和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

「名字の言」・2011年12月1日(木)

2011年12月01日 08時50分23秒 | 今日の俳句
「名字の言」・2011年12月1日(木)より転載」
http://www.seikyoonline.jp/news/novel/1199131_2858.html

∞…♪…★…κ…∞…♪∞…♪



 現代を代表するピアニストの一人、ジャン=マルク・ルイサダ氏が、17歳の時のこと。レッスンを受けるため、パリ音楽院の老教授の自宅に通っていた。ある日の夜、教授宅のドアの呼び鈴が鳴った



入ってきた人物を見てびっくり。ヴラド・ペルルミュテール氏だった。20世紀のフランスが生んだ大ピアニスト。大作曲家ラヴェルのピアノ曲では「模範」の弾き手との評価が確立していた



その「大ピアニスト」が姿勢を正して、老教授に向かった。「ロンドンでショパンの練習曲集を弾くので、教えていただけますか」。老教授とは、マルセル・シャンピ氏。85歳。ペルルミュテール氏は70歳。師弟の峻厳さ、いくつになっても、学び続けることの大切さを、17歳のルイサダ氏は感じたという



釈尊に、ある目の不自由な仏弟子がいた。針に糸を通そうとするが、うまくいかない。その場に居合わせた釈尊が、そっと糸を通してあげた。人々は言った。「あなたほどの人がそこまでしなくても」。釈尊は答えた。「私に優れたところがあるとしたら、それは人一倍、徳を求めるところ」と



「仏」とは「向上を求め続ける生命」の異名である。「
今から」「これから」の気概で、きょうも木枯らしの中へ。

       2011・12・1
           (哉)


∞…♪…★…κ…∞…♪∞…♪

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