Oさんとの一献は軽く終わる訳がなかった。
「いい店見つけたんだよー」とOさん。
「銀座なんだけどさ、いい子がいるんだよー」。
まさか、キャバクラ? 銀座のキャパクラなら、警戒しないと。
「へぇ、どんな店なんですか?」。
「バーなんだけど、いい雰囲気で。そこで働いてる子が可愛くて」。
還暦を過ぎても、Oさんはまだ元気いっぱいだった。
「行こうぜ!」。
結局、行くことになった。
銀座の、迷路みたいな道を行く。昔、「ブラタモリ」でやってた、あの迷宮の裏通り。多分、自分は二度と辿り着けないかも。そんな路地を行ったところにあった。
「あるぷ」。
アルプス? 平仮名? 不思議なネーミングである。お店の看板には「居酒屋」とあるが、どう見ても居酒屋ではない。
扉を開けると、店は激混みだった。小さな店、暗がりの中で多くの客が飲んでいる。
「2階空いてる?」
Oさんが尋ねると、お店の人は軽くうなづいた。
普段、バーなんてこないし、ましてやザギンとも縁が薄い。だから、ちょっと身構えてしまう。
ソファみたいな椅子に座った。
果たして、Oさんの推しとはどんな女性なのか。果たしてハイジか、それともクララか。やがて、女性がオーダーをとりにきた。暗がりで、顔がよく見えない。
Oさんは慣れた口調で洋酒の銘柄を言った。
「ロックでね」。
自分はよく分からないから、「同じものを」と告げた。
「どうよ、今の子」。
どうやら、やはりその子が推しのようだった。
「いや、よく分からないス」。
本当によく分からないのだ。
店内に静かなジャズが流れている。シャンデリアと木材が調和した空間。なかなかお目にかかれるものではない。階段には何やら光る絵画。不思議な装飾。非現実的世界のサードプレイス。
推しの子がロックグラスとスナックを持ってきた。少し微笑を浮かべて、去っていった。
「可愛い子ですね」。
Oさんにいうと、嬉しそうに「でしょう!」と鼻息を荒くした。
結局、もう一杯飲んで家路についた。
こういうお店が身近にあったらいいなと思う。仕事帰りの非日常。家へ帰る前のクールダウン。銀座の路地には異界があるぶ。
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