さて、卒業式のその晩。
「でかんしょ」で一人祝杯をあげていたところ、呼び出しのメールが来た。
会が始まっているから、すぐ来いという内容だった。
大学にはクラスの概念があった。
幸いなことに、クラスの結束は強かった。
いろいろな会が催されたが、その中には卒業の会があった。クラスメイトにカメラマンがおり、その彼のスタジオで記念撮影をして、卒業を祝うという主旨である。
入学から最短は3年の卒業である。ボクは卒業まで5年を費やしたので、2年間は卒業をお祝いする立場だった。
だが、この日は違った。
ボクがお祝いされる立場だったのである。
あまり、気が進まなかったが、ボクはスタジオのある中野へ向かった。
しかし、学友らと会うのはやはり楽しい時間だった。また、カメラマンから写真を撮影されるというのも刺激的経験だった。
楽しい時間が過ぎ、我々は三々五々、解散となった。
中野駅に戻る際、一軒の酒屋を見つけた。
悲しい性である。酒屋を見ると、つい店内を確認してしまう。角打ちかもしれないと。
一般的な酒屋よりも広い「藤小西」という店の中を覗くと、ぼんやりとだが、人が酒を飲んでいる様子が見受けられた。
おや?角打ちかもしれない。
ボクは反射的に店に入った。
中二階ともいうべき階段の上には素敵な空間が広がっていた。
いや、それはもう角打ちと呼ぶレベルのものではなく、バーだった。
ボクが階段に向かうと、店員は「もうドリンクのラストオーダーですが」と聞いてきた。
まだ22時を回ったばかりじゃないか。
いや、そうだ。ここはバーではなく、酒屋だった。
「えぇ、一杯だけいただきます」。
そうやって、ボクはカウンターにポジションした。
豪勢なメニューだった。
まるでフレンチ、イタリアンたった。
マリネ、レバーパテ、パスタ、生ハムなどなど。
メニュー質量とも角打ちのそれではなかった。
ボクは店員さんに、おすすめの白ワインを頼んだ。
しばらくして、冷えた白ワインが運ばれてきた。
店員は銘柄を呟いたが、ききとれなかった。
閉店が迫り、ボクは少し焦ってワインを飲んだ。
これが角打ちか。
フレンチやイタリアンも真っ青である。
「今度はフードもいただきます」。
ボクは店員にそう告げた。
だが、店は、2016年8月をもって閉店した。