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音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

PARSIFAL (Wed, Feb 27, 2013)

2013-02-27 | メトロポリタン・オペラ
『パルシファル』の公演の全体像についてはこちら

**第四日目**

グランド・ティアーの最前列で鑑賞。
第五日はHDの上映があるので、この日は予備用の映像が収録される日(いつもHDの一つ前の公演には、HDのテクニカル・リハーサルを兼ねて予備の映像が収録される。)なのだが、
オケの演奏の締りが悪く、凡ミスもいくつか聴かれた。ガッティが指揮した公演の中ではオケの演奏がもっとも荒れた日。
予備用の映像は時にDVDとして商品化される際にも、当日の映像に問題があった部分と差し替えて用いられることもあるのに、これではその目的にも使えないのではないか?
もうこれはHD当日の映像をすべてDVDに使うしかない。
リハーサルとのダブルヘッダーでオケの疲労がピークに達しているのかもしれないな、、と思う。
『パルシファル』を演奏する大変さがわかるなら、もうちょっとオケのスケジューリングをなんとかしてあげて欲しい。
今更ながらで恥ずかしいが、この公演では一つ発見があった。
第一幕の最後、アンフォルタス、騎士達、グルネマンツが姿を消すと、乾いた大地が裂け、まるで谷間のような真っ赤な深い裂け目を好奇心一杯の目で見つめながらパルシファルが手を伸ばして幕、となる。
この真っ赤な谷のような裂け目を降りていったその先こそが二幕の舞台であるクリングゾルの魔法の城なのだ。
二人のパーソナリティが全く違っているので、受けた罰へのリアクションも、またその後に辿る運命も全く違ったものになってはいるが、
アンフォルタスの罪もクリングゾルの罪も根幹は同じ、ということがこの作品では一つのポイントとなっている。
ワーグナーは山を境に片側を聖なる世界、もう一方をクリングゾルの支配する邪悪な世界と設定しているが、
このプロダクションでは、それを90度動かして、地上が聖域、地下が魔法の世界とすることで、
両世界のコインの裏表のような、根っこでつながっている関係をきちんと維持しながら舞台化しているのは実につぼを押さえていると思う。

また、二幕の舞台はバックドロップに裂け目があるのだが、その裂け目の隙間に体液のようなものが流れる(こちらもコンピューター・グラフィックスによるもの)ので気付いたのだが、
これは女性の膣の表現ではないのか?
ということは、花の乙女達やクンドリやクリングゾルやパルシファルが歩き回っているあの空間は子宮そのものであり
(地上の世界から聖槍を持った人間が入って来るというのは、これも性行為を示す以外の何ものでもないだろう。)、
多用されている血はアンフォルタスの血でもあるが、また一方で女性の性を表現しているのではないかとも思うのだ。
この作品では最高の愚かさが最高の智になる、など、一見矛盾した要素の組み合わせが大きな真実をもって迫ってくるところに特徴があるが、
この二幕の演出では、血を通して、苦しみ&死と喜び&生がつながっていることを表現しているのは巧みだ。

ルパージの演出がリングで大コケしたのと対照的に、ジラールが今回の『パルシファル』の演出で成功した一つの理由はハイテクに依存しなかった点だ。
どちらの演出もビデオ・グラフィックスの多用という点では共通しているが、ルパージがそれに”マシーン”を加えて自分の首を絞めたのに対し、ジラールの演出は意外とプリミティブだ。
二幕でクリングゾルが投げる槍がパルシファルの頭の上で止まるという超常現象の表現はその好例で、
同演出ではクリングゾルだけでなく、花の乙女達全員が槍を持っており、彼らがそれを掲げながらパルシファルの方に近寄っていくと、パルシファルが片手を挙げて制止する、
するとそれ以上槍は進むことが出来ず、パルシファルが
"Mit diesem Zeichen bann' ich deinen Zauber:
die mit ihm du schlugest, -
in Trauer und Trümmer
stürz' er die trügender Pracht!"
(この印により汝の魔力を封じる。お前があの人に負わせた傷はこの槍がふさいでくれよう。さあ、絢爛たる虚飾の城を廃墟に変えて葬り去れ!”)
と歌って、クリングゾルと乙女達がばたばたばた、、と倒れる。
しかし、これで十分この場面の本質は表現しているし、この片手を挙げて槍を止める、という動作はどことなく東洋的で、このあたりにもあらゆる文化のミクスチャー的なアプローチが見られる。
コリオグラフィーのせいでこの二幕は若干冷たい印象を与える、という感想は基本的には変わらないが、何度か見ているとこの幕の演出もそう悪くはない、、と思えて来た。
また、騎士達は聖杯に食べ物を供給されている、という、こちらの超常現象も、食べ物を突然現出するようなハイテクを駆使したマジックはなく、
アンフォルタスから騎士達に次々と指を通してエネルギーが伝達されるような演技付けだけだが、これで十分それが彼らの食料・エネルギー源である意図は伝わってくる。



そして、この日、とうとう待ち望んでいたことが起こった。
これまでの公演と同じように始まったと思えた二幕だが、段々とクンドリとパルシファルの会話が異様な青白い炎のような色を呈して行ったかと思うと、クンドリのキスの後、パルシファルのモノローグでそれが炸裂した。
"Die Wunde sah ich bluten: -
nun blutet sie in mir -
hier - hier!"
(あの傷から血が流れ出すのを私はこの目で見た。その傷が今私の中で血を流している。ここだ、ここだ!)"
でのhier(ここ)は、これはもう歌なんかではなく心の叫びそのものだった。
パルシファルがキスを通してアンフォルタスの苦しみを理解したように、私達観客はカウフマンの歌を通して、パルシファルが追体験したアンフォルタスの苦しみ・痛みそのものを聴いたのだ。
この後もまるで流れ出した血が止まらないかのようにカウフマンの歌唱にアクセルがかかり、この間自分が息をしていたのかどうかも思い出せないくらいだ。
このカウフマンの熱唱に感応するかのように、クンドリ役のダライマンが他の公演では聴かせなかったような歌でこたえる。いや、歌で、というのは正確ではないかもしれない。声で、と言った方がより近い。
他の公演では乾いて角のない声だったダライマンが、この日の二幕はまるで人が違ったような歌声を聴かせたからだ。
lachte!(笑ってしまった)=クンドリ役のパートの中で最も大きな難所と言ってよい、ハイBからローC#へのリープでの、
このハイBは空気がまるで切っ先鋭いクリスタルで出来たナイフか何かで切られたような感触があって、声が停止した後の数秒はオペラハウスが震撼し、完全静止したのを感じたし、
その後の畳みかけるようなフレーズ、そして最後に迷いの呪いをかけるまで、全く文句の付け所がない出来だった。
他の公演ではどことなくのんびりさんなイメージを残したダライマンのクンドリだが、今日のような歌唱を聴くと、メトが彼女の何を聴いてこの役にキャスティングしたのか、その理由がよくわかるような気がした。
残念なのは、他のどの公演でもここまでの歌唱は彼女から聴けなかった点だ。
この日は彼女のコンディションと公演のエネルギーが本当に上手くマッチしたのだと思う。
当然、ダライマンのこの歌唱に刺激されて、カウフマンの歌唱も更に熱を帯びたわけだが、幕の最後の方で出した音で、カウフマン自身が意図した以上にアクセルを吹かせすぎたのに気付いたような様子があった。
車の運転でたとえるなら、”あれ?こんなにスピードが出てたの?”という感じか。
その音自体はエキサイティングだったが、そのまま突き進んだらちょっとまずいかも、、と思わせるような音色が微妙に混じっていた。
次回はHDなので、そのあたりも考えてか、その音以降はもう少しコントロールの効いた歌唱に戻ってしまったが、
今日の二幕のような歌唱が可能だということがわかってしまった今、残りの公演は全部観なければ、との決心を固める。
舞台挨拶の様子からも、カウフマン自身、この日の公演は自らの歌唱に関して会心の出来だったのが伝わって来た。


Jonas Kaufmann (Parsifal)
Katarina Dalayman (Kundry)
René Pape (Gurnemanz)
Peter Mattei (Amfortas)
Evgeny Nikitin (Klingsor)
Rúni Brattaberg (Titurel)
Maria Zifchak (A Voice)
Mark Schowalter / Ryan Speedo Green (First / Second Knight of the Grail)
Jennifer Forni / Lauren McNeese / Andrew Stenson / Mario Chang (First / Second /Third / Fourth Sentry)
Kiera Duffy / Lei Xu / Irene Roberts / Haeran Hong / Katherine Whyte / Heather Johnson (Flower Maidens)

Conductor: Daniele Gatti
Production: François Girard
Set design: Michael Levine
Costume design: Thibault Vancraenenbroeck
Lighting design: David Finn
Video design: Peter Flaherty
Choreography: Carolyn Choa
Dramaturg: Serge Lamothe

Gr Tier A Odd
OFF (LoA)

*** ワーグナー パルシファル パルジファル Wagner Parsifal ***

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