久しぶりにシンガーズ・スタジオのレポートです。
シンガーズ・スタジオには結構まめに足を運んでいて、これまでに興味深い内容のものがたくさんあったんですけれども、
ブログ休止期間中であったり、メトの公演の感想等を優先しているうちにすっかりご無沙汰モードになってしまいました。
今日のゲストは現在メトの『皇帝ティートの慈悲』にセスト役で出演中のエリーナ・ガランチャ。
インタビュアーはこちらも当ブログではお久しぶりの鉄仮面編集長ことF・ポール・ドリスコル氏です。
(ドリスコル氏はかのOpera Newsの編集長で、どんな歌手からどんな答えが返ってきても、
まるで仮面のように表情を変えずに受け答えすることから、私が勝手に、しかし愛情をこめて鉄仮面と呼ばせて頂いている人物です。)
いつも通り、筆記でとったメモをもとに、要点を会話形式で再構築したものですので、実際の会話の完全な和訳ではない点はご了承ください。
ガランチャはEG、鉄仮面をFPDとします。
(最初にアラーニャと共演した2009/10年シーズンのメトの『カルメン』から、”ハバネラ”の映像が流れる。)
FPD: この時の『カルメン』への出演はかなり間際に決まったものでしたね。
EG: はい。私はそのシーズン、『ホフマン物語』に出演するはずだったんですが、『カルメン』に出演する予定だった歌手
(ゲオルギューのこと。経緯はこちら。)が降板するとか何とかそんなことがあって、
支配人から『カルメン』に出演してもらえないか?という打診がありました。
私の答えは断然NO!!で、2007年にリガで歌ったりしたことはありましたが、まだメトで歌う準備は出来ていないと思っていたんです。
周囲の人間はアメリカはヨーロッパから離れてるし、こっそり歌ってくりゃいい、なんて言ってましたけど、
”アメリカで歌うってことは世界相手に歌うのと同じなのよ。それのどこがこっそりなの!?”って(笑)。
メトからはとりあえず演出家のリチャード・エアと会って話をしてもらうだけでもいいから、と言われて、
”いいえ、絶対会いません!”ってお伝えしたんですけれど、
結局メトの熱意に負けて、本当に会って話しするだけ、、ということで、リチャードと会ったらそれが2時間半のミーティングになってしまったの。
彼のコンセプトを聞いているうちに、今まで自分が考えていたカルメンとはまた違うカルメン像ですごくチャレンジングだと思ったし、
相手役がROHでも共演したロベルト(・アラーニャ)だというのも安心できる要因で、、色んな要素が全部はまって、それでお受けすることにしました。
FPD: 当初気がのらなかった理由はなんですか?あまりに急過ぎて準備の時間が無いと思ったのが理由ですか?
EG: それもあります。後は、カルメン役に対してオーディエンスが持つ一般的なイメージ、黒目・黒髪、、といったものに対して、
私は青い目のブロンドで、そのうえに背も高めだから、ホセ役もテノールが小さい人だと、
「何?カルメンってテノールのお母さん?」って感じになっちゃうんじゃないか、とか、、そういう面での心配もありました。
FPD: あなたはラトヴィアの出身ですよね。いつ自分はメゾ・ソプラノだ、と確信したのでしょう?
EG: 確信したことはなかったかも、、(笑)。
私の母は歌手で歌を教えてもいますが、私の声は高音から低音まで比較的幅広く出るので見極めがなかなか大変でした。
一度など、知り合いから”イタリアに声帯からメゾかソプラノかを判断できるお医者さまがいる。”と聞いて実際に診断してもらったこともあります(笑)
メゾとソプラノを分けるのは単にどれだけ高い声がでるか、低い声が出るか、というのはあまり問題ではなくて、
声の持つカラーと一般的なレジスター(声域)がどこにあるか(=主にどのあたりの音域に声が心地よく座るか)それが決め手になります。
時たま高い音を出すことに何の問題もないとしても、それだけではその人がソプラノである、ということにはならないのです。
PFD: 『アンナ・ボレーナ』のシーモアなど、ベル・カントの役も歌っていますね?
EG: まだ学生の頃、『ノルマ』の"清き女神 Casta Diva”のあまりの旋律の美しさに窓をあけたまま、何度も何度もレコードに合わせて歌っていたら、
”うるさーい!!!”と近所の人に叱られたこともあります。
私はリリック・メゾですので、ロミオ(『カプレーティとモンテッキ』)やアダルジーザ(『ノルマ』)は歌っていて心地が良いのですが、
決してコロラトゥーラ・メゾではないので、アンジェリーナ(『チェネレントラ』)のような役は特別な努力が必要です。
FPD: あなたはメトでアンジェリーナ役を封印しましたし、そういえばセスト役も今回のメトでの公演が最後になるだろうとおっしゃってますね。
メトはあなたの持ち役の墓場かな?
EG: (笑)ほんとに。で、アンジェリーナのような役で必要とされるビブラートはすごく早いものでなければならないのですが、
私の持っているビブラートはそれより若干遅めな感じで、トリルなんかも歌っていてちょっと疲れてしまったりします。
FPD: あなたの歌のイントネーション、それからチューニングは素晴らしいものがあると思うのですが、
これは合唱指揮をされていたお父様の影響も大きいのでしょうか?
EG: ええ、それはあると思います。
FPD: さて、『皇帝ティートの慈悲』ですが、リハーサルに入られたのはいつですか?
EG: 10/26(注:ちなみにティートの初日は11/16でした)でしたが、その後、サンディーなどがあって少しプロセスが遅れましたね。
マエストロ(ハリー・ビケット)とはテンポの調整を十分に行いました。というのは表現のために必要なテンポがある、と私は思うので。
FPD: メトで歌うのはいかがですか?
EG: 大好き!最高です。もうちょっと(自分の住んでいる)ヨーロッパから近ければもっと頻繁に歌いたいくらい。
劇場が巨大ですけど、それに向かって思い切り歌うのはかえってリラックスにつながります。
FPD: 今後、どのような役を歌って行きたいとお考えですか?
EG: アズチェーナとかウルリカを歌うことはなさそうですが(笑)、
子供が生まれてから(注:この時点で1歳2ヶ月だそうです。)声に変化がありましたし、2018/19年あたりにはデリラ役(『サムソンとデリラ』)に挑戦する予定です。
でも、70とまではいかなくとも55歳位までは歌い続けて行きたいので、急がずゆっくりとレパートリーを広げていけばいいかな、と思っています。
FPD: 『トロイ人』のディドーンも予定されていますね?(注:これはベルリン・ドイツ・オペラで2013年の話のようです)
EG: はい、マエストロ・ラニクルの指揮で。この役は声楽的にも音域が広く大変難しい役で、5幕はもうバナナ!(きちがい沙汰を表す英語)って感じですが、
ベルリオーズの声楽作品には他にも素晴らしいものがあるので、それらの作品をより広く紹介する手助けも出来ればいいなと思います。
FPD: リガで勉強されていた頃、演技はどのように身につけられましたか?学校では演技のクラスは充実しているのでしょうか?
というのも、アメリカでは、若いオペラ歌手に対しての演技の教育が、音楽面での教育面に比べてかなり欠けている、という指摘がしばしば聞かれます。
EG: リガの音楽院にも演技のクラスはありましたが、質はあまり良くないですね。あら、こんなこと言っちゃったらまずかったかしら(笑)
私の場合は母がオペラ歌手でしたから、リハーサルや舞台を見たり、そういった経験を通じて演技のこつをつかんでいきました。
私の通っていた学校から道を挟んだところに母のいる劇場があって、ほとんどの時間をどちらかで過ごしていましたね、当時は。
小さい頃、友人が演技の学校に通っていて、普段はジーンズにトレーナーみたいな格好ばかりのその友人が、
舞台の上で王冠と美しい衣装を身につけているのを見て、私もお芝居の勉強をしてみたい!と思ったんです。
それで演劇学校の試験を受けたのですが、見事に落ちまして、
歌だけなら何とかなるかも、、と歌の世界に入ったわけですが、大変な道を選んでしまいました(笑)
FPD: あなたのお母様はオペラ歌手、お父様は合唱団の指揮者、という話は先ほど出ましたが、
このご両親がオペラの世界に関わっているという環境は、あなたにとってプラスでしたか、マイナスでしたか?
EG: もちろん自分の歌を研鑽していくという意味ではプラスだったと思います。
しかし、私の母はリガではちょっとした有名人でしたので、私が歌を勉強し出した頃は、
”なかなか良い声をしているけれど、全く音楽性に欠ける。””母親とは違うな。”というようなことをいつも言われていました。
まだ勉強途中の若い歌手にとって、このような自信をくじく言葉を聞くのは大変辛いものです。
私はオーディションを受けて、ドイツの小さな劇場でデビューを果たしたのですが、
このオーディションを受けに行くときに母親から”準備が出来ていない。”と大反対されました。
けれども、私の方も”実際に舞台に立ってみなくて、どうしてそれがわかるの。”と大喧嘩して半分家を飛び出すような感じでドイツに向かったんです。
ドイツ語も話せなくて、ビザなどの書類を申請する時も、ラトヴィア語/ドイツ語の辞書と首っ引きでなんとか記入し終えた、という状態でした。
でも受かった。そして、私のキャリアはそこから始まったのです。
ただ、今の私がその当時の私を目の前にしたなら、母と全く同じことを言うでしょうね。
ロシアの影響が色濃い国からドイツに行くのは大変でしたし、私の場合は本当に色んなことが幸運な方向に進みましたが、
そうならなくても、何の不思議もありませんでしたから。
FPD:(ここで2005年のウィーン国立歌劇場『ウェルテル』の公演からの映像が流れる。)
これはいわゆるトラディショナルな18世紀的な舞台とは全く違う演出(注:セルバン演出)ですね。
シャーロット役のアップタイトさがどことなくヒッチコック的っぽく、面白く見ました。
さて、ここからはオンラインで寄せられたものと皆さんの質問のコーナーに入りたいと思います。
”好きな役は?”
EG: シャーロット役は好きな役の一つですが、これは年齢によっても変っていくと思いますね。
さきほどの映像にしても2005年ということは私も今より7歳若いわけですし、、(笑)
HDはプレッシャーが大きいし、歳をとるほど大変さが身にしみます。
顔の細かいパーツが良く見えるのもそうですし、歩く姿勢とか、、、
時々HDの映像を後で見て自分の顔に”わっ!!”と驚くこともあります。
もちろんHDに関してはリハーサルが多ければ多いほどリラックスしてのぞめます。
FPD: HDデビューは、、、
EG: メトの『チェネレントラ』です。(注:前述の映像はHDではなく、DVD化用の映像だったのだと思われる。)
あの時を境にして突然世界中にファンが増えた感じがしますね。メキシコのファンからメッセージをもらうようになったり、、。
さっきの『ウェルテル』の時は”小屋”(注:あらあら、ガランチャったらウィーン歌劇場のことをそんな風に、、)って感じでしたけど、
メトは劇場自体も巨大ですし、、
FPD: 現在メトのHDは55カ国に配信されているようですよ。
EG: さらにプレッシャーをかけてくれてほんとありがとう(笑)
(注:このシンガーズ・スタジオから約5日後に『皇帝ティートの慈悲』のHDが予定されているのでした。)
FPD: "歌うのが難しい言語がもしあれば教えてください。”
EG: ラトヴィアのオペラというのがあったとしたら、多分、それでしょうね。ラトヴィアの言葉は喉の奥深くを使う音が多いので、歌いにくいです。
FPD: ”役の準備はどのように行いますか?”
EG: 2年半~3年位前からスコアを見始め、リブレットを読み込み、関連する本に目を通したり、DVD等を鑑賞したりします。
ただ、私はあまりがっちりと役を作りこむことはせず、必ず演出家のために少し余地を残しておくようにします。
オペラというのはみんなで協力して作り上げていくもので、自分にとっての真実が他の人の真実とは限りませんから。
ですから、自分の解釈と違う解釈も歓迎しますが、その代わり、そこに”それがなぜか?”というきちんとした裏付けがあることが条件です。
あと、役を固めすぎると、一つの演出から別の演出に移った時に身動きがとれなくなるような感じがして、
それもあまりがっちりと固めない理由の一つですね。
FPD: ”あなたが演じるズボン役の中でボーイフレンドとして一番理想的なのは誰ですか?”
EG: これはまた随分パーソナルな質問ね(笑)私がどの女性役に自分を置いて考えるかによっても違うんじゃないかしら(笑)
若い女の子だったらそう思わないかもしれないけど、年増な女性ならオクタヴィアンがいいでしょ?違う?(笑)
FPD: そういえばあなたのご主人も指揮者(注:カレル・マルク・チチョン)でいらっしゃいますよね?
EG: ええ、私の朝の様子で彼にはその日の夜の公演の内容がどんな風になるか大体ばれちゃう(笑)。
ただ、彼は今は段々オペラの指揮を減らして、演奏会などを増やすようにしています。
というのも、オペラは一つのランで6週間から8週間同じ場所に拘束されるので、
彼と私の両方が別々のオペラに関わると、一緒に過ごせる時間が本当に少なくなってしまうものですから、、。
FPD: カーネギー・ホールでのリサイタル(2013年4月6日)も予定されていますね。
EG:リサイタルで歌う時はオペラの新演出のために準備するのと同じ位のエネルギーを消費します。
母の仕事のせいもあり、レパートリーはたくさんあるので、それは問題ではないのですが、色々テーマを考えてセットリストを作るので、、。
今度のリサイタルはザルツブルクと同じで、私の大好きなシューマンの作品、それから少しコンテンポラリーな彩りを添えるためにベルク、
そして、R.シュトラウスの歌曲、という構成になります。シュトラウスの作品は私にとっては歌いやすいですね。
FPD: テーマはどのように選ぶのですか?
EG: その時にいる状況、その時に最も大切に感じる事柄、自然、対人関係、、色々ですね。
私はオペラの公演の隙間にリサイタルをつめこむようなやり方はあまり好きでないので、
オペラの公演とはまた別に、リサイタルのためのまとまった時間を取るようにしています。
FPD:”お子さんにはどのような子守唄を歌っていますか?”
EG: 静かになるものなら何でも(笑)。ただ、うちの子は言葉があるものよりも交響曲の方が好きみたいなので、
私が歌う時は言葉でなく、ハミングで歌うようにしています。
FPD: お子さんに音楽に関わる職業についてほしいですか?
EG: 音楽と関わりのあるものに興味をしめしてくれたらいいな、とは思います。
誰もうちの子は素晴らしい!と勘違いしているもので、私もそれにもれず言うと(笑)、
うちの子供はリズム感が良くて、ラテン系の音楽なんかをかけると器用にそれに合わせて踊ったりしているのでダンスとか向いているかな、と思っています。
オペラ歌手?それはすすめません。
特に今のオペラ界の状況では。たった15~20年前とくらべてもオペラの世界は様変わりしました。
このままで行ったらあの子が大きくなる頃には、オペラ歌手にとってはとても過酷な状況になっていると思います。
レディ・ガガみたいな感じの歌手になりたいならいいかもしれませんけど(笑)
FPD: 今オペラの世界の変化について言及がありましたが、もうちょっと詳しく説明していただけますか?どこがどう変ったと思われますか?
EG: 以前はもっと時間がありました。こちらが成長し、進化していける時間が。
だけど、今ではコンクールで一位をとれなかったらもうだめだ、とか、
25歳になる頃までに『椿姫』で舞台に立てなかったらアウト!とか、とにかく性急に判断し過ぎです。
そして、このように一度見限られた歌手には二度とチャンスが回ってこない。
それに残った歌手は歌手で劇場に次々とあれを歌え、これを歌え、と要求されるのです。
FPD: ”今でも舞台に立つ時には緊張しますか?それに対処するにはどのようなことをしていますか?”
EG: (最初の質問に、そんなのなくなると思う?という様子でくるりと目玉をまわす。)もちろん。
以前、プラシド(・ドミンゴ)と共演した時にすごく緊張していたら、彼にこう言われたの。
”ハニー、そうやって考えれば考えるほど、緊張がひどくなって行くんだよ。”って。
舞台に立つ身である以上、緊張から完全に解放されることはありません。
だから、その恐怖とどう向き合っていくか、その方法を考えることの方が大事だと思います。
でもその緊張が完全になくなってしまったら、それはそれでエモーションレスで退屈な歌しか歌えなくなってしまうのではないかしら?
FPD: ”ズボン役を演じるために特別なことはしますか?”
EG: とにかく人を観察することかしら。私はとにかく人のくせ、仕草を観察するのが大好きなんです。
例えばめがね一つをあげる仕草にしても、こういう風に(とひとさし指でブリッジを押す仕草)する人とか、
こういう風(フレームを横から手で摑んであげる仕草)にする人、
それから座るときも、こういう風に(と立ち上がって、どさっ!と音を立てて座る)座る男性や、
こういう風に(とすっとエレガントに座る)座る人、色々ですよね。
以前ウィーンで唇の左から右に舌をつーっと動かすのが癖の人と会ったことがあって、面白くて目が離せなかったということもありました。
歌手が舞台に一歩出たその瞬間、どのような様子で舞台に出て行くかで、オーディエンスのその役への印象が決まってしまいます。
だから、口を開いて歌う前から、あらゆる機会を用いて役の性格を表現しなければならないのです。
FPD: 私からの質問ですが、『皇帝ティートの慈悲』はアンニオ役もセスト役もメゾですよね。混乱しませんか?
EG: いいえ。この二人はかなり違いますから。レポレッロとドン・ジョヴァンニの方がずっと近いと思いますよ。
FPD: これからのキャリアでどんなことを成し遂げたいですか?
EG: 以前に比べればキャリアが開けてレパートリーの選択など、自由度があがったのは良いことだと思うのですが、
自由があるからこそ、”じゃ、自分は何がしたいの?どういう風な道に向かって行きたいの?”という難しい問いに向き合っていかなければなりません。
クリスタ・ルートヴィヒはメゾでありながらソプラノの音域まで統一した音色を持っていて、
私と似通った部分もあるため、目標にもしている歌手なのですが、
その彼女とお話する機会があった時、現役だった頃はクライバーやカラヤンといった指揮者が自分のところにやってきて、
この役は君にあっていると思うから歌ってみなさい、と言って、実際そのための指導も惜しまなかった、と語っていました。
その話を聞いてすごくうらやましいな、と思いましたね。
自分からこのレパートリー、この役を歌いたい、というのもいいですが、
”君はこの役をやるといいと思うよ。やってごらんなさい。”と、そういった挑戦を歌手にしてくれるような存在が今のオペラの世界にいたらなあ、と思います。
The Metropolitan Opera Guild
The Singers' Studio: Elīna Garanča with F. Paul Driscoll
Opera Learning Center, Rose Building
*** The Singers' Studio: Elīna Garanča シンガーズ・スタジオ エリーナ・ガランチャ ***
シンガーズ・スタジオには結構まめに足を運んでいて、これまでに興味深い内容のものがたくさんあったんですけれども、
ブログ休止期間中であったり、メトの公演の感想等を優先しているうちにすっかりご無沙汰モードになってしまいました。
今日のゲストは現在メトの『皇帝ティートの慈悲』にセスト役で出演中のエリーナ・ガランチャ。
インタビュアーはこちらも当ブログではお久しぶりの鉄仮面編集長ことF・ポール・ドリスコル氏です。
(ドリスコル氏はかのOpera Newsの編集長で、どんな歌手からどんな答えが返ってきても、
まるで仮面のように表情を変えずに受け答えすることから、私が勝手に、しかし愛情をこめて鉄仮面と呼ばせて頂いている人物です。)
いつも通り、筆記でとったメモをもとに、要点を会話形式で再構築したものですので、実際の会話の完全な和訳ではない点はご了承ください。
ガランチャはEG、鉄仮面をFPDとします。
(最初にアラーニャと共演した2009/10年シーズンのメトの『カルメン』から、”ハバネラ”の映像が流れる。)
FPD: この時の『カルメン』への出演はかなり間際に決まったものでしたね。
EG: はい。私はそのシーズン、『ホフマン物語』に出演するはずだったんですが、『カルメン』に出演する予定だった歌手
(ゲオルギューのこと。経緯はこちら。)が降板するとか何とかそんなことがあって、
支配人から『カルメン』に出演してもらえないか?という打診がありました。
私の答えは断然NO!!で、2007年にリガで歌ったりしたことはありましたが、まだメトで歌う準備は出来ていないと思っていたんです。
周囲の人間はアメリカはヨーロッパから離れてるし、こっそり歌ってくりゃいい、なんて言ってましたけど、
”アメリカで歌うってことは世界相手に歌うのと同じなのよ。それのどこがこっそりなの!?”って(笑)。
メトからはとりあえず演出家のリチャード・エアと会って話をしてもらうだけでもいいから、と言われて、
”いいえ、絶対会いません!”ってお伝えしたんですけれど、
結局メトの熱意に負けて、本当に会って話しするだけ、、ということで、リチャードと会ったらそれが2時間半のミーティングになってしまったの。
彼のコンセプトを聞いているうちに、今まで自分が考えていたカルメンとはまた違うカルメン像ですごくチャレンジングだと思ったし、
相手役がROHでも共演したロベルト(・アラーニャ)だというのも安心できる要因で、、色んな要素が全部はまって、それでお受けすることにしました。
FPD: 当初気がのらなかった理由はなんですか?あまりに急過ぎて準備の時間が無いと思ったのが理由ですか?
EG: それもあります。後は、カルメン役に対してオーディエンスが持つ一般的なイメージ、黒目・黒髪、、といったものに対して、
私は青い目のブロンドで、そのうえに背も高めだから、ホセ役もテノールが小さい人だと、
「何?カルメンってテノールのお母さん?」って感じになっちゃうんじゃないか、とか、、そういう面での心配もありました。
FPD: あなたはラトヴィアの出身ですよね。いつ自分はメゾ・ソプラノだ、と確信したのでしょう?
EG: 確信したことはなかったかも、、(笑)。
私の母は歌手で歌を教えてもいますが、私の声は高音から低音まで比較的幅広く出るので見極めがなかなか大変でした。
一度など、知り合いから”イタリアに声帯からメゾかソプラノかを判断できるお医者さまがいる。”と聞いて実際に診断してもらったこともあります(笑)
メゾとソプラノを分けるのは単にどれだけ高い声がでるか、低い声が出るか、というのはあまり問題ではなくて、
声の持つカラーと一般的なレジスター(声域)がどこにあるか(=主にどのあたりの音域に声が心地よく座るか)それが決め手になります。
時たま高い音を出すことに何の問題もないとしても、それだけではその人がソプラノである、ということにはならないのです。
PFD: 『アンナ・ボレーナ』のシーモアなど、ベル・カントの役も歌っていますね?
EG: まだ学生の頃、『ノルマ』の"清き女神 Casta Diva”のあまりの旋律の美しさに窓をあけたまま、何度も何度もレコードに合わせて歌っていたら、
”うるさーい!!!”と近所の人に叱られたこともあります。
私はリリック・メゾですので、ロミオ(『カプレーティとモンテッキ』)やアダルジーザ(『ノルマ』)は歌っていて心地が良いのですが、
決してコロラトゥーラ・メゾではないので、アンジェリーナ(『チェネレントラ』)のような役は特別な努力が必要です。
FPD: あなたはメトでアンジェリーナ役を封印しましたし、そういえばセスト役も今回のメトでの公演が最後になるだろうとおっしゃってますね。
メトはあなたの持ち役の墓場かな?
EG: (笑)ほんとに。で、アンジェリーナのような役で必要とされるビブラートはすごく早いものでなければならないのですが、
私の持っているビブラートはそれより若干遅めな感じで、トリルなんかも歌っていてちょっと疲れてしまったりします。
FPD: あなたの歌のイントネーション、それからチューニングは素晴らしいものがあると思うのですが、
これは合唱指揮をされていたお父様の影響も大きいのでしょうか?
EG: ええ、それはあると思います。
FPD: さて、『皇帝ティートの慈悲』ですが、リハーサルに入られたのはいつですか?
EG: 10/26(注:ちなみにティートの初日は11/16でした)でしたが、その後、サンディーなどがあって少しプロセスが遅れましたね。
マエストロ(ハリー・ビケット)とはテンポの調整を十分に行いました。というのは表現のために必要なテンポがある、と私は思うので。
FPD: メトで歌うのはいかがですか?
EG: 大好き!最高です。もうちょっと(自分の住んでいる)ヨーロッパから近ければもっと頻繁に歌いたいくらい。
劇場が巨大ですけど、それに向かって思い切り歌うのはかえってリラックスにつながります。
FPD: 今後、どのような役を歌って行きたいとお考えですか?
EG: アズチェーナとかウルリカを歌うことはなさそうですが(笑)、
子供が生まれてから(注:この時点で1歳2ヶ月だそうです。)声に変化がありましたし、2018/19年あたりにはデリラ役(『サムソンとデリラ』)に挑戦する予定です。
でも、70とまではいかなくとも55歳位までは歌い続けて行きたいので、急がずゆっくりとレパートリーを広げていけばいいかな、と思っています。
FPD: 『トロイ人』のディドーンも予定されていますね?(注:これはベルリン・ドイツ・オペラで2013年の話のようです)
EG: はい、マエストロ・ラニクルの指揮で。この役は声楽的にも音域が広く大変難しい役で、5幕はもうバナナ!(きちがい沙汰を表す英語)って感じですが、
ベルリオーズの声楽作品には他にも素晴らしいものがあるので、それらの作品をより広く紹介する手助けも出来ればいいなと思います。
FPD: リガで勉強されていた頃、演技はどのように身につけられましたか?学校では演技のクラスは充実しているのでしょうか?
というのも、アメリカでは、若いオペラ歌手に対しての演技の教育が、音楽面での教育面に比べてかなり欠けている、という指摘がしばしば聞かれます。
EG: リガの音楽院にも演技のクラスはありましたが、質はあまり良くないですね。あら、こんなこと言っちゃったらまずかったかしら(笑)
私の場合は母がオペラ歌手でしたから、リハーサルや舞台を見たり、そういった経験を通じて演技のこつをつかんでいきました。
私の通っていた学校から道を挟んだところに母のいる劇場があって、ほとんどの時間をどちらかで過ごしていましたね、当時は。
小さい頃、友人が演技の学校に通っていて、普段はジーンズにトレーナーみたいな格好ばかりのその友人が、
舞台の上で王冠と美しい衣装を身につけているのを見て、私もお芝居の勉強をしてみたい!と思ったんです。
それで演劇学校の試験を受けたのですが、見事に落ちまして、
歌だけなら何とかなるかも、、と歌の世界に入ったわけですが、大変な道を選んでしまいました(笑)
FPD: あなたのお母様はオペラ歌手、お父様は合唱団の指揮者、という話は先ほど出ましたが、
このご両親がオペラの世界に関わっているという環境は、あなたにとってプラスでしたか、マイナスでしたか?
EG: もちろん自分の歌を研鑽していくという意味ではプラスだったと思います。
しかし、私の母はリガではちょっとした有名人でしたので、私が歌を勉強し出した頃は、
”なかなか良い声をしているけれど、全く音楽性に欠ける。””母親とは違うな。”というようなことをいつも言われていました。
まだ勉強途中の若い歌手にとって、このような自信をくじく言葉を聞くのは大変辛いものです。
私はオーディションを受けて、ドイツの小さな劇場でデビューを果たしたのですが、
このオーディションを受けに行くときに母親から”準備が出来ていない。”と大反対されました。
けれども、私の方も”実際に舞台に立ってみなくて、どうしてそれがわかるの。”と大喧嘩して半分家を飛び出すような感じでドイツに向かったんです。
ドイツ語も話せなくて、ビザなどの書類を申請する時も、ラトヴィア語/ドイツ語の辞書と首っ引きでなんとか記入し終えた、という状態でした。
でも受かった。そして、私のキャリアはそこから始まったのです。
ただ、今の私がその当時の私を目の前にしたなら、母と全く同じことを言うでしょうね。
ロシアの影響が色濃い国からドイツに行くのは大変でしたし、私の場合は本当に色んなことが幸運な方向に進みましたが、
そうならなくても、何の不思議もありませんでしたから。
FPD:(ここで2005年のウィーン国立歌劇場『ウェルテル』の公演からの映像が流れる。)
これはいわゆるトラディショナルな18世紀的な舞台とは全く違う演出(注:セルバン演出)ですね。
シャーロット役のアップタイトさがどことなくヒッチコック的っぽく、面白く見ました。
さて、ここからはオンラインで寄せられたものと皆さんの質問のコーナーに入りたいと思います。
”好きな役は?”
EG: シャーロット役は好きな役の一つですが、これは年齢によっても変っていくと思いますね。
さきほどの映像にしても2005年ということは私も今より7歳若いわけですし、、(笑)
HDはプレッシャーが大きいし、歳をとるほど大変さが身にしみます。
顔の細かいパーツが良く見えるのもそうですし、歩く姿勢とか、、、
時々HDの映像を後で見て自分の顔に”わっ!!”と驚くこともあります。
もちろんHDに関してはリハーサルが多ければ多いほどリラックスしてのぞめます。
FPD: HDデビューは、、、
EG: メトの『チェネレントラ』です。(注:前述の映像はHDではなく、DVD化用の映像だったのだと思われる。)
あの時を境にして突然世界中にファンが増えた感じがしますね。メキシコのファンからメッセージをもらうようになったり、、。
さっきの『ウェルテル』の時は”小屋”(注:あらあら、ガランチャったらウィーン歌劇場のことをそんな風に、、)って感じでしたけど、
メトは劇場自体も巨大ですし、、
FPD: 現在メトのHDは55カ国に配信されているようですよ。
EG: さらにプレッシャーをかけてくれてほんとありがとう(笑)
(注:このシンガーズ・スタジオから約5日後に『皇帝ティートの慈悲』のHDが予定されているのでした。)
FPD: "歌うのが難しい言語がもしあれば教えてください。”
EG: ラトヴィアのオペラというのがあったとしたら、多分、それでしょうね。ラトヴィアの言葉は喉の奥深くを使う音が多いので、歌いにくいです。
FPD: ”役の準備はどのように行いますか?”
EG: 2年半~3年位前からスコアを見始め、リブレットを読み込み、関連する本に目を通したり、DVD等を鑑賞したりします。
ただ、私はあまりがっちりと役を作りこむことはせず、必ず演出家のために少し余地を残しておくようにします。
オペラというのはみんなで協力して作り上げていくもので、自分にとっての真実が他の人の真実とは限りませんから。
ですから、自分の解釈と違う解釈も歓迎しますが、その代わり、そこに”それがなぜか?”というきちんとした裏付けがあることが条件です。
あと、役を固めすぎると、一つの演出から別の演出に移った時に身動きがとれなくなるような感じがして、
それもあまりがっちりと固めない理由の一つですね。
FPD: ”あなたが演じるズボン役の中でボーイフレンドとして一番理想的なのは誰ですか?”
EG: これはまた随分パーソナルな質問ね(笑)私がどの女性役に自分を置いて考えるかによっても違うんじゃないかしら(笑)
若い女の子だったらそう思わないかもしれないけど、年増な女性ならオクタヴィアンがいいでしょ?違う?(笑)
FPD: そういえばあなたのご主人も指揮者(注:カレル・マルク・チチョン)でいらっしゃいますよね?
EG: ええ、私の朝の様子で彼にはその日の夜の公演の内容がどんな風になるか大体ばれちゃう(笑)。
ただ、彼は今は段々オペラの指揮を減らして、演奏会などを増やすようにしています。
というのも、オペラは一つのランで6週間から8週間同じ場所に拘束されるので、
彼と私の両方が別々のオペラに関わると、一緒に過ごせる時間が本当に少なくなってしまうものですから、、。
FPD: カーネギー・ホールでのリサイタル(2013年4月6日)も予定されていますね。
EG:リサイタルで歌う時はオペラの新演出のために準備するのと同じ位のエネルギーを消費します。
母の仕事のせいもあり、レパートリーはたくさんあるので、それは問題ではないのですが、色々テーマを考えてセットリストを作るので、、。
今度のリサイタルはザルツブルクと同じで、私の大好きなシューマンの作品、それから少しコンテンポラリーな彩りを添えるためにベルク、
そして、R.シュトラウスの歌曲、という構成になります。シュトラウスの作品は私にとっては歌いやすいですね。
FPD: テーマはどのように選ぶのですか?
EG: その時にいる状況、その時に最も大切に感じる事柄、自然、対人関係、、色々ですね。
私はオペラの公演の隙間にリサイタルをつめこむようなやり方はあまり好きでないので、
オペラの公演とはまた別に、リサイタルのためのまとまった時間を取るようにしています。
FPD:”お子さんにはどのような子守唄を歌っていますか?”
EG: 静かになるものなら何でも(笑)。ただ、うちの子は言葉があるものよりも交響曲の方が好きみたいなので、
私が歌う時は言葉でなく、ハミングで歌うようにしています。
FPD: お子さんに音楽に関わる職業についてほしいですか?
EG: 音楽と関わりのあるものに興味をしめしてくれたらいいな、とは思います。
誰もうちの子は素晴らしい!と勘違いしているもので、私もそれにもれず言うと(笑)、
うちの子供はリズム感が良くて、ラテン系の音楽なんかをかけると器用にそれに合わせて踊ったりしているのでダンスとか向いているかな、と思っています。
オペラ歌手?それはすすめません。
特に今のオペラ界の状況では。たった15~20年前とくらべてもオペラの世界は様変わりしました。
このままで行ったらあの子が大きくなる頃には、オペラ歌手にとってはとても過酷な状況になっていると思います。
レディ・ガガみたいな感じの歌手になりたいならいいかもしれませんけど(笑)
FPD: 今オペラの世界の変化について言及がありましたが、もうちょっと詳しく説明していただけますか?どこがどう変ったと思われますか?
EG: 以前はもっと時間がありました。こちらが成長し、進化していける時間が。
だけど、今ではコンクールで一位をとれなかったらもうだめだ、とか、
25歳になる頃までに『椿姫』で舞台に立てなかったらアウト!とか、とにかく性急に判断し過ぎです。
そして、このように一度見限られた歌手には二度とチャンスが回ってこない。
それに残った歌手は歌手で劇場に次々とあれを歌え、これを歌え、と要求されるのです。
FPD: ”今でも舞台に立つ時には緊張しますか?それに対処するにはどのようなことをしていますか?”
EG: (最初の質問に、そんなのなくなると思う?という様子でくるりと目玉をまわす。)もちろん。
以前、プラシド(・ドミンゴ)と共演した時にすごく緊張していたら、彼にこう言われたの。
”ハニー、そうやって考えれば考えるほど、緊張がひどくなって行くんだよ。”って。
舞台に立つ身である以上、緊張から完全に解放されることはありません。
だから、その恐怖とどう向き合っていくか、その方法を考えることの方が大事だと思います。
でもその緊張が完全になくなってしまったら、それはそれでエモーションレスで退屈な歌しか歌えなくなってしまうのではないかしら?
FPD: ”ズボン役を演じるために特別なことはしますか?”
EG: とにかく人を観察することかしら。私はとにかく人のくせ、仕草を観察するのが大好きなんです。
例えばめがね一つをあげる仕草にしても、こういう風に(とひとさし指でブリッジを押す仕草)する人とか、
こういう風(フレームを横から手で摑んであげる仕草)にする人、
それから座るときも、こういう風に(と立ち上がって、どさっ!と音を立てて座る)座る男性や、
こういう風に(とすっとエレガントに座る)座る人、色々ですよね。
以前ウィーンで唇の左から右に舌をつーっと動かすのが癖の人と会ったことがあって、面白くて目が離せなかったということもありました。
歌手が舞台に一歩出たその瞬間、どのような様子で舞台に出て行くかで、オーディエンスのその役への印象が決まってしまいます。
だから、口を開いて歌う前から、あらゆる機会を用いて役の性格を表現しなければならないのです。
FPD: 私からの質問ですが、『皇帝ティートの慈悲』はアンニオ役もセスト役もメゾですよね。混乱しませんか?
EG: いいえ。この二人はかなり違いますから。レポレッロとドン・ジョヴァンニの方がずっと近いと思いますよ。
FPD: これからのキャリアでどんなことを成し遂げたいですか?
EG: 以前に比べればキャリアが開けてレパートリーの選択など、自由度があがったのは良いことだと思うのですが、
自由があるからこそ、”じゃ、自分は何がしたいの?どういう風な道に向かって行きたいの?”という難しい問いに向き合っていかなければなりません。
クリスタ・ルートヴィヒはメゾでありながらソプラノの音域まで統一した音色を持っていて、
私と似通った部分もあるため、目標にもしている歌手なのですが、
その彼女とお話する機会があった時、現役だった頃はクライバーやカラヤンといった指揮者が自分のところにやってきて、
この役は君にあっていると思うから歌ってみなさい、と言って、実際そのための指導も惜しまなかった、と語っていました。
その話を聞いてすごくうらやましいな、と思いましたね。
自分からこのレパートリー、この役を歌いたい、というのもいいですが、
”君はこの役をやるといいと思うよ。やってごらんなさい。”と、そういった挑戦を歌手にしてくれるような存在が今のオペラの世界にいたらなあ、と思います。
The Metropolitan Opera Guild
The Singers' Studio: Elīna Garanča with F. Paul Driscoll
Opera Learning Center, Rose Building
*** The Singers' Studio: Elīna Garanča シンガーズ・スタジオ エリーナ・ガランチャ ***