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音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

Sirius: LUCIA DI LAMMERMOOR (Fri, Oct 3, 2008)

2008-10-03 | メト on Sirius
何日か前より、複数の情報源から、『ルチア』のリハーサルでの
ダムローの歌がすごい、という噂を得ていたので、実に楽しみに待っていた
今日のシーズン・プレミアの『ルチア』の公演。

昨シーズンのオープニング・ナイトで登場したメアリー・ジンマーマンの新プロダクションを
そのまま引き継いだ二年目のランです。
昨シーズン、タイトル・ロールを歌ったナタリー・デッセイの歌唱があまりに素晴らしく、
あれ以上にすごいものが聴けるなんてことがあるのだろうか?という観客の疑問と、
意外にも今日の公演が同役デビューとなるということで、
ダムローにとってはとてつもないプレッシャーに違いない、と思いきや、
そんな心配をくつがえすような圧倒的な歌唱にリハーサルの場にいた人からは驚嘆と
賞賛の嵐だったといいます。

今日の公演をオペラハウスで観たオペラ警察
(久しぶり!我がOperax3の私設警察です。)の話によれば、
珍しく、指揮のマルコ・アルミリアートも大緊張している様子だったとか。
昨年の、レヴァイン&デッセイという顔合わせによる公演のビッグ・サクセスと
比較されるのですから、ダムローのみならず、彼も大きなプレッシャーを感じていたようです。

そのアルミリアートが指揮するオケは、昨年のややシャープな線の立った音作りに比べると、
もっと朴訥とした温かい感じがします。
レヴァインの指揮が、最初から神経質にぴーんと”張っている”感じなのに比べると、
より穏やかな感じがしますが、ベル・カントのスタイルにより忠実な感じがするのは
このアルミリアートの指揮の方かもしれません。

ダムローは、さすがにプレッシャーからか、一幕の
”あたりは沈黙に閉ざされ Regnava nel silenzio ~ 
このうえない情熱に心奪われた時 Quando rapito in estasi”では、
少し声が固く、高音にも無理矢理引き出されているようなテンションが感じられました。

それから意外だったのは声の質感。
彼女に関しては、以前他の役やガラで聴いた際の印象から、
ほとんどきんきんとした金属的な声であったような記憶があったのですが、
この役で聴くと、思っていたよりも割と重たく、
暗さすら感じさせる、落ち着きのある声です。
デッセイの、ふわんとしたフェミニン(女性的)な声とはかなり対照的。

彼女に関しては、このルチアあたりの役でも、楽々と歌えそうな技術と声を持っていることに、
異論を唱える人は誰もいないが、
役の表現という面ではどうだろうか?という危惧がオペラヘッドの間で口にされて来ました。
確かに、彼女の歌は、常に、ややコントロールされすぎていて、
それが表現の点で障害になっている向きはあります。

今日のルチアに関しては、例えばデヴィーアのような、
100%純正のベル・カントの歌を聴かせる歌手に比べると、
若干個性的な部分もあるのですが(特に高音域での音の転がし方に少しクセがある。)
技術はしっかりしていて、ある意味では、これ以上ないほど優等生的は歌ではあります。
もしかすると、正確さという面ではデッセイの上を行っている部分もあるかもしれません。
しかし、デッセイがこのルチアという役の、何か根幹に関わる部分を
しっかりと掴んでいるのに比べると、
ダムローの歌には、音だけで聴いている限り、それが希薄です。
歌はものすごく上手だけど、デッセイの時のように胸倉をつかまれるような感触がない。
この印象が、実際にオペラハウスで公演を観るときには変わるのか、同じなのか、
今から楽しみです。

”このうえない情熱に心奪われた時 Quando rapito in estasi”の後に、
観客から温かい拍手と歓声が出た後は、少し落ち着いたようで、
ダムローの歌唱はこの後、ぐっとリラックス。
高音も、後の幕ほど、まろやかな音が出るようになっていました。

今日の公演でむしろ嬉しい驚きだったのは、ウォール街に転職希望の男、ベチャーラ
のエドガルド。
時に感情過多な歌い方に走りがちな危険な傾向がありますが、概ねは大変良い出来で、
やっと、まともなエドガルドが
メトのルチアに登場してくれた!と、私はとても嬉しい。

昨シーズンのコステロはともかく(しかも、彼がエドガルドを歌った日は、
ルチアがデッセイでなかった)、
ジョルダーニにしろ、フィリアノーティにしろ、
デッセイの素晴らしいルチアに対して、はっきり言って役不足でした。
しかし、このベチャーラは、きちんとダムローの歌と実力が均衡している。
声質や歌唱もこの役によく合っているし、とにかく、歌い崩さずに、
きちんとなすべきことを確実にこなしてくれるのが嬉しい。
彼の起用は大正解です。
私はむしろ、ダムローのルチアより、彼のエドガルドに小躍りした次第です。

ちょっぴり失望させられたのは、大事なエンリーコ役のストヤノフ。
声自体があまり印象的でないうえに、歌い方もまだまだ練れてない感のする個所が多く、
エドガルドが良くなったと思えば、エンリーコがこれか、、。
あちらが立てば、こちらが立たず、、とはまさにこのことです。
この役は、まだ昨シーズンのキーチェンの方がずっと良い。

そして昨シーズン、レリエーが歌ったライモンド役には、
シーズン開幕直前のパヴァロッティ追悼の『レクイエム』で、
ジェームズ・モリスに代わり、バス・パートを歌ったイルダル・アブドラザコフ。
丁寧に歌っていますが、声質もあって、ややソフトな歌い口。
レリエーのどっしりした歌声とはだいぶテクスチャーが違いますが、
これはもう好みの問題となるでしょう。

昨シーズン、コステロの歌唱のおかげで俄然魅力度がアップしたアルトゥーロ役、
今年、この役を歌うのは、ショーン・パニカーという若手テノール。
彼は、DVDにもなった昨シーズンの『マノン・レスコー』でエドモンド役を歌ったテノールです。
そのDVDでも、そのちょっとエキゾチックな容貌が目を引きますが、
スリ・ランカ系アメリカ人なんだそうです。
『マノン・レスコー』の公演よりも、今日の公演の方が、
声もよく伸びていて魅力的な歌を聞かせていました。
コステロより、芯の強いどしっとした声なので、ベル・カント系のレパートリーとは
違う方向に進んでいくのではないかと予想しますが、どうでしょうか?

カーテン・コールでの、ダムローへの観客の熱狂ぶりがすさまじかったですが、
私はむしろ公演全体のレベルで、昨年のそれと遜色ない出来になっていることを喜びたい。
ますます、実演を観るのが楽しみになってきました。

Diana Damrau (Lucia)
Piotr Beczala (Edgardo)
Vladimir Stoyanov (Lord Enrico Ashton)
Ildar Abdrazakov (Raimondo)
Sean Panikkar (Arturo)
Conductor: Marco Armiliato
Production: Mary Zimmerman
ON

*** ドニゼッティ ランメルモールのルチア Donizetti Lucia di Lammermoor ***