夜も更けた頃、ボクが借りていたシングルルームのドアがノックされた。
それと同時にドアの向こうからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「熊猫。迎えにきたぜ。パーティをやろう」。
ドアを開けると、サリームがひとりでたたずんでいた。
「ついてこいよ。マルコが待ってる」。
サリームの後をついていくと、彼はゲストハウスの母屋の非常階段を昇り始めた。
電灯もなく、暗がりの中を人がひとりようやく通れるような階段である。
微かな風は吹いているものの、夜になっても気温はそれほど下がっていない。じっとりと背中に汗が滲む中、階段を昇る2人だけの足音だけが響く。
サリームの部屋にでも行くのだろうと思っていたが、着いたところは、建物の屋上だった。屋上といっても建物は3階建てであり、とびきり眺めがいいわけではない。
もっとも、屋上に出ても電燈があるわけではなく、満月に近い月明りだけが、頼りだった。
「こんなところでパーティかい?」
わたしがサリームに聞くと、彼は「Yes」とも「No」とも言わず、ただただ頷くだけだった。
やがて、少しずつ暗がりに目が慣れてくると、屋上の奥に誰かが座っているのが見えた。その人間は、我々の方に向かって巻舌の口調で何か言った。
どうやら座っているのはマルコらしい。
サリームはマルコの横に座り、わたしもその後に続いた。
マルコはグラスに注いだ何かを飲んでいた。目の前にウィスキーのボトルが置いてあり、我々の分も注いでくれた。
「チアース」。
サリームは小さい声でそう言い、我々は簡単に乾杯した。
こじんまりとしたパーティだった。
マルコは陽気に大きな声で、しきりに話をしている。サリームは「うん」と相槌を打つだけだった。
どうやら仕事の話しをしているようだったが、わたしは全く内容は分からなかった。
インドに着いて初めての酒だった。インド到着後10日になるが、酒を見るのも初めてだった。
したがって、ストレートのウィスキーはとりわけわたしの腹にズシンときたのである。だが、まさか退院当日に酒を飲めるとは思ってもいなかった。
すると、マルコは胸のポケットから煙草を出し、おもむろに吸い始めた。
わたしも同じようにポケットから煙草を取りだすと、マルコは「これを吸ってみろよ」とわたしに煙草を勧めてきた。
受け取って吸ってみると、変わった匂いがした。
「これは」。
わたしがそう言うと、マルコもサリームも笑いだした。
「ガンジャか」。
そうか。パーティとはこれが目的だったのか。だから、こんな暗がりの屋上なんかに集まったのか。
紙巻のそれは、サリームに渡り、マルコに戻って、そしてわたしに回った。そのやりとりが幾度となく続くうち、わたしの耳元でブザー音が鳴り始めた。
はじめは小微かな音だったが、やがて大きくなり響くようになった。
マルコとサリームに、「ブザーが鳴ってないか?」と聞くと、マルコはにやりとした顔で「どんなふうに?」と聞き、わたしが「ビビビビ」と擬音を口にすると、彼らは大爆笑となった。
彼らはしばらく、笑い転げ、その声はわたしの耳元で反響した。
煙草がなくなると、マルコはグラスのウィスキーを飲みほして、立ちあがった。
「気分がよくなったところで、サリームの家に行こうじゃないか」。
インドの鉄板ネタと言っても良いかもしれないねえ。(笑)
さて、この後のサリームの家で、更に師は酩酊していくのだろうか。楽しみだよ。
さて、これからどうなることやら。