えば、ポストフォーディズムの例であるが、将棋漫画である「3月のライオン」であるが、将棋は従来労働とは呼びにくかったが

従来は賃金労働とは関係ないと思われていた生活や人間の能力の能力の側面が、賃金労働に組み込まれていく(p040)

と著者は述べている。新自由主義との関係であるが、著者は

福祉国家と新自由主義はほぼフォーディズムとポストフォーディズムに一致する政治・経済の体制です。(p030)



 「プラダを着た悪魔」であるが、こちらは女性のお仕事映画である。この中でポストフェミニズムについては、

経済成長に貢献する限りにおいて認められるフェミニズム(p067)

と言っている。つまり、ポストフェミニズムとは、

新自由主義(ネオリベラリズム)にフェミニズムの目的が簒奪された状況(p071)

なのだそうだ。 

 廣野由美子さんの著作に批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義(中公新書)というものがある。これを読むと、一つの作品に対して、色々な視点があることが分かる。ある著作は、著者の手を離れたとたんに、その解釈は読者にゆだねられる。だから著者が思いもよらぬ解釈をされる場合もあるのだ。フランケンシュタインの作者のシェリー夫人も、まさかマルクス主義批評とかポストコロニアル批評なんてものをされることを予想していたかということは疑問だ。

 これらの批評家にとっては、自分の主義主張が主であり、作品はその主義主張を補強するための従ということになる。もっとも、何か視点を定めて深読みしていくというのも面白い気がする。大切なことは、解釈はなにもひとつではないということ。もし答えがひとつだと考えるなら、完全に受験勉強に毒されているのだろう。だから、本書のように特定の思想を基準にして作品を評価するのも面白いと思う。ただ、それは評者がどういう思想を持っているかを明らかにすることになる。場合によっては、人から呆れられる諸刃の剣となるのだ。

☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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