文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評;甘い鞭

2015-11-07 08:54:46 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
甘い鞭 (角川ホラー文庫)
大石 圭
角川書店


 大石圭の「甘い鞭」(角川ホラー文庫)。壇蜜主演で映像化された作品だ。主人公の岬奈緒子は、不妊治療を専門とする美貌の女医。しかし彼女には、もうひとつの顔があった。週末になるとSMクラブの売れっ子M嬢セリカに変身し、客に鞭うたれて喜びの声をあげる。時には客と、最後の行為までいってしまうことさえあるのだ。

 実は彼女には悲惨な過去があった。まだ汚れを知らなかった15歳の高校生の時に、隣家の男に拉致されて地下室に1ヶ月の間監禁され、まるで性奴隷のような生活を余儀なくされていたのだ。逃げようとして捕まり、拘束されて鞭うたれた奈緒子は、激痛に悶えながらも一方ではそれを望む気持ちが湧き上がるのを感じる。その男を刺殺することによりそんな生活から逃れることができた彼女だが、その時既に妊娠させられていた。この事件が原因で彼女は高校も変わらねばならず、両親との間にも溝ができてしまう。普通の日常に潜む恐るべき落とし穴。この世にはどこに落とし穴が仕掛けられているか分からないのだ。

 作品では、17年前のこの事件と現在の奈緒子の生活が交互に描かれる。女医とM嬢の二重生活を送る彼女だが最後についたのが異常な客。彼女を殺して自分も死ぬつもりだという。恐怖におびえる奈緒子は、男が行為に夢中になっている隙をついて、彼が待っていたサバイバルナイフで・・・。それは17年前の事件の再現。まさに「因果は巡る糸車」だ。

 この作品は角川ホラー文庫の一冊である。描かれているのは倒錯したエロスの世界。タナトスの香りが付き纏いながらも、特にオカルティックな事件は描かれていないこの作品がなぜホラー文庫に収録されているのか。本当に怖いのはオカルトではない。何が起こるか分からないこの社会の不条理さこそが真の恐怖だと言うことのなのだろう。何の落ち度がなくとも、普通の生活なんてあっという間に壊れてしまうのだ。

 そのうえ人は誰もが二面性を持っている。本来なら心の奥底で眠り続けていたかもしれないもう一つの顔が、異常な体験の中で目覚めてしまうこともあるのだろう。そのもう一人の自分は、往々にして破滅へ通じる道を歩みがちなのだ。この作品はそんな恐ろしさを、SM小説という形を借りて描き出そうとしているのではないだろうか。
 
※本記事は、書評専門の拙ブログ、「風竜胆の書評」に掲載したものです。

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