
「人生はからくりに満ちている」
と星野道夫は言った。
何故ならば、「日々の暮らしの中で、無数の人々とすれちがいながら、わたしたちは出会うことがない」。しかしながら、その天文学的な偶然にわたしたちはしばしば遭遇する。星野は人と人が出会う不思議を「からくり」に見立てた。
「喫茶 までい」の店頭に差し掛かったとき、おばちゃんが経営する古い喫茶店なのだろうと思った。
そこに興味を覚えて店の扉を開けてみた。その向こうに一体どんな世界があるのかと。しかしながら、店に入り、ボクよりも若い女性が出迎えてくれたときは、かなりの衝撃だった。「までい」といいう店名とその女性の落差は激しかった。
けれども、店内の面積の半分くらいを占める小上がりに、手作りの服飾品が整然と置かれ、販売されているのを見て、「あぁ、やっぱり」という気持ちもあった。
「あぁ、やっぱり」とは、手作りのものにこそ価値を求める人がお店をやっているだろうという予想である。それは、店頭の雰囲気からにじみ出ていた。
手作りのメニュー表はアルバムをアレンジしたもので作られ、かわいらしい。
ページを繰ると、店主ぷりんさんのあいさつ。いや、決意が書かれている。長崎ご出身のぷりんさん。「までい」というお店の名前は東北地方に旅をした際の機内誌に載っていた言葉が心に残り、店の名前にあてたという。
その「までい」の意味について、ボクの隣のテーブルに座っていらっしゃったご年配の男性が、こう教えてくれた。
「真心の手でくるむような気持ちという意味らしいですよ。ご存じでしたか」。
その男性Tさんは、昭和2年生まれ。会社をリタイア後、カメラを片手に毎日散歩を楽しんでいるという。その散歩の道すがら、「までい」に立ち寄るとのこと。その後、Tさんとはおしゃべりの花を咲かせた。
ボクはコーヒーと「ブランデーケーキ」を楽しみながら。
コーヒーは成田市内にある「スガコーヒー」のブレンドを使用。「ブランデーケーキ」は手作り洋菓子「グリンデルワルド」のもの。普段はぷりんさんがケーキを手作りしているとのことだが、最近お昼のお弁当作りが忙しく、ケーキは近所にある「グリンデルワルド」に頼んでいるという。
このブランデーケーキが素晴らしかった。ボクは「ブランデーケーキ」というものに先入観があった。ボクがこれまで食べてきたそれは、しっとりと濡れて、ブランデーの薫りが強く、とてもおいしいものではなかった。だから心の中で「ブランでケーキなんて」と思っていた。だが、どうだろう。このブランデーケーキは。ほのかなブランデーの薫りが心地よい。甘すぎず、とてもおいしい。
コーヒーはコーヒープレスで抽出。粉は粗挽き。酸味が少なく、これがボクにぴったりだった。
ぷりんさん曰く「ブレンドはコーヒー店のベスト」。
そうなのだ。本当にそうなのだ。思考錯誤を繰り返し、辿りついた混合比こそブレンドの真骨頂である。
Tさんはご自身の戦争体験を、ボクに話してくれた。初対面のボクに、ご自身のことを話してくれたことが何よりも嬉しかった。
別れ際、Tさんは撮影した花の写真の絵ハガキをくれた。とても美しい蝋梅の写真だった。
もし、ボクが、「までい」の前を何事もなかったかのように通り過ぎてしまったのなら、この素敵な出会いはなかったはずである。当然ながら、Tさんのお話もきけなかった。また、ぷりんさんともお会いすることもなかっただろう。
人の出会いとは一体何なのであろう。
「バスを1台乗り遅れることで、まったく違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろう」。
星野道夫の言葉がまたも鮮明に蘇ってくる。
コーヒーと「ブランデーケーキ」は僅か650円。
だが、それ以上の出会いがボクに訪れた。それは当然ながらお金では買えないもの。
余談だが、ぷりんさんは「までい」を施工した大工さんとご結婚なさったとか。
それもまた一期一会の出会いである。
「までい」を「人が集まる場所にしたい」とぷりんさん。
コーヒーを飲む場ではなく、人と人が重なり合う空間としての場所。それはまるで日常のエアポケット。
或いはもうひとつの時間。
「までい」が近所にあれば、ボクは毎日でも通いたい。
引用:
星野道夫 「旅をする木」 文春文庫 1999 p.168
本を読んでいるようにひきこまれます。そこに書いてあるのが自分の店のことだとは、とうてい思えないくらいステキな空間に感じられます。
一人一人の想いが交差した瞬間が彩りとなって、ますます居心地の良い店になっていくことを願っています。
ありがとうございました。
早速、コメントありがとうございます。
本当にいい雰囲気が、お店を包んでいます。
まったりできて、本当に毎日通いたい。心から、そう思います。
ビーフシチューのことも書きたかったのですが、今回はご容赦ください。
また、そう遠くない日にうかがいます。
ではでは。