田町は多くのクライアントを抱えており、よく通った地である。今も定期的に通うが、訪問する会社が移転などして、その数は減った。したがって、訪問頻度はかつてと比べ、激減している。
当時、昼ご飯はだいたい決まっていた。この「わへい」の店舗に通ったものである。まわりくどい言い方だが、その当時の店と今の「わへい」では店舗が異なる。
当時の店の名前は忘れたが、当時の店は立ち食いそば屋だった。そこで、わたしは必ず決まって、「カレーセット」を食べた。
文字通り、カレーとかけそばのセットは、確か450円だったと思う。カレーもそばも本当においしくて、週に2回通っても飽きなかった。昼はサラリーマンらでごったがえしており、ほとんどの者が「カレーセット」を頼んでいた。
そのうち、営業先が移転したりして、すっかりこの芝浦口には行かなくなった。たまにJALシティに行くくらいである。
この界隈はすっかり、きれいになり、道幅も広くなった。それと同時に人間くさい店も減ったように思う。
そして、この立ち食いそば屋も、いつしか立ち飲み屋になってしまった。
田町の駅を降りて、芝浦口へ出る。駅舎もきれいになり、エスカレーターが設置された。
駅から出て左側の階段を降りると、すぐに件の店がある。
変わっていない。全く当時と変わっていない。店に入るまでは、当時の店と同じだと思っていた。14年ぶりに入る店。
店内もほとんど変わっていない。厨房スペースと客のスペースがほぼ同じ。
懐かしい。このカウンターで僕はカレーセットを食べた。客が溢れんばかりに入ったこの店で。忙しなくカレーとかけそばを10分足らずでかっこんだ。
あの当時は必死だった。アジアから帰国した1~2年は。記者よりも営業の比重が高かった頃で、1日に3~4件を営業した。
うまくいくこともあったし、うまくいかないこともあった。
こうしてこの店のカウンターに立ち、注文した生ビールを飲みながら、外の雑踏を眺めていると、まるでその流れていく人々の中に当時の自分がいるような気がしてくる。
なんとなくタイムマシン。外はセピア色。
焼き鳥の注文は紙に書いて、店のひとに渡す。お金はキャッシュオンデリ。そば屋の当時は、人の列に並び、自分の番が来たら、口頭で注文を言った。「カレーセット」と大きな声で言うと、店員は「おそばはどうします?」と聞いてくる。ボクはすかさず「あったかいの」と答える。そのやりとりはちょっとした戦いだった。人と人でごった返していたその店も、今は隣に冷や奴をつつくおじいちゃんがいるだけ。あぁ、店はすっかり変わったのだ。
窓の外は俄然人の流れが多くなる。
なんとなくタイムマシン。
そして、またボクはその人の流れに自分を探す。
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