私が結婚する前、私と母は決していい関係とは言えなかった。
喧嘩ばかりしていたとか、口もきかなかったとか、そういうことはなかったと思うが、
私はとにかく早く家を出たくてしかたなかった。
私は大抵の叶わないことは諦めてしまうタチだったから、母との関係もさっさと諦めていた。
話し合って関係を修復しようとか全く考えなかった。
結婚して実家から50キロほど離れた地に住むようになって、私は本当に解放感にあふれていた。
よく聞くように、嫁さんは実家にべったりなんていうこととは私は無縁だった。
母とは電話で話すこともほとんどなかった。
本当に用事のある時に電話をするだけで、その時も用件だけをすませば電話はすぐに切られた。
私も特別母に話すこともなかったし、あちらもそうだったと思う。
冷めた関係ではあったかもしれないが、冷たい関係ではなかった。
そんな関係を続けているうちに、私の母へのマイナスの思いはだんだん薄れていって、
結婚する前の母を嫌いだと思ったことや、恨み事は私の心から忘れられていった。
私は本当に、母と距離をおくことによっていい関係になれたと思っていた。
でも本当にそれで良かったのか?
私自身は良かったと思っているが、えりかさんやMちゃんのお母さんへの接し方を見て、
ちょっとそう思った。
えりかさんの場合は、お母さんに愛してもらえなかったと感じていて、
(まあ、今では全く愛されていなかったとは思っていないようだが)
今でもお母さんに愛してほしくて、じたばたしているようだ。
親しくつき合っていた頃には、お母さんのことを嫌い、口汚く罵ったこともあった。
お母さんに気持ちを伝えても理解してもらえない。
それでもお母さんに依存して、そのたびに裏切られて、その繰り返しのようだった。
私も、母との関係を諦めることができなかったなら、そうなっていたのかもしれない。
Mちゃんの場合は逆で、お母さんに依存されている。
以前からずっとそのことで困っていたけれど、最近はますます拍車がかかって悩んでいるみたい。
何て言うか、認知症とまで言わなくても、高齢になると部分的に認知機能が衰えて、
他のことではしっかりしているのに、このことに関してはちょっと…、と思えるようなことがあると思う。
Mちゃんのお母さんの場合、それがMちゃんに依存することのような気がする。
Mちゃんの場合も、元々お母さんと仲良しというほどの関係ではなかったようだが、
Mちゃんのお母さんもなかなか個性の強い人である。
2年ほど前、Mちゃんが泣きながら電話してきたことがあった。
お母さんと喧嘩したという。ひどいことを言われたという。
自分の考え方の方がおかしいのかと私に聞いてきた。
私は、全くMちゃんの考えがおかしいとは思わなかった。
Mちゃんと喧嘩して困るのはお母さんの方である。
その電話ではMちゃんもしばらくはほっておいて様子をみると言っていたが、
2日後に会った時には、一応和解したと報告を受けた。
Mちゃんの方から連絡を入れて、いろいろあって、散々な思いをしたけれど、
それでも和解できたのだと言う。
やっぱり親子というものは、そこまで気持ちをぶつけ合うのが普通なのだろうか?
傷つけ合っても親子の縁は切れないのだから、そこまでするべきなのだろうか?
私は母とは縁の薄い親子だったと感じるのはそういうところだ。
喧嘩ばかりしていたとか、口もきかなかったとか、そういうことはなかったと思うが、
私はとにかく早く家を出たくてしかたなかった。
私は大抵の叶わないことは諦めてしまうタチだったから、母との関係もさっさと諦めていた。
話し合って関係を修復しようとか全く考えなかった。
結婚して実家から50キロほど離れた地に住むようになって、私は本当に解放感にあふれていた。
よく聞くように、嫁さんは実家にべったりなんていうこととは私は無縁だった。
母とは電話で話すこともほとんどなかった。
本当に用事のある時に電話をするだけで、その時も用件だけをすませば電話はすぐに切られた。
私も特別母に話すこともなかったし、あちらもそうだったと思う。
冷めた関係ではあったかもしれないが、冷たい関係ではなかった。
そんな関係を続けているうちに、私の母へのマイナスの思いはだんだん薄れていって、
結婚する前の母を嫌いだと思ったことや、恨み事は私の心から忘れられていった。
私は本当に、母と距離をおくことによっていい関係になれたと思っていた。
でも本当にそれで良かったのか?
私自身は良かったと思っているが、えりかさんやMちゃんのお母さんへの接し方を見て、
ちょっとそう思った。
えりかさんの場合は、お母さんに愛してもらえなかったと感じていて、
(まあ、今では全く愛されていなかったとは思っていないようだが)
今でもお母さんに愛してほしくて、じたばたしているようだ。
親しくつき合っていた頃には、お母さんのことを嫌い、口汚く罵ったこともあった。
お母さんに気持ちを伝えても理解してもらえない。
それでもお母さんに依存して、そのたびに裏切られて、その繰り返しのようだった。
私も、母との関係を諦めることができなかったなら、そうなっていたのかもしれない。
Mちゃんの場合は逆で、お母さんに依存されている。
以前からずっとそのことで困っていたけれど、最近はますます拍車がかかって悩んでいるみたい。
何て言うか、認知症とまで言わなくても、高齢になると部分的に認知機能が衰えて、
他のことではしっかりしているのに、このことに関してはちょっと…、と思えるようなことがあると思う。
Mちゃんのお母さんの場合、それがMちゃんに依存することのような気がする。
Mちゃんの場合も、元々お母さんと仲良しというほどの関係ではなかったようだが、
Mちゃんのお母さんもなかなか個性の強い人である。
2年ほど前、Mちゃんが泣きながら電話してきたことがあった。
お母さんと喧嘩したという。ひどいことを言われたという。
自分の考え方の方がおかしいのかと私に聞いてきた。
私は、全くMちゃんの考えがおかしいとは思わなかった。
Mちゃんと喧嘩して困るのはお母さんの方である。
その電話ではMちゃんもしばらくはほっておいて様子をみると言っていたが、
2日後に会った時には、一応和解したと報告を受けた。
Mちゃんの方から連絡を入れて、いろいろあって、散々な思いをしたけれど、
それでも和解できたのだと言う。
やっぱり親子というものは、そこまで気持ちをぶつけ合うのが普通なのだろうか?
傷つけ合っても親子の縁は切れないのだから、そこまでするべきなのだろうか?
私は母とは縁の薄い親子だったと感じるのはそういうところだ。