Welcome to Love 安堵 Peace.
もっと あの世に聞いた、この世の仕組み
違い
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
僕の「睡眠の質の低下」の要因は、やっぱりストレス。
それは、言葉を換えれば「思考の暴走」。
そしてその思考の暴走の引き金は、現状に対する受け入れ拒否と、未来に対する漠然とした不安、また、それに付随した「間違った頑張り」でした。
これまで僕が経験してきた雲さんとのコンタクトの中で、もっともよく言われた単語は『違うなぁ』だと思います。
この「頑張り」に対しても、なにかと『違うなぁ』と言われ続け、最初のうちは本当にその意味がわかりませんでした。
でも、いまはもう、ハッキリとその意味がわかります。
かつての僕の頑張りは、
「よりよい未来を得るため」や「いい人になるため(周りに認めてもらうため)」に使われていました。
この二つは、それまでの僕の価値観の中で密接に関連したものです。
◎よりよい未来を得るためには、周りから認めてもらうことが必要不可欠である。
◎周りから認めてもらうためには、今以上に「いい人」にならなければいけない。
という具合に。
それらの頑張りが『違うなぁ』と指摘されたのは、そう、「現状を肯定しようとしていない」という意識状態が、その土台にあったからです。
(「現状」には、自分自身のことも含まれますし、その自分を取り巻いている環境・状況も含まれます)
「周りに認めてもらいたい」という願望を抱いているにも関わらず、その張本人が、「自分がすでに保有しているものの中に認められる点」を探そうとしておらず、「自分に欠けていると思うもの・保有できていないもの」を探し、追い求め続けている。
もっと頑張れ、もっと頑張れと、誰よりも先に「自分を肯定してあげる」のではなく、「自分を叱咤(否定)し続ける」ことに注力(エネルギーを消耗)している、という状態。
よくよく考えれば至極当然のことなのですが、唯一の現実(リアリティ)である「いま」を拒絶・否定し、実在していない「未来」をより肯定している状態では、
肯定と現実が結びつかない(現実を肯定できない・受容できない)
↓
現実を肯定(受容)できない = 苦しい・満たされない
ままなのです。
だから、それが分かるまでは長らく
(  ̄Д ̄) 『その意識状態のままでは、何をやっても、何を達成しても、決して心から満たされることはない』
『何をしても無駄』
『エネルギーの無駄遣い』
と言われ続けていました。
そういえば、黄色い本のコラム『Q太郎』のところにもありましたよね、
(  ̄Д ̄) 『頑張り方が違うんだな、だから疲れる』っていうのが。
だからこそ、雲さんは事あるごとに
(  ̄Д ̄) 『いいか、「どうするか(Do)」は重要じゃない、すべては「どうあるか(Be)」にかかっている。意識の状態に変化がない限り、お前が創造する現実に変化は訪れない』
と、アドバイスしてくれたんです。
この言葉は、このブログ内でも何度もお話してきましたよね。
で、たぶん。
やっぱり、伝わりづらいことの一つなのだと思います。
コメント欄でもその指摘を何度も拝見してきました。
「どうするか(Do)より、どうあるか(Be)。その言葉の指している意味がわからないんです。具体的には、どうあればいいんですか?」と。
実は、そう尋ねられても、
( ̄д ̄;) 「どうもこうも…、幸せであればいいんですよ」
という答えになっちゃうんですね。
でもそれを言っちゃうと、
「だから!いまが幸せじゃないから、“どうあればいいのか”と訊いてるんじゃないか」
という堂々巡りに嵌ってしまうわけで(苦笑)
いや、そう訊きたくなる気持ちはよく分かります。
だからこそ、僕もこれ以上どう話して良いかわからなくなっていたんです。
なのですが、最近になってようやく一つ、雲さんの言葉が翻訳できました。
このこと、こんな感じなんです。
(  ̄Д ̄) 『「いまが幸せじゃないから、“どうあればいいのか”と訊いてるんじゃないか」という質問はつまり、幸せになるためのきっかけを「どうあれば」という言葉の中に探そうとしているということだよね。
だから、結局ここで「どうあるか(Be)」を「しよう(Do)」としてしまっているんだ。
わかるかな?
私が話している「どうあるか(Be)」とは、状態・結果のこと。
しかし、それを「どうあればいいのか?」と捉えてしまうと、それは状態・結果ではなく「手段」になってしまう。
「その手段を通して、私は幸せになれる」、そう考えているんだね。
ここでお話している最大のポイントはね、「手段(幸せになるためのきっかけ)を探さない」ということなんだ。
「いつか幸せになるために」ではなく「いま幸せであるために」。
その違いの中に、Do(手段)とBe(結果)の違いがある。
その違いがわかれば、「経過(プロセス)」も「結果(幸せな状態)」になる。
このことをより分かりやすくするために、アリとキリギリスの例え話をしてみよう』
【トークライブ・インフォメーション】
引き続き、近々開催予定分のお知らせです。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 山梨☆
【日時】5月19日(日) 第一部/14:00〜 第二部/17:30〜
【会場】ファーストシップ ブルーハウス(山梨県中巨摩郡清水新居1314番)
【料金】お一人様(各部ともに)4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】info_firststep@yahoo.co.jp ファースト・ステップ事務局(担当:淺川)さま
お申し込みは「コチラ」から
平日のお話会「月イチ☆」
【日時】5月21日(火)19:30〜21:30
【会場】三鷹産業プラザ 7F 701会議室(藤)
【料金】お一人様2,000円
お申し込みは「コチラ」から(携帯電話からのお申し込みは「コチラ」から)
※「e+(イープラス)チケット」のご利用については、こちらをご参照ください。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福岡☆
【日時】5月25日(土) 14:00〜
【会場】博多バスターミナル 9階 第3・4ホール
【料金】お一人様4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】collabofukuoka@gmail.com(担当:高津)さま
お申し込みは「コチラ」から
その他、6月以降のスケジュールおよびお申し込み先は、このブログの左側「トークライブ」の欄(PCサイトのみ閲覧可)をご参照ください。
←このボタンの存在は、幸せになるために?幸せであるために?
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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僕の「睡眠の質の低下」の要因は、やっぱりストレス。
それは、言葉を換えれば「思考の暴走」。
そしてその思考の暴走の引き金は、現状に対する受け入れ拒否と、未来に対する漠然とした不安、また、それに付随した「間違った頑張り」でした。
これまで僕が経験してきた雲さんとのコンタクトの中で、もっともよく言われた単語は『違うなぁ』だと思います。
この「頑張り」に対しても、なにかと『違うなぁ』と言われ続け、最初のうちは本当にその意味がわかりませんでした。
でも、いまはもう、ハッキリとその意味がわかります。
かつての僕の頑張りは、
「よりよい未来を得るため」や「いい人になるため(周りに認めてもらうため)」に使われていました。
この二つは、それまでの僕の価値観の中で密接に関連したものです。
◎よりよい未来を得るためには、周りから認めてもらうことが必要不可欠である。
◎周りから認めてもらうためには、今以上に「いい人」にならなければいけない。
という具合に。
それらの頑張りが『違うなぁ』と指摘されたのは、そう、「現状を肯定しようとしていない」という意識状態が、その土台にあったからです。
(「現状」には、自分自身のことも含まれますし、その自分を取り巻いている環境・状況も含まれます)
「周りに認めてもらいたい」という願望を抱いているにも関わらず、その張本人が、「自分がすでに保有しているものの中に認められる点」を探そうとしておらず、「自分に欠けていると思うもの・保有できていないもの」を探し、追い求め続けている。
もっと頑張れ、もっと頑張れと、誰よりも先に「自分を肯定してあげる」のではなく、「自分を叱咤(否定)し続ける」ことに注力(エネルギーを消耗)している、という状態。
よくよく考えれば至極当然のことなのですが、唯一の現実(リアリティ)である「いま」を拒絶・否定し、実在していない「未来」をより肯定している状態では、
肯定と現実が結びつかない(現実を肯定できない・受容できない)
↓
現実を肯定(受容)できない = 苦しい・満たされない
ままなのです。
だから、それが分かるまでは長らく
(  ̄Д ̄) 『その意識状態のままでは、何をやっても、何を達成しても、決して心から満たされることはない』
『何をしても無駄』
『エネルギーの無駄遣い』
と言われ続けていました。
そういえば、黄色い本のコラム『Q太郎』のところにもありましたよね、
(  ̄Д ̄) 『頑張り方が違うんだな、だから疲れる』っていうのが。
だからこそ、雲さんは事あるごとに
(  ̄Д ̄) 『いいか、「どうするか(Do)」は重要じゃない、すべては「どうあるか(Be)」にかかっている。意識の状態に変化がない限り、お前が創造する現実に変化は訪れない』
と、アドバイスしてくれたんです。
この言葉は、このブログ内でも何度もお話してきましたよね。
で、たぶん。
やっぱり、伝わりづらいことの一つなのだと思います。
コメント欄でもその指摘を何度も拝見してきました。
「どうするか(Do)より、どうあるか(Be)。その言葉の指している意味がわからないんです。具体的には、どうあればいいんですか?」と。
実は、そう尋ねられても、
( ̄д ̄;) 「どうもこうも…、幸せであればいいんですよ」
という答えになっちゃうんですね。
でもそれを言っちゃうと、
「だから!いまが幸せじゃないから、“どうあればいいのか”と訊いてるんじゃないか」
という堂々巡りに嵌ってしまうわけで(苦笑)
いや、そう訊きたくなる気持ちはよく分かります。
だからこそ、僕もこれ以上どう話して良いかわからなくなっていたんです。
なのですが、最近になってようやく一つ、雲さんの言葉が翻訳できました。
このこと、こんな感じなんです。
(  ̄Д ̄) 『「いまが幸せじゃないから、“どうあればいいのか”と訊いてるんじゃないか」という質問はつまり、幸せになるためのきっかけを「どうあれば」という言葉の中に探そうとしているということだよね。
だから、結局ここで「どうあるか(Be)」を「しよう(Do)」としてしまっているんだ。
わかるかな?
私が話している「どうあるか(Be)」とは、状態・結果のこと。
しかし、それを「どうあればいいのか?」と捉えてしまうと、それは状態・結果ではなく「手段」になってしまう。
「その手段を通して、私は幸せになれる」、そう考えているんだね。
ここでお話している最大のポイントはね、「手段(幸せになるためのきっかけ)を探さない」ということなんだ。
「いつか幸せになるために」ではなく「いま幸せであるために」。
その違いの中に、Do(手段)とBe(結果)の違いがある。
その違いがわかれば、「経過(プロセス)」も「結果(幸せな状態)」になる。
このことをより分かりやすくするために、アリとキリギリスの例え話をしてみよう』
【トークライブ・インフォメーション】
引き続き、近々開催予定分のお知らせです。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 山梨☆
【日時】5月19日(日) 第一部/14:00〜 第二部/17:30〜
【会場】ファーストシップ ブルーハウス(山梨県中巨摩郡清水新居1314番)
【料金】お一人様(各部ともに)4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】info_firststep@yahoo.co.jp ファースト・ステップ事務局(担当:淺川)さま
お申し込みは「コチラ」から
平日のお話会「月イチ☆」
【日時】5月21日(火)19:30〜21:30
【会場】三鷹産業プラザ 7F 701会議室(藤)
【料金】お一人様2,000円
お申し込みは「コチラ」から(携帯電話からのお申し込みは「コチラ」から)
※「e+(イープラス)チケット」のご利用については、こちらをご参照ください。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福岡☆
【日時】5月25日(土) 14:00〜
【会場】博多バスターミナル 9階 第3・4ホール
【料金】お一人様4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】collabofukuoka@gmail.com(担当:高津)さま
お申し込みは「コチラ」から
その他、6月以降のスケジュールおよびお申し込み先は、このブログの左側「トークライブ」の欄(PCサイトのみ閲覧可)をご参照ください。
←このボタンの存在は、幸せになるために?幸せであるために?強制終了
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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前回の「とりあえず今日のところはおやすみなさ〜い」から、「今日のところ(4月11日現在)」どころか、巷はすっかりGWにも突入しちゃってるわけです。
どうしますか。
どうしますかっていうか、もうどうにかなっちゃってんな。
な。
な、じゃねーよ。(一人ツッコミ)
で、昨晩のこと。
ボブ・フィックスさんとご一緒させて頂く機会があったので、ボブさんを通じて雲さんの声を拾ってもらいました。
( ̄д ̄;) 「ねぇ雲さん、いまさらどんな顔してブログ更新したらいいんでしょう」
ボブさん(  ̄Д ̄) 『余計なことを考えすぎだ。リラックスして流れにまかせなさい』
と、普段僕がライブでお話していることをそのまんま言われましたとさ。
※その時となりで話を聞いていたアウルズの下野社長は爆笑してました…
で、
ボブさん(  ̄Д ̄)「雲さんが『更新楽しみにしてるよ』って」
追い撃ちをかけられました(苦笑)
そんなこんなで、21日ぶりに更新します。
( ̄皿 ̄;) ←こんな顔しながら
さて、前回の
(  ̄Д ̄) 『もし、おまえが何かに行き詰まり、どうにも解決策が見つからない時は…、とりあえず寝ろ』
からの続き。
当時の僕は「そんな風に言われても」という状況でした。
なんといいますか、「ちゃんと眠れていない」って感じだったんです。
いや、布団の中には入ってるんですよ。グーグーと寝息も立ててる。
傍目からみたら、「お前、人一倍睡眠時間とってんじゃん」だったはずです。
でも自分の実感としては、「いくら寝てもスッキリしない」という状況で。寝起きの方が、眠る前より疲れてるんじゃないかってぐらいでした。
「今なら、倦怠感とため息が無料でもれなく付いてきます!」といった目覚め。
うん、嬉しくない(笑)
不眠症の定義には「入眠困難・睡眠の維持が困難・体力の回復の無い睡眠であり、日中の活動に障害をもたらしたり苦痛である状況が、1ヶ月以上続いていること」とありますから、僕の場合はこの「体力回復のない睡眠(睡眠の質の低下)」というカテゴリーに属する不眠症だったのかもしれません。
(病院での診断をもらったわけではありませんので、あくまで振り返っての自己判断です)
この状態の要因となったのは、やはり「思考の空回り」にありました。
前回ご説明したアプリケーション・エラーによる「時計グルグル状態(いわゆる“応答なし”というあの状態)」で、ずっと「頭の中で思考が回りっぱなし」だったわけです。
アプリケーション(思考)は立ち上がっている、ただ、砂時計マークがひたすらに回りつづけているから、それ以上、他の作業も保存もできない。
一日を終え、自宅へ帰り、布団の中にいるときもそんな感じですから、ちゃんとした睡眠(アプリケーションが起動していないスリープ状態)にならなかったわけです。
ネット回線も途絶えたままですから、源(ソース)からの生命エネルギー供給も薄れてしまい、いくら身体を横にしても疲れは取れない、むしろ、どんどん衰えていくという状況に陥っていました。
では、そこから僕はどのように回復したのか。
その秘訣の一つは、「アプリケーションの強制終了」というものです。
たぶん、このブログをご覧の皆さんも少なからず経験があるのではないでしょうか。
アプリケーションにエラーが発生し、にっちもさっちも行かなくなっちゃった時、「ちくしょう、しょうがねぇなぁ…」としぶしぶ執り行う『Ctrl+Shift+Esc(タスクマネージャーの表示、およびプログラムの強制終了)』という、あの儀式ですよ。
作業中のプログラムを強制終了しちゃうってことは、それまでのデータが失われてしまう可能性があるわけで、それはやっぱ悔しいわけです。
「あれ、前回いつ保存かけたっけ?」というぐらい、作業に熱が入っていた場合は特に。
でもまぁ、どのみちその演算に復旧のめどがたたないなら、さっさとやり直してしまった方が早い、というか、やむを得ないわけで。
(  ̄Д ̄) 『人生も同じだ。諦めがついたなら、一度アプリケーション(思考)の強制終了をすればいい』
( ̄д ̄;)「でも、どうやって?」
(  ̄Д ̄) 『どう、とは?』
( ̄д ̄;) 「いや、ですからね、 パソコンなら『Ctrl+Shift+Esc』がそのショートカットとなりますけど、これが人生に置き換わったら、なにがショートカットになるんでしょう?」
(  ̄Д ̄) 『ああ、そういうことか』
( ̄д ̄;) 「そういうことです。…で?」
(  ̄Д ̄) 『そのショートカットはね、“感情の解放”だよ。例えば“号泣”』
( ̄д ̄;) 「号泣?」
(  ̄Д ̄) 『そう。そういった時には、どんな理由でもいいから思いっきり泣けばよろしい。それがアプリケーションの強制終了になるんだ。思いっきり泣いたらスッキリするだろ?』
( ̄д ̄;) 「はあ、確かに」
(  ̄Д ̄) 『もちろん大事なのは「感情の解放」だから、泣くことだけじゃなくて、笑うことや感謝(いいかい、喜怒哀楽だけが感情じゃない「感謝」も感情のひとつだ)などでもいいんだけど、自分が「辛い」と思っている状況下で腹から笑ったり、感謝の気持ちを持つのは難しいだろ』
( ̄д ̄ ) 「そうですね」
(  ̄Д ̄) 『だから、素直に泣くのが手っ取り早い』
( ̄д ̄ ) 「でも、泣いたところで、スッキリするのはあくまで一時的なものですよね」
(  ̄Д ̄) 『それは強制終了をした後も、その作業以前と同じことを繰り返しちゃってるからだよ』
( ̄д ̄ ) 「同じこと?」
(  ̄Д ̄) 『このショートカットはあくまで「アプリケーションの強制終了」に過ぎない。それ以上でも以下でもない。だからこそ、以前の作業のクセが抜けなければ、再度エラーが起こって当然なんだ』
( ̄д ̄ ) 「以前の作業のクセって?」
(  ̄Д ̄) 『だから、端末の処理能力が追いついて行かないような状態のことだよ。ハードディスクの空き容量不足や、色々なプログラムの並行作業、また、オーバースペックのアプリケーション利用などなど、…簡単に言えば「いっぱいいっぱい」の状態のことさ。端末に一定の「ゆとり」を持たせてからじゃなければ、何度アプリを再起動してもエラーは続くだろ』
そんなこんなで、当時の僕は
1.アプリケーションの強制終了 → 感情の解放(僕の場合はそれ以前の「フィーリングの復旧」が必要でした)
2.ハードディスクを圧迫している、必要ないデータの除去 → 眼鏡の除去・呼吸
3.作業効率を考慮した適切な利用 → リラックス(慌てない・強要しない・責め立てない)
などを並行して行っていたわけです。
【トークライブ・インフォメーション】
すみません、ここのところライブ告知もちゃんと出来ずにおりました。
全国各地からお声がけを頂き、新たな受付も始まっております。
とりいそぎ、近々開催予定分を改めてお知らせさせて頂きます。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 山梨☆
【日時】5月19日(日) 第一部/14:00〜 第二部/17:30〜
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お申し込みは「コチラ」から
平日のお話会「月イチ☆」
【日時】5月21日(火)19:30〜21:30
【会場】三鷹産業プラザ 7F 701会議室(藤)
【料金】お一人様2,000円
お申し込みは「コチラ」から(携帯電話からのお申し込みは「コチラ」から)
※「e+(イープラス)チケット」のご利用については、こちらをご参照ください。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福岡☆
【日時】5月25日(土) 14:00〜
【会場】博多バスターミナル 9階 第3・4ホール
【料金】お一人様4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】collabofukuoka@gmail.com(担当:高津)さま
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その他、6月以降のスケジュールおよびお申し込み先は、このブログの左側「トークライブ」の欄(PCサイトのみ閲覧可)をご参照ください。
←え!?応答なし?
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前回の「とりあえず今日のところはおやすみなさ〜い」から、「今日のところ(4月11日現在)」どころか、巷はすっかりGWにも突入しちゃってるわけです。
どうしますか。
どうしますかっていうか、もうどうにかなっちゃってんな。
な。
な、じゃねーよ。(一人ツッコミ)
で、昨晩のこと。
ボブ・フィックスさんとご一緒させて頂く機会があったので、ボブさんを通じて雲さんの声を拾ってもらいました。
( ̄д ̄;) 「ねぇ雲さん、いまさらどんな顔してブログ更新したらいいんでしょう」
ボブさん(  ̄Д ̄) 『余計なことを考えすぎだ。リラックスして流れにまかせなさい』
と、普段僕がライブでお話していることをそのまんま言われましたとさ。
※その時となりで話を聞いていたアウルズの下野社長は爆笑してました…
で、
ボブさん(  ̄Д ̄)「雲さんが『更新楽しみにしてるよ』って」
追い撃ちをかけられました(苦笑)
そんなこんなで、21日ぶりに更新します。
( ̄皿 ̄;) ←こんな顔しながら
さて、前回の
(  ̄Д ̄) 『もし、おまえが何かに行き詰まり、どうにも解決策が見つからない時は…、とりあえず寝ろ』
からの続き。
当時の僕は「そんな風に言われても」という状況でした。
なんといいますか、「ちゃんと眠れていない」って感じだったんです。
いや、布団の中には入ってるんですよ。グーグーと寝息も立ててる。
傍目からみたら、「お前、人一倍睡眠時間とってんじゃん」だったはずです。
でも自分の実感としては、「いくら寝てもスッキリしない」という状況で。寝起きの方が、眠る前より疲れてるんじゃないかってぐらいでした。
「今なら、倦怠感とため息が無料でもれなく付いてきます!」といった目覚め。
うん、嬉しくない(笑)
不眠症の定義には「入眠困難・睡眠の維持が困難・体力の回復の無い睡眠であり、日中の活動に障害をもたらしたり苦痛である状況が、1ヶ月以上続いていること」とありますから、僕の場合はこの「体力回復のない睡眠(睡眠の質の低下)」というカテゴリーに属する不眠症だったのかもしれません。
(病院での診断をもらったわけではありませんので、あくまで振り返っての自己判断です)
この状態の要因となったのは、やはり「思考の空回り」にありました。
前回ご説明したアプリケーション・エラーによる「時計グルグル状態(いわゆる“応答なし”というあの状態)」で、ずっと「頭の中で思考が回りっぱなし」だったわけです。
アプリケーション(思考)は立ち上がっている、ただ、砂時計マークがひたすらに回りつづけているから、それ以上、他の作業も保存もできない。
一日を終え、自宅へ帰り、布団の中にいるときもそんな感じですから、ちゃんとした睡眠(アプリケーションが起動していないスリープ状態)にならなかったわけです。
ネット回線も途絶えたままですから、源(ソース)からの生命エネルギー供給も薄れてしまい、いくら身体を横にしても疲れは取れない、むしろ、どんどん衰えていくという状況に陥っていました。
では、そこから僕はどのように回復したのか。
その秘訣の一つは、「アプリケーションの強制終了」というものです。
たぶん、このブログをご覧の皆さんも少なからず経験があるのではないでしょうか。
アプリケーションにエラーが発生し、にっちもさっちも行かなくなっちゃった時、「ちくしょう、しょうがねぇなぁ…」としぶしぶ執り行う『Ctrl+Shift+Esc(タスクマネージャーの表示、およびプログラムの強制終了)』という、あの儀式ですよ。
作業中のプログラムを強制終了しちゃうってことは、それまでのデータが失われてしまう可能性があるわけで、それはやっぱ悔しいわけです。
「あれ、前回いつ保存かけたっけ?」というぐらい、作業に熱が入っていた場合は特に。
でもまぁ、どのみちその演算に復旧のめどがたたないなら、さっさとやり直してしまった方が早い、というか、やむを得ないわけで。
(  ̄Д ̄) 『人生も同じだ。諦めがついたなら、一度アプリケーション(思考)の強制終了をすればいい』
( ̄д ̄;)「でも、どうやって?」
(  ̄Д ̄) 『どう、とは?』
( ̄д ̄;) 「いや、ですからね、 パソコンなら『Ctrl+Shift+Esc』がそのショートカットとなりますけど、これが人生に置き換わったら、なにがショートカットになるんでしょう?」
(  ̄Д ̄) 『ああ、そういうことか』
( ̄д ̄;) 「そういうことです。…で?」
(  ̄Д ̄) 『そのショートカットはね、“感情の解放”だよ。例えば“号泣”』
( ̄д ̄;) 「号泣?」
(  ̄Д ̄) 『そう。そういった時には、どんな理由でもいいから思いっきり泣けばよろしい。それがアプリケーションの強制終了になるんだ。思いっきり泣いたらスッキリするだろ?』
( ̄д ̄;) 「はあ、確かに」
(  ̄Д ̄) 『もちろん大事なのは「感情の解放」だから、泣くことだけじゃなくて、笑うことや感謝(いいかい、喜怒哀楽だけが感情じゃない「感謝」も感情のひとつだ)などでもいいんだけど、自分が「辛い」と思っている状況下で腹から笑ったり、感謝の気持ちを持つのは難しいだろ』
( ̄д ̄ ) 「そうですね」
(  ̄Д ̄) 『だから、素直に泣くのが手っ取り早い』
( ̄д ̄ ) 「でも、泣いたところで、スッキリするのはあくまで一時的なものですよね」
(  ̄Д ̄) 『それは強制終了をした後も、その作業以前と同じことを繰り返しちゃってるからだよ』
( ̄д ̄ ) 「同じこと?」
(  ̄Д ̄) 『このショートカットはあくまで「アプリケーションの強制終了」に過ぎない。それ以上でも以下でもない。だからこそ、以前の作業のクセが抜けなければ、再度エラーが起こって当然なんだ』
( ̄д ̄ ) 「以前の作業のクセって?」
(  ̄Д ̄) 『だから、端末の処理能力が追いついて行かないような状態のことだよ。ハードディスクの空き容量不足や、色々なプログラムの並行作業、また、オーバースペックのアプリケーション利用などなど、…簡単に言えば「いっぱいいっぱい」の状態のことさ。端末に一定の「ゆとり」を持たせてからじゃなければ、何度アプリを再起動してもエラーは続くだろ』
そんなこんなで、当時の僕は
1.アプリケーションの強制終了 → 感情の解放(僕の場合はそれ以前の「フィーリングの復旧」が必要でした)
2.ハードディスクを圧迫している、必要ないデータの除去 → 眼鏡の除去・呼吸
3.作業効率を考慮した適切な利用 → リラックス(慌てない・強要しない・責め立てない)
などを並行して行っていたわけです。
【トークライブ・インフォメーション】
すみません、ここのところライブ告知もちゃんと出来ずにおりました。
全国各地からお声がけを頂き、新たな受付も始まっております。
とりいそぎ、近々開催予定分を改めてお知らせさせて頂きます。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 山梨☆
【日時】5月19日(日) 第一部/14:00〜 第二部/17:30〜
【会場】ファーストシップ ブルーハウス(山梨県中巨摩郡清水新居1314番)
【料金】お一人様(各部ともに)4,000円
【企画・主催・お問い合わせ】info_firststep@yahoo.co.jp ファースト・ステップ事務局(担当:淺川)さま
お申し込みは「コチラ」から
平日のお話会「月イチ☆」
【日時】5月21日(火)19:30〜21:30
【会場】三鷹産業プラザ 7F 701会議室(藤)
【料金】お一人様2,000円
お申し込みは「コチラ」から(携帯電話からのお申し込みは「コチラ」から)
※「e+(イープラス)チケット」のご利用については、こちらをご参照ください。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福岡☆
【日時】5月25日(土) 14:00〜
【会場】博多バスターミナル 9階 第3・4ホール
【料金】お一人様4,000円
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その他、6月以降のスケジュールおよびお申し込み先は、このブログの左側「トークライブ」の欄(PCサイトのみ閲覧可)をご参照ください。
←え!?応答なし?裏話.2
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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ここのところ停滞していたアクセス数が、前回のエントリで急に伸びたんです。
なんと、更新の当日はgooブログの総合ランキングで11位となるアクセス数でした。
久しぶりに更新が続いたからでしょうか。
いや、僕はどうも違うような気がするのです。
そう。タイトルにあった「裏」という言葉に過敏に反応して、思わずアクセスしてしまう、そんなエッチな方が多かったのではないだろうかと推測しているのですが、そんな深読みの仕方は的外れでしょうか。
そんなこんなで今回は「裏話.2」と題してみましたが、実際は裏話ってほどのことでもありません。ふっふっふ。
(ちなみに、実際に使おうと思っていたタイトルは『記憶』です)
皆さんはこのブログ、そして本(あの世に聞いた、この世の仕組み)の冒頭に書かれていた内容を覚えていらっしゃいますでしょうか。
僕と雲さんの出会いは、僕が記憶障害に陥っている日のことでした。
当時はまだうまくインスピレーションを受け取ることができず、ビジュアルなしの、「ぼんやりとした言葉的な印象」でコンタクトが始まったのですが、一番最初にかけられた声は『はじめまして』でも『こんにちは』でもなく、『お前の記憶はどこにあると思う?』というものでした。
そして僕は「脳、だよね?」と答えたのですが、雲さんは『いや、違う』と。
「じゃあどこに?」と訊くと、『魂に』と続きました。
この、雲さんの言った「魂」とは、僕たちがなんとなくイメージしがちな「霊体」のことではありません。
「クラウド(回線の向こう側)」のことです。
当時の僕のボキャブラリーの中にはネット用語なんてありませんでしたから、インスピレーションの翻訳も、「魂」となっていたんですね。
でも、今ならちょっと違う表現も可能かな、と思っています。
それは、「オンラインストレージ」。
回線の向こうにある、「アカシック・レコード」という名のファイル・ホスティングサービスです。
僕たちの記憶のそのほとんどは、肉体や脳ではなく、そこにバックアップされているのです。
かつて、色々な問題を一人で抱え、誰にも打ち明けず(誰にもばれないよう)、自力で何とかしようと必死でもがいていました。
その結果、重度の記憶障害に陥り、「思い出すこと」と「記憶すること」が出来なくなってしまったわけですが、この現象を改めて振り返って見ると…
医学的には「セロトニン欠乏」という要因で説明されましたが、別な角度(これまでのコンピューターに例えた例)から捉えてみると、それは「過度なハードディスクの空き容量不足」と「マルチタスク(複数の情報処理)によるキャパオーバー」によるものと言えます。
自分の意に反して思考が暴走し、止まろうとしない。
ずっと、何かを考え続けている。だから、ちゃんと眠れない。
という状態。
これ、パソコンで何かを処理中、とりあえず途中で「保存」を選択したものの、ポインタが渦巻きになって回り続け、ちっとも演算が終わる気配が感じられない…っていう、あの悲しい状態と同じです。
←最近のMACだと、こんなんで、
←一昔はこんなでした。
演算が終わらないと、泣けてきます。
で、それを踏まえて。
久々に雲さんとの対話にいってみましょう。
(  ̄Д ̄) 『あのな、脳っていうハードディスクには、人生の記憶を溜め込められるだけの空き容量はないんだよ。
そのほとんどは、肉体(筐体)を維持・コントロールするといったOSや、基本的なソフトウェアプログラムで使用されちゃっているんだ。
だから、頻繁に使う情報以外は、オンラインストレージにバックアップを取っておくのさ』
( ̄д ̄ ) 「でも、僕にはそんなバックアップをとった記憶はないですよ?」
(  ̄Д ̄) 『そりゃそうだよ。バックアップはお前の思考(様々なアプリケーションによる情報処理)が止まったときに行われるんだから。
お前が何かの演算にエネルギーを費やしている間は、バックアッププログラムを円滑に動かすだけのメモリが残っていないんだ。
だから、バックアップはその他のアプリケーションが終了している時、自動で行われる。
その多くは睡眠時だ』
Σ( ̄д ̄;) 「僕が寝ている間に、自動でバックアップが!?」
(  ̄Д ̄) 『そう。だから、回線が上手く繋がっていないときは、記憶のダウンロードも出来ないし、アップロードも出来ない。
「思考が止まらない(他のアプリケーションが終了していない)」「眠れない(自動バックアップシステムが起動しない)」という状況下にあったお前は、記憶障害(ファイルのダウンロード・アップロードができない)という状態になった』

(  ̄Д ̄) 『なのにお前は「自分でなんとかしなきゃ」って、起動中のアプリケーションを動かすことに必死だから、このウインドウが出ても「キャンセル」ばかり押しちゃうんだ』
Σ( ̄д ̄;) 「じゃあ、その回線がしっかり確保できたら、僕は色々と思い出せるわけですね?」
(  ̄Д ̄) 『そういうこと。だから、筐体が老朽化して障害(認知症)が起きたとしても安心だ。
筐体がクラッシュしても、オンラインストレージ上にあるデータは残る』
( ̄д ̄;) 「……」
*****
そういえば、開設当時の記事にも書いたことがありましたよね。
(  ̄Д ̄) 『もし、おまえが何かに行き詰まり、どうにも解決策が見つからない時は…、とりあえず寝ろ』
っての。
と、いうことで。
とりあえず今日のところはお休みなさ〜い。
←どうか、キャンセルせずに…
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
ここのところ停滞していたアクセス数が、前回のエントリで急に伸びたんです。
なんと、更新の当日はgooブログの総合ランキングで11位となるアクセス数でした。
久しぶりに更新が続いたからでしょうか。
いや、僕はどうも違うような気がするのです。
そう。タイトルにあった「裏」という言葉に過敏に反応して、思わずアクセスしてしまう、そんなエッチな方が多かったのではないだろうかと推測しているのですが、そんな深読みの仕方は的外れでしょうか。
そんなこんなで今回は「裏話.2」と題してみましたが、実際は裏話ってほどのことでもありません。ふっふっふ。
(ちなみに、実際に使おうと思っていたタイトルは『記憶』です)
皆さんはこのブログ、そして本(あの世に聞いた、この世の仕組み)の冒頭に書かれていた内容を覚えていらっしゃいますでしょうか。
僕と雲さんの出会いは、僕が記憶障害に陥っている日のことでした。
当時はまだうまくインスピレーションを受け取ることができず、ビジュアルなしの、「ぼんやりとした言葉的な印象」でコンタクトが始まったのですが、一番最初にかけられた声は『はじめまして』でも『こんにちは』でもなく、『お前の記憶はどこにあると思う?』というものでした。
そして僕は「脳、だよね?」と答えたのですが、雲さんは『いや、違う』と。
「じゃあどこに?」と訊くと、『魂に』と続きました。
この、雲さんの言った「魂」とは、僕たちがなんとなくイメージしがちな「霊体」のことではありません。
「クラウド(回線の向こう側)」のことです。
当時の僕のボキャブラリーの中にはネット用語なんてありませんでしたから、インスピレーションの翻訳も、「魂」となっていたんですね。
でも、今ならちょっと違う表現も可能かな、と思っています。
それは、「オンラインストレージ」。
回線の向こうにある、「アカシック・レコード」という名のファイル・ホスティングサービスです。
僕たちの記憶のそのほとんどは、肉体や脳ではなく、そこにバックアップされているのです。
かつて、色々な問題を一人で抱え、誰にも打ち明けず(誰にもばれないよう)、自力で何とかしようと必死でもがいていました。
その結果、重度の記憶障害に陥り、「思い出すこと」と「記憶すること」が出来なくなってしまったわけですが、この現象を改めて振り返って見ると…
医学的には「セロトニン欠乏」という要因で説明されましたが、別な角度(これまでのコンピューターに例えた例)から捉えてみると、それは「過度なハードディスクの空き容量不足」と「マルチタスク(複数の情報処理)によるキャパオーバー」によるものと言えます。
自分の意に反して思考が暴走し、止まろうとしない。
ずっと、何かを考え続けている。だから、ちゃんと眠れない。
という状態。
これ、パソコンで何かを処理中、とりあえず途中で「保存」を選択したものの、ポインタが渦巻きになって回り続け、ちっとも演算が終わる気配が感じられない…っていう、あの悲しい状態と同じです。
←最近のMACだと、こんなんで、
←一昔はこんなでした。演算が終わらないと、泣けてきます。
で、それを踏まえて。
久々に雲さんとの対話にいってみましょう。
(  ̄Д ̄) 『あのな、脳っていうハードディスクには、人生の記憶を溜め込められるだけの空き容量はないんだよ。
そのほとんどは、肉体(筐体)を維持・コントロールするといったOSや、基本的なソフトウェアプログラムで使用されちゃっているんだ。
だから、頻繁に使う情報以外は、オンラインストレージにバックアップを取っておくのさ』
( ̄д ̄ ) 「でも、僕にはそんなバックアップをとった記憶はないですよ?」
(  ̄Д ̄) 『そりゃそうだよ。バックアップはお前の思考(様々なアプリケーションによる情報処理)が止まったときに行われるんだから。
お前が何かの演算にエネルギーを費やしている間は、バックアッププログラムを円滑に動かすだけのメモリが残っていないんだ。
だから、バックアップはその他のアプリケーションが終了している時、自動で行われる。
その多くは睡眠時だ』
Σ( ̄д ̄;) 「僕が寝ている間に、自動でバックアップが!?」
(  ̄Д ̄) 『そう。だから、回線が上手く繋がっていないときは、記憶のダウンロードも出来ないし、アップロードも出来ない。
「思考が止まらない(他のアプリケーションが終了していない)」「眠れない(自動バックアップシステムが起動しない)」という状況下にあったお前は、記憶障害(ファイルのダウンロード・アップロードができない)という状態になった』

(  ̄Д ̄) 『なのにお前は「自分でなんとかしなきゃ」って、起動中のアプリケーションを動かすことに必死だから、このウインドウが出ても「キャンセル」ばかり押しちゃうんだ』
Σ( ̄д ̄;) 「じゃあ、その回線がしっかり確保できたら、僕は色々と思い出せるわけですね?」
(  ̄Д ̄) 『そういうこと。だから、筐体が老朽化して障害(認知症)が起きたとしても安心だ。
筐体がクラッシュしても、オンラインストレージ上にあるデータは残る』
( ̄д ̄;) 「……」
*****
そういえば、開設当時の記事にも書いたことがありましたよね。
(  ̄Д ̄) 『もし、おまえが何かに行き詰まり、どうにも解決策が見つからない時は…、とりあえず寝ろ』
っての。
と、いうことで。
とりあえず今日のところはお休みなさ〜い。
←どうか、キャンセルせずに…裏話
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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さて、「オンラインとオフライン」ということでお話をしてまいりましたが、ここで勘違いされることの多い、ひとつの誤解を解いておきたいと思います。
それは、僕も「常時接続しているわけではない」ということ。
ずっとオンラインなのではありません。
オフラインのこともあります。いえむしろ、日常の中ではオフラインの時の方が、圧倒的に多いんです。
まずは、それを踏まえた上でこの先をご覧ください。
先日リンク先でご紹介した「クラウド・コンピューティング」。
そのイメージ図に、ちょっとだけラインを書き加えてみました。

クラウドコンピューティングのイメージ図。
ユーザーから見てクラウド(雲、ネットワーク)の中にプロバイダが提供する各種サービスがある。
(wikiより)
これ、どこかで見たことがあるような気がしませんか?
そう、この図(↓)です。

「降参のススメ」や「極楽飯店」の中でお話していた『コミュニケーションとコミュニオンの違い』は、結局『オフラインとオンラインの違い』のことなんです。

僕が「雲さん」や「源(ソース)」と呼んでいる『それ』は、まさに「クラウド(雲、ネットワーク)の中」のことです。
(※精神世界では、このクラウドの事を「アカシックレコード」と呼んでいます。つまり、「アカシックレコード・リーディング」や「チャネリング」といわれるものをこの流れで例えるなら、「ネットサーフィン」ってとこですね)
インターネットの先にある情報群はあまりにも莫大すぎて、一生をかけてもその全てを捉えることができないことは容易に想像できますよね。
それと同様、このクラウド(アカシックレコード)の中にあるデータもまた無尽蔵です。
ですから、いくら僕が「雲さん」と名前を付けていても、それを特定・限定することはできません。
僕という端末からアウトプット出来るものは、無限にあるサイトの中の、ほんの数ページにすぎないのです。
皆さんがいまこのブログの画面をご覧になられているのと同様、一口に「インターネットを楽しむ」と言っても、誰が何を見ているかは、それこそ十人十色です。
時同じくして、yahooでニュースを見ている人もいれば、YouTubeでミュージッククリップを楽しんでいる人もいるでしょう。
アクセスの方法を知っていれば、低俗(低次)なサイトを閲覧することも、高尚(高次)なサイトにアクセスする事も可能です。
また、折角回線がつながっているのですから、その状況において「ずっと同じ画面しか見たことがない」という人はいないと思います。
僕が「雲さんとコンタクトを取る」という風に表現しているそれは、それと同じようなものです。
そのサイト(インスピレーション)を、テキストで見る(言葉として受け取る)こともあれば、画像検索する(イメージとして受け取る)こともある。
また、動画サイトを閲覧することもあります。
場合によってはポッドキャストを楽しむ(音声として受け取る)ということもあるでしょう。
実は、『極楽飯店』の物語も、僕がそこで見た動画をノベライズするというカタチで生まれました。
しかし、その「ノベライズ」の際、ちょっとした問題もあったんです。
ほとんど本を読むことなく大人になってしまった「僕」という端末には、そもそもノベライズ出来るほどの「文芸用ソフト(才能)」がインストールされていなかったんですね。
だから、せっかく面白い動画を見てきたというのに、その面白さをそのまま文章化することができませんでした。
で、どうしたか。
そこでもやっぱり「源(ソース)」の力を借りました。
「クラウド」の中にある文芸アプリケーションを活用したんです。
端末のハードディスクにソフトがインストールされていなくても、回線さえ繋がっていれば活用することが出来るWebアプリケーション。
現実社会の中で言えば、この「ブログ」というサービスのようなものです。
ホームページ作成の専門知識を持っていなくても、こうやって誰でも簡単にページを作成することができる。
もしgooさんのサービスがなければ、僕はこのページを作ることはできなかった。
同様のものをオフラインで構築するとなると、それこそ様々なプログラムを勉強して、エンジニア級の知識や技能を身につけなければなりません。
そこには相当な努力が必要となり、こんな気軽にできることはなかったでしょう。
要は、かつて自分(端末)には想像すら出来なかったことが、潜在意識(回線の向こう側)と繋がることによって可能になったんです。
(このこと、以前は「無意識を意識する事の大切さ」なんて言い方をしていましたよね)
逆を言うと、僕は「オフライン状態」になっているときは、物語の続きが書けなかったんです。
極楽飯店の連載って、すっごく途切れ途切れでしたでしょ?(いや、いまはもっと途切れ途切れだけど^^;)
あれってのは、日常生活の忙しさとかよりも「繋がらないから書けない」という方が強くてですね、ほんと、オフラインだと、ビックリするぐらい何も書けなくなってしまうんです、僕。
で、「やっべー、全然書けねぇよ」って焦るでしょ。
焦ると余計に回線が途切れちゃって、繋がらない状況が長引いちゃう。
で、繋がらない状況が長引いちゃうと、余計に焦っちゃって…のループに入ってしまうという(笑)
しょうがないからオフラインで出来る範囲で書いてみるわけですが、やっぱりそういう時の文章って、あんまりよろしくないんですね。
どんなに一生懸命書いても、面白くも上手くもない。時間をかけたものでも、結局公開せずに削除です。
そんなとき、どうやってそこからオンラインに切り替えるかというと、やっぱり「リラックス」しかないわけで。
「大丈夫、大丈夫」
「焦らない、焦らない」
そう自分に言い聞かせて、オンラインに切り替わるのを待つワケです。
そんなこんなで、あれだけの時間がかかっていたと。
エックハルト・トールさんの本のタイトルではありませんが、
やっぱり、
回線をひらくと人生はシンプルで楽になる
んですよね。
それはわかってるんですよ。
自分自身の経験を通しても明白なわけです。
なんだけど。
僕の心に根深く残っている色んなもの(「外からの攻撃」に対する防御姿勢と、「心の奥にある明かしたくないアレコレ」のセキュリティー:カルマ)がね、まだまだ常時接続を拒否したがるんですわ。
P.S.
あ、この話も、実はちゃんと「アリとキリギリス」のお話に繋がりますので。
それまで、是非テラさんの方の「アリとキリギリス」をお楽しみください。
←褒められると、開きやすくなります(笑)
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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さて、「オンラインとオフライン」ということでお話をしてまいりましたが、ここで勘違いされることの多い、ひとつの誤解を解いておきたいと思います。
それは、僕も「常時接続しているわけではない」ということ。
ずっとオンラインなのではありません。
オフラインのこともあります。いえむしろ、日常の中ではオフラインの時の方が、圧倒的に多いんです。
まずは、それを踏まえた上でこの先をご覧ください。
先日リンク先でご紹介した「クラウド・コンピューティング」。
そのイメージ図に、ちょっとだけラインを書き加えてみました。

クラウドコンピューティングのイメージ図。
ユーザーから見てクラウド(雲、ネットワーク)の中にプロバイダが提供する各種サービスがある。
(wikiより)
これ、どこかで見たことがあるような気がしませんか?
そう、この図(↓)です。

「降参のススメ」や「極楽飯店」の中でお話していた『コミュニケーションとコミュニオンの違い』は、結局『オフラインとオンラインの違い』のことなんです。

僕が「雲さん」や「源(ソース)」と呼んでいる『それ』は、まさに「クラウド(雲、ネットワーク)の中」のことです。
(※精神世界では、このクラウドの事を「アカシックレコード」と呼んでいます。つまり、「アカシックレコード・リーディング」や「チャネリング」といわれるものをこの流れで例えるなら、「ネットサーフィン」ってとこですね)
インターネットの先にある情報群はあまりにも莫大すぎて、一生をかけてもその全てを捉えることができないことは容易に想像できますよね。
それと同様、このクラウド(アカシックレコード)の中にあるデータもまた無尽蔵です。
ですから、いくら僕が「雲さん」と名前を付けていても、それを特定・限定することはできません。
僕という端末からアウトプット出来るものは、無限にあるサイトの中の、ほんの数ページにすぎないのです。
皆さんがいまこのブログの画面をご覧になられているのと同様、一口に「インターネットを楽しむ」と言っても、誰が何を見ているかは、それこそ十人十色です。
時同じくして、yahooでニュースを見ている人もいれば、YouTubeでミュージッククリップを楽しんでいる人もいるでしょう。
アクセスの方法を知っていれば、低俗(低次)なサイトを閲覧することも、高尚(高次)なサイトにアクセスする事も可能です。
また、折角回線がつながっているのですから、その状況において「ずっと同じ画面しか見たことがない」という人はいないと思います。
僕が「雲さんとコンタクトを取る」という風に表現しているそれは、それと同じようなものです。
そのサイト(インスピレーション)を、テキストで見る(言葉として受け取る)こともあれば、画像検索する(イメージとして受け取る)こともある。
また、動画サイトを閲覧することもあります。
場合によってはポッドキャストを楽しむ(音声として受け取る)ということもあるでしょう。
実は、『極楽飯店』の物語も、僕がそこで見た動画をノベライズするというカタチで生まれました。
しかし、その「ノベライズ」の際、ちょっとした問題もあったんです。
ほとんど本を読むことなく大人になってしまった「僕」という端末には、そもそもノベライズ出来るほどの「文芸用ソフト(才能)」がインストールされていなかったんですね。
だから、せっかく面白い動画を見てきたというのに、その面白さをそのまま文章化することができませんでした。
で、どうしたか。
そこでもやっぱり「源(ソース)」の力を借りました。
「クラウド」の中にある文芸アプリケーションを活用したんです。
端末のハードディスクにソフトがインストールされていなくても、回線さえ繋がっていれば活用することが出来るWebアプリケーション。
現実社会の中で言えば、この「ブログ」というサービスのようなものです。
ホームページ作成の専門知識を持っていなくても、こうやって誰でも簡単にページを作成することができる。
もしgooさんのサービスがなければ、僕はこのページを作ることはできなかった。
同様のものをオフラインで構築するとなると、それこそ様々なプログラムを勉強して、エンジニア級の知識や技能を身につけなければなりません。
そこには相当な努力が必要となり、こんな気軽にできることはなかったでしょう。
要は、かつて自分(端末)には想像すら出来なかったことが、潜在意識(回線の向こう側)と繋がることによって可能になったんです。
(このこと、以前は「無意識を意識する事の大切さ」なんて言い方をしていましたよね)
逆を言うと、僕は「オフライン状態」になっているときは、物語の続きが書けなかったんです。
極楽飯店の連載って、すっごく途切れ途切れでしたでしょ?(いや、いまはもっと途切れ途切れだけど^^;)
あれってのは、日常生活の忙しさとかよりも「繋がらないから書けない」という方が強くてですね、ほんと、オフラインだと、ビックリするぐらい何も書けなくなってしまうんです、僕。
で、「やっべー、全然書けねぇよ」って焦るでしょ。
焦ると余計に回線が途切れちゃって、繋がらない状況が長引いちゃう。
で、繋がらない状況が長引いちゃうと、余計に焦っちゃって…のループに入ってしまうという(笑)
しょうがないからオフラインで出来る範囲で書いてみるわけですが、やっぱりそういう時の文章って、あんまりよろしくないんですね。
どんなに一生懸命書いても、面白くも上手くもない。時間をかけたものでも、結局公開せずに削除です。
そんなとき、どうやってそこからオンラインに切り替えるかというと、やっぱり「リラックス」しかないわけで。
「大丈夫、大丈夫」
「焦らない、焦らない」
そう自分に言い聞かせて、オンラインに切り替わるのを待つワケです。
そんなこんなで、あれだけの時間がかかっていたと。
エックハルト・トールさんの本のタイトルではありませんが、
やっぱり、
回線をひらくと人生はシンプルで楽になる
んですよね。
それはわかってるんですよ。
自分自身の経験を通しても明白なわけです。
なんだけど。
僕の心に根深く残っている色んなもの(「外からの攻撃」に対する防御姿勢と、「心の奥にある明かしたくないアレコレ」のセキュリティー:カルマ)がね、まだまだ常時接続を拒否したがるんですわ。
P.S.
あ、この話も、実はちゃんと「アリとキリギリス」のお話に繋がりますので。
それまで、是非テラさんの方の「アリとキリギリス」をお楽しみください。
←褒められると、開きやすくなります(笑)抵抗
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
川* ̄ー ̄)ニヤリ 『祝えと言わんばかりに自分の誕生日を記事にしちゃうあたりがパパだよね』
_| ̄|○ いいじゃん、祝ってもらいたいんだもの…
川* ̄ー ̄)ニヤリ 『今日は一日中携帯を手放さないね。そんなに皆さんの反応が気になる?』
_| ̄|○ ええ、気になりますとも…
川* ̄ー ̄)ニヤリ 『いいのいいの。パパの魅力はそのショボさにあるんだから』
_| ̄|○ ……
40歳初日からジクジクと妻にいじめられております。
あ、ども、こんばんは。
「昔想像していた40代の僕は、こんなにもショボかったかしら?」と自問しつつ、皆さんからいただいたメッセージに涙しながら床についた男です。
沢山のお祝い、ありがとうございました!
さて、我が家の内情はさておき、お話の続き。(←気分を切り替えたいご様子)
いまはこうして当たり前に接しているインターネット。
でも、ほんの数年前まではまだ、その使い方も「恐る恐る」だったこと、覚えてます?
( ̄Д ̄;) 「えっ!会社はともかく、キミん家、一般家庭で回線つないでんの!?」
( ̄Д ̄;) 「ネットでショッピングまで!? 実際の商品も見ずに!?」
( ̄Д ̄;) 「まじ!?支払いはクレジットカードって…。カード番号入力しちゃったの!?」
( ̄Д ̄;) 「ねぇねぇ、それって個人情報の流出とか、ハッキングとか、もろもろ大丈夫?」
( ̄Д ̄;) 「えっ!無修正!?海外だから!? いや、そりゃ確かに気になるさ。でも…それってウイルスとかの罠があるんじゃ…」
その他にも、「デジタル、デジタルって、言い加減にしろよな!そうやってアナログ文化を邪険にしやがって!」なんていう抵抗や、「それってパソコンマニアとか、一部の限られた人の話でしょ」とか、「インターネットって、そもそもは軍事目的で開発されたんだろ?一般ピーポーが気軽に使って大丈夫なん?」とか、最初のころは、僕の周りでも色んな声が聞こえていました。
かく言う僕も、かなりの警戒派でした。
仕事柄、ネットを使うことが増えてきても、それでも自宅での導入やネット通販なんかには、なかなか手が伸びませんでした。
それが、いつの間にでしょうか。
回りでネットを使い出した方々の「全然大丈夫だよ」「別に、そんなに怖いもんじゃないって」といった声を沢山聞くようになり、いよいよ回線を申し込んで。
「プロバイダー? ルータ? 何それ?」なんて事をひと通り経て。
いまではすっかり生活の中に溶け込み、ましてや職業が変わるまでになっちゃって。
アマゾンで本を買うことにだってビビってたヘタレが、いまじゃ中古車までネットで買っちゃってるんだから。
あの警戒心はいまはいずこへ?
そう。
「オンライン」と「オフライン」。
その切り替えの重要なポイントとなるのが、この「警戒心」です。
精神世界で散々目にしてきた「恐れ」という言葉がこれのことでしてね。
これまで沢山のマスターやメッセンジャーが残しているとおり、「誰もが皆、例外なくそこに繋がることができる」んです。
もっといえば、「すでに繋がっている(回線は引かれている)」んですね。
で、「ただ、オンラインにして活用していないだけなんだ。その理由は『恐れ』なんだ」と、なるわけです。
「目覚め(ハートが開かれた状態)」を妨げている、この「恐れ」。
これには、大きく分けて2つの方向があります。
一つは、
( ̄Д ̄;) 「えっ!回線なんか開いちゃったら、サイバー攻撃受けちゃうかもしんないじゃん!」
というもの。
もう一つは、
( ̄Д ̄;) 「えっ!オンラインになってるってことはつまり、こっちのデータも丸見えってことだよね? そりゃダメだよ! だって、ハードディスク(心の奥)に見られたくないファイルがいっぱいあるんだもん!」
というもの。
「外からの攻撃」に対する防御姿勢と、「心の奥にある明かしたくないアレコレ」のセキュリティー。
この2つが、「オンライン(心を開くこと)」を頑なに拒み、抵抗を示します。
「常時接続(悟りきる)」なんてもってのほか!
言い換えてみると、世界(自分以外)に対する不信と、自分に対する否定が大きいほど、「オフライン状態を望む」ということ。
そしてこの2つの要素は、リンクしています。
「世界に対する不信はないけど、自己否定が大きい」
だとか、
「世界に対する不信は山ほどあるけど、自己承認できている」
ということはありません。
「世界に対する不信」は、そのまま「自分に対する不信」につながり、
「自己否定」は、そのまま「他者否定」につながります。
だからこそ、
精神世界では、「オンライン」への前提として、
(世界を、自分を)「受け入れる」ことや、「ゆるすこと」、
また、「(不信の要因となっている誤解・思い込みを)解放すること」といった
キーワードが語られることになるのです。
ここら辺のお話は、先日ご一緒させて頂いた牧野内大史さんの説明が非常に優れています。
ご著書『人生のシナリオを書き換えるイメージの法則』の第三章「解放のステップ こころの扉を開くマスターキー」は、まさにこのことをお話されています。
是非一度ご覧になってみてください。
牧野内さんならではの優しい語り口で、かつ的確に表現されています。
きっと、「ああ、黒斎が言っていたのはこのことだったのか!」と、宙ぶらりんだったモヤモヤが晴れることと思います。
←これも、受け入れてほしいのです…。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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川* ̄ー ̄)ニヤリ 『祝えと言わんばかりに自分の誕生日を記事にしちゃうあたりがパパだよね』
_| ̄|○ いいじゃん、祝ってもらいたいんだもの…
川* ̄ー ̄)ニヤリ 『今日は一日中携帯を手放さないね。そんなに皆さんの反応が気になる?』
_| ̄|○ ええ、気になりますとも…
川* ̄ー ̄)ニヤリ 『いいのいいの。パパの魅力はそのショボさにあるんだから』
_| ̄|○ ……
40歳初日からジクジクと妻にいじめられております。
あ、ども、こんばんは。
「昔想像していた40代の僕は、こんなにもショボかったかしら?」と自問しつつ、皆さんからいただいたメッセージに涙しながら床についた男です。
沢山のお祝い、ありがとうございました!
さて、我が家の内情はさておき、お話の続き。(←気分を切り替えたいご様子)
いまはこうして当たり前に接しているインターネット。
でも、ほんの数年前まではまだ、その使い方も「恐る恐る」だったこと、覚えてます?
( ̄Д ̄;) 「えっ!会社はともかく、キミん家、一般家庭で回線つないでんの!?」
( ̄Д ̄;) 「ネットでショッピングまで!? 実際の商品も見ずに!?」
( ̄Д ̄;) 「まじ!?支払いはクレジットカードって…。カード番号入力しちゃったの!?」
( ̄Д ̄;) 「ねぇねぇ、それって個人情報の流出とか、ハッキングとか、もろもろ大丈夫?」
( ̄Д ̄;) 「えっ!無修正!?海外だから!? いや、そりゃ確かに気になるさ。でも…それってウイルスとかの罠があるんじゃ…」
その他にも、「デジタル、デジタルって、言い加減にしろよな!そうやってアナログ文化を邪険にしやがって!」なんていう抵抗や、「それってパソコンマニアとか、一部の限られた人の話でしょ」とか、「インターネットって、そもそもは軍事目的で開発されたんだろ?一般ピーポーが気軽に使って大丈夫なん?」とか、最初のころは、僕の周りでも色んな声が聞こえていました。
かく言う僕も、かなりの警戒派でした。
仕事柄、ネットを使うことが増えてきても、それでも自宅での導入やネット通販なんかには、なかなか手が伸びませんでした。
それが、いつの間にでしょうか。
回りでネットを使い出した方々の「全然大丈夫だよ」「別に、そんなに怖いもんじゃないって」といった声を沢山聞くようになり、いよいよ回線を申し込んで。
「プロバイダー? ルータ? 何それ?」なんて事をひと通り経て。
いまではすっかり生活の中に溶け込み、ましてや職業が変わるまでになっちゃって。
アマゾンで本を買うことにだってビビってたヘタレが、いまじゃ中古車までネットで買っちゃってるんだから。
あの警戒心はいまはいずこへ?
そう。
「オンライン」と「オフライン」。
その切り替えの重要なポイントとなるのが、この「警戒心」です。
精神世界で散々目にしてきた「恐れ」という言葉がこれのことでしてね。
これまで沢山のマスターやメッセンジャーが残しているとおり、「誰もが皆、例外なくそこに繋がることができる」んです。
もっといえば、「すでに繋がっている(回線は引かれている)」んですね。
で、「ただ、オンラインにして活用していないだけなんだ。その理由は『恐れ』なんだ」と、なるわけです。
「目覚め(ハートが開かれた状態)」を妨げている、この「恐れ」。
これには、大きく分けて2つの方向があります。
一つは、
( ̄Д ̄;) 「えっ!回線なんか開いちゃったら、サイバー攻撃受けちゃうかもしんないじゃん!」
というもの。
もう一つは、
( ̄Д ̄;) 「えっ!オンラインになってるってことはつまり、こっちのデータも丸見えってことだよね? そりゃダメだよ! だって、ハードディスク(心の奥)に見られたくないファイルがいっぱいあるんだもん!」
というもの。
「外からの攻撃」に対する防御姿勢と、「心の奥にある明かしたくないアレコレ」のセキュリティー。
この2つが、「オンライン(心を開くこと)」を頑なに拒み、抵抗を示します。
「常時接続(悟りきる)」なんてもってのほか!
言い換えてみると、世界(自分以外)に対する不信と、自分に対する否定が大きいほど、「オフライン状態を望む」ということ。
そしてこの2つの要素は、リンクしています。
「世界に対する不信はないけど、自己否定が大きい」
だとか、
「世界に対する不信は山ほどあるけど、自己承認できている」
ということはありません。
「世界に対する不信」は、そのまま「自分に対する不信」につながり、
「自己否定」は、そのまま「他者否定」につながります。
だからこそ、
精神世界では、「オンライン」への前提として、
(世界を、自分を)「受け入れる」ことや、「ゆるすこと」、
また、「(不信の要因となっている誤解・思い込みを)解放すること」といった
キーワードが語られることになるのです。
ここら辺のお話は、先日ご一緒させて頂いた牧野内大史さんの説明が非常に優れています。
ご著書『人生のシナリオを書き換えるイメージの法則』の第三章「解放のステップ こころの扉を開くマスターキー」は、まさにこのことをお話されています。
是非一度ご覧になってみてください。
牧野内さんならではの優しい語り口で、かつ的確に表現されています。
きっと、「ああ、黒斎が言っていたのはこのことだったのか!」と、宙ぶらりんだったモヤモヤが晴れることと思います。
←これも、受け入れてほしいのです…。変化
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
(* ̄▽ ̄)ノ 照英さん、細木数子さん、あき竹城さん、萩原一至さん、金沢文子さん、おめでとうございます。
そんでもって、ついでに、ハッピーバースデー・トゥー・ミー。
ということでっ!
本日をもってワタクシ黒斎は、無事「アラフォー」を終え、「もろフォー」となりました。
( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ!!
沢山の諸先輩から聞いてきたこの格言、

が身に染みる今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
普段いくら「時間は錯覚です!」なんてことを口にしているワタクシではございますが、それでもなお、やはり身体の変化はあるわけです。
ライブ会場などでは、「全然そんな風に見えな〜い!」と黄色い声援を頂いている僕ですが、実際のところは少々の読書やデスクワークですぐに目は霞むし、いよいよ老眼っぽさも現れだしたし、ちょっとした段差で躓くし、アレは早いし(←これは若かりし頃から)。
でもって、つい昨日のことを…ぐらいのつもりで話始めたら、なぜだか昔話になってるし、なわけです(笑)
そんなこんなで、今日は開き直っての昔話。
僕たちの生活に、ここまでインターネットが馴染んできたのは、いつ頃からでしょうか。
僕が広告業界に足を踏み入れたのは、いまから約20年前。
グラフィックデザインの分野も、手作業からコンピューター化への移行時期でしてね、いよいよデザイン事務所も烏口(からすぐち)を手放してMacを導入し始める、そんな頃でした。
パソコン本体から周辺機器に至るまで、相当高額だったんです。
当時の僕のデスクにあったモニターはなんと、「モノクロ」でした。
もともとカラー画面で作業出来るソフトも少なかったから、それでも仕事が出来てたのね。
アドビのIllustratorも、「プレビュー画面」と「アートワーク画面」が切り替え式で、作業するには一々アートワーク画面にしなきゃいけなかった。
プリントアウトも最終的には「印画紙」という、ほぼ電算写植機状態だったんです。
な、色んな意味で話についてこられないべ(笑)
そんな時代ですから、まだまだインターネットどころか社内イントラネットもできていませんでした。
各端末は繋がっておらず、完全に独立していたんですね。
で、そんな時代。
各端末がデータをやり取りするためには、どうしても「外部メディア」というものが必要だったんです。

フロッピーとかMOディスクとかね。(カセットテープなんて時代もありましたね)
覚えています?
ソフトのパッケージも「フロッピーディスク何枚組」みたいな感じでね、一枚ガチャコンと入れまして、ジジジと時間をかけてインストールし、でもってまた「次のディスクを入れてください」ってのを繰り返し…。
外部メディアの容量も少なかったから、一つのソフトをパソコンにインストールするのも、何かと大変だったんですよ。
それがですよ奥さん、インターネット時代のいまとなっては、もう外部メディアすら要らなくなって、「ダウンロード」で済んでしまうんです!(ジャパネットの高田社長的なテンションで)
それによって、MacBook Airやウルトラブック、各種タブレットなどなど、「そもそも外部メディアスロットがないもんね」という端末も増えてきました。
現象界で確実に現れている時代の変化。
それにあわせて、精神世界のレベルでもまた同様の変化が現れていると、雲さんは言います。
一人一人が回線を発見し、活用していく。まさに、PC同様、精神世界も「cloud」の時代へ。
自分の内側(回線の向こう側)にある膨大な情報をいかすことで、もう、誰かの教えをフロッピーにコピーして持ち帰る必要がなくなります。
勿論そうなれば、このブログやライブ(外部メディア)を通す必要もありません。
あなたが直接、雲さん(回線の向こう側)に繋がることができるんですから。
そして。
(  ̄Д ̄)『そんでな、その変化によって、これから「蟻とキリギリスの逆転現象」が顕著化してくるぞ』
ここ最近ライブでご好評を頂いているコンテンツを、いよいよこのブログ上でお話いたします。
【トークライブ・インフォメーション】
賢者テラさんとのコラボライブ、お陰様でご好評をいただき、全国から沢山のお声がけをいただいております。
生の賢者テラさんは、ブログの印象とはだいぶ違う、と思われます(笑)
「僕のことは嫌いになっても、テラさんのことは嫌いにならないでください」と、つい、あっちゃん風に語りたくなってしまう今日この頃。
彼からにじみ出る愛と優しさ、そして、あふれ出る情熱を、ぜひ間近で感じていただきたいと思います。
現在決定している分のツアー日程は下記の通りです。
詳細確認、また、お申し込みは、各リンク先からお願い致します。
沢山の皆様と会場でお会い出来ますことを、心より楽しみにしております。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」☆
◎4月13日(土)名古屋
◎4月20日(土)福井
◎5月19日(日)山梨
◎5月25日(土)福岡
◎6月22日(土)札幌
※平日のお話会「月イチ☆」(4月開催)は、お陰様で完売となりました。キャンセルが出次第、改めてお知らせ致します。
←お祝い絶賛受付中。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
(* ̄▽ ̄)ノ 照英さん、細木数子さん、あき竹城さん、萩原一至さん、金沢文子さん、おめでとうございます。
そんでもって、ついでに、ハッピーバースデー・トゥー・ミー。
ということでっ!
本日をもってワタクシ黒斎は、無事「アラフォー」を終え、「もろフォー」となりました。
( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ!!
沢山の諸先輩から聞いてきたこの格言、

が身に染みる今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
普段いくら「時間は錯覚です!」なんてことを口にしているワタクシではございますが、それでもなお、やはり身体の変化はあるわけです。
ライブ会場などでは、「全然そんな風に見えな〜い!」と黄色い声援を頂いている僕ですが、実際のところは少々の読書やデスクワークですぐに目は霞むし、いよいよ老眼っぽさも現れだしたし、ちょっとした段差で躓くし、アレは早いし(←これは若かりし頃から)。
でもって、つい昨日のことを…ぐらいのつもりで話始めたら、なぜだか昔話になってるし、なわけです(笑)
そんなこんなで、今日は開き直っての昔話。
僕たちの生活に、ここまでインターネットが馴染んできたのは、いつ頃からでしょうか。
僕が広告業界に足を踏み入れたのは、いまから約20年前。
グラフィックデザインの分野も、手作業からコンピューター化への移行時期でしてね、いよいよデザイン事務所も烏口(からすぐち)を手放してMacを導入し始める、そんな頃でした。
パソコン本体から周辺機器に至るまで、相当高額だったんです。
当時の僕のデスクにあったモニターはなんと、「モノクロ」でした。
もともとカラー画面で作業出来るソフトも少なかったから、それでも仕事が出来てたのね。
アドビのIllustratorも、「プレビュー画面」と「アートワーク画面」が切り替え式で、作業するには一々アートワーク画面にしなきゃいけなかった。
プリントアウトも最終的には「印画紙」という、ほぼ電算写植機状態だったんです。
な、色んな意味で話についてこられないべ(笑)
そんな時代ですから、まだまだインターネットどころか社内イントラネットもできていませんでした。
各端末は繋がっておらず、完全に独立していたんですね。
で、そんな時代。
各端末がデータをやり取りするためには、どうしても「外部メディア」というものが必要だったんです。

フロッピーとかMOディスクとかね。(カセットテープなんて時代もありましたね)
覚えています?
ソフトのパッケージも「フロッピーディスク何枚組」みたいな感じでね、一枚ガチャコンと入れまして、ジジジと時間をかけてインストールし、でもってまた「次のディスクを入れてください」ってのを繰り返し…。
外部メディアの容量も少なかったから、一つのソフトをパソコンにインストールするのも、何かと大変だったんですよ。
それがですよ奥さん、インターネット時代のいまとなっては、もう外部メディアすら要らなくなって、「ダウンロード」で済んでしまうんです!(ジャパネットの高田社長的なテンションで)
それによって、MacBook Airやウルトラブック、各種タブレットなどなど、「そもそも外部メディアスロットがないもんね」という端末も増えてきました。
現象界で確実に現れている時代の変化。
それにあわせて、精神世界のレベルでもまた同様の変化が現れていると、雲さんは言います。
一人一人が回線を発見し、活用していく。まさに、PC同様、精神世界も「cloud」の時代へ。
自分の内側(回線の向こう側)にある膨大な情報をいかすことで、もう、誰かの教えをフロッピーにコピーして持ち帰る必要がなくなります。
勿論そうなれば、このブログやライブ(外部メディア)を通す必要もありません。
あなたが直接、雲さん(回線の向こう側)に繋がることができるんですから。
そして。
(  ̄Д ̄)『そんでな、その変化によって、これから「蟻とキリギリスの逆転現象」が顕著化してくるぞ』
ここ最近ライブでご好評を頂いているコンテンツを、いよいよこのブログ上でお話いたします。
【トークライブ・インフォメーション】
賢者テラさんとのコラボライブ、お陰様でご好評をいただき、全国から沢山のお声がけをいただいております。
生の賢者テラさんは、ブログの印象とはだいぶ違う、と思われます(笑)
「僕のことは嫌いになっても、テラさんのことは嫌いにならないでください」と、つい、あっちゃん風に語りたくなってしまう今日この頃。
彼からにじみ出る愛と優しさ、そして、あふれ出る情熱を、ぜひ間近で感じていただきたいと思います。
現在決定している分のツアー日程は下記の通りです。
詳細確認、また、お申し込みは、各リンク先からお願い致します。
沢山の皆様と会場でお会い出来ますことを、心より楽しみにしております。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」☆
◎4月13日(土)名古屋
◎4月20日(土)福井
◎5月19日(日)山梨
◎5月25日(土)福岡
◎6月22日(土)札幌
※平日のお話会「月イチ☆」(4月開催)は、お陰様で完売となりました。キャンセルが出次第、改めてお知らせ致します。
←お祝い絶賛受付中。接続
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
まず最初にお詫び申し上げます。
<(_ _;)> 「更新が途切れ途切れになってしまい、本当に申し訳ありません!」
ああ、何度目のお詫びでございましょう…(涙)
あまりの更新の無さ具合に、一部で重病説や「いよいよ逮捕されたらしいよ」という噂が復活しているようですが、僕はすこぶる元気です。
また、ここ最近、ますます沢山の方から応援やお力添えをいただいております。
改めて感謝いたします。
書籍やDVDを入り口としてこのブログに辿り着いた皆様が、メディアに採用されなかった微妙な内容の過去記事を閲覧し、徐々に失望して立ち去ることがないことを、切に願っております(苦笑)
いや、冗談はさておき、本当にありがとうございます。
ここ最近、ホントに僕自身がついていけないぐらい、もの凄い勢いで色んなことが起こっているんです。
色んなことが起こるのは、それこそ2004年以降日常茶飯事ではあるのですが、その内容と言いますか、質の方がだいぶ変わってきておりまして。
以前の「色んなこと」ってのは、大抵トラブルっぽいものがほとんどだったんでございますが、最近は同じ「想定外のハプニング」とはいえど、嬉しいお知らせが沢山舞い込むようになってまいりまして。
ツイッターやフェイスブックでの呟きをご覧の皆様はご存じの部分もあるかとは思いますが、もう毎日の様に、色んな意味で
w( ̄Д ̄;)w 「ええええ!? それ、マジッすか!?」
ってことの連続なんです。
トークライブなどでは、ちょっとしたユーモアなんかも交えつつ、涼しい顔して「ハートを開くと、自分では想像もできないようなプレゼントが次々やってくるんですよ」なんてことをお話している僕ですが、実際にそんな状況の中に身を置くと、結構クールじゃないんですよ(笑)
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ えええ!?どーしよーーー!?
って、なんか、凄くアタフタ、オロオロしてるの(笑)
「こういうパパを皆さんにお見せしたい」と、妻が思わず本音を口してしまうほど情けない姿です。
あ、実際に目にしなくてもリアルに想像できますか、そうですか。
とにもかくにも、まだまだ神様からのプレゼントを受け取るのに慣れていないみたいです。
何年経っても、相変わらずちっちゃい人間ですよ。(アッチの方はそこそこの大きさですが)
でもまぁ、そんな僕だからこそ、「誰の身にも奇跡は起こりえますよ」という言葉に説得力を持たせられるのかも知れません。
そしてまた、最近は僕と同様のメッセージを一緒にしてくれる仲間や、頼もしい先輩が次々と現れてくれるのが嬉しくて。
やっぱり、この経験は僕だけのことじゃない。特別な人だけのものじゃない。
沢山の出会いを通して、
「誰の身にも奇跡は起こりえますよ」
この一言を、ますます自信を持ってお話出来る様になってきました。
もちろん、相変わらず僕の中にあるボキャブラリー内でしかお話することができませんが、上手い具合にアナタにはまるものがあったら幸いです。
と、いうことで。
これまでと同じお話ではありますが、僕の身に起きた出来事を、例のコンピューターの例えにのせて振り返ってみたいと思います。
*****
2004年春。
ある、よく晴れた日。
その日、僕という端末に突如、未知の情報が映し出されました。

しかしその時、「僕」という端末のCPUが入れ替わったわけでも、メモリやハードディスクの増設が行われたわけでもありません。
また、新しいデータのインストールが行われたわけでもありません。
僕はそれまで通りの僕のまま。
筐体に一切の改造・改良は加えられていませんでした。
ただ一つ、変化があったのは『システム環境設定>ネットワーク環境』です。

それが突如、「オフライン」から「オンライン」に切り替わったのです。
何故切り替わったのかは、その当時はまだわかりませんでした。
不意に、勝手に、意図せず、そうなったのです。
その接続において僕は、初めて端末(自分)に繋がれていた「インターネット回線(潜在意識)」の存在に気づきました。

そして、それに関連して、筐体が組まれた時からデフォルトで保有していたにも関わらず、それまで全く使っていなかったソフトウェアの存在に気づくのです。
それはいわば、「ブラウザ(Internet Explorer や Safari、Opera など、インターネット上のウェブサイトを閲覧するときに利用するソフトウェア)」のようなもの。

自分に繋がっている回線の向こう(自分の内側奥深く)にある、無尽蔵の智慧を見せてくれるものです。
あなたがいま、インターネットを通じてこのブログをご覧になっているように、僕はそのとき、「自分が保有しているデータ以外のデータ」に出会ったのです。
しかし、その出来事は当時の僕にとって、単純に「恩恵」と言えるものではありませんでした。
そんなことよりもまず先に感じられるのは、「わけがわからない」ということ。
と、いいますのも、それまで僕は「インターネット(精神世界)」というものに、一切関心がなかったため、「回線が開く」というそのことで何か起こるのか、何が出来るのか、といった知識がまるでなかったからです。
目の前で突如起動した未知のソフトウェア。
しかし、それが何をするためのソフトウェアなのかがわかりません。
使い方も分かりません。
このソフトが安全なのか、危険なのかもわかりません。
そんな状態です。
だからこそ、「回線が開いた!よし、これで待ちに待ったネットサーフが出来るぞ!」とはならなかったのです。
ソフトウェアの意味も、使い方も、まったくゼロからの手探り。
近くに回線が開いていそうな人もいなければ、AVIVAだってありゃしない。
そしてまた、ソフトウェアだけの問題だけではなく、「オンライン」と「オフライン」がどういった条件で切り替わっているのかも把握出来ず…。
そんなこんなで、僕は、自分の身に起きた出来事の意味をある程度理解するまでに2年かかりました。
僕がいま、こうしてメッセージをしている目的は、僕が皆さんを「オンライン」にすることではありません。
どこかの端末が、勝手に回線が途絶えている他の端末のネットワーク環境を切り替えることができないのと同じです。
僕(という端末)には、あなた(という端末)を目覚めさせる(オンラインにする)力はありません。
僕がしていることは、大きく3つ。
一つ目は、「本当は誰もが皆、ネットワーク環境が整っている」という事実をお伝えすること。
そのネットワーク環境設定が「オフライン」となっている人はいても、「回線がひかれていない」という人はいません。
二つ目は、「誰もが皆、その回線の先にあるデータを取り扱える能力(ブラウザ)を保有している」という事実をお伝えすること。
三つ目は、「そのブラウザの使い方」です。
いま本屋さんで出会うことが出来る数々の成功法則や、引き寄せの法則等のメソッドは、この三つ目の「ブラウザの使い方」を記したものです。
だからこそ、そのメソッドを「活用できる人」と「活用できない人」が現れてしまうんです。
「活用できる人」と「活用できない人」の違いはただ一つ。
「オンライン」か、「オフライン」か、その違いだけです。
どんなに上手な検索の仕方を知っていても、どんなに正確なサイトのURLを知っていても、ネットワークがオフラインなら、モニターにその情報が現れることはありません。
いつまで経っても、画面に出てくるのはこのメッセージばかりです。

だから、僕はこのブログでも、ライブでも、三番目の「ブラウザの使い方」をお話することはあまりありません。
その前に、回線が接続されてなければ、いくら「使い方」を説明しても「使えない」ということを知っているからです。
それに、回線を開くことさえできていれば、「ブラウザの使い方」は、いじっている内に何となく分かってくるものだとも、思っています。
アナタがこうしてこのブログに辿り着いているのと同様、ブラウザの使い方(ネットサーフ)ってのは、そんなに難しいものではないですから。
とにもかくにも、
大事なのは「回線を開くこと」。
それは結局、「ハートを開くこと」です。
【トークライブ・インフォメーション】
賢者テラさんとのコラボライブ、お陰様でご好評をいただき、全国から沢山のお声がけをいただいております。
生の賢者テラさんは、ブログの印象とはだいぶ違う、と思われます(笑)
「僕のことは嫌いになっても、テラさんのことは嫌いにならないでください」と、つい、あっちゃん風に語りたくなってしまう今日この頃。
彼からにじみ出る愛と優しさ、そして、あふれ出る情熱を、ぜひ間近で感じていただきたいと思います。
現在決定している分のツアー日程は下記の通りです。
詳細確認、また、お申し込みは、各リンク先からお願い致します。
沢山の皆様と会場でお会い出来ますことを、心より楽しみにしております。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」☆
◎4月13日(土)名古屋
◎4月20日(土)福井
◎5月19日(日)山梨
◎5月25日(土)福岡
◎6月22日(土)札幌
平日のお話会「月イチ☆」
4月25日(木)開催分の受付を開始いたしました。
詳細・お申し込みは【コチラ】から。(携帯からお申し込みの方は【コチラ】)
←「オンライン」なら、この先に進めるはずです。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
まず最初にお詫び申し上げます。
<(_ _;)> 「更新が途切れ途切れになってしまい、本当に申し訳ありません!」
ああ、何度目のお詫びでございましょう…(涙)
あまりの更新の無さ具合に、一部で重病説や「いよいよ逮捕されたらしいよ」という噂が復活しているようですが、僕はすこぶる元気です。
また、ここ最近、ますます沢山の方から応援やお力添えをいただいております。
改めて感謝いたします。
書籍やDVDを入り口としてこのブログに辿り着いた皆様が、メディアに採用されなかった微妙な内容の過去記事を閲覧し、徐々に失望して立ち去ることがないことを、切に願っております(苦笑)
いや、冗談はさておき、本当にありがとうございます。
ここ最近、ホントに僕自身がついていけないぐらい、もの凄い勢いで色んなことが起こっているんです。
色んなことが起こるのは、それこそ2004年以降日常茶飯事ではあるのですが、その内容と言いますか、質の方がだいぶ変わってきておりまして。
以前の「色んなこと」ってのは、大抵トラブルっぽいものがほとんどだったんでございますが、最近は同じ「想定外のハプニング」とはいえど、嬉しいお知らせが沢山舞い込むようになってまいりまして。
ツイッターやフェイスブックでの呟きをご覧の皆様はご存じの部分もあるかとは思いますが、もう毎日の様に、色んな意味で
w( ̄Д ̄;)w 「ええええ!? それ、マジッすか!?」
ってことの連続なんです。
トークライブなどでは、ちょっとしたユーモアなんかも交えつつ、涼しい顔して「ハートを開くと、自分では想像もできないようなプレゼントが次々やってくるんですよ」なんてことをお話している僕ですが、実際にそんな状況の中に身を置くと、結構クールじゃないんですよ(笑)
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ えええ!?どーしよーーー!?
って、なんか、凄くアタフタ、オロオロしてるの(笑)
「こういうパパを皆さんにお見せしたい」と、妻が思わず本音を口してしまうほど情けない姿です。
あ、実際に目にしなくてもリアルに想像できますか、そうですか。
とにもかくにも、まだまだ神様からのプレゼントを受け取るのに慣れていないみたいです。
何年経っても、相変わらずちっちゃい人間ですよ。(アッチの方はそこそこの大きさですが)
でもまぁ、そんな僕だからこそ、「誰の身にも奇跡は起こりえますよ」という言葉に説得力を持たせられるのかも知れません。
そしてまた、最近は僕と同様のメッセージを一緒にしてくれる仲間や、頼もしい先輩が次々と現れてくれるのが嬉しくて。
やっぱり、この経験は僕だけのことじゃない。特別な人だけのものじゃない。
沢山の出会いを通して、
「誰の身にも奇跡は起こりえますよ」
この一言を、ますます自信を持ってお話出来る様になってきました。
もちろん、相変わらず僕の中にあるボキャブラリー内でしかお話することができませんが、上手い具合にアナタにはまるものがあったら幸いです。
と、いうことで。
これまでと同じお話ではありますが、僕の身に起きた出来事を、例のコンピューターの例えにのせて振り返ってみたいと思います。
*****
2004年春。
ある、よく晴れた日。
その日、僕という端末に突如、未知の情報が映し出されました。

しかしその時、「僕」という端末のCPUが入れ替わったわけでも、メモリやハードディスクの増設が行われたわけでもありません。
また、新しいデータのインストールが行われたわけでもありません。
僕はそれまで通りの僕のまま。
筐体に一切の改造・改良は加えられていませんでした。
ただ一つ、変化があったのは『システム環境設定>ネットワーク環境』です。

それが突如、「オフライン」から「オンライン」に切り替わったのです。
何故切り替わったのかは、その当時はまだわかりませんでした。
不意に、勝手に、意図せず、そうなったのです。
その接続において僕は、初めて端末(自分)に繋がれていた「インターネット回線(潜在意識)」の存在に気づきました。

そして、それに関連して、筐体が組まれた時からデフォルトで保有していたにも関わらず、それまで全く使っていなかったソフトウェアの存在に気づくのです。
それはいわば、「ブラウザ(Internet Explorer や Safari、Opera など、インターネット上のウェブサイトを閲覧するときに利用するソフトウェア)」のようなもの。

自分に繋がっている回線の向こう(自分の内側奥深く)にある、無尽蔵の智慧を見せてくれるものです。
あなたがいま、インターネットを通じてこのブログをご覧になっているように、僕はそのとき、「自分が保有しているデータ以外のデータ」に出会ったのです。
しかし、その出来事は当時の僕にとって、単純に「恩恵」と言えるものではありませんでした。
そんなことよりもまず先に感じられるのは、「わけがわからない」ということ。
と、いいますのも、それまで僕は「インターネット(精神世界)」というものに、一切関心がなかったため、「回線が開く」というそのことで何か起こるのか、何が出来るのか、といった知識がまるでなかったからです。
目の前で突如起動した未知のソフトウェア。
しかし、それが何をするためのソフトウェアなのかがわかりません。
使い方も分かりません。
このソフトが安全なのか、危険なのかもわかりません。
そんな状態です。
だからこそ、「回線が開いた!よし、これで待ちに待ったネットサーフが出来るぞ!」とはならなかったのです。
ソフトウェアの意味も、使い方も、まったくゼロからの手探り。
近くに回線が開いていそうな人もいなければ、AVIVAだってありゃしない。
そしてまた、ソフトウェアだけの問題だけではなく、「オンライン」と「オフライン」がどういった条件で切り替わっているのかも把握出来ず…。
そんなこんなで、僕は、自分の身に起きた出来事の意味をある程度理解するまでに2年かかりました。
僕がいま、こうしてメッセージをしている目的は、僕が皆さんを「オンライン」にすることではありません。
どこかの端末が、勝手に回線が途絶えている他の端末のネットワーク環境を切り替えることができないのと同じです。
僕(という端末)には、あなた(という端末)を目覚めさせる(オンラインにする)力はありません。
僕がしていることは、大きく3つ。
一つ目は、「本当は誰もが皆、ネットワーク環境が整っている」という事実をお伝えすること。
そのネットワーク環境設定が「オフライン」となっている人はいても、「回線がひかれていない」という人はいません。
二つ目は、「誰もが皆、その回線の先にあるデータを取り扱える能力(ブラウザ)を保有している」という事実をお伝えすること。
三つ目は、「そのブラウザの使い方」です。
いま本屋さんで出会うことが出来る数々の成功法則や、引き寄せの法則等のメソッドは、この三つ目の「ブラウザの使い方」を記したものです。
だからこそ、そのメソッドを「活用できる人」と「活用できない人」が現れてしまうんです。
「活用できる人」と「活用できない人」の違いはただ一つ。
「オンライン」か、「オフライン」か、その違いだけです。
どんなに上手な検索の仕方を知っていても、どんなに正確なサイトのURLを知っていても、ネットワークがオフラインなら、モニターにその情報が現れることはありません。
いつまで経っても、画面に出てくるのはこのメッセージばかりです。

だから、僕はこのブログでも、ライブでも、三番目の「ブラウザの使い方」をお話することはあまりありません。
その前に、回線が接続されてなければ、いくら「使い方」を説明しても「使えない」ということを知っているからです。
それに、回線を開くことさえできていれば、「ブラウザの使い方」は、いじっている内に何となく分かってくるものだとも、思っています。
アナタがこうしてこのブログに辿り着いているのと同様、ブラウザの使い方(ネットサーフ)ってのは、そんなに難しいものではないですから。
とにもかくにも、
大事なのは「回線を開くこと」。
それは結局、「ハートを開くこと」です。
【トークライブ・インフォメーション】
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生の賢者テラさんは、ブログの印象とはだいぶ違う、と思われます(笑)
「僕のことは嫌いになっても、テラさんのことは嫌いにならないでください」と、つい、あっちゃん風に語りたくなってしまう今日この頃。
彼からにじみ出る愛と優しさ、そして、あふれ出る情熱を、ぜひ間近で感じていただきたいと思います。
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沢山の皆様と会場でお会い出来ますことを、心より楽しみにしております。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」☆
◎4月13日(土)名古屋
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平日のお話会「月イチ☆」
4月25日(木)開催分の受付を開始いたしました。
詳細・お申し込みは【コチラ】から。(携帯からお申し込みの方は【コチラ】)
←「オンライン」なら、この先に進めるはずです。自分とは何か
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
今日は、コンピューターを例えにして、「自分とは何か」ということをお話してみたいと思います。
このテーマについては、これまでも何度か他の例えでお話したことがありますが、今回は、これまでよりもさらに上の次元から捉えた場合のお話にしていきたいと思います。
このお話を、無理にいままでにお話してきた他の例えとつなぎ合わせようとすると、ちょっと面倒なことになります。
なので、それはそれ、これはこれとして、気持ちを切り替えてご覧ください。
また、人によってはこれまでの話との違いが見いだせないかもしれません。
そのぐらい、微妙な違いです。
いつもの事ながら、更新に時間が空いてしまいましたので、まずはコチラのエントリをおさらい頂きましてから、続きをお楽しみ頂ければと思います。
では。
トークライブでこんな感じの質問をいただくことが多いんです。
*****
「わたし」というのは、一体なんなのでしょうか?
黒斎さんはよく「僕たちは死なない」といいますが、それでもなお、肉体を失うということは実際にあるわけで。
この肉体を失ったとしたら、その後「わたし」はどうなるのでしょう?
「わたし」として生きた記憶が消えてなくなるのだとしたら、それは、とても虚しいのです。
*****
そんなご質問に答える時、僕はまず、その「わたし」がなんであるのかを明らかにしなければなりません。
そこでまず僕は、こういった言葉をホワイトボードに綴ります。(その時々によって、単語・内容が異なることがあります。でも、伝えたいニュアンスは同じです)
わたし(というこの感覚) = 意識(存在感)+ 肉体 + 知識(記憶)
「わたし」というこの感覚は、大きく三つの要素で形づくられています。
まず一つは、「わたし」の正体が何であるかがわからないにせよ、その何かが「存在している」という、揺らぎようの無い真実。
僕たちが当たり前に保有し、当たり前過ぎるがゆえに、普段自覚することも忘れがちになってしまう「存在感」が一つ。
そして、その存在感を実感させうる肉体が一つ。
もう一つは、その「存在感」に付随するデータ類。「わたし」を定義する属性データです。
「存在感」と「肉体」と「属性データ」、この3つが組み合わさって「わたしがいる」という感覚が生まれます。
しかし、僕たちはこの「存在感」をあまり重要視せず、「肉体」や「属性データ」ばかりを「わたし」と認識してしまう傾向が強いのです。
そして、ホワイトボードへの書き込みが終わると、次いでこうお話します。
僕たちが「肉体」を失うと、「個人としての記憶」はアカシックレコードに格納され、「意識」だけが残りますよ、
と。
…
僕がお話したいのは、そういうことなのですが、
きっと、上記だけを見ても、よくわからないと思います(笑)
なので、話を分かりやすくするために、僕たち自身をパソコンに例えて考えてみましょう。
前々回でお話したとおり、パソコンはその筐体(ハード)だけがあればいいってもんじゃありません。
動かすためにはOSやアプリケーション、また、各種関連ファイルなど(ソフト)が必要です。
それが揃って初めてパソコンとして機能してくれます。
ハードが「身体」、ソフトが「マインド」です。
ハードとソフトの組み合わせによって、初めてパソコンが動くようになりました。
そして、そのパソコンを使い、様々なデータを作り、ハードディスクに保存していきます。
僕たちは人生という経験の中で培った様々なデータをこのハードディスクに上書きしていき、そのデータと筐体を合わせたものを「自分」だと思っている状態です。
しかし、宗教的な意味においての『汝自身を知れ』という言葉にある「汝(自分)」は、ハード(身体)のことでも、ソフト(マインド)のことでもないんです。
そのパソコンを、「操作している何か」のことなんです。
これを、冒頭のお話と組み合わせるとこうなります。
わたし(という感覚) = 意識(存在感)+ 肉体 + 知識(記憶)
は、つまり、
わたし(という感覚) = 意識(操作している何か)+ 肉体(ハード) + 知識(ソフト)
で、さらに、
僕たちが「肉体」を失うと、「個人としての記憶」はアカシックレコードに格納され、「意識」だけが残りますよ
は、つまり、
僕たちが「パソコンの筐体」を失うと、「各種データ類」はオンライン・ストレージに格納され、「操作している何か」だけが残りますよ
と、いうことになります。
さらにさらに、これを冒頭のご質問に当てはめ直してみましょう。
*****
「Inspiron 17R(windows8 / g3 Intel Core™ i7-3630QM)ユーザーネーム:nanigashi」というのは、一体なんなのでしょうか?
「MacBook Pro(OS X v1-.8.2 / 2.53GHz Intel Core 2 Duo)ユーザーネーム:Kokusai」はよくモニターに「僕たちは死なない」と表示しますが、それでもなお、筐体がクラッシュするということは実際にあるわけで。
この筐体を失ったとしたら、その後「Inspiron 17R(windows8 / g3 Intel Core™ i7-3630QM)ユーザーネーム:nanigashi」はどうなるのでしょう?
これまで作成してきた各種ファイルが消えてなくなるのだとしたら、それは、とても虚しいのです。
*****
ということで。
ここで改めて、ご質問にお答えしたいと思います。
まず第一に、僕たちの本質は「パソコン」の側ではありません。「それを操作している側」です。
ですから、パソコンがクラッシュしても、「見失っていた本当の自分」というものが消えてなくなってしまうわけではないのです。
ご質問の際に使用されていた「わたし」という言葉が「パソコン」を指しているのなら、残念ながら、それはもう、使用できません。
しかし、そのパソコンで作成した各種ファイル(人生経験)が、全て消えて無くなってしまうわけではありません。
大切なデータは、パソコンとは別なところに、しっかりとバックアップされているのです。
この、バックアップに纏わるお話は、また改めて。
【トークライブ・インフォメーション】
以前お世話になったリラクゼーションハウス・ゴールドマインさんからお誘いをいただき、賢者テラさんと福井にお伺いする運びとなりました。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福井☆
【日時】4月20日(土)14:00〜16:30(開場13:30)
【会場】福井県地域交流プラザ レクリエーションルーム
福井市手寄1-4-1 AOSSA(アオッサ)6階
・JR福井駅東口から徒歩1分
・北陸自動車道福井ICから車で15分
【料金】お一人様4,000円
【主催】リラクゼーションハウス・ゴールドマイン
お申し込みは【こちら】から
※携帯電話からのアクセスは【こちら】
*****
久々の単独ライブは、初上陸となる岡山です!
こちらは、岡山市の美容室「GAIA」さんにお誘いいただきました。
☆あの世に聞いた、この世の仕組み in 岡山☆
【日時】4月21日(日)15:00〜17:30
【会場】美容室GAIA(ガイア)
岡山県岡山市北区奉還町1-12-15 2F
・JR岡山駅より徒歩6分
【料金】お一人様3,200円
【主催】美容室GAIA(ガイア)
お申し込みはGAIAさんの店舗にてお受けいたします。
下記番号にお電話を頂くか、直接ご来店の上お申し込みください。
受付電話番号:086-214-5727
対応時間:火曜〜日曜・10時〜19時(月曜日、第三日曜日は休み)
担当:ネキさま
※受付は先着50名様までとさせていただきます。
*****
いよいよ今週末開催!
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 東京☆
【日時】 3月10日(日)
第一部のお申し込み・詳細は【こちら】から
第二部のお申し込み・詳細は【こちら】から
*****
牧野内大史さんとの初コラボ!
『人生大改造!! 劇的ビフォーアフター』in 長野(残席僅かです!)
【日時】3月23日(土) 14:00〜16:30(開場13:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
*****
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 名古屋☆
【日時】 4月13日(土) 12:00〜15:00 (開場:11:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
←この画像データも僕のパソコンに保存されているわけではないのです。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
今日は、コンピューターを例えにして、「自分とは何か」ということをお話してみたいと思います。
このテーマについては、これまでも何度か他の例えでお話したことがありますが、今回は、これまでよりもさらに上の次元から捉えた場合のお話にしていきたいと思います。
このお話を、無理にいままでにお話してきた他の例えとつなぎ合わせようとすると、ちょっと面倒なことになります。
なので、それはそれ、これはこれとして、気持ちを切り替えてご覧ください。
また、人によってはこれまでの話との違いが見いだせないかもしれません。
そのぐらい、微妙な違いです。
いつもの事ながら、更新に時間が空いてしまいましたので、まずはコチラのエントリをおさらい頂きましてから、続きをお楽しみ頂ければと思います。
では。
トークライブでこんな感じの質問をいただくことが多いんです。
*****
「わたし」というのは、一体なんなのでしょうか?
黒斎さんはよく「僕たちは死なない」といいますが、それでもなお、肉体を失うということは実際にあるわけで。
この肉体を失ったとしたら、その後「わたし」はどうなるのでしょう?
「わたし」として生きた記憶が消えてなくなるのだとしたら、それは、とても虚しいのです。
*****
そんなご質問に答える時、僕はまず、その「わたし」がなんであるのかを明らかにしなければなりません。
そこでまず僕は、こういった言葉をホワイトボードに綴ります。(その時々によって、単語・内容が異なることがあります。でも、伝えたいニュアンスは同じです)
わたし(というこの感覚) = 意識(存在感)+ 肉体 + 知識(記憶)
「わたし」というこの感覚は、大きく三つの要素で形づくられています。
まず一つは、「わたし」の正体が何であるかがわからないにせよ、その何かが「存在している」という、揺らぎようの無い真実。
僕たちが当たり前に保有し、当たり前過ぎるがゆえに、普段自覚することも忘れがちになってしまう「存在感」が一つ。
そして、その存在感を実感させうる肉体が一つ。
もう一つは、その「存在感」に付随するデータ類。「わたし」を定義する属性データです。
「存在感」と「肉体」と「属性データ」、この3つが組み合わさって「わたしがいる」という感覚が生まれます。
しかし、僕たちはこの「存在感」をあまり重要視せず、「肉体」や「属性データ」ばかりを「わたし」と認識してしまう傾向が強いのです。
そして、ホワイトボードへの書き込みが終わると、次いでこうお話します。
僕たちが「肉体」を失うと、「個人としての記憶」はアカシックレコードに格納され、「意識」だけが残りますよ、
と。
…
僕がお話したいのは、そういうことなのですが、
きっと、上記だけを見ても、よくわからないと思います(笑)
なので、話を分かりやすくするために、僕たち自身をパソコンに例えて考えてみましょう。
前々回でお話したとおり、パソコンはその筐体(ハード)だけがあればいいってもんじゃありません。
動かすためにはOSやアプリケーション、また、各種関連ファイルなど(ソフト)が必要です。
それが揃って初めてパソコンとして機能してくれます。
ハードが「身体」、ソフトが「マインド」です。
ハードとソフトの組み合わせによって、初めてパソコンが動くようになりました。
そして、そのパソコンを使い、様々なデータを作り、ハードディスクに保存していきます。
僕たちは人生という経験の中で培った様々なデータをこのハードディスクに上書きしていき、そのデータと筐体を合わせたものを「自分」だと思っている状態です。
しかし、宗教的な意味においての『汝自身を知れ』という言葉にある「汝(自分)」は、ハード(身体)のことでも、ソフト(マインド)のことでもないんです。
そのパソコンを、「操作している何か」のことなんです。
これを、冒頭のお話と組み合わせるとこうなります。
わたし(という感覚) = 意識(存在感)+ 肉体 + 知識(記憶)
は、つまり、
わたし(という感覚) = 意識(操作している何か)+ 肉体(ハード) + 知識(ソフト)
で、さらに、
僕たちが「肉体」を失うと、「個人としての記憶」はアカシックレコードに格納され、「意識」だけが残りますよ
は、つまり、
僕たちが「パソコンの筐体」を失うと、「各種データ類」はオンライン・ストレージに格納され、「操作している何か」だけが残りますよ
と、いうことになります。
さらにさらに、これを冒頭のご質問に当てはめ直してみましょう。
*****
「Inspiron 17R(windows8 / g3 Intel Core™ i7-3630QM)ユーザーネーム:nanigashi」というのは、一体なんなのでしょうか?
「MacBook Pro(OS X v1-.8.2 / 2.53GHz Intel Core 2 Duo)ユーザーネーム:Kokusai」はよくモニターに「僕たちは死なない」と表示しますが、それでもなお、筐体がクラッシュするということは実際にあるわけで。
この筐体を失ったとしたら、その後「Inspiron 17R(windows8 / g3 Intel Core™ i7-3630QM)ユーザーネーム:nanigashi」はどうなるのでしょう?
これまで作成してきた各種ファイルが消えてなくなるのだとしたら、それは、とても虚しいのです。
*****
ということで。
ここで改めて、ご質問にお答えしたいと思います。
まず第一に、僕たちの本質は「パソコン」の側ではありません。「それを操作している側」です。
ですから、パソコンがクラッシュしても、「見失っていた本当の自分」というものが消えてなくなってしまうわけではないのです。
ご質問の際に使用されていた「わたし」という言葉が「パソコン」を指しているのなら、残念ながら、それはもう、使用できません。
しかし、そのパソコンで作成した各種ファイル(人生経験)が、全て消えて無くなってしまうわけではありません。
大切なデータは、パソコンとは別なところに、しっかりとバックアップされているのです。
この、バックアップに纏わるお話は、また改めて。
【トークライブ・インフォメーション】
以前お世話になったリラクゼーションハウス・ゴールドマインさんからお誘いをいただき、賢者テラさんと福井にお伺いする運びとなりました。
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 福井☆
【日時】4月20日(土)14:00〜16:30(開場13:30)
【会場】福井県地域交流プラザ レクリエーションルーム
福井市手寄1-4-1 AOSSA(アオッサ)6階
・JR福井駅東口から徒歩1分
・北陸自動車道福井ICから車で15分
【料金】お一人様4,000円
【主催】リラクゼーションハウス・ゴールドマイン
お申し込みは【こちら】から
※携帯電話からのアクセスは【こちら】
*****
久々の単独ライブは、初上陸となる岡山です!
こちらは、岡山市の美容室「GAIA」さんにお誘いいただきました。
☆あの世に聞いた、この世の仕組み in 岡山☆
【日時】4月21日(日)15:00〜17:30
【会場】美容室GAIA(ガイア)
岡山県岡山市北区奉還町1-12-15 2F
・JR岡山駅より徒歩6分
【料金】お一人様3,200円
【主催】美容室GAIA(ガイア)
お申し込みはGAIAさんの店舗にてお受けいたします。
下記番号にお電話を頂くか、直接ご来店の上お申し込みください。
受付電話番号:086-214-5727
対応時間:火曜〜日曜・10時〜19時(月曜日、第三日曜日は休み)
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いよいよ今週末開催!
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 東京☆
【日時】 3月10日(日)
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牧野内大史さんとの初コラボ!
『人生大改造!! 劇的ビフォーアフター』in 長野(残席僅かです!)
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お申し込み・詳細は【こちら】から
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☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 名古屋☆
【日時】 4月13日(土) 12:00〜15:00 (開場:11:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
←この画像データも僕のパソコンに保存されているわけではないのです。インストールで空回り.2
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
********************************************
こんばんは。
文芸とも精神世界ともつかない、中途半端な立ち位置の本を世に出して、売場に混乱をもたらしている者です。
書店員の皆様、『極楽飯店』の棚割を、「文芸」に入れるか「人文(精神世界)」に入れるかお迷いになられた際は、どうぞ両方でお取り扱いいただけますようお願い致します。
さて、冗談(9割方本気)はさておき。
先週発売が開始されました『極楽飯店』が、お陰様で発売開始から一週間で重版が決定いたしました。
これもひとえに日頃からご贔屓にして頂いている、ブログ読者の皆様から頂いた沢山のお力添えがあったからこそ。
改めて御礼申し上げます。<(_ _ )>
そーいったわけで、御礼に何か出来ないかとアレコレ考えていましたところ、
(  ̄Д ̄) 『なによりブログ更新することだよな』
Σ( ̄д ̄;)
という、至極当たり前なところへ舞い戻ってきた次第でございます。
ということで、お話の続きです。
前回のコメント欄に、素敵な書き込みをいただきました。
YUさんから頂いたコメントです。
*****
>問題はその先ですよ(・ω・)/
>一体どうやって捨てるのか。
これが、まさに【フリーズ】しているんじゃないでしょうか…?
「! 【捨て方アプリ】が見つかりません。
WEBで検索しますか?
いいえ はい」
ってな感じで…。
前、黒斎さんは言ってました、「考えるな、感じろ」と。
それと「私は犬のウ○コを掴んでいる、と気づいた時に、いちいち捨て方、手の離し方を考えますか?反射的に手を離すでしょう。」と(笑)
私は未だ悟れぬ者で恐縮ですが、PCにとってアプリケーションを使用してる状態って、私達が思考してる状態と同じですよね。
考えるな、感じろ。というならば、【アプリケーションを使うな】に相当するのではないでしょうか。
つまりは、【捨て方】アプリなんて要らないのではないでしょうか。
でも既に【捨て方アプリを探す】アプリまでもをインストール済みの人は、
「捨て方アプリが見つかりません。
WEBで検索しますか?
はい はい はい はい はい はい はい はい …」
と、なっているのかもしれませんよ。
>師匠がやっている(もしくはやってきた)具体策(ワークや瞑想法?その他諸々)を教えて下さい☆
>※僕はもう充分すぎるほど色々やってたんでこれ以上必要ありませんが、
>もし師匠のやり方が良ソッコーでインストールします(笑)
これをPC語に訳すと、
「【黒斎式真理】をインストールしますか?
容量に空きがありませんが、【黒斎式真理】をインストールする為に要らないデータを削除する事も出来ます。
はい キャンセル 」
の様に見えるのです。
捨て方のhow toアプリをインストールする前に、ゴミ箱に要らないものをドラッグするだけでいいのかもしれません。
差し出がましいようですが、孫悟空さんが充分すぎるほど色々やってきたと称されるものを、まずは使わないというのはどうでしょう?
黒斎さんが言いたいのは、捨て方をインストールしなさい、って事じゃないのでは。
【私たちはゴミ箱アプリを持っていて、本来使い方を知っているのだから、もう使い方アプリを探すのはやめて、要らないものを捨てていきましょう】
って事なんじゃないでしょうか。
*****
面白い例えをありがとうございました。
ホントにそうなんですよね。
様々な情報をインストールしていくことが良しとされる社会で育ってきた僕たちは、すっかり「インストール」そのものがクセになっちゃていて。
「要らないものを捨てようね」って言われても、「アンインストール アプリ」を探してきてインストールしようとしてしまうんですよね。
そんなこんなの末に
柔軟性に固執して、
自由を叫ぶことで不自由になって、
満足のために我慢して、
平和のために争って、
視野を広げよという教えに盲目的にしがみつく。
一体我々は、何をしているんでしょう?(笑)
皆さんご存じの通り、かつての僕は、宗教にも精神世界にも全く関心がありませんでした。
むしろ、どこか気持ち悪く思っていたんですね。
でもそのことを、よくよく思い返してみると、僕が違和感を感じていたものは、宗教や精神世界で語られている内容そのものではなかったんです。
だって、そこにどんな教えがあるのかさえも知らなかったんですから。
じゃあ、どうして気持ち悪さを感じていたのだろう?ってことを改めて考えてみると、それは「そこに傾倒する人たちに見える、隠しきれないアンバランスさ」だったわけです。
そういった方々に共通して見られた傾向は、
1.生真面目(重々しい雰囲気)
2.精神的潔癖症(正しいもの、キレイなもの、聖なるもの、清らかなものしか受け付けない)
3.物事を複雑に考えるのが好き(「人一倍難しいことが理解できている自分」という優越感)
4.視野が狭い(柔軟性がない)
5.押しつけがましい(頼んでもいない所にわざわざ話しにやってくる)
6.何かの犠牲になっている
7.なにかにつけ必死
などなど。
と、まぁ、上記に挙げた傾向は、僕にも多々当てはまるところがあるのですが、それでもなお、それがさらに過剰となっている方と関わると、なにかと面倒くさいことになりそうな気配があったわけです(笑)
特に、宗教や精神世界に救いを求め、色々勉強してしまったばっかりに、沢山のデータを抱えてしまった人の表情や存在感が、とても「重く」感じられました。
反面、「そんなの関係ねー!」と、オーシャン・パシフィック・ピースで生きている方の方がよほど軽快に人生を楽しんで見えたりする。
その人ににじみ出る表情はどこか、保有するデータ量と比例しているように思えます。
で、「インストールをすればするほど良し」を信条として生きている方々から見れば、なんのアプリも入れようとしていないにも関わらず、軽々と人生を謳歌している人は、どこか癪なわけです。
「てめー、もっと苦労しろよ(より高度なアプリやデータをインストールしろ。そして、人様の役に立て)」と、そうなる。
でも、空き容量が有り余ってる軽快派の方々からは、逆に「どんなに凄いアプリ入れてたって、全然動けてねーじゃんw」と見えているわけで。
「『幸せな人生を送るために、アレコレ勉強しなさい』と勉強を押しつける当の大人たちが、全然幸せそうに見えない」という、僕たちが子供の頃に気づいていたあの違和感が、そのまま露わになっているんですね。
そこまで感じていたにも関わらず、やはりかつての僕も、「何をインストールすれば幸せになれるのか」と、同じ罠に嵌まり、方々を探し回っていたわけです。
で、そんな罠に気づき、沢山のデータを捨てて数年が経ちました。
僕が経験したそのことを全国各地でお話させてもらえるようになり、沢山の方々とお会いして実感したこと。
それは、精神世界との「関わり方」によって、結果がまるで異なってしまう、ということです。
皮肉なことに、とても真剣に「学ぼう」とされている方の方が、大事なところが見えていない場合が多いんです。
僕の話から某かを「学ぼう」とされている方々は、ライブ会場に入った時からもう「インストール体制万全」なんですね。
一生懸命「言葉(データ)」を持ち帰ろうとしている。
でも、それが仇になっちゃうんです。
僕がこのブログやライブで提供したいことは、それとは全く逆でしてね。
情報を取り入れてもらいたいのではなく、逆に、色んなデータを捨てて、心を軽くして帰って頂きたいと思っているワケです。
でも、そうとは言え、「データを捨てる」というのは、自分ではなかなか出来ないんですね。
だって、「自分にとってとても大切」だと思っているからこそ、そのデータを保有し続けているわけですから。
そこで役に立つのが、「ウロコポーロ」というものなのです。
僕がアナタの鱗を落としてあげることはできません。
が、僕の話が切っ掛けとなって、鱗が落ちることはあります。
ここ、微妙ですが、大切なポイントです。
「ウロコポーロ」をインストールしようとしないでくださいね(笑)
そこらへんのことを踏まえていただけますと、これまでのお話、また、これからのお話がよりご理解いいただけるかと思います。
「学ぶ」という感じではなく、もっと肩の力の抜けた姿勢でお付き合い頂けたら幸いです。
注;
宗教や精神世界との付き合い方には、「インストール」と「アンインストール」という真逆のベクトルが存在します。
もちろん、空き容量に余裕がある方に対しては、本当に有効に使えるデータも沢山存在しますから、「インストール」そのものを悪者にするわけにはいきません。
でも、この現代社会の中で疲弊している方のほとんどは、「データ量過剰」傾向にあります。
そのことを前提にしておりますので、僕のお話は「データを捨てる」という趣旨の内容に偏りがちです。
データを大切に保管しておきたい方にとっては、とても聞き入れられない内容ですので、お取り扱いには十分ご注意ください。
【トークライブ・インフォメーション】
以前お世話になったリラクゼーションハウス・ゴールドマインさんからお誘いをいただき、賢者テラさんと福井にお伺いする運びとなりました。
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福井市手寄1-4-1 AOSSA(アオッサ)6階
・JR福井駅東口から徒歩1分
・北陸自動車道福井ICから車で15分
【料金】お一人様4,000円
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※携帯電話からのアクセスは【こちら】
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(  ̄Д ̄) 『なによりブログ更新することだよな』
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という、至極当たり前なところへ舞い戻ってきた次第でございます。
ということで、お話の続きです。
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>問題はその先ですよ(・ω・)/
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「! 【捨て方アプリ】が見つかりません。
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いいえ はい」
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黒斎さんが言いたいのは、捨て方をインストールしなさい、って事じゃないのでは。
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ホントにそうなんですよね。
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「要らないものを捨てようね」って言われても、「アンインストール アプリ」を探してきてインストールしようとしてしまうんですよね。
そんなこんなの末に
柔軟性に固執して、
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皆さんご存じの通り、かつての僕は、宗教にも精神世界にも全く関心がありませんでした。
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でもそのことを、よくよく思い返してみると、僕が違和感を感じていたものは、宗教や精神世界で語られている内容そのものではなかったんです。
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そういった方々に共通して見られた傾向は、
1.生真面目(重々しい雰囲気)
2.精神的潔癖症(正しいもの、キレイなもの、聖なるもの、清らかなものしか受け付けない)
3.物事を複雑に考えるのが好き(「人一倍難しいことが理解できている自分」という優越感)
4.視野が狭い(柔軟性がない)
5.押しつけがましい(頼んでもいない所にわざわざ話しにやってくる)
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7.なにかにつけ必死
などなど。
と、まぁ、上記に挙げた傾向は、僕にも多々当てはまるところがあるのですが、それでもなお、それがさらに過剰となっている方と関わると、なにかと面倒くさいことになりそうな気配があったわけです(笑)
特に、宗教や精神世界に救いを求め、色々勉強してしまったばっかりに、沢山のデータを抱えてしまった人の表情や存在感が、とても「重く」感じられました。
反面、「そんなの関係ねー!」と、オーシャン・パシフィック・ピースで生きている方の方がよほど軽快に人生を楽しんで見えたりする。
その人ににじみ出る表情はどこか、保有するデータ量と比例しているように思えます。
で、「インストールをすればするほど良し」を信条として生きている方々から見れば、なんのアプリも入れようとしていないにも関わらず、軽々と人生を謳歌している人は、どこか癪なわけです。
「てめー、もっと苦労しろよ(より高度なアプリやデータをインストールしろ。そして、人様の役に立て)」と、そうなる。
でも、空き容量が有り余ってる軽快派の方々からは、逆に「どんなに凄いアプリ入れてたって、全然動けてねーじゃんw」と見えているわけで。
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で、そんな罠に気づき、沢山のデータを捨てて数年が経ちました。
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それは、精神世界との「関わり方」によって、結果がまるで異なってしまう、ということです。
皮肉なことに、とても真剣に「学ぼう」とされている方の方が、大事なところが見えていない場合が多いんです。
僕の話から某かを「学ぼう」とされている方々は、ライブ会場に入った時からもう「インストール体制万全」なんですね。
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だって、「自分にとってとても大切」だと思っているからこそ、そのデータを保有し続けているわけですから。
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ここ、微妙ですが、大切なポイントです。
「ウロコポーロ」をインストールしようとしないでくださいね(笑)
そこらへんのことを踏まえていただけますと、これまでのお話、また、これからのお話がよりご理解いいただけるかと思います。
「学ぶ」という感じではなく、もっと肩の力の抜けた姿勢でお付き合い頂けたら幸いです。
注;
宗教や精神世界との付き合い方には、「インストール」と「アンインストール」という真逆のベクトルが存在します。
もちろん、空き容量に余裕がある方に対しては、本当に有効に使えるデータも沢山存在しますから、「インストール」そのものを悪者にするわけにはいきません。
でも、この現代社会の中で疲弊している方のほとんどは、「データ量過剰」傾向にあります。
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(・ω≦) てへ☆
「そ…な……し…る…………なら…事…………を…………け…」
え?
「…ん…こ…してる…があ…なら記…の続………っさと…けよ」
あれ? なんだろう、モニターの向こう側から声が聞こえるぞ。
「そんなことしてる暇があるなら記事の続きをさっさと書けよ」
…
……
こ、これは、
m9( ̄д ̄ ) 「雲さんではなく、アナタの声ですね!」
って、こういう導入も余計なのか(笑)
あ、毎度どーも。ウザイ&くどい系男子です。
失礼しました。続き、書きます!
『コンピューター ソフトなければ ただの箱』
と、ゆーことでですね、端末ってのは、ハードウエア(肉体)だけでは機能しませんね。
それを動かすOSやアプリケーションが必要なわけです。
(  ̄▽ ̄) 『男と女ってのは、ハードウエア(肉体)の構造が全く違うよな。 それと同じように、使用しているOSも違うんだ。 そう、それはWindowsとMacintoshのようなもの。 だから、なかなか互換性がとれないでいるんだ(笑)』
うん、この話題はもうツイッターだけでいいや。ここではもっと大事な話をしよう。
僕たちがパソコンで何かをしようとする際には、必ずその目的に合わせたアプリケーションや関連データが必要になります。
で、これまでの歴史を振り返るとですね、このデータのインストールには、「外部メディア」ってのが必要だったんですよ。
数年前に目にしていたフロッピーディスクやMOディスクなんてのは、最近では本当に使わなくなっちゃいました。
そういえば、カセットテープって時代もありましたよねぇ。
最近の主流は、CDやDVD、いや、USBメモリーとかかな?
とにかく、これまでの時代は「外から」某かのカタチでデータを持って来て、せっせとインストールしていたわけです。
これが、「人間界」にも同様の流れがあったわけです。
分かりやすい一例を挙げるなら、「人生に必要な知識(データ)は、外側からインストールする」という押しつけ型の教育スタイル。
で、知識をあれこれ詰め込みすぎてフリーズしてしまうという(笑)
皆さんも経験ありません?
「あれもこれもしたいから…」って、様々なアプリケーションやデータを手当たり次第インストールしまくったあげく、結果、ハードディスク容量に空きがなくなっちゃって「なんでこんなに動きが遅いんだ…」ってなっちゃったこと。
精神世界に造詣が深い方にもいらっしゃいますよね。
誰もがビックリするぐらい専門的な知識を人一倍保有しているわりに、全然使いこなせてないじゃん、って方。
そうそう、「頭でっかち」ってヤツです。
先日の「阿雲の呼吸」でもこの話題があったので、ちょっとご紹介しますね。
たとえば、「意識(思考)は現実化する」という精神世界でお馴染みの常套文句。
これをインストールした、あるお母さんのお話。
確かにこの言葉が指しているものは本当のことだし、とっても大事なことではあるんだけれど…
指にトゲが刺さって泣いている息子を目の前にしているとしてですよ、
川TдT)「この現実も私の意識が引き寄せてしまった結果なのよ。息子のためにも、私が変わらなきゃ!でも、私のどんな意識が原因で、この子をこんな目に遭わせてしまったの? ああ、わからない!もっと学んで、もっと瞑想して、もっとお線香立てなきゃいけないのね!」
なんてしてたらアホじゃないですか。
「そんなのいいから、早くトゲ抜いてあげなよ」って、言ってあげたくもなるじゃないですか。
あれやこれやをインストールしすぎて、空回りしちゃっているんですよね。
「考えすぎだって。もっとシンプルに考えなよ」というアドバイス。
これってのは、「余計なデータはゴミ箱に入れてしまいなさい。ハードディスクに十分な空きが出来たら、もっとスムーズに動きますよ」ってことと同じなんです。
決して、ハードウエアに欠陥があるわけじゃない。
僕たちという「端末」にも、やっぱりデータ容量ってのがあるんです。
なんでもかんでも無尽蔵に放り込めるわけじゃない。
だから、円滑な人生には「心のゆとり(ハードディスクの空き容量)」が必要なんです。
努力して集めてきたデータ類をゴミ箱に入れちゃうのは、ちょっと悔しいよね。
それを手にする為にしてきた努力が大きければ大きいほど、手放しづらいと思います。
で、その道のりの中で傷ついたり、悲しんだりしていたら、もっと手放しづらいと思います。
でも、それらを保有し続けているがゆえに、不自由な思いをしているとしていたら(コンピューターがフリーズ直前だとしたら)どうでしょう?
一生懸命溜め込たデータ(思い込みの数々)を取りますか?
それとも、ゴミ箱にぽい、しちゃいますか?
いえ、何も全部一気に捨てろなんて申しません。
ちょっとずつでも、要らないものから手放していけばいいんです。
たとえば、アナタと直接関係のない、赤の他人への心配。
たとえば、新聞やニュース報道を見なければ、考えることも無かった問題。
たとえば、自分を窮屈にさせるだけのプライドや思い込み。
たとえば、大切に保有し続けている恨みや怒りや悲しい思い出。
たとえば、やりたくないことを無理にやり続けている、その理由。
たとえば、自分自身を愛せない、その理由。
捨てられるものって、結構いっぱい見つかります。
「なかなか動き出せない人」の大半は、モチベーションに欠けているのではありません。
単に、抱えているデータが多すぎるがゆえに、フリーズしているだけです。
だから、「動けない自分の改善」という理由から、自己啓発という名の「新たなデータのインストール」に、はまらないようにね。
多くの方が求め続けるメソッドの数々「何をするか(Do)」は、「インストール」です。
「どうあるか(Be)」は、「状態」のことです。
何度も話しておりますが、大切なのは「何をするか」よりも「どうあるか」です。
相変わらず空き容量がないままでは、どんなに素晴らしいアプリケーションをインストールしても起動した途端にまたフリーズに逆戻りです。
ほら、そのデータ。
捨てると人生が楽になりますよ。
(  ̄Д ̄) 『とりあえずお前の場合は、この無駄に容量を食ってるエロ動画から捨てようか』
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ 「そ、それはまだ捨てちゃらめ〜!」
つづく。
【新刊インフォメーション】

2月26日(火)、小学館より『極楽飯店』発売決定!
アマゾンにて予約受付中です!
<(_ _ )> 応援のほど、よろしくお願い致します。
【トークライブ・インフォメーション】
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 東京☆
【日時】 2013年3月10日(日)
第一部のお申し込み・詳細は【こちら】から
第二部のお申し込み・詳細は【こちら】から
*****
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 名古屋☆
【日時】 4月13日(土) 12:00〜15:00 (開場:11:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
*****
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 嬉野☆
お申込み・お問い合わせは
Call back〜心の積木〜ブログ
または、
ブログ「よっちゃんコト西山嘉克の感動日記3」
*****
牧野内大史さんとの初コラボ!
『人生大改造!! 劇的ビフォーアフター』in 長野(残席僅か)
【日時】3月23日(土) 14:00〜16:30(開場13:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
←ゴミ箱を空にする
※「極楽飯店」の第一話はこちらから。
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なんだかんだでブログのデザイン、ちょっと変えちゃった。
(・ω≦) てへ☆
「そ…な……し…る…………なら…事…………を…………け…」
え?
「…ん…こ…してる…があ…なら記…の続………っさと…けよ」
あれ? なんだろう、モニターの向こう側から声が聞こえるぞ。
「そんなことしてる暇があるなら記事の続きをさっさと書けよ」
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こ、これは、
m9( ̄д ̄ ) 「雲さんではなく、アナタの声ですね!」
って、こういう導入も余計なのか(笑)
あ、毎度どーも。ウザイ&くどい系男子です。
失礼しました。続き、書きます!
『コンピューター ソフトなければ ただの箱』
と、ゆーことでですね、端末ってのは、ハードウエア(肉体)だけでは機能しませんね。
それを動かすOSやアプリケーションが必要なわけです。
(  ̄▽ ̄) 『男と女ってのは、ハードウエア(肉体)の構造が全く違うよな。 それと同じように、使用しているOSも違うんだ。 そう、それはWindowsとMacintoshのようなもの。 だから、なかなか互換性がとれないでいるんだ(笑)』
うん、この話題はもうツイッターだけでいいや。ここではもっと大事な話をしよう。
僕たちがパソコンで何かをしようとする際には、必ずその目的に合わせたアプリケーションや関連データが必要になります。
で、これまでの歴史を振り返るとですね、このデータのインストールには、「外部メディア」ってのが必要だったんですよ。
数年前に目にしていたフロッピーディスクやMOディスクなんてのは、最近では本当に使わなくなっちゃいました。
そういえば、カセットテープって時代もありましたよねぇ。
最近の主流は、CDやDVD、いや、USBメモリーとかかな?
とにかく、これまでの時代は「外から」某かのカタチでデータを持って来て、せっせとインストールしていたわけです。
これが、「人間界」にも同様の流れがあったわけです。
分かりやすい一例を挙げるなら、「人生に必要な知識(データ)は、外側からインストールする」という押しつけ型の教育スタイル。
で、知識をあれこれ詰め込みすぎてフリーズしてしまうという(笑)
皆さんも経験ありません?
「あれもこれもしたいから…」って、様々なアプリケーションやデータを手当たり次第インストールしまくったあげく、結果、ハードディスク容量に空きがなくなっちゃって「なんでこんなに動きが遅いんだ…」ってなっちゃったこと。
精神世界に造詣が深い方にもいらっしゃいますよね。
誰もがビックリするぐらい専門的な知識を人一倍保有しているわりに、全然使いこなせてないじゃん、って方。
そうそう、「頭でっかち」ってヤツです。
先日の「阿雲の呼吸」でもこの話題があったので、ちょっとご紹介しますね。
たとえば、「意識(思考)は現実化する」という精神世界でお馴染みの常套文句。
これをインストールした、あるお母さんのお話。
確かにこの言葉が指しているものは本当のことだし、とっても大事なことではあるんだけれど…
指にトゲが刺さって泣いている息子を目の前にしているとしてですよ、
川TдT)「この現実も私の意識が引き寄せてしまった結果なのよ。息子のためにも、私が変わらなきゃ!でも、私のどんな意識が原因で、この子をこんな目に遭わせてしまったの? ああ、わからない!もっと学んで、もっと瞑想して、もっとお線香立てなきゃいけないのね!」
なんてしてたらアホじゃないですか。
「そんなのいいから、早くトゲ抜いてあげなよ」って、言ってあげたくもなるじゃないですか。
あれやこれやをインストールしすぎて、空回りしちゃっているんですよね。
「考えすぎだって。もっとシンプルに考えなよ」というアドバイス。
これってのは、「余計なデータはゴミ箱に入れてしまいなさい。ハードディスクに十分な空きが出来たら、もっとスムーズに動きますよ」ってことと同じなんです。
決して、ハードウエアに欠陥があるわけじゃない。
僕たちという「端末」にも、やっぱりデータ容量ってのがあるんです。
なんでもかんでも無尽蔵に放り込めるわけじゃない。
だから、円滑な人生には「心のゆとり(ハードディスクの空き容量)」が必要なんです。
努力して集めてきたデータ類をゴミ箱に入れちゃうのは、ちょっと悔しいよね。
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で、その道のりの中で傷ついたり、悲しんだりしていたら、もっと手放しづらいと思います。
でも、それらを保有し続けているがゆえに、不自由な思いをしているとしていたら(コンピューターがフリーズ直前だとしたら)どうでしょう?
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それとも、ゴミ箱にぽい、しちゃいますか?
いえ、何も全部一気に捨てろなんて申しません。
ちょっとずつでも、要らないものから手放していけばいいんです。
たとえば、アナタと直接関係のない、赤の他人への心配。
たとえば、新聞やニュース報道を見なければ、考えることも無かった問題。
たとえば、自分を窮屈にさせるだけのプライドや思い込み。
たとえば、大切に保有し続けている恨みや怒りや悲しい思い出。
たとえば、やりたくないことを無理にやり続けている、その理由。
たとえば、自分自身を愛せない、その理由。
捨てられるものって、結構いっぱい見つかります。
「なかなか動き出せない人」の大半は、モチベーションに欠けているのではありません。
単に、抱えているデータが多すぎるがゆえに、フリーズしているだけです。
だから、「動けない自分の改善」という理由から、自己啓発という名の「新たなデータのインストール」に、はまらないようにね。
多くの方が求め続けるメソッドの数々「何をするか(Do)」は、「インストール」です。
「どうあるか(Be)」は、「状態」のことです。
何度も話しておりますが、大切なのは「何をするか」よりも「どうあるか」です。
相変わらず空き容量がないままでは、どんなに素晴らしいアプリケーションをインストールしても起動した途端にまたフリーズに逆戻りです。
ほら、そのデータ。
捨てると人生が楽になりますよ。
(  ̄Д ̄) 『とりあえずお前の場合は、この無駄に容量を食ってるエロ動画から捨てようか』
ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ 「そ、それはまだ捨てちゃらめ〜!」
つづく。
【新刊インフォメーション】

2月26日(火)、小学館より『極楽飯店』発売決定!
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<(_ _ )> 応援のほど、よろしくお願い致します。
【トークライブ・インフォメーション】
☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 東京☆
【日時】 2013年3月10日(日)
第一部のお申し込み・詳細は【こちら】から
第二部のお申し込み・詳細は【こちら】から
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☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 名古屋☆
【日時】 4月13日(土) 12:00〜15:00 (開場:11:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
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☆テラと黒斎の「言いたい放題」 in 嬉野☆
お申込み・お問い合わせは
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または、
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牧野内大史さんとの初コラボ!
『人生大改造!! 劇的ビフォーアフター』in 長野(残席僅か)
【日時】3月23日(土) 14:00〜16:30(開場13:30)
お申し込み・詳細は【こちら】から
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