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居酒屋放浪記NO.0244-キング・オブ・居酒屋- 「大甚 本店」(名古屋市中区)

2009-05-15 12:42:43 | 居酒屋さすらい ◆地方版
 名古屋では行ってみたい酒場が一軒あった。名店の誉れ高い「大甚 本店」である。太田和彦さんの著書「居酒屋味酒欄」(新潮社)にはこう書いてある。
 「ここを知らずして居酒屋を語るなかれ」。

 数年前も出張の折、一度行ってみようと思い立ったことがあるが、「甚 本店」の閉店時間が20時半と早いこともあり、断念したことがある。
 だが、今日はまだ早い。
 なにしろまだ16時半なのだ。

 地下鉄に乗り換えるため犬山駅で下車した。その際、駅周辺の地図看板が目に留まったので、なにげなしに見てみることにした。東京では目的地に地下鉄でグルグル回ってみたら、徒歩で行ってみたほうが余程近かったということがしばしばあるからだ。

 地図を覗き込むと、犬山駅の北側に伏見通りが走っていることが分かった。
 「大甚 本店」はその通り沿いに居を構えていると聞いた。それならば、この通りを名古屋駅方向に歩いていけば店に辿り着けるのではないか。そう考えたのが浅はかだった。
 わたしは、その後延々と40分も歩くことになったのだ。

 9月も中旬になったとはいえ、まだまだ残暑は厳しい。わたしは汗だくにながら ひたすら「大甚 本店」に向けて歩いた。
 ようやく店に着いたのは、もう17時をとうに回った頃。
 だが、既に店は大盛況の様子だった。
 
 客は圧倒的に男性が多い。女性は散歩ついでに立ち寄ったというあんばいの老夫婦の方だけで、あとは皆男性客だ。隠居組とサラリーマン組が半々といったところ。しかし、サラリーマンは一体何時から来て飲んだくれているのだろうか。
わたしは、大テーブルの一角に案内された。

 まずは瓶ビール(580円)。
 銘柄はサッポロとキリンが用意されており、わたしはサッポロ黒ラベルをチョイスした。
 店内は随分年季が入っていた。大テーブルといい、わたしの背後にある階段といい、木がピカピカと鈍く光る様は長年人びとに触れられて磨きがかかった証拠である。

 そしてお店で働くおやじさん、女将さんもまた人生のベテランが揃っている。
 ビールを持ってきた女将さんに「野菜煮」(220円)を頼んだ。
 つっけんどんにも見えるが、そこがいかにも昭和を生き抜いた人生の達人らしい。来店客はどうやら常連さんばかりのようだ。女将さんは常連さんに挨拶を配る。

 客はひっきりなしに入れ替わり、その度におやじさんは五つ玉のそろばんを持ち出して手練な指捌きで玉を弾く。分厚いフレームの眼鏡はいかにもの雰囲気が漂う。

 さて、料理だがこれが実にうまかった。筍が主菜の煮物は素朴だが心にしみ入るようなお袋の味だった。

 酒肴は瞬く間になくなった。
 220円という金額だけに量もそれほど多くないのだ。
 女将さんを呼んで次の酒肴を頼もうとした女将さんは客席の前方を指さして「あそこにいろいろつまみが置いてあるから選んでね」と言った。
 よく見ると周囲の客も銘々自分で酒肴を取りに行っている。わたしもそれに倣って酒肴を探しに行った。
 
 そのテーブルには様々な小皿が並べられてあった。その中からわたしは「さば酢」(320円)「アサリ味噌」(220円)をチョイスした。いずれも300円台
前半以内で食べられるお値打ちな金額だ。ちょうどいい量でいろいろ食べられるのも嬉しい。

 わたしは席に戻り、夢中になって食べた。
 何度もいうが、その味は木訥として飽きがこない。
 ビールを空けて、お酒を燗で頼んだ。
 「賀茂鶴」。

 とにかく、酒肴は全て日本酒向き。黒光りした古い居酒屋で飲む酒は日本酒こそ相応しい。
 
 18時を過ぎて俄然店は賑わい始めた。
 1階は既に満員になっており、来店する客達は2階へと通されていく。わたしは席から立ち上がり、「お勘定」とオヤジさんに告げた。
 オヤジさんは五つ玉のそろばんを持ち出し慣れた手つきで計算してくれる。
 居酒屋のオヤジさんにはあまり相応しくないディオールの黒縁眼鏡がキラリと光った。
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