
アフマダーバードという地名はいかにもムスリムを想起させ、インドとは異なる世界をおおいに掻き立ててくれる。それもそのはず、ムスリムの男性の名前を意味するアフマダ、そのアフマダの街と訳される地はムスリムが約2割にも及ぶという。パキスタンの国境に接するカーティヤーワール半島はまさにムスリム世界とのグラデーション状を形成しているように思えた。その半島の付け根に位置するアフマダーバードまで距離にすると、このウダイプルからはざっと300km。バスだと恐らく8時間か9時間はかかるだろう。夜行バスに乗れば朝にはアフマダーバードに着くはずだ。インドに入国してからというもの、近い場所を刻むように移動してきた。入院後、慣らし運転をしてきたが、そろそろ遠出してもいいだろう。しかも長距離の夜間移動は1泊分の宿代を節約することできる。
19時にバスターミナルに行き、21時発のアフマダーバード行きバスに乗るまで、たっぷり2時間半も待った。バスはデラックスコーチという触れ込みだが、インドにおけるそれはちっとも豪華ではない。ましてや夜行の長距離バスといえ、足回りはリーフスプリングでシートのクッションはなきに等しい。当然ながら、エアコンなどついてる訳などなく、シート間のクリアランスは極めて狭い。
わたし以外にも乗客はそこそこ乗っていた。だが、隣のシートにザックを置くくらいの余裕はあった。車内は暑かったが、開けた窓からは気持ちのいい風が入り、熱さはほとんど気にならなかった。町を抜けると窓外は真っ暗になった。バスの車内からは少しずつ、寝息が聞こえるようになった。さて、自分も寝ようかなと思ったりしたが、隣の列の窓側シートにいる男のことが気になった。みすぼらしい身なりの若い男は時々、こちらを窺うように見るのだった。はじめは何度か目が合い、その都度男はにっこりと笑顔を返すのだが、余りにも目が合う回数が多く、その後なるべく男を見ないようにした。だが、何度もこちらを窺っている様子があり、警戒することにした。もし、寝入ってしまったらザックを物色されるのではないかと。それを考えるとなかなか寝付けなかった。
夜行バスはこれまで通り過ぎてきた国でも利用してきた。中国でも、ベトナムでも、そしてタイでも。だが、それほど危険を感じる場面はなかった。だが、インドは明らかに気を許せない空気に満ちていた。
夜も更け、顔に吹き付ける夜風はやけに涼しい。少しうとうとしたかと思うとすぐに目が覚めてしまう。バスはひどい悪路を走り、大きく揺れ、エンジン音ばかりが車内に轟く。東南アジアの旅はまだまだ優しかったのだ。多分、ここから先はもっとタフになるだろう。
けれどインドは、師が書いてる通り、どこがデラックスやねんとぼやきたくなるような、パイプ椅子に毛が生えたような粗末なシートで、隙間風がバンバン入ってくるようなバスがほとんどで、俺もかなりきつかった記憶があるよ。
夜行バスでの節約移動、今思えばほぼ意地でやってただけだったような気も・・・。若さゆえの無駄なこだわりだったなあと思うよ。
なお、俺もインドでは列車・バス共に、荷物の盗難には異常に警戒した。なんせ列車で網棚に荷物を2個あげようと、一個目を置いて二個目を取ろうと下を向いて顔を上げたら、先に上げた荷物は既に盗まれたあとだったっていう脅しエピソードを聞いてたからねえ。
俺は結局インドでも盗難とかはまったくなく、移動時に会った人たちはほとんどがいい人ばっかりだったなあ。
あと、インドの人がめっちゃ見てくるのって、ただただ単なる好奇心だったりすることも多いんだよなあ・・・。
さて、この時の師は果たしてどうだったのかな?
あの当時、ハードなことや無茶なことをするほど、バックパッカーとしての格やステイタスが上がっていったよね。だから、基本はお金をかけず、必然的に無茶な道を選んでいたと思う。けれど、インドの旅にはあまり選択肢がなかったよ。お金をかけようともかけられず。バスに種類はないし。
今ではいい思い出だけど。インドは厳しかったなぁ。
>列車で網棚に荷物を2個あげようと、一個目を置いて二個目を取ろうと下を向いて顔を上げたら、先に上げた荷物は既に盗まれたあとだったっていう脅しエピソードを聞いてたからねえ。
奴ら、隙がなかったよね。ちょっと油断すると押し込められちゃう雰囲気があるし。
>インドの人がめっちゃ見てくるのって、ただただ単なる好奇心だったりすることも多いんだよなあ・・・。
凝視だからね。すれ違っても、時々振り返ってみてたしね。あれはすごかった。
なかなか、思い出せないこともあるけれど、思い出す作業ってなかなか楽しくて。これを書くに当たって、もう1度旅をしているように感じるよ。楽しみながら書くのが一番だね。