小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

Brexit 雑感 

2016年06月28日 | 国際・政治

 

 ヨーロッパの知の歴史は、プラトンに対する厖大な脚注の歴史にほかならない。 

                                 アーサー・O・ラブジョイ  「存在の大いなる連鎖」より

イギリスがEUから離脱した背景を、大雑把だが自分なりに考えた。今回の件は、いわゆるトランプ現象と同根の背景があると思うし、グローバリズムへの逆噴射が遂に、英国でも本格化したと考えるからだ。Brexit(ブレグジット)は、もう知れわたった新造語。Britain(英国)+exit(離脱・退去)、念のため。(なお、この稿は、思考整理のために自分用に書くという前提)

まず、イギリスの国民投票は、民主的な選挙によって行われたもの。結果によっては、国の趨勢を良くも悪くも左右する。そんな重要な国を挙げての採択が、かくも呆気なく決まるものだとは驚くしかない。投票結果が拮抗したものだけに、残留を望んだ人々の落胆さは推しはかれて余りある。

いや、これからの日本の、安倍首相のもとでの憲法改正を想定してみよう。それは空恐ろしい多数決の、民主主義による「国民投票」となる。結果は誰もが想像できないのは当然だ。イギリスの場合、是が51%であっても、それは国民の総意となる。峻厳たる事実が突きつけられる。否に投じた49%はまさしく、ほぞを噛むしかない・・。

 

さて、ここからが本題だが、冗長な話になるので悪しからず。

ヨーロッパ大陸の人々は、その性向・心情としてまず、「理念」を高く掲げることをモットーにしている。それは、冒頭に引用したラブジョイの言葉のように、ソクラテス、プラトンを始祖とした「理念=イデア」を何よりも重んじる歴史的伝統がある。と同時にヨーロピアンは、イデアと民主政治を生んだギリシャに対して帰属意識を、そこで生まれた神話、哲学に親和性をもっている。そこにヨーロッパ精神のバックボーンがあり、キリスト教はその骨格に、「信教と道徳」で肉付けした。ルネサンスはさらに人間主体の思想を生み、生き生きした血流をヨーロッパ全体に通わせた。(以上の西欧史においてイギリスは辺境だ)有り体に語れば、そんな風に解釈できるが、どうだろう。

▲ソクラテスの生地、エフェス(エフェソス)。この地はトルコにあり、ギリシャにいま住む人々は、かつてのギリシャ時代とは縁も所縁もないという。つまり、犬猿の仲で知られる両国の問題は、オスマン帝国崩壊以降の宗教的な軋轢によるもの。トルコがEUに入った場合の仮説をいくつか立てて、その是非、吉兆などを論証できるかをやってみたいのだが・・。

 

 

ヨーロピアンの最も顕著な特長がある。「理念」を掲げると同時に、その合意形成の証しとして、「基準」と「ルール」もつくること。もう一つある。時代や環境の変化によって、自分たちの合理的精神と不釣り合い、つまり都合が悪くなった場合には、「基準」と「ルール」を潔くスパッと変えることも得意なのだ。(日本人にはなかなかできません)

卑近だが、スポーツでの例が端的にそれを証明する。スキージャンプとかノルディック競技において、日本選手が次々と彼らの記録を次々と破ったことがある。日本人が何故、自分たちの独壇場を覆すことができるのか? 自分たちがつくった基準・ルールは、実のところ日本人に最適なものだったに違いない。これはフェアではない、当初の基準との間尺が合わない。という勝手な理屈、自分たちの都合に合うような基準・ルールをいとも簡単に変更したこと、私は悔しくて忘れられない。

とはいえ、日本選手は新たなレギュレーションに順応し、猛練習を積んで、再びヨーロッパの地で記録を更新する。彼らはまた、新たな「基準」と「ルール」を設けるのである。柔道においては、選手同士が同じ白い胴着を着ていると、観客は選手を判別しにくいという勝手な理屈から、多くのヨーロッパ諸国が参加する柔道の世界連盟会議で、「青と白」の二色という基準を作った。

話があらぬ方向に飛んでしまったか。

EUが何ゆえに生まれたのか、それを考えねばならない。まず、ソ連崩壊による冷戦の終結。それによる東西ドイツの統合。この時点では、カントが提唱したような「永遠平和論」が、EU発足の「理念」として強くあったと思う。しかし、アメリカの新自由主義によるグローバリズムは強い波動であった。

90年代前後における激変の時代にあって、ヨーロッパ各国は結束し、同一の市場、同じ通貨を共有した。それは取りも直さず、持続的な経済成長を優先する「理念」を掲げたということである。(マーストリヒト条約は同時に、EU連盟諸国内における労働者の自由な移動、就労を保障している

イギリスはその時、ユーロという共通通貨を固辞し、EUに加盟した。(ポンドがユーロになるデメリットはそれほど大きいのか?)

かつての大英帝国の名残りか、「栄光の独立精神」か。

ギリシャを源流とするイデアと、論理的なロゴスの統合をめざすヨーロッパ精神。その受容は、イギリス人にとって敷居が高かったのであろうか。かもしれないが、彼らはもっと現実主義者であり、そのリアルを積み重ねる経験主義を重んじた。日常的には、単純で明快な認識力を生かし、不撓不屈の精神、ジョンブル精神により困難さをのりこえる。それで十分だと・・。

いや、もっと端的な例を引用しよう。イギリスに亡命していたド・ゴールは、戦後にドイツとEUの母体を作った後で「イギリスは大陸とメンタリティが違うからちょっとね」と言ったという。

イギリスにとってEUへの参加は、単純に経済的メリットの恩恵に与ることだけが目的だったのか否か。平和や環境などの政治的イシューは、島国のイギリス国民にとって鼻から眼目になかったのかもしれない。まして、難民を受け入れる国内的な枠組みは実質的になかったに等しい。シリア難民の受け入れを、堂々と拒否したこともある。中東の混乱を招いた第一当事者であるはずなのに、そうだキャメロンという男は知らぬ存ぜぬの振る舞いをした。彼に欠けるもの、少なくともジョンブル魂と言えないか。(と書くと、「極東の猿が何を言っているか」と、イギリス国民は猛反発するんだな)

もっと現実社会に目を転じれば、英国病は末期症状を呈しているのかもしれない。

いまや実体経済を支える国内産業は極細になり、シティが切り盛りする金融経済だけで国を回しているイメージしかない。EU圏のユーロに縛られ、高邁な理念と基準に振り回されている。ましてや、難民の受け入れを強制的に割り当てられる。これは押しけられている屈辱であり愚の骨頂でしかないと、イギリス人は判断したのであろう。(EU加盟の美味しい蜜は味わいつくした。縛りのきつい未来の基準とルールなんておさらばじゃ。と、離脱派が言ったかどうか・・)

今回様々なニュースを見たが、東欧からの移民(特にポーランド)がイギリスに多数渡っていたことを知らなかった。東欧の人々が隣国の経済大国ドイツを避けたのは、忌まわしき禍根を懐きながら働くことは無理筋と判断したのか。まあ、人は経済の安定、報酬の多寡だけで仕事を選択しない。安心して快適に暮らすこと、これはムスリムも難民も、東欧の人たちも同じだ。いや日本、中国人も然り。

どうも落としどころを見つけられない。いずれにしてもイギリスは袋小路に向かい始めた。二進も三進もいかなくなるのか、アングロサクソンの叡智が育んだ「ゲーム理論」を使うなど、私たちの予想を超える経済外交をみせるのだろうか・・。スコットランドの動向も気になるが、今後はアメリカがイギリスとどのように連携するかが肝だ。

ともあれイギリスは今後、グローバリズムを必ず縮減する方向にハンドルを切る。だがそんなことで、彼らが自滅するとは思えない。私は、Brexit(ブレグジット)そのものをイギリス国民の率直な反応とみる。離脱はそれなりの期間にわたって交渉の場を持たねばならず、その間に4度目の「国民投票」を決定してもなんら不自然ではない。

とりあえず、言いたいことはまだあるが、この辺で終止符を打とう。

 

 

以下は、関係ないが書き残しておきたいこと。

私が確信していること。それはグローバリズムそのものが、バブルであるということ。但し、グローバリズムの拡散と浸透は、インターネットと共に進展していたこと。

ITは私たちの蒙を開き、生活の質を高めた。しかし、誰もがテロリズムに参加でき、難民を生みだした。そんなパンドラの函を開けてしまったのもITなのだ。

 

 



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
離脱の恩恵 (安井 洲太亜凛具)
2016-08-22 09:20:24
その国民投票に興味を持ち、投票日の 1 週間前頃から暇さえあれば、インターネットで BBC のニュースを見ていました。すると、Ukip を熱く支持する人達の様子が、とても力強く印象的でした。投票日前、親しくしている残留派と思えるイギリス人の友人達にイギリスの行方を聞いてみたところ、皆、口を揃えて「 それは、とても難しい! 離脱と残留は、半々ってところだね。 」と言っていました。その時、私は、離脱する可能性が、やや強いかも... と感じました。私、個人としては、イギリスに移民している知り合いも多いので残留する方が、その人達にとっては、ありがたいはずだ、と思いつつ... 。
また、投票日前、EU を離脱した場合、かなりの円高になるであろう事も予測していました。円高が進むと世界各国の経済が大変な事になると思ったものの不謹慎にも、この夏、約 1 か月間ほどイギリスに滞在を予定していた私は、円高の恩恵で極端なところ、まるで Buy 1 Get 1 Free かのように、この時期、買い物をすると何でも、かなりお得のはず (*^_^*) と想像していました!
まさしく、その想像通り!! 私は、渡英歴が、30 年以上ありますが、この夏、渡英してみて、これまで これほどまでに円高だった時代があっただろうか... ( ? _ ? ) バブル景気がはじけた時も、かなりの円高だった事を思い出しました! が、その時より、さらに円が強く、「 今は、円高だからケチケチしないで[ 欲しいと思っていたモノを ]買っちゃおう!」と相当、太っ腹になって、セコイ考えが、吹っ飛んでいます。おみやげ屋の片隅に両替店がありましたが、私が、そこで円高の話をすると、おみやげ屋の店主が、それを聞きかじり私が、¥ 円を £ ポンドに両替すると、非常に熱心にいろいろな商品を買うように勧めてきました W(`0`)W
しかし、イギリス経済は、これから どうなってしまうのか... ? 現在、ロンドン中心部に滞在していますが、まわりは、隣国から来ている人達ばかりだし、EU から運ばれている物[ 特に、食べ物 ]が、やたら目に付くし... 。
イギリス国内も今後、二分するかもしれない... というほど深刻な事態なのに... (>_<)
返信する
雑感の雑感 (高井平和)
2016-08-22 17:11:15
ヨーロッパを統合するという高邁な思想は素晴らしい。でも、通貨の統合、労働や移住の自由を保障するというEUの考え方は、私から言わせれば、いかにも机上の理論のように思えますね。
人間なんてせいぜい2万人程度の共同体で生活することが丁度いい。そんな研究結果があります。その程度の距離感が隣人の顔を認識し、隣人の隣人が何を考え、どう行動しているかが分かる。
他人の生活感、考え方をリアリティとして実感できるのが、2万人程度の共同体らしいです。古代ギリシャの都市国家、中世の歴史ある各都市も、大たいがその程度の人間の集まりだった。
近代以降の国家はこれらの都市共同体を呑みこんで、より効率的で最大の成果を狙う共同体をモデルとしました。しかし、やがて国家同士の利害や障壁は生まれ、国家間による戦争が頻発しました。それはヨーロッパの歴史そのものを物語っています。
EUは、これからどうなるか、だれにも分かりません。スコットランドがUKから離脱して、EUに加盟するのか・・。安井さんは渡英歴30年以上とのことですが、実際にイギリス人とスコットランド人ってそんなに違うのでしょうか。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。