和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

「名字の言(聖教新聞・2011/5/26)より転載」《平成23年5月26日》木曜日【皐月】

2011年05月26日 16時31分27秒 | 今日の俳句
「名字の言(聖教新聞・2011/5/26)より転載」

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 瀬戸内の碧い海を縫って走る、しまなみ海道。その通り道の一つ、生口島にある平山郁夫美術館を訪ねた。画伯の故郷である





画伯は生前、美術紙のインタビューで赤裸々に半生を語った。多感な15歳で被爆した事。多くの友人の命を奪われ、自らも後遺症に苦しんだ事。「平和というのは逃げるのではなく蛸壺に入って知らん顔ではなしに、やはり声を出してそれぞれの立場から、お互いに生きることを見つけましょうということなのです」





その言を、行動で貫いた人生だった。約40年で130回に及ぶシルクロード取材。帰国しては、飽くことなく描き続けた。紛争等で破壊されゆく文化遺産の保護にも尽力。晩年、病床に伏してなお創作に意欲を燃やした





池田名誉会長と親交のあった画伯。著作の装画や挿絵を引き受けたことも。神奈川で対談した際、仏教東漸に命をかけた人々に思いを馳せ、絵にかける真情を述べた。「命がけで求めないと先人の苦闘の本当の心境が分からない」





人の命は尽きても、絵の命は尽きない。同じように、若き日の誓いを果たそうと貫き通した人生は、幕を閉じてなお、人々を励まし続ける。画伯の絵に目をやれば、声が聞こえてくるようだった。〝求道の心は燃えているか〟と。
                (奨)


【「聖教新聞・2011/5/26」より転載】


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