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ころりん~キラキラ☆

楽しいこと、嬉しいこと、伝えること ころころ~ころりん☆

保存版

2016-04-10 19:35:35 | 

今日は『魂の道』について書くわね。

この前、沖縄で天描画家の大城清太さんに素晴らしい話をしてもらった。

大城さんの家系は神人の家系。

神様のメッセージを受け取って人に伝える役割がある家庭。

清太少年が中学二年の時におばあちゃんがもう危ないということで病院にかけつけた。

病室の扉を開けるとそこには親戚一同が集まっていて、みんなおばあから神様のメッセージをもらって泣いていた。

おばあは清太少年を見つけると「清太、こっちへおいで」と手招きをする。

おばあの横に来た清太少年はおばあの顔を覗き込むように「おばあ、大丈夫ね?」と聞く

すると「大丈夫、まだ、清太にメッセージ伝えてないから上にはいけない」

「おばあ俺にもメッセージあるね?」

「もちろんさ、清太はさ、好きなことあるね?」

「うん、俺さサッカーが好きさ」

そう言うとおばあは安心した笑顔で「良かった~、サッカーが好きね」

「うん」

「清太、今から言うことは一生覚えておきなさい」

そこからおばあが神様のメッセージを清太少年に伝える。

このメッセージは今、まさにこの文章を読んでいるあなたへのメッセージでもある。

だから、今かの言葉は一生覚えておいてね。

それは魂の道の話やから。

※  ※  ※  ※  ※

好きなことを見つけたらそれを徹底的にしなさい、楽しみなさい。でもね、ただ楽しむだけじゃなくて、その大好きで人を喜ばせることを考えながらそれをやりなさい

それをやってるとね、ある日、ふと周りを見ると、そこにはあなたと同じように大好きなことをしながら人を喜ばせている人がいっぱいいるようになる。

それはしあわせなことだ。

ただ、好きというのはコロコロ変わる。その時にはまた新しい好きを手に入れなさい。時にはその好きを否定されたり、笑われたり、バカにされたりすることもある。

でも、あなたはその自分自身の大好きを追いかけなさい。追いかけながら人を喜ばすことを考えなさい。

するとね、ある日、それは才能と呼ばれる。

そして、またふと周りを見るとそこにはあなたが守るべき人がいる。だから、その才能でその守るべき人を守りなさい。

そしてさらに好きを追求してゆくと、それは役割と呼ばれる。

それをやる為にあなたは生まれてきた。

※  ※  ※  ※  ※



自分が大好きなことで人を喜ばせて生きてゆく

これが魂の道なんやと思う。

それはなんだっていい。

ピアノを弾くこと

石を積むこと

ご飯を食べること

寝ること

掃除をすること

人と話をすること

恋をすること

セックス

誰かの力になること

笑うこと

人を褒めること

なんだっていい。

その大好きなことで人を喜ばせることばかり考えて行動に移す人はそれが職業となる。



「魂の道をゆく人生を手にいれる!」

まだ意識してない人には意識するきっかけを作り、すでにそれが仕事になっている人はさらに売りあげが上がるように。

そこにフォーカスしてやってゆく。

俺の友達、みんな自分が大好きなことをして楽しみながら人を喜ばせている。

それって最高じゃない。

友達みんな、自分がやりたいことをやってキラキラ輝いて生きてるなんて素敵やろ。




保存版なので~転載させてもらいました。




玉置神社

2016-02-28 21:25:37 | 
熊野の玉置神社に連れていってもらいましたよ!

ここにたどり着くまでの。高い山に登ること、登ること⤴︎︎︎⤴︎︎⤴︎︎︎⤴︎︎︎⤴︎︎⤴︎︎︎



すごい上\(^o^)/

ここから、歩きます。


その前に、はい、パチリ




山の神様




白山の社




そして、龍神様






そこの山の神





玉置神社




ここで、買った鈴とお守り



とても、効果があるそうです。

3人の女性は

この、鈴を買いました。


毎日、家でこの、鈴を鳴らして、浄化してます!



1月だと言うのに

2016-01-12 09:41:11 | 
暖かい☺

どうなっているのかな?


ハチ北に行った時に

あれー

梅の花が~




五分咲きになっていましたよ。


なんだか、スキー場ではスキーができず。

冬物は売れないそうです。


春なのか


冬はこれからなのか!


今日から、寒くなるのかな?




仕事、本格的に動き出します!

今年もありがとうございました٩(๑^o^๑)۶

2015-12-31 01:30:17 | 

人は皆、同じ人間の姿をしていますが、
花や魚が環境に応じて違う場所に住む様に、

意識や価値観の違いによってまったく違う世界に生きてます。


僕自身この世は天国と言える人生にするために、
決して外せないことがあります。


それは、幸せに生きている人と定期的に
同じ空間時間を共有すること。

夫婦が似てくるように、

天国と思い幸せに生きている人と
同じ空間、時間を共有するほど、

何かをするわけでなくても、
幸せな人と自分が自然と似てきます。




知人が教えてくれたのですが、

ハーバード大学の研究の中で、
5000人を20年に渡り調査したものの中に

「私の幸せは、友人のそのまた
友人にまで2段階にまで届く」

という研究があるそうです。

結論として1つのグループに属する1人の
幸せは3段階に拡散する事が分かりました。

1人の元気は、もう1人の元気を9%増す。
それは一年以上続くこともある。

1人の人が幸福感を感じると、その友人が
幸福感を感じるチャンスは25%増す。

そのまた友人が幸福を感じるチャンスは10%、
そのまた友人は5.6%のチャンスが増すと
いう研究結果がでています。


幸せそうな人に触れる機会として本や
録音した音声は効率的に良いのですが、
実際、会うのとはまた違うものがあります。

ぜひ、あなたの周りで幸せそうに生きて
いるなと思う人に会いに行ってみてくださいね。


《やってみよう》

・あなたの知っている幸せそうな人を10人書き出す。

・その人に対してメール、電話、手紙を書いてみる。

・連絡が取れた人に会いに行ってみる。



【今日のコツ】
自分が幸せになると、
周りにいる人まで幸せになる。

【実践者になること】

2015-11-21 21:03:47 | 
【実践者になること】


小林正観さんの心に響く言葉より…


「正観さんのお話を聞いて、1週間ぐらいは調子がいいんですが、すぐ忘れてしまいます。ずっと忘れないようにするには、どうしたらいいでしょうか」という質問がよくあるのですが、忘れないためには、どうすればいいか。

それは《実践をし続ける》ことなのですね。

「いい話だったなあー」で終わってしまうと、3日後ぐらいには忘れていますけど、毎日、「ありがとう」を言い続けたり、トイレ掃除をし続けたりすることで、目の前にいろいろな奇跡や思いがけない現象が起きてきます。

自分も元気になるし、仕事も人間関係もスムーズに流れ出しますので、実践するのが楽しくなるのですね。


話の内容を忘れないためには「忘れないぞ」と気合を入れるのではなく、実践をし続けることですね。

すると、面白い現象があまりに頻繁に出てくるので、引き続きやりたくてしょうがなくなります。

私の中には「やらなければならない」というのはまったくなくて、「ありがとう」を言うのも、トイレ掃除をするのも全部損得勘定ですから。

損得勘定でやると続くのです。


どんなに下心があって、野心があったとしても、実際にそれをやった人を《実践者》と言います。


例えば、電車に乗っていて、おばあさんが乗ってきた。

ある男は、おばあさんに席を譲ってあげたいと思った。

自分の中では、人によく思われたいとか、評価されたいとかはまったくないけれど、人の目が気になって、席を譲ると恥ずかしい気がして譲らなかった。


それに対して、もう一人の男は、おばあさんが乗ってきたとき、目の前にきれいな女の人がいたので、この女性によく思われたいと思って、邪心と野心の塊で席を譲ったとしましょう。

さて、邪心の塊で席を譲った男と、すごく美しい心で席を立てなかった男と、どちらを神さまが喜んでいるだろうか。

多分、席を立った男のほうに微笑(ほほえ)みかけているのではないかと思うのです。

動機はどうであれ、席を譲った瞬間に、宇宙に一つ《喜ばれること》が生まれたのですから。


邪心や下心がまったくない人というのは、神の領域ですから、肉体を与えらえてはいません。

人間としては卒業してしまっている。

肉体を持っているということは、人間としての様々な体験をまだしたいということですから、損得勘定でやっていくことは、とても自然なことだと思います。

100%美しい心でやっていこうと考えなくてもいいですから「究極の損得勘定ができる人、究極の欲深い人になってください」と伝えています。


宇宙構造を40年研究してきて、損得勘定でないものは、どうもないようです。

どのような分野でも、人に喜ばれるような生き方というのは、すべて自分にとっての損得勘定で言えば“得”になっています。

人に喜ばれることをして自分が圧倒的に損だ、ということはないのです。


さらに言えば、みんながいやがってしたくないようなことは、一単位あたりの“得”の密度が高いみたいです。

トイレ掃除は、その最たるものです。

そういうことを実践している人が何かを始めようとすると、あっという間に支援がきます。

それは、その人が望みを実現させようとか、目標に到達しようとがんばっているわけではなくて、ただ毎日“徳”を積んでいるだけなのです。

まさに、人徳の“徳”とは、損得の“得”なのです。


『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』イースト・プレス




心の中で、どんなに善きことを考えていたとしても、それが実行に移されなかったら、それはないのと同じ。

「ありがとう」という感謝の言葉も、「笑顔」も、「気くばり」も、「優しい言葉」も、「席をゆずること」も、心で思っているだけなら、ただの絵に描いたモチにすぎない。

どんなに強烈に願おうと、深く想おうと、それは同じこと。


たとえば、喫茶店で注文するとき、どんなに強く心の中で「紅茶が飲みたい」と願ったとしても、「コーヒーください」とひとこと言ったらコーヒーが出てくる。

神さまも同じで、心の中がどうであれ、現象として現れた「言葉」なり「行動」を評価するという。


よき実践者をめざしたい。




【しあわせも成功も、「見つけるもの」】

2015-09-10 22:08:45 | 


斎藤一人さんの心に響く言葉より…


しあわせを見つけるのがヘタな人は、商売の成功の仕方を見つけるのもヘタです。

うまくいっていない人って、しあわせも成功も、「見つけるもの」だと思ってないの。

「与えられる」か「偶然入ってくる」ものだと思っているんです。


チャンスも「来るもの」だと思っていて、「見つけるもの」だと思っていません。

ようは、日頃から“見つけグゼ”がないんだよ。


「ご飯が食べられてしあわせ」とか「仕事ができてしあわせ」とか、しあわせを探すクセが日頃からあるかどうかなんです。

ちょっと自分にイヤなことがあっただけで「最悪だ!」って言っている人生と、「今日も朝起きられてしあわせ」って言う人生では違います。


「しあわせのタネ」を見つけられる人って、「商売のタネ」を見つけるのも上手です。

しあわせな人って、いいところを見つけるのが上手なんだよね。

そういう人が「売れているお店・人気のお店」に行ったら、その店のいいところをたくさん見つけます。

そしてその中で、自分でマネできることをするんです。


逆に不幸な人って悪いところを見つけるのが上手なんです。

「売れているお店・人気のお店」に行っても「あそこがダメだ」「ここがなってない」とか言って、いちいち“重箱の隅をつつく”ようなことをするんです。


人を雇うのでも、しあわせな人は、その人のいいところを見つけて、そこをほめて伸ばそうとします。

でもうまくいってない人って、悪いところを見つけてはそこを指摘して、直させようとするんだよね。


「仕事の成功論」と「心のしあわせ論」は同じなんです。


《毎日の生活の中で「しあわせのタネ」を探してごらん。じつは毎日、たくさんのタネをいただけていることに気づくから》


『大丈夫だよ、すべてはうまくいっているからね。』サンマーク出版





どこかのお店に入ったとき、「いいところをたくさん見つけられる人」と、「悪いところばかりしか目につかない人」がいる。

いいところを見つけるのが上手な人は、ツイてる、うれしい、楽しい、しあわせ、ありがとう、感謝します、と言って暮らしている。

悪いところを見つけるのが上手な人は、ツイてない、文句、悪口、不平不満、グチ、泣き言ばかりを言って暮らしている。


見方や考え方は、その人の考え方やクセ。

しかし、その考え方やクセで人生や生き方が決まってしまう。

明るく楽しく機嫌よく生きるのか、暗くつまらなそうに不機嫌に生きるのか。


毎日の生活の中で、しあわせのタネを見つけられる人でありたい。




【スゴい人の法則】

2015-08-11 23:44:00 | 



斎藤一人さんの心に響く言葉より…


スゴいサラリーマン、スゴいOLさんは、全力で仕事をするのではなくて、全力でお願いしていればいいんです。

「次、私はこういう仕事をしますので、皆さん、よろしくお願いします」

「今取り組んでいるプロジェクトを手伝ってくれる人がいたら、紹介してください。お願いします」

とか、ズーッと頼んでおくんです。


そのように、たくさんの他力を集めようと思ったら笑顔が欠かせないんです。

運のいい人とか、ツイてる人とかっていう人は、他力を集めるのが上手なんです。

だから、例外なく笑顔で、いつもニコニコしている。


しかめっ面で、ツイてる人って見たことないんです。

仕事でもなんでも、「笑顔のすてきな人」のほうが勝ちになってきちゃう。

愛嬌(あいきょう)が大事なんです。

仕事というのは、愛嬌の問題なの。

愛嬌とは実力なんです。


昔は権力に力が集まってきたんです。

今は魅力に集まってくる時代なの。

今「魅力がある」ということは、ものスゴい力があるのと同じことなんです。

だから、笑顔が大事なんです。


“スゴい人”というのは、1%の努力で、100の効果がある人のことを言うんです。

では、その1%の努力とはなんですかと言ったら、次の2つだけなんです。


まず1つは、あなたが笑顔でいることなんです。

いつも愛嬌のある顔をしてることなんです。


2つめは、周りにいる人たちに、肩の荷が降りるような思いやりのある優しい言葉をかけてあげることです。

あなたのその言葉で助かるのです。


“スゴい人”とは他力が集まる人のことです。


『世界一ものスゴい成功法則』マキノ出版





城野宏氏が提唱した“脳力開発”の中の「変革の指針」に次のような言葉がある。

「同士と協力者を一人ずつ増やしていくことが、変革の過程である」


変革とは、自らの努力でつくっていく「創造的変化」のこと。

事業や商売だけでなく、誰にとっても、「創造的変化」は必要だ。

つまりそれは、人間的な成長や進歩発展のこと。

そのために最も必要なことが、自分の同士や協力者を一人ずつ増やしていくこと。

それが、他力の結集。


人の力を集めるには、笑顔と愛嬌、そして思いやりのある優しい言葉が必要。

その反対に、しかめっ面で不機嫌そうな顔をして、不平不満や、悪口、文句、冷たい言葉、思いやりのない言葉を言っていたら、自分のまわりから確実に人はいなくなる。


スゴい人には、笑顔と愛嬌、そして思いやりある優しい言葉がある。



【人生を楽しみましたか?】

2015-08-03 21:35:28 | 



斎藤一人さんの心に響く言葉より…


死んだらどうなるか…。


オレは小さい頃、神さまに見せてもらったことがあるの。

死ぬとね、二つしか質問されないからね。


一つは、「人生を楽しみましたか?」って。

もう一つは、「人に親切にしましたか?」。


この二つしか聞かれないんだよ。

だけど、この二つは同じなんだよ。

人生を楽しみましたか?…って、他人(ひと)に喜ばれると、人はすごくうれしくて楽しいんだよ。


人間、生きてて、なにがうれしい、ってさ。

ゴルフで、ポンって、穴にボールが入ってくれるのも、うれしいだろうけど、

「あんたがいてくれて、しあわせだよ」とかね。

「あなたと同じ時代に生まれてしあわせだ」とか。

そうやって言われたら、いちばんしあわせだよね。


「自分は人からどんなふうに思われてもいいんだ」って言うけど、嫌われたら、しあわせじゃないよね。

だから、しあわせって、追求したらね。

追求すればするほど、人に喜ばれることが、「しあわせだ」ってことがわかるよね。


人間ってさ、自分の魂が成長したときに無上の喜びを感じるものなんだよ。


『人生が楽しくなる「因果の法則」』PHP研究所




鍵山秀三郎氏は、人間には三つの幸せがあるという。

一つ目の幸せは「してもらう」幸せ。

赤ちゃんが、母親からお乳をもらうとか、おしめを取り替えてもらう、抱っこしてもらう、そういう「してもらう」幸せ。


二つ目の幸せが「できるようになる」幸せ。

二歳か三、四歳の子供が、歩いたり、走ったり、スプーンやお箸を持って自分で食べたり、自転車に乗ったり、ということが「できるようになる」幸せ。


三つ目の幸せが「してあげる」幸せ。

友人や知り合いに限らず、誰かに何かをしてあげると喜ぶが、相手のその喜んだ姿を見ると自分も幸せになるという、「してあげる」幸せ。


この幸せのなかで、三つ目の「してあげる」幸せを感じることができる人が、最も幸せを感じることができ、それが最高の人生の楽しみとなる。

「してもらう」幸せも、「できるようになる」幸せも、自分だけの幸せ、つまり、自律していない赤ちゃんや子どもの幸せ。

「してあげる」幸せは、成熟し、自律した大人の楽しみ。


人に喜ばれることが、最高の「しあわせ」であり、無上の「楽しみ」。

人生を楽しめる人でありたい。


【幸せメガネと不幸のメガネ】

2015-08-01 15:02:20 | 


小林正観さんの心に響く言葉より…


不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しない。

あるのは、目の前の現象を、幸せと思う心で見るか、不幸や悲劇と思う心で見るか、だけです。


心をこめて宿泊者に対応しているある宿の経営者が、私にこんな相談をしました。

「夕食を食堂で7時から食べてもらっているが、8時半になっても席を立たない人が多い。

談話室でコーヒーをどうぞと言って、それとなく片づけはじめてもいいでしょうか」


私は次のようのお答えしました。

「宿の都合で片づけたい時間があるでしょうが、そういう都合はちょっとおいておきましょう。

ただ、こういうことは知っておいてください。

もし夕食がまずかったり、対応が不愉快で居心地が悪かったりしたら、食べ終わった人はさっさと部屋に帰ります。

食べ終わってもお茶を飲みながら同席の人と話に花を咲かせているというのは、食事がおいしい、宿の雰囲気がいい、居心地がいい、楽しい、ということです。

早く終わってくれないかなとイライラしながら見るのではなく、そういう目で見てみませんか。

きっと幸せで幸せで仕方なくなるでしょう。

朝、出かけるとき、宿の前でいつまでも写真を撮り合ったりするのも、とてもいい宿だったという意志表示なんです」


2~3日してその方から電話がありました。

「なかなか席を立たないお客さんを見て、今日もみなさんが気に入ってくれたんだと思えたら、どんどん楽しくなりました」、とおっしゃいました。


事実や現象は何も変わっていません。

ただ見方を変えるだけで、同じ現象が「いやなもの」から「嬉しく楽しいもの」に変わったのです。


五木寛之さんに『生きるヒント』という本があります。

その中に、こんな文章が出ています。

毎日がしんどく感じられたとき、1日に1回、何かに歓ぼうと考えて手帳を買い込み、歓びを書いていったそうです。

そしてそれを読み返すと、実に他愛ないものばかりであったことに驚く、というのです。

例えば、

「きょう新幹線で窓際の席に座ったので、富士山が真正面に良く見えた。うれしかった」

「デパートで買ったボールペンが、じつに書き心地がよい。とてもうれしい」

「いつになくネクタイが1回で形よく結べた。こんなにうまくいくなんてめったにないことだ」

などだそうです。さらにこう書いていました。

「こんなふうに、その気になってよろこぼうと身構えていますと、よろこびはおのずからやってくる感じがある。よろこびたい心の触手を大きくひろげて待ちかまえていることが大事なんですね」


見方が変われば自分が変わる。

自分が変われば世界が変わります。


出来事はすべて中立です。

ただそれを「幸せメガネ」で見るか、「不幸のメガネ」で見るか、だけなのです。


『22世紀への伝言』廣済堂出版





病気になったり、ケガをしてしまったとき、「なんで自分ばかりこうなるのか、なんて不運なんだ」、と思う人と、「この程度で済んでよかった、ラッキーだ」、と思う人がいる。

病気やケガという状況は変わらないのに、人によって見方や考え方、捉え方がまるで違う。

病気も、困難も、失敗も、災難も、見方によって180度変わってくる。


見方や捉え方は、日頃の習慣によって変わる。

普段から、不平不満、文句、グチ、泣き言、ツイてない、と言っている人は、どんな素晴らしいものを見ても、そこにマイナスや欠点や陰を見つけてしまう。

反対に、うれしい、楽しい、感謝、しあわせ、ありがとう、ツイてる、と言っている人は、どんなに困難で悲惨な状況でも、そこにプラスや美点や明るさを見つける。

「水がコップにこれしかない」と思うか、「水がこれだけ残っている」と思うかの違いだ。


『不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しない。出来事はすべて中立。ただそれを「幸せメガネ」で見るか、「不幸のメガネ」で見るか、だけ』

どんなときも、幸せメガネで見る人でありたい。


幸之助さんの、言葉

2015-07-04 08:36:48 | 
『新しい人間観の提唱-4 人間の天命とそれを生かす道』


前章では幸之助さんの語る人間の本質について書きましたが、この章ではそれを生かす道というものにつて書いていきます。


○本質を発揮する上で 1


まず、何よりも大切なこととして幸之助さんはこう語っています。


「人間自身がみずからの本質を正しく知るということです。

いかにすぐれた本質を持っていたとしても、人間がそれを知らなくては、その本質を十分に発揮するということができにくいと思います。

やはり、自分の本質を人間自身が十分に自覚認識するところから、これを生かし発揮する道も見出されてくるのです。」


○本質を発揮する上で 2


そして、もう一つ幸之助さんは言っています。


「それとともに、人間の偉大な本質を発揮して行く上で、もっとも大事なことがあります。

それは衆知を集めるということです。

いいかえれば、人間が一人ひとりの自分の智恵だけにとらわれて、それによってものを考え、ことを処そうとしてはならないということです。」


人間がその偉大な本質を正しく発揮し、幸せを逐次高めていくためには、なりよりも多くの人々の智恵を集めていかなくてはなりません。

この衆知というものは、大きく考えれは、過去、現在を通じてのすべての人間の智恵ということになります。

釈迦、キリストのような先哲諸聖、さらにはそれ以前の人間発生以来この世に存在したあらゆる先人、そして今日に生きるすべての人々の智恵ということです。


「すべての人の智恵が集められて、融合調和されて高い叡智となる時、人間は自然の理法を解明し、すべての物事の善悪を正しく判断し、誤りなく是非を定め、それによって王者として万物を支配活用して、調和ある繁栄を生み出すことができるのです。

まさに衆知こそ、人間の偉大さを発揮させる最大の力だといわなくてはなりません。」


○衆知を集めるために


衆知を集めるための基本の心構えとして、幸之助さんはこう言っています。


「大事なのは”素直な心”というものです。

これなくしては真に智恵を高めることも衆知を集めることもできないでしょう。」

素直な心といいますと、一般的には単におとなしく従順であり、何でも人のいうことをよく聞いて、言われた通り動くことだと考えられています。

しかし、本当の意味の素直な心というものは、もっと力づよい積極的なものです。


「素直な心とは私心なく、くもりのない心といいますか、一つのことにとらわれずに物事をあるがままにみようとする心なのです。」


そういう心からは物事の真相をつかむ力がうまれてきますし、それにもとづいて、なすべきことをなし、なすべきでないことを排する勇気というものも湧いてきます。


「素直な心こそ、人間みずからの天命を自覚実践していく上で、ぜひとも身につけ、養わなくてはならない根本の心がまえだと考えられるのです。



・人間の本質、偉大さを十分に自覚認識する。

・衆知を集める。

・素直な心になる。


以上を実践していくならば、自己のすぐれた本質を最大限に発揮することができると幸之助さんは語っています。




☆今回も読んでいただいてありがとうございます
(*⌒∇⌒*)