Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

MetTalks: PARSIFAL

2013-02-07 | メト レクチャー・シリーズ
日本語では『パルジファル』の表記が多いのですが、音としては『パルシファル』が正しく、
松竹のライブ・ビューイング/HDのサイトも後者になっていますので、当ブログでも『パルシファル』の表記を採ります。


昨(2012/13年)シーズンは『ファウスト』で共演したカウフマンとパペ。
あの時はカウフマンと演出家のマカナフのそりが合わなくてフラストレーションたまったカウフマンがリハーサルで大爆発!というようなこともありました。
今シーズン、この二人は2/15の金曜日にプレミエを迎えるジラールによる新演出『パルシファル』で共演するのですが、
今回カウフマンがおとなしい替わりに、パペが暴れてるみたいです。
オケとのリハーサル中、パペの歌とオケを制止しイタリア訛りの英語で”ルネさん、そこはちょっとこの間話し合って決めたテンポと違いマスネ。”と指摘する指揮のガッティ。
”今日はちょっと体調が悪いんだよ。”と応えるパペ。
”でも、ルネさん、この間話したじゃないデスカ。ここのテンポはこういう風に、って。それと違ってマス!”
”いや、だから、体調が悪いっつってんだろ!”
、、というような応酬がエスカレートしたかと思うとガッティがオケに向かって"パウザ(Pausa=休憩)!!”
これで心おきなくやりあえるぜ!とやる気満々のガッティとパペの怒鳴り合う声が持ち場を離れるオケのメンバーの耳にずっと聞えていたそうです、、、。

今日はその『パルシファル』の出演者&スタッフによるパネル・ディスカッション。
上のエピソードを聞いた時はパペがつむじを曲げて出てこなくなるかと心配しましたが、、、、
風邪気味で大事をとった(早く直してくださいね!)ダライマンを除き、カウフマン、パペ、ガッティ、ジラールの四人が登場し、
ゲルブ支配人のホストのもと、話を聞かせてくれました。
ゲルブ支配人をPG、カウフマンをJK、パペをRP、ガッティをDG、ジラールをFG、Madokakipの心の声をとし、いつも通り、直訳ではなく大意を再構成します。

PG:皆さんは今日もリハーサルで大量の血を浴びた後ここに集まってくださいました。
NYタイムズの記事でもふれられている通り、この演出では一幕では干乾びた土地に流れる河を、また第二幕では舞台一面を血が覆う趣向になっていて、
使用される血糊の量は1600ガロン(6000リットル以上)に及ぶ。)
『パルシファル』は皆様もご存知の通り、バイロイトでのみ演奏されるように、というのがワーグナーの希望であり、それ以外の土地では演奏が禁止されていましたが、
しかし、それでも作品はアメリカに密入国し、1903年にメトでアメリカの初演を迎えました。
以降、(世界大戦の影響による)原語での上演の禁止などを経つつも、今ではワーグナーの作品の中でも最も人気のある定番レパートリーとして定着しています。
私は2006年、ヨナスが36歳の頃、チューリッヒの劇場で彼が歌うパルシファル、
そしてそれは今回のメトでの上演を除き彼が全幕を歌った唯一の公演ではなかったかと思いますが、
を鑑賞する機会を得、すぐにメトの『パルシファル』に出演頂きたい、ということで契約にサイン頂きました。
なのでそれから2013年まで、我々にとっては7年越しのプロダクションということになります。パルシファル役を歌うテノールのヨナス・カウフマンです。
(客席からカウフマンに熱い拍手。)
そして、その隣がメトではお馴染み、何度もフィリッポ、マルケ王といった役どころで素晴らしい歌を披露してくれており、
シェンクによる旧演出の『パルシファル』ではプラシド・ドミンゴ、ベン・ヘップナー、レヴァイン
(レヴァインについてはパペもうんうん、と頷いてましたが、彼がグルネマンツを歌った公演はゲルギエフとシュナイダーが指揮だったようなので、両者の覚え違いか?)
といった顔ぶれとの共演ですでにグルネマンツ役では登場済みのベテラン、バスのルネ・パペです。
(客席からカウフマンの時よりも盛大な拍手が巻き起こる。パペ、照れくさそうにしながらも、とっても嬉しそう。)
そのお隣が『蝶々夫人』でデビュー(1994/5年シーズン)後、しばらくなぜかメトからは足が遠のいていましたが、
2009/10年シーズンの『アイーダ』をきっかけに再びメトで活躍してくださることを期待している指揮のダニエレ・ガッティ。(また拍手)
そして、最後がグレン・グールドのドキュメンタリー、そして映画『レッド・ヴァイオリン』の監督として知られ、
今回のプロダクションの演出を担当するカナダのケベック出身のフランソワ・ジラール。(またまた拍手。)
クンドリ役のカタリーナ・ダライマンは風邪気味のため、大事をとり、今回のディスカッションは欠席させて頂きます、とのことでした。
支配人としては今風邪になってくれて良かった、公演にさえちゃんと出てくれるなら今はどれだけでも具合悪くなってもらって結構です。
 アホがまたわけのわからんこと言ってまっせー!!
歌手にとってはリハーサルも公演と同じ位大切なプロセスだということがわからない支配人がどこの世界にいますか?
リハーサルだろうと公演中だろうと彼らの健康を一番に願うのが普通の支配人の感覚でしょうが!)
PG: 彼らの他、アンフォルタス役にはペーター・マッティが、そして、クリングゾル役にはエフゲニ・ニキーチンが出演する予定です。
NYのタトゥー・パーラーに行くのに忙し過ぎなければ。
 オペラ・ファンなら誰でも知っている、ニキーチンが若気の至りで昔入れたと言うハーケンクロイツの刺青が大物議を醸し、
先夏のバイロイトの『さまよえるオランダ人』のプレミエの直前に降板させられた事実を踏まえたゲルブ支配人の趣味の悪いジョーク。
カウフマンもパペもその冗談に笑わないだけでなく、出来るだけ何の感情も顔に出さないよう気をつけつつも、ちょっと居心地悪そうな雰囲気でした。
下手な冗談ふるなよな、支配人!普通にニキーチンは出演する、とそれだけ言ってくれれば十分なんだから。)


(写真は出席者の座席順通り、カウフマン、パペ、ガッティ、ジラール)


PG:今回のプロダクションはほとんどポスト・アポカリプティック(この世の末のその後、といったような意味)な雰囲気のあるプロダクションですね。
 地球温暖化のために我々は干上がった土地に生きている、という設定らしいです。)
FG:今回私はこの作品の演出を任されるにあたって、どうすればこの話が今の私達にも密接に関わる・身近なテーマであるか、ということを、
”こいつは何をやるのだ、、?”という不安を観客に与えることなしに伝えるにはどうすればよいか、というのを深く考えました。
そこで、プロダクションはコンテンポラリーなものにし、オーディエンス自身を騎士達と想定し、
この話はあなた達自身の話なのです、というメッセージを、言葉・音楽両方の細かいディテールに注意を払いながら、打ち出したつもりです。
また先ほど血が山ほど出てくる、と言う話が出て来ましたが、誰も怪我をしたりはしていませんのでどうぞご安心を。
 『ファウスト』のマカナフやリングのルパージ~同郷!~にパンチを浴びせてますね。)
アンフォルタスの痛み、聖なる血、そして苦悩の血、これらを出来るだけシンプルに表現しようとするとこのような血の多用というアイディアになりました。
また、この作品は表見はキリスト教的でありながら、仏教のエレメントが多く感じられます。例えばクンドリが体験していることは輪廻転生そのものです。
仏教のベクトルはもちろん、あらゆるスピリチュアルな影響をキリスト教という形を借りてアウトプットしたのがこの作品ではないかと思っています。
PG: マエストロ・ガッティにお伺いします。この作品は長大な作品な上にテンポの問題もあって、
誰それの公演は某の公演より2分長かった、、とか、そういうことが話題になったりもしますね。
DG: 私が『パルシファル』を初めて振ったのは2008年のことですが、バイロイトやパリのコンサート形式など、経験を積んで来ました。
当時、私の人生はちょっとした問題に見舞われてまして、どうも考えがネガティブな方向に向かってしまっていけませんでした。
 その後もその問題の話が延々と続き、ちょっと!私はダニエレの人生の話を聞きに来たのではなくってよ!と思い始めた頃)
DG: この作品を指揮していると信仰の神秘、そして死後の神秘というものについて考えさせられるようになりました。
自分は何のためにこの世にいるのか、、という問いですね。
 ちょっと大丈夫?良い精神科医紹介しましょうか?)
DG: 指揮をすればすれほど考えさせられ、自分の中で育って行くオペラです。
ヴェルディを激しく血気立った音楽だと考えられる人は多いと思いますが、この作品もまた全く違うあり方で非常にエモーショナルな作品です。
ということで、とにかく私が出来ることはただひたすらこの作品と指揮にコミットするということであり、
話を戻すと、それさえ出来ていれば、長さのことは心配しなくても良いのではないか?と思うのです。
 こいつ、まさか、オーバータイムに無神経なんじゃ、、という不安の表情がゲルブ支配人の顔に表れる。
メトでは演奏時間が決まった時間を超過すると、関連する全ての部署のスタッフにオーバータイムの給料を払わなければならない。)
DG: 歌手や演出家はプロダクションや舞台での動きという問題があるので私のようにはいかないかもしれませんが、しかし、、
テンポをがちがちに決めるということは、演奏を鳥篭の中に入れるような行為だと思います。
人によって同じことを伝えるにも時間のかかる人、少ない時間で良い人、色々でしょう。
伝えたいことをきちんと伝えられるならば、長い、短いはあまり問題ではないと思います。
 なかなか物分りの良いことを言っているガッティだが、ふと思う。
じゃ、何でパペが具合悪いって言ってる時にあんなにテンポに拘ったのよ!!と。)
JK: 横からすみませんが、一言良いですか?私もその通りだと思います。
そして、公演は一つ一つ違う、ということも忘れてはならない要素かと思います。
テンポはこれで行くぞ!とあまりに強く思い込んでいると、公演のスポンタナイティ(自由性)のせいで少しでもそれが狂って来たり、
予想外のことが起こると、”おお、もうこれで僕達はお終いだ!!”とパニックして慌ててしまう、というようなことになってしまう。
それから作品の長さの話ですが、まあ、それはそうです。『魔笛』よりは確かに長いでしょう(笑)
でも、例えばロッシーニのような、音数が多くて、ある程度のテンポをもって演奏しないとどうしても演奏がダルになってしまう作品とは違い、
ワーグナーの作品はきちんと感情を織り込み、それを維持する演奏者の力があれば、極端な話、どれだけ遅いテンポでもそれを支えてしまえる力がある、
これも違いではないかと思います。
DG: 例えば『パルシファル』の前奏曲、これは静けさ、無を表現した曲だと私は理解していますが、
この前奏曲の間にオーディエンスを違う次元の場所、全く違う雰囲気の場所に連れて行く、そのための音楽でもあります。
PG: ルネ、あなたはどう思いますか?
RP: それはもう、ハンス・ザックスを除けば私のレパートリーの中で最も歌う時間が長いのではないですか?このグルネマンツは。
 ここで黙っていられない前方席のオペラ・ファンが何か別の役名を出して、そっちの方が長い!と主張し始める。)
RP: え?そう?そう思う?
また、旧演出も含めて通常は衣装を着ける時間というのが役にトランスフォームする時間になるのだけれど、
今回はフランソワの演出意図もあって、衣装も本当に現代の普通の服装だから、そのまま役に入っていけます。
しかし、不思議なのは、あれほど長い作品でも、プラシドやマエストロ・レヴァインと歌った時の公演では、
 と、ここまで言っているので、この組み合わせて歌ったことがあるのかもしれません、、アルカイブでは見つけられませんでしたが、、。)
公演が終わって欲しくない!まだ歌いたい!!と思ったんですよ。そういう作品なんですね。
オーディエンスだけでなく、歌手にとってもこの作品がもたらす感情は素晴らしいものなんです。
FG: 時間の認知に関わる話が出たのが面白いですね。
このプロダクションではあえてせかせかアクションを加えることなく、スローであること、を大事にしました。
この作品の歌詞の中にも出てきますが、”時間が空間に変わる”ということは実際にあると思います。
そうすると、5時間近いものが2時間位に感じられたりするんですね。
 それはちょっとオーバーだろう、、。)
すると、物理的な時間の長さというのは大した問題ではなくなって来ます。
JK:またこの作品にはテキストの曖昧さ、という問題があります。言葉の解釈がそれこそ何通りもあるのです。
私たちはリハーサルをはじめてから、それこそ、何度も何度もある言葉がどういう意味を持っているのか、
立ち止まって考える作業を続けていて、時にはそれが熱を帯びた大議論になることもあります。
しかし、この作品で最も危険な罠は、演出家が作品の長さに恐怖を感じ、自分の今の演出では何か物足りないのではないか、
オーディエンスが退屈してしまうのではないか、と考え、無闇にアクションを入れて余計に退屈なものにしてしまう、というパターンではないでしょうか?
PG: 正直な話をしますと私は支配人の立場としてオーバータイムになると困るな、、と、、(笑)
( ついに本音を出しやがったなー!)
JK: あ、メトも大変なんですか?スカラはものすごく厳しいんですよ。真夜中になったら照明とかも落としてしまう!位の勢いです。
PG: いや、メトはそこまで厳しくはないですけれども、、(笑)
JK: スカラで今シーズン『ローエングリン』を上演した際、ルネと共演だったんですけれども、
モノローグのシーンが上演回を重ねるごとに長くかかるようになってしまって、最後の回だったか、
歌っている時に舞台袖でルネが”早く!早く!時間がないぞ!”って時計を指す仕草をしてるんですよ。
完全に公演が終わったのが冗談でなく、本当に丁度夜の11時59分何十秒、とかで、あの時はほんと冷や汗かきました(笑)
PG: 先ほどテキストの曖昧さ、という話が出ましたが、もう少し詳しくお話願えますか?
JK: 言葉が、、ドイツ人の我々でも意味がわかりにくいものがあるのです。現在使われているのとは違う意味で使われていたりとか、、。
それから、ワーグナーが発明した独自の単語というのもあって、、。
PG: え?独自の単語ですか?『パルシファル』から何か例を挙げていただけますか?
JK: んーと、、んーと、、ちょっとすぐに出てこないのですけれど
 と、カウフマンがパペに救いの手を求める眼差しを送るが、パペは”君が撒いた種だからね、僕は知らないよ。”とばかりに無言。)
JK: んー、すみません、今ちょっとすぐに出てこないのですが、例えばリングでジークフリート(と言ったと思います)が母親のことを形容する言葉、
 といってその単語を発音してくれたのですが聞き取れませんでした。)
これは文字通りの意味にとると”雌の鹿”という意味で、”雌の鹿みたいなお母さん??何だそれ??”と思ってしまいますけれども(笑)、
多分、彼女の雰囲気を伝えるためにワーグナーが独創した単語なんですね。
特にオペラの場合は音があって、例えば4つの音符にある意味の言葉をのせたい、という時に、それにぴったりの既存の言葉がないと、作ってしまえ!ということになるのだと思います。
 とここで、ガッティが○○もそういう造語?とカウフマンに確認する場面あり。
ちなみに『パルシファル』の中では、ニ幕でクリングゾルが歌うEigenholdeなどがカウフマンの言っている例にてはまるかと思います。)
FG: というようなことで一つ一つの単語を叩き割ってその意味をみんなで確認し、共通の解釈を持つというのは気の遠くなるような作業なのです。
JK: で、そうやって何度も話して、それで行き詰った時にはもう一度音楽に戻って来るのです。
そうすると、言葉だけを聞いて議論していたら全く答えが出なかったことが、いとも簡単に解決する、ということもあります。
DG: そうですね、スコアを見れば、音楽を聴けば、あるパートが歌っている時にそれに伴って演奏している楽器はどれか、とか、
そういうことに注意を払うと、自ずとその意味が見えて来る時があります。
JK: でも、言葉というのは厄介で、一つドアを開ければまた新しい問いのドアが二、三個待っていたりして、それはまるで迷路のようです。
ワーグナーが書いた言葉の意味を求めてのあくなき戦い、という感じですね。
PG: ルネ、あなたが歌うグルネマンツについてお話いただけますか?どんな役柄ですか?
RP: どんな、って、、この物語のストーリーテラーです。
PG: ではヨナス、パルシファルは?
JK: パルシファルは一幕目では中身のない殻のような存在です。
しかしニ幕目に、クンドリに1時間だけ私と過ごしましょうよ!と言われ、拒むものの、
母親を擬したたった一つのキスにより、”共苦”を知ることで最高の知を得るのです。
たった一回のキスでこんなことになってしまうのですから、1時間クンドリといたらどんなことになってしまうんでしょうね(笑)
前奏曲の10分でたちまち誰もがこの物語の世界にトランスポートされます。
そして、ワーグナーが自分の書いた物語、音楽を深く深く信じていることが、この前奏曲を聴くだけでわかるのです。
パルシファルはこの物語の中で成長し、苦悩と死への理解を得ます。
もし、皆さんが仮にどんな無宗教であったとしても、この作品を聴く間だけはワーグナーが皆さんを信仰深い気持ちにさせるはずです。
DG: あのキスの場面には『トリスタン』にも似たホルンとチェロの長三和音が登場し、これはワーグナーのトレードマークと言ってもよいものです。
ワーグナーの全音階と半音階の使い方の上手さには驚嘆しますが、ここでの半音階の使い方はその一例です。
PG: 今日はカタリーナ(・ダライマン)が欠席なので、フランソワ、クンドリ役について少しお話願えますか?
FG: クンドリはこの物語をテントに例えるなら、ポストの役割をしています。
彼女はパルシファルのナイーブさ(英語で言うところのナイーブなので、ものを知らないうぶさ、愚かさ)につけこみ、
パルシファルの母の死を利用して、パルシファルの堕落をたくらみます。
PG: 彼女はやはり本気で彼を転落させようとしているのでしょうかね?
FG: 私はそうだと思います。アンフォルタス、ひいては世界全体への”共苦”と官能的な”誘惑”の一騎打ちです。
そしてこの葛藤を経て、何の理由もなく白鳥を殺すようなことをしていたパルシファルが救世主となっていくのです。
クンドリが何の救済もなく、何度も何度も男性を誘惑する役割に引き戻される、これは仏教の輪廻転生の考えとも繋がっています。
DG: また、一幕、ニ幕、三幕にクンドリが与えられている音楽を聴くと、音楽の中に彼女の魂の救済が描かれていることに気づきます。
先ほどのお話の中にワーグナーの造語の話がありましたが、実はヴェルディも、そこまで極端ではありませんが似たことをやっているんですよ。
通常のイタリア語で使われるのとはアクセントの位置を変えていたり、とか、後、例えば『仮面舞踏会』で、
Sento l'orma dei passi spietati と歌われる箇所があります。
(注:第二幕、リッカルドがレナートにアメーリアを無事に家に届けるように、また顔は見ないように指示した後の三重唱で歌われるレナートのパート)
これは情け容赦ない危険な足音が迫って来るのが聴こえる、というような意味なのですが、足音は”聴く”ものであって通常はsento(感じる)と言う言葉は用いません。
しかし、”その足音が体に感じられる”という表現は、あの場面の恐怖を良く表現しているなと思います。
 とついそんなことなら俺らイタリア人もやってるぜ!と対抗してしまうお茶目なガッティ。
でもちょっと待て。『パルシファル』は台本を書いたのもワーグナーですが、『仮面舞踏会』のリブレットはヴェルディでなくソンマじゃないのよ!)

とここでタイムアウト。
カウフマンとジラールが喧々諤々と議論を交わしつつも和気藹々とやっている風で安心いたしました。
後はパペとガッティの関係修復のみ。
ダライマンも初日までに何とかいつものコンディションを取り戻して欲しいと思います!

(冒頭の写真はリハーサル時のもの)

MetTalks: Parsifal

Jonas Kaufmann
René Pape
Daniele Gatti
François Girard
Moderator: Peter Gelb

Metropolitan Opera House

*** MetTalks Parsifal パルシファル パルジファル ***

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29 コメント

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お礼を申し上げます (CSTM)
2013-02-15 14:38:37
Madokakipさま、
久しぶりでブログを拝見したら大変面白いインタービューをのせて下さっててたのしく読ませていただきました.長い記事をわざわざ全部翻訳して下さったのですね.ありがとうございました。パルシファル公演の事情がよくわかって安心いたしました.ダライマンさんお病気だそうで心配ですね.クンドリイはほんとに大役ですから明日までにちゃんと全快なさるといいですね.そうして他の方達もお元気で出演していただきたいですね。私は第二幕の花園のシーンの女性たち、その後の集中的なクンドリイの誘惑をこのパルシファルはどういう風に扱うかなと興味があります。クンドリイが盛んに「一時間だけ、一時間だけ」と食い下がりますものね。JKでなくても心配になります。

Madokakipさまはドイツ語もイタリー語もフランス語も全部お出来になるのね.そして何でもよくご存知でびっくりしてしまいます.いろんな事情をよくご存知だし、全く百科事典みたいな方ですね、お若いのに!
とにかく面白いインタービュウ、お礼を申し上げます。
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ごめんなさい (CSTM)
2013-02-15 14:42:33
投稿をクリックしても何度も絵文字が出て来て文が消えないので何度か繰り返しましたら同じものが二度出てしまいました。あいすみません。こういうときどうしたらいいのかしら。文章が消えないで新しい絵文字が何度か出てくるのはなぜでしょう?
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訂正 (CSTM)
2013-02-15 17:22:05
Madokakipさま、
私日本語がへんになっててよく言葉が思いだせないか、思いつかないことが多いので(といって英語も完全ってわけではないのですけれども)、インタービュウなんて書いちゃいましたが、こんなのは日本語では座談会っていうのだと気がついたら眠れなくなったので、のこのこ起きて来て訂正いたします。インタービュウではありません。座談会。それから今気がついたこと、お書きになったの二月七日だったのですね.ではダライマンさんもう全快していらっしゃるでしょうね.そうあることを望みます.そうして私は21日にメトへ行くので皆さんお元気で出演して下さることを望みます!!!
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日曜日は。。 (brunnhilde)
2013-02-26 13:38:16
Madokakipさま、
日曜日は唐突にお声をかけてしまってすみません!
その後のインターミッションでお会いできるかなぁと思っていたのですが、私もウロウロしてたので、すれ違ったみたいですね。しかし、あのセミナーは、結構面白かったですよね。パルシファルは、本当に奥が深い。。
Madokakipさんの事だから、パルシファルはプレミアの日にご覧になってますよね?
私もプレミア日に見たのですが、今週末とあと最終回を見る予定です。カウフマンがワグナーを歌うのを、生で見れる機会は少なそうですし。。
もし今週末もご覧になるようでしたら、是非お声をかけてください。多分、インターミッションはベルモントルームにいると思います!
返信する
笑える紹介を有難うございました (starboard)
2013-03-01 19:42:54
> ”ルネさん、そこはちょっとこの間話し合って決めたテンポと違いマスネ。”
> ”今日はちょっと体調が悪いんだよ。”
> ”でも、ルネさん、(略)”
> ”いや、だから、体調が悪いっつってんだろ!”

このやり取りのルネさん戦後派の日本人男性みたいデスネ。ファンの私が言うのもなんですが、この通りで何も略されていないなら、いかにも、その瞬間まで忘れてたけど認めたくない人かと。ガッティのイタリア訛りの英語の表記も笑えました。

ところで略されてしまったガッティの人生問題が知りたいです。というのは、2011年にチューリヒでガッティのパルシファルを聴いて、もはや出演歌手の印象が全く残らないくらい演奏がものすごかったので、その秘密を少しでも知りたいのです。ものすごいエモーショナルな作品だというのはホントそうだと思います。

雌の鹿は、ジークフリート2幕の Rehhindin ですね。ドイツ語は複合語を作れるので(Reh+Hindin)私のような「第二外国語で学習しました」レベルだとそういうものかな?と思ってスルーしてしまっていました。勉強になりますー。ジークフリートは自分以外の人間を知らないので、彼の知っている生物の中で一番お母さんに近い優しそうな存在が牝鹿(特に目のイメージ)だったんでしょう。ところでこの下りを読むに、カウフマンは目下ジークフリートの準備中っぽいですね。

> たった一回のキスでこんなことになってしまうのですから、1時間クンドリといたらどんなことになってしまうんでしょうね(笑)

クンドリみたいなこと言ってますね。クンドリを歌うならいいのですが。
返信する
達成感よりも世の中に突き放された感覚・・・ (boku)
2013-03-08 18:36:32
ここはモンサルヴァートか?それともクリングゾールの魔の城か?
いや、ここはOpera×3だ!

ということでみなさんこんにちは。久しぶりですね。
大学受験もほぼ終了!
解放されたはいいのですがここ数日早速何をすればいいのかすっかり見失っています!
あんまり困っているので本ばっかり読んでいます。
これからどんどん慌ただしくなっていく大学生活が、、、
不安でなりませんが、不安で悩んでばっかり、これこそが大学生ですものね。
怖いからみんなでたむろして恐怖を沈め、ばか騒ぎしてやがてホントにバカになっちゃったり。
まったく面倒な生き物だなと、、、負ける気はさらさらありませんが!
勿論頑張ります。

さて、受験中もこちらチェックしていましたがmadokakipさんがここ一ヶ月近く顔を出していないのですね。
お仕事忙しいようで、自分も以前のようにこちらで感想を書いていては今以上に手が回らなくなってしまいますので、
ここはやはり距離をとって、これからも皆さんで愛する音楽を聴き続けられるように、花のーいろー雲のかげー、独立!
ということであくまで予定は未定ですが近々、
ブログかなにかを立ち上げよーかなー、、、と思っています。
その際はもちろんこちらでご報告しますので、どうぞよろしくお願いします。

ああ、大学生
返信する
おめでとうございます (みやび)
2013-03-09 20:06:40
bokuさん、来月から大学生活なのですね!おめでとうございます!

そうですね、人間とは「悩む葦」なのかもしれませんね。

これから始まる大学生活、よく学び、よく遊んで下さい。
大学というところはまず第一に「学問の場」です。学問とは試験で点を取るための勉強ではありません。(そうはいっても進級するには試験に通る必要がありますが。)
今の学生さんは大変に恵まれていて、学校側が手取り足取り、なんでもやってくれます。正直、やりすぎだろうと思うことが多いですが、まぁ、せっかく色々してくれるのですから、有効に利用なさってください。

ただ、義務教育ではありませんから、自分で目標をみつけ、そのために学べるようになる必要があるのではないかと思います。脅すわけではないですが(bokuさんは脅しなんぞに屈しないでしょう)他のアジア系の学生と比べて日本の学生は覇気がなく、正直なところ将来に不安を感じなくもないです。

こんなお節介おばさんの愚痴みたいなのは吹っ飛ばして、我が道をみつけてどんどん進んで下さい。若いってそれだけでいいよね、と歳をとると思うものですから。
返信する
おめでとうございます (素人耳)
2013-03-10 18:22:02
boku殿、晴れて大学生!おめでとうございます。
わしも最近Madokakip殿がご不在なのを、ちょっと気にしておるのじゃが、またお忙しくなられたのじゃろうな。
boku殿のblog立ち上げ(あるいはFacebook?)、楽しみにしておりますぞ。
もちろん、引き続き勉強もがんばってくだされ!
返信する
bokuさま (斑猫)
2013-03-12 15:12:08
長いコメントを書いておりましたら、扱いなれぬパソコンが反抗して、全部消えてしまいました。
これも天の声かと思い、簡潔に。

bokuさま、ゆめゆめ日本の大学のおめでたいぬるま湯ぶりに惑わされず、知識欲と好奇心によばれるままに突き進んでくださいませ。
システムのせい、とはいえ日本の大学が腐ってしまったことに深く反省はしておりますが、私にはどうしようもなく、一人でも多くの若者に目覚めてほしいと祈るばかり…おっと、また長くなりそう。

去年と同じタイミングでお忙しそうなmadokakipさま、ご復帰を楽しみにしております。
諸事情で私は今年はNY住まい。きょうも男声迫力ゼロの「オテロ」をそれなりに楽しんでまいりました。どこかで遭遇しているのかもしれませんが、どうぞご自愛くださいませ。
返信する
皆様 (Madokakip)
2013-03-18 10:25:40


またまた頂いたコメントへの返事が長い間滞ってしまいました。申し訳ありません。
今回はまったく仕事なんか(?)ではなく、『パルシファル』オンリーの一ヶ月になっていて、ずっと余韻冷めやらず、、という感じでなかなかレポートにも手をつけられない状態だったのですが、
今週末に鑑賞した『リミニのフランチェスカ』のあまりの駄作ぶりに現実に引き戻されました。

『パルシファル』については観に行った回数が多いのでこれを一体どうやってレポートにしたら、、?と考え中ですが、数日のうちにアップしたいな、と思っています。
でもその前にコメントへのお返事を!
返信する

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