和井弘希の蘇生

桂信子先生に師事。昭和45年「草苑」同人参加。現在「里」同人「迅雷句会」参加

勇将51/小説「新 ・人間革命」

2013年04月12日 06時51分14秒 | 今日の俳句
      小説「新・人間革命」

【「聖教新聞」 2013年 (平成25年)4月12日(金)より転載】



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勇将51(4/12)

 一月二十三日午後、山本伸一は八日間にわたる四国指導を終え、関西に向かった。

 彼は、四国研修道場を出発する間際まで、愛媛から研修会に参加していた壮年・婦人や、役員として諸行事の運営を支えてくれた青年たちと、記念のカメラに納まるなどして、激励を続けた。

 関西入りした彼は、大阪府交野市の創価女子中学・高校(現在の関西創価中学・高校)を訪ねた。翌二十四日には開校五周年を祝う昼食会に出席し、奈良県へと急いだ。
二十五日に橿原市の明日香文化会館で行われる、奈良支部結成十七周年を記念する幹部会等に出席するためであった。
この幹部会が、県としての「支部制」出発の集いとなるのである。

 明日香文化会館は、橿原市石川町にある奈良本部の隣接地に、前年暮れに完成したばかりの会館であった。しばらくは、ここが奈良県の中心会館として、広宣流布の心臓部の役割を果たしていくことになる。

 山本伸一が明日香文化会館に到着したのは、午後四時半前である。小ぬか雨が、乾いた空気をほどよく湿らせていた。

 会館は高台にあった。鉄筋コンクリート造りの白亜の二階建てで、優雅で重厚感のある建物である。

 南には石川池(剣池)と孝元天皇陵があり、北東から北、北西に、香具山、耳成山、畝傍山の大和三山が見える。
また、東には蘇我蝦夷・入鹿父子の邸宅があったといわれる甘樫丘がある。橿原市一帯は、古代文化発祥の地といわれるだけに、遺跡も多く、緑豊かで、歴史のロマンにあふれていた。

 車を降りた伸一は、出迎えた県の幹部らに言った。

 「すばらしい文化会館ができたね! 勝ったね。皆さんの奮闘が実を結んだんです。
 仏教文化が栄えた奈良に、日蓮大聖人の太陽の仏法が大興隆していく象徴が、この明日香文化会館です。
皆がそう確信し、決意を新たにしていくことが、実は重要なんです。大事なのは人間の心です」


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