小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

愛猫の死、経惟と弘

2023年12月11日 | エッセイ・コラム

三匹の死んだ猫(部分)    長田弘

二十年かかって、三匹の猫は、
九つのいのちを十分に使い果たして、死んだ。
生けるものがこの世に遺せる
最後のものは、いまわの際まで生き切るという
そのプライドなのではないか。
雨を聴きながら、夜、プライドを失わずに、
死んでゆくことの難しさについて考えている。

上記の詩は、長田弘の『死者の贈り物』という詩集にある「三匹の死んだ猫」の最後の部分である。全体は27行であるから、それほど長い詩ではない。なぜ、冒頭にこの詩を冠したかというと、本棚を整理していたら、荒木経惟の小さな写真集『チロの愛死』が出てきた。

病をえて再び見ると、感じ方が違う。避けられない定めは受け入れるしかない・・ただ無性に悲しくなった。で、見終わったあとに、放心の体で書棚の本をつらつらと眺めていたら、長田弘の詩を思いだしたのだ。正確には『死者の贈り物』が頭に浮かんで、そしてまた、亡くなった荒木の奥さんとチロの葬式を見返した。

 

話は突然変わる。妻が二日ほど前、私が寝起きしているリビングの窓ガラスやサッシ部分を掃除したいという。去年は正月をはさんで、入退院を繰りかえし、大掃除ができなかった。5月頃にも掃除はしたのだが、肺の病気だから、汚れているところが目立ってきたから綺麗にすると宣った。こちらに何の不服があろうか。

ところで小生はその二三日前、ズボンを脱いでいる時に足がもつれて、肩からどしんと倒れる羽目に陥った。床にもろに膝と左肩を打ち、膝は少し血がでていた。肩のほうを強く打ったので、左手が痛くて動かせない。内出血はないが、生活に支障が出そうだ。ほんとに年寄りになったわね、と厭きられたが、背中は流してもらった。

そんなこんなで、掃除中は書斎で半日、左手を庇いながら蔵書を入れ替えたり、見た目よく整頓した。荒木経惟の写真集は5,6冊もっていたのだが、だいぶ前の蔵書処分のとき、荒木はまあいいかと古本屋に出したのだった。『センチメンタルな旅・冬の旅』もさんざん見たし、地元のお年寄りを被写体にした、森まゆみさんとの共著の写真集『人町』も思うところあり処分した。『チロの愛死』が残っていたのは、少なからぬ因縁があるのだろうか。

荒木経惟について、いくつかのエピソードがある。30代前半のとき、広告プロダクションにいた頃、ある呑みの席で3歳上のアートディレクターから、唐突に「キミには文化がないんだよ」と言われた。「アラーキー、知ってる?」、知らないと応えると、後日、モノクロ調の写真集を手渡された。素人の人妻ヌード写真、緊縛された女たちの微笑み、荒木の父親の葬式・・。気に入ったのは、青空に雲が浮かんだ風景、下町の路地、電柱や電線など、それぞれがカラーとモノクロが混合した写真集だった。街や自然が生き生きしている、そこに人間がいると感じられる。

これは伝統や歴史に裏打ちされたメインカルチャーとはいえない。むしろサブカルの領域である。「キミには文化がないんだよ」と言われても、いちいち反論するのも大人げない。昨今、相手を論破するのが流行りらしいが、それがいったい何になるのだろう。

ともかく、荒木経惟の写真集を初めてながめ、ダイアリーが表示される簡単カメラで、見事な構図の写真を瞬間的に切りとる技は凄いと言わざるを得ない。それからしばらくして、テレビに荒木が出ていて、その口調がまるで下町の職人言葉だった。セッカチで、相手に出る幕をあたえない早口。ガサツな雰囲気はあるものの、写真家として真っ当な意見を述べていた。

口は悪くても、礼儀は忘れない。上下関係は立てる。下町に住んだ人間なら、ざっくばらんな人柄こそ親しみやすい。有名人だからといって、偉ぶったところがあれば毛嫌いされる。荒木の実家は、下谷か三ノ輪辺りだから、小生の生活圏と重なる。お酉さまのときには、すれ違ったことがあるのか。赤坂駅で荒木経惟を見かけたとき、どうしたものか彼は小生のことをじっと見返してきた。なんか同じ匂いを嗅ぎ分けたのであろうか。10歳ほど年上だが、最近なんら風の噂は届かない。元気で写真を撮っているのか?

後輩のカメラマンたちに、行き詰まったとか、撮る対象を見失った、ていうのは二、三十年早いわけよ。あのね、写真は人間が撮るんじゃない。キャメラが撮るんだ。70歳をこえてから、いい写真がものにできるわけさ。俺? 俺って、天才なのよ。人間アラーキーは100歳まで撮るつもりだから、ガハハハ。

 

 

 

 

▲舟越桂とコラボした写真展か? 実在のモデルから想像上の人物へシフトした頃で、よく観ると左肩がやや尖っている。塔、小島という見立てである。

 

 


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