
石和温泉駅前の土産物屋で葡萄を買って、店のおばちゃんに「お奨めの居酒屋ありませんか」と尋ねると、道の向こう側を指さして、「月のうさぎがよくお客さんがはいってるよ」と教えてくれた。
早速、行ってみると、洋風のこぎれいな店構えで、入ってみてすぐに「これはいかん」と思い、すぐさま店を出た。せっかく、ここまで来たのだから、甲斐の国のうまいものを食べたい。どこでも食べられるものをわざわざ今食べることもないだろう。
店を出て辺りを見回すが、店らしいものはない。しかしながら、駅とは反対方向になにやらのぼりが立つ、建物が見える。
とりあえず、そこまで歩くと、そこは運良く居酒屋だった。
「鳥勢」。
神田にある「鳥勢」は「かっかりばっかり」と、韻を踏んだ嘆きで、このブログにしたためた、極めて残念な店だったが、この店は果たしてどうだろうか。
「まんが日本昔話」に出てくる田舎家屋のような、そんな雰囲気の店頭。網戸の入口から「こんにちは」と声をかけても、何の反応もない。
「まだ開いていないのかな」と思い、網戸を開けると、簡単に戸は開いた。だが、やはり店内には人がいない。
しばらくそこにたたずんでいると、おばちゃんが入ってきた。
おばちゃんはひどく無愛想だった。
「今、ウチの人来るから、座って待ってて」という。
カウンターに座って、待つこと10分。ようやく、店の主人が入ってきた。
この主人が饒舌な人だった。
見た目は強面のおっちゃんなのだが、独り言も含めて、とにかくしゃべり続けている。
ボクを見て一見して土地の人間でないことが分かり、「どこから来たの?」と聞いてくる。その後はおやっさんの独演場となった。
飲み物は背後の冷蔵庫にわんさと入っている。日本酒、焼酎の1升瓶が何本も。銘柄はすでに失念してしまったが、豊富に取り揃えている。
ボクは焼酎の麦を水割りでいただくことにした。
名前のとおり、焼き鳥をはじめとする鳥料理がメイン酒肴であるようだ。
その中から、まずは「焼き鳥の盛り合わせ」を頂くことにした。
さすが、田舎。焼き鳥がうまい。弾力のある肉は、噛めば噛むほどにじゅわーっと肉汁がしみ出てくる。
とくにうまいのは手羽だ。身は引き締まっているが多肉。一見矛盾するが、東京のブロイラーとは仕入れが違うのだろう。
「これうまいね」。
とボクがカウンター越しにいうと、おやっさんは相好を崩して、更に饒舌になる。
「うちはね、仕入れが違うんだよ」。
と厨房にある大きな冷蔵庫から、馬刺しを出してきた。
「これはね、最高の馬刺しだ。食べてみるかね」。
そういって出された「馬刺し」がまた最高だった。これはウマい!
馬刺しには焼酎。どんどん、焼酎がすすんでしまう。
そうこうするうちに、女の子のアルバイトが出勤してきた。その子が加わると、更におやっさんの饒舌は勢いを増す。
勢い?まさに「鳥勢」。
おやっさんは町の祭りの話し、温泉街がどんどん廃れている話しをボクに教えてくれる。聞きもしないのに。
18時50分の特急に乗って帰ろうと思っていたが、ついつい話しを聞いてしまい、乗り遅れた。
次の特急は1時間後の19時50分である。
だが、そのおかげでおいしい「ほうとう」を食べることができた。
「ほうとう」も最高においしかった。とろりとしたおつゆ。コシのある麺。
やっぱり、甲斐の国にきたら、「ほうとう」はマストメニューである。
神田の「鳥勢」はがっかりばっかりだったが、石和の「鳥勢」は満足ばっかりだった。
ただ、おやっさんの饒舌ぶりには驚いた。ただ、ひとりの旅人を退屈させないためのサービスだとしたら、それはそれで嬉しいことではある。
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