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ころりん~キラキラ☆

楽しいこと、嬉しいこと、伝えること ころころ~ころりん☆

失敗と成功

2018-01-13 08:20:56 | 


稲盛和夫氏の心に響く言葉より…


企業経営において、長く繁栄を続ける企業をつくりあげていこうとするなら、「徳」で治めていくしか道はないと私は考えています。

欧米の多くの企業では一般に、覇道つまり「力」による企業統治を進めています。

例えば、資本の論理をもって人事権や任命権をふりかざしたり、または金銭的なインセンティブ(誘因)をもって、従業員をコントロールしようとしたりするのです。


しかし、権力によって人間を管理し、または金銭によって人間の欲望をそそるような経営が、長続きするはずはありません。

一時的に成功を収めることができたとしても、いつか人心の離反を招き、必ず破滅に至るはずです。

企業経営とは永遠に繁栄を目指すものでなければならず、それには「徳」に基づく経営を進めるしか方法はないのです。


実際に、経営者の人格が高まるにつれ、企業は成長発展していきます。

私はそれを、「経営はトップの器で決まる」と表現しています。

会社を立派にしていこうと思っても、「蟹(かに)は自分の甲羅に似せて穴を掘る」というように、経営者の人間性、いわば人としての器の大きさにしか企業はならないものなのです。


例えば、小さな企業の経営で成功を収めた経営者が、企業が大きくなるにつれ、経営の舵(かじ)取りがうまくとれなくなってしまい、会社をつぶしてしまうということがよくあります。

それは、組織が大きくなっていくにつれ、その経営者が自分の器を大きくすることができなかったからです。


企業を発展させていこうとするなら、まずは経営者が人間としての器、言い換えれば、自分の人間性、哲学、考え方、人格というものを、絶えず向上させていくよう、努力を重ねていくことが求められるのです。

しかし近年、日本ではそのようなことを理解する経営者が少なくなっています。

少しばかり事業で成功を収めただけで、謙虚さを失い、傲岸不遜(ごうがんふそん)に振る舞い、私利私欲の追求に走ることで、せっかく手にした成功を失ってしまう経営者が続いているのです。


いまこそ賢人、聖人たちの知恵に学び、「徳」ということの大切さを改めて理解することが大切です。

そうすることが、単に一つの集団の発展を導くのみならず、荒(すさ)みいく日本社会の再生にあたっても、大きな貢献を果たすのではないでしょうか。


『「成功」と「失敗」の法則』致知出版社





『安岡正篤先生は「徳とは無類の明るさのことである」と言われた。

知識や技術は徳ではない。

明るく、人好きで、世話好きで、人に尽くすことができる人こそ、徳のある人なのである』(行徳哲男)


徳とは、相対したとき、自然と頭が下がるような人のことをいう。

利他の心を持ち、けっして偉ぶらず、謙虚で、人から好かれる人。

それが、無類の明るさ。


徳を身につけたい。


心地よく、気持ちよく、楽しそうにいきていきたい(*☻-☻*)

2018-01-12 07:09:21 | 
小林正観さんの心に響く言葉より…


スポーツ・芸能・芸術は、人を癒すために存在しているジャンルです。

結果や成績を追い求めるのではなく、それを通してひとりでも多くの人に、安らいだ気持ちになってもらうために存在しています。

順位を競うためではなく、心地よく、気持ちよく、楽しそうにやること。


たとえば、成績がよいと有頂天になって、成績が悪いと落ち込むような人を、私たちはあまり歓迎しないでしょう。

そういうように気分が上下している人を、神も応援しないので、よい成績を残さないようです。


年間に、5回、6回と有頂天になる人は、必ず同じ分だけ落ち込みます。

そして、有頂天になる高さと、落ち込む高さが一緒です。

人の論評や評価に対して、一喜一憂する人が、有頂天になったり落ち込んだりしています。


成績の善し悪しに関わらず、淡々としている人に、神や宇宙が応援、支援をしているようです。

あることについて、比べて競って順位を争うより、神や宇宙を味方にすることが、近道なのかもしれません。


『笑顔で光って輝いて (じっぴコンパクト文庫)』





カッコいい人、あこがれるような人、魅力ある人は、いつも、「心地よく、気持ちよく、楽しそうに」生きている。

だから一言も言わずとも、その生き方を見て、マネしたくなる。


反対に、魅力のない人、余裕のない人、キリキリしている人は、いつも、「つまらなそうに、不機嫌そうに、辛(つら)そうに」生きている。

口でいくらカッコいいことを言っても、その生き方をマネしたいとは思わない。


得意の絶頂にあることを、有頂天になるというが、うまくいった喜びで夢中になってしまう。

喜びすぎて、得意になって、まわりが全く見えない状態。

いばったり、得意になっている人は、カッコ悪い。


どんなときも、心地よく、気持ちよく、楽しそうに生きてゆきたい。

思い通りにならないことが運を呼ぶ

2018-01-06 08:21:51 | 




鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…


私は40年前の今ごろ、自転車の荷台に荷物を詰めるだけ積んで、ハンドルをとられながら、自転車で行商をしていました。

そのときは、何一つ自分の思い通りになることはありませんでした。


まず商品でも、自分の欲しい商品は一つも手に入らない。

本当はあの商品を売りたい、この商品があればというふうに思いましたが、そんな私が望むようなものは何一つ手にすることはできませんでした。

いずれもメーカーさんが売れなくて、倉庫の隅に埃(ほこり)をかぶって置いてあるようなものを譲り受けて、その商品を自転車に積んで売り歩きました。


しかも、私がかつて勤めていた会社の知り合いのところへ行くことはせず、まったく新しい、私のことを全然知らない人のところを訪ねて歩いたわけですから、最初に行ったところでは口もきいてくれませんでした。

こちらが挨拶をしても、横を向いて知らん顔をしている。

私が立っているということを知っていても、だれも相手にしてくれない。

どっちを向いても私は八方ふさがりという状況の中から仕事を始めました。


私が好むようなことは何一つできない。

だからこそ私は努力をしたわけです。

もし思い通りの商品が手に入って、行った先々で私のねらったように商品が売れていたら、私は努力をする必要はなかったわけです。

今から思うとつらいこともありましたが、本当にありがたかった。

そのおかげで、私のようにもともと意気地なしで能なしが、こうして世の中のだれにも迷惑をかけずに人生を送れるようになれました。


これは創業期からずっと長い間、思い通りにならないことばかりが続いたおかげだと思っています。

くどいようですが、もし思い通りになることばかり続いていれば、努力なんかまったくしないで、のうのうと人生を送っていたと思います。

現に、そういう人生を送っていた人たちは、みんないずれも私の目の前から姿を消していきました。

私よりはるかに先輩で、なおかつ商売も上手で、会社をどんどん大きくしていった方々がいずれも姿を消していったことを見ても、私が申し上げていることは、絶対に嘘偽りではないと信じていただきたいと思います。

どうか不都合なこと、嫌なことは自分を鍛える最大の味方であるというふうに思って、それに取り組んでいただきたいと思います。


『小さな実践の一歩から (活学叢書)』





ダスキンの創業者、鈴木清一氏は、こう語った。

「損と得とあらば損の道をゆくこと」


「損の道」とは、嫌なことや面倒なこと、つらいこと、効率の悪いことなど。

その「損の道」が自分を鍛えてくれる。

しかし、反対に「得の道」を行けば、楽をして努力をしなくなる。

楽なことに慣れきってしまった人は、ひとたび環境が厳しくなったら生きてゆけない。


「楽は苦の種、苦は楽の種」

思い通りにならないことが運を呼ぶ。


どっちに向ける?

2018-01-04 07:08:29 | 


リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…


《「運が味方してくれる人」、絶対の共通点》


私たちは、あら探しをしたり、人の話にけちをつけたり、欠陥を見つけることに関してはエキスパートである。

どこかへ出かけてみたらとても混んでいたとか、子供の学校に問題があったとか、腹を立てることは簡単にできる。

いつだって、探しているものは目に入るようになっているのだ。


たとえばホテルに泊まって文句をつけるネタを探せば、いくらでも見つかるだろう。

同じように、人に対して、あるいは生活様式、住んでいる場所、仕事についてあら探しを始めたらきりがない。

だが、この理論は逆の方向にも働く。


もし、よい面を探そうとすれば、それが駐車スペース、仕事、隣人、子供の学校、友人、行楽地など、何であろうと、きっと気に入るものが見つかる。

あなたはただ、条件や選択肢をいろいろ調べて、自分に合わないものや要求を満たさないものを除いていけばよい。

実に簡単なことだ。


以前、仕事を辞めたいという人と話をしたことがある。

車のセールスの仕事は相手から断られることが多く、それに耐えられないというのだ。

ところが、話をしているうちに、彼は自分が今まで断られたことばかりに目を向けていたことに気づいた。

何とか契約成立にこぎつけたこともたくさんあったのである。

一つ契約が成立した嬉しさを思えば、そのための苦労など、ものの数ではない。


彼は仕事に取り組む姿勢を変えた。

その結果、断られてもあまり気にならなくなり、その結果、フラストレーションが減っただけでなく、売上成績も上がったのである。

ぜひ、今日からでもこの発想の転換を試してみてほしい。


自分の不運や不満を嘆いたリ、怒ったりするのではなく、目を見開いて、辛抱強く、あなたがすでに「手にしているもの」を探してみる。

腹を立てるためにネタを探すのではなく、自分の好きなものを探してみる。

頭にくる人に目を向けるのではなく、そういう人は視野の外に追いやって、好意を持てる人、見ていて気持ちのいい人を見つけてみる。

そして、そんな人が見つかったら、「ほら、いい人だっているじゃないか」とつぶやいてみよう。


結局、自分がどこへ目を向けるかという問題なのだ。

世間にあふれている腹立たしいことに対して、それがそこにあるというだけで目を向けるのか、それともほんのひと握りではあるが、好ましいことに目を向けるのだ。

この発想の転換をすることで、毎日がどんどん楽しくなっていく。


『小さなことにくよくよしない88の方法 (王様文庫)』




以前、「犯罪者のなり方」というような記事を読んだことがある。

その方法は、朝からテレビの前に座り、ニースだろうが、ドラマだろうが、天気予報だろうが、その番組の出演者やアナウンサーが話していることに対し、いちいち、文句やいちゃもんをつけるという訓練だった。

それを続けると、どんな言葉に対しても瞬間的に、文句やいちゃもんをつけられるようになるという。

文句やケチをつけるのがクセになっているような人は、まさにこのような訓練を毎日しているのと同じ。


だが、反対に「運が味方してくれる人のなり方」というのがあるとしたら、「文句」の逆をやればいい。

朝からテレビの前に座り、流れてくる言葉一つひとつを、ほめたり、感謝したり、許したり、感動したりする。


アナウンサー:「本日の天気は、晴れ時々曇り、寒さが一段と厳しくなりそうです」

自分:「素晴らしい!なんて素敵なんだ!やったね!」


「結局、自分がどこへ目を向けるかという問題」

運が味方する人でありたい。

良いお年を、お迎えください!

2017-12-31 07:55:21 | 



萩本欽一氏の心に響く言葉より…


僕はこれまでコメディアンとして、たくさんの舞台に立ち、そしてさまざまなテレビ番組をつくってきました。

いいときもあったし、何をしてもダメなときもありました。

そうした中で、僕なりの「運」の法則を見つけたのです。


それは、とてもシンプルな考え方で、どん底のときには大きな運がたまり、反対に、絶頂のときには不運の種がまかれているというものです。

たったこれだけのことですが、どんなに辛(つら)いことがあっても、今に大きな運がやってくると信じて努力することができました。

僕の「運」に対する考え方は、これまでにも僕の本やさまざまなインタビューで言及してきたので、ご存知の方も多いかもしれません。


しかし、僕には「運」だけでなくそれと同じくらい大事にしてきたことがあります。

それが、「言葉」です。


いい言葉を聞くと、とてもうれしくなります。

同様に、自分がいい言葉を話すと、周りの人もうれしくなって、いい気分になります。

そうやっていい循環が生まれて、いい運がやってくると思うのです。

だから僕は、いつも発する言葉一つひとつを大切にしたいと思っています。


いくら努力をしても、自分に風が吹かないときは必ずあります。

何をしても裏目に出て、うまくいかないときもあるでしょう。

ダメなときでも、言葉を磨くことで、いい運を引き寄せることができます。

何も話し方を変えるというのではありません。

ほんのちょっとした心がけでできることです。


たとえば、「その服、お似合いですね」と言われて、つい「いえいえ…」と謙遜してしまうところを、「うれしい。ありがとう!」と言ってみる。

たったそれだけのことで、褒めてくれた相手までいい気分になり、関係も深まると思うのです。

人生とは言葉の積み重ねです。

その都度、どんな言葉を話すかで、終着点も大きく変わると思います。

そんな言葉の力に目を向けてみると、毎日の生活も、もっと輝いて見えるんじゃないかな。


いい言葉には、幸運を手繰り寄せたり、人生を好転させる力があります。

仕事で大成功する人、磁石のように周囲の人間を惹(ひ)きつける人は、揃(そろ)って言葉遣いの名手です。



日本テレビ系の『世界の果てまでイッテQ!』という人気番組があります。

この番組が始まる前、担当ディレクターが僕に聞いてきました。

「どんなことに気を配れば番組が当たりますか?」と。


僕は、「ヒントは『遠い』と『辛(つら)い』だ」とだけ言いました。

すると、そのディレクターはそれを見事に実現しました。

『イッテQ!』は、タレントが遠くまで行って辛いことをこなしてくるという実にシンプルな番組です。

それがヒットにつながったと思います。


テレビの現場は常に慌ただしいものです。

だから、ともすると「近くて」「楽な」方法で番組をつくりがちです。

これはテレビの番組に限った話ではありません。

何か迷ったら、自分にとって物理的な距離や心理的なハードルがあったり、これはちょっと大変かなというほうを選ぶ。

そこにいい物語が生まれ、人生を豊かにしてくれるのです。

但東町の磐座

2017-12-22 07:39:15 | 
山登り、急に天気が良いので登りました!

ここ、最近の太陽は眩しい♡(°´ ˘ `°)/



山道をてくてくと⤴︎︎︎⤴︎︎⤴︎︎︎

登ります!

やっぱり、太陽は、素敵です!


登ってきました😄✌️

3人で〜、ゆっくりと

年末に、さすが、登るとは思いませんでしたが😄

なんと、爽やかです!

すごい、岩でしょ!
役の行者がおられます❣️

今回は、お顔を見させてもらいました!




行者様のそばには、赤鬼、青鬼の夫婦が居ます。



そして、そばには


かなり、古いですが、守られています。

三重に、なって、隠れておられました。

この、山の中、登るのも、なかなかですが、ここで暮らされていた、庵女さまがおられたそうです。
ここを、守られていたんですね!

この、山に、どんな、凄いことがあったのでしょうか?


山の上、迫力ありますよね!

アンテナになっていたんですね!

権現さんは、お坊さんが神になるところ

修行するとこだったんですね!

今では、登ることもなく
道は、無いところを〜歩きます!



木と岩の共存
岩の上に、木が〜かなりの年月



ここだけ、たくさんの木々

不思議ですね!

話をしていると、それに応えるように、上から雫が落ちてきます!

返事をしてくれています。


座禅をする岩



こんなふうに、自然の中で、組み合わさっていく

但東町、薬王寺

ここは、



この中の、牛の神様



この場所の、磐座なんでしょうか!

また、春に来ようね!
そう言いながら、山を降りました😄



鈴の音が、山に響き渡り、なんと、心地の良い時間でした!

今年の締めも

山登り
剣山から、あちこちの山へ、そして、古墳ツァーまで、今年は行かせてもらいました。

たくさんのご縁に感謝です!

香美町 八坂神社

2017-12-18 18:46:53 | 
きょうは、お昼休みだからと

私が豊岡に帰る前に

時間を待ち合わせて、友達と
八坂神社へ

あまり時間が無いんだけど〜

そう言われながら、歩きます!

狛犬がいっぱいだー😄

てくてく



あれ?
なになに?
こんな所に?

海の神様だね!

そして、また、てくてく歩きます!

五芒星の場所です!



凄いですね!

着きました!



ほんと、狛犬がいっぱいだー❣️

お参りさせてもらいました!


カゴメ紋と、三つ巴


ここは、スサノオノミコト


あれ?
ここで五社巡りができるの?
みんな、ここにお祭りしてあります!



後ろもすごいですね!


左側は〜

なんだか凄いよ!

グラグラする‼️

なんでなんで?
同じ方向向いているのに

屋根が・・・。

どんな意味があるのかなぁ!

ここ、すごいエネルギーが溜まっています!

友達が、凄すぎる!って言ってました!


磐座?
海の神様

どっちにしても
後で見たのですが

岡見公園の、山は凄すぎる

あの、磐座がこの、八坂神社になっているんでしょうね‼️




イルカの神社もありました!

ほー、


凄すぎる!

柱状節理が凄い‼️



なんだか、未知の世界へ
さらに入っていきます!



この山にある、お地蔵さん








これは、イザナミ、イザナギ?


ともかく、すごい山でした!

また、行かせてもらいます!



顔に艶があれば、運が向く

2017-08-25 06:16:22 | 
観相学、藤木相元氏の心に響く言葉より…


よく「男の顔は履歴書」とか、「男の顔は四十を過ぎたら自分の責任」などといわれます。

これは男に限らず、人はある程度の年齢になると、持って生まれたその人の運と、それまでに得てきた運とが加味されて顔が整っていくということをあらわした言葉ともいえます。

顔には、その人の運がすべてあらわれ、そのときどきのツキの有無までわかります。


こういった観相学を修めた人ではなくとも、毎朝、自分の顔を鏡でチェックするという習慣をつければ、どんな人でも運を見る目が養われます。

肌の色つやがいいねえ、などとよく口にしますが、この色つやが顔を見るときの一番のチェックポイントになります。

いい状態、つまり運が向いているときは、まず顔のつやとなってあらわれます。


つやはその人の勢いをあらわすものですから、額がテカテカしていれば、ひじょうにいい運が向いてくる状態になっていると思っていいのです。

これは、単に脂肪が浮いただけではテカテカといった光は帯びないのですぐにわかるはずです。

ためしに、いま勢いのある政治家や財界人の顔をよく見てみればわかります。

まず例外なく、顔に光を帯びています。


このつやは人の心に正直で、気持ちが「明」ならば、ホクロまでつやつやしてきますし、「暗」になっていれば消えてしまうのです。

「水もしたたるいい女」「夕立のような女」と、昔の人はつやのある女のことを表現しましたが、これは、人間の体の三分の二を占める水分をエネルギーとして燃やして発散するほど、恋でも仕事でも心の動きが活発である人ということです。

生きのいい人のことを「みずみずしい」というように、まさしく水がつやとなってあらわれているわけです。

したがって、心にハリのない人はつやもなく、しぼんで見えるということです。


ですから、自分の顔につやがないと感じたら、朝、太陽を呑み込み、鏡のまえで笑うということを毎朝続け、明の体質づくりを心がけることがだいじです。

自分の顔をつやのないまま放っておくのは、みすみす運を逃がすようなものです。


『運のつくり方・開き方―人生は変えられる (PHP文庫)』




「運勢の強い人は、 みんなピカピカつやつやの顔を しているものです」 (変な人が書いた成功の法則)より

斎藤一人さんは、運をよくしたいなら、顔につやをつけなさい、という。

顔につやがあると、「最近元気そうだね」とか「何かいいことあったの」とか言われる。

パワーがみなぎっているのを感じるからだ。


反対に顔に生気がない人は、具合悪そうに見えたり、元気も、やる気もなさそうに見える。

死んだような顔とか、魂を抜かれたような、うつろな表情、だ。

なんの勢いもパワーも感じない。


勢いのある人は、エネルギッシュで、活力に満ちている。

それが顔につやのある人。

顔につやがあれば運が向く。





同じことをしていたら、人は来ない

2017-08-04 06:19:04 | 
萩本欽一氏の心に響く言葉より…


日本人って、どういうわけか、みんな「ごく普通」というのが好きだよね。

でも、普通のことをやっていても、大成功なんてありえない。

もっと新しいことを考えて、どんどん変えていかないと。


僕の知りあいに、映画監督を目指してカメラをまわしてたやつがいるの。

そいつが故郷に帰って、地方の商店街で親父さんがやってた店を継いだのね。

その商店街というのは、このところ、どんどんさびれていく一方だった。

そいつはものをつくってたから、ものづくりの感覚で「こういうことをやったらどうだろう?」って考えて、自分たちで広場に小さな市場をつくった。

そこに商店街のみんなで出店したんですよ。


そしたら大成功して、今度は鉄筋6階建ての大市場にするんだって、みんなで寄り集まってやったら、品物が変わったわけじゃないのに大繁盛しちゃった。

そいつは商売なんて一度もしたことないんですよ。

何もわかんないやつが、「とりあえずやってみましょうよ」って、掘っ建て小屋みたいな市場をこしらえた。

たいして計画もしないで、あまりお金もかけないで。


たぶん、それがよかったんだと思うよ。

その雰囲気が本当に市場っていう言葉にあってたんだろうね。

で、市場という名前を聞いただけで、「安そうだし、なんだか面白そうだぞ」って、みんなが集まってきたんだろうね。


しかし、商売を知らないやつがそんな計画して、商店街がよくまとまったよね。

おそらく、みんなお客さんが減って困ってたから、「まあ、やらないよりやったほうがいいじゃないの」って、いいも悪いもないしにやったんだと思うな。

だから、改革というのは、何も知らない新しいやつがするんですよ。

ベテランの長老たちが難しい顔してあれこれ議論しても、たぶん何も変わらないよ。

そいつは何も知らないから、思い切ったことができた。


みんなと同じことをやってたら、お客さんは来ません。

もっと、他の人がやっていないことを考えないと。


だから、一番大事なのは逆転の発想。

ダメを気持ちいいほうに転換するところからはじめないと。

一般論とか一般的っていうことを、みんな大事にしすぎてる。

そんなものは、サッサと捨てたほうがいいよ。


『人生にはチャンスが三度ある―成功する人の演出力』ビジネス社





小林正観さんは商店街の活性化についてこう語る。


「私は全国で町おこし、村おこしが成功した例を見てきましたが、そこには共通点がありました。それは、

①その町や村で育った人が一度都会に出て生活し、戻ってきて何かを始めた。

②都会に住んでいた人が仕事を辞め、その町や村に移り住んで何かを始めた。

③その町や村の外に多くの友人・知人を持っている人が何かを始めた。

この3つのうちのどれかです。

外の世界と交流を持ち、外の世界を知っている人が、新しい楽しいアイデアを持ち込み、活性化のきっかけをつくっているようです。

ずっとその町や村から出たことがない人は、その地域のよさを認識できないので、そのよさをアピールすることができない」


そして、変わった人が出てきて、「一人勝ち」することだという。

すると、その変わった一人勝ちしている店のまわりに、また変わった人が店を出すという好循環になるからだ。


「井の中の蛙(かわず)」という言葉があるが、その町の良さは、外から来た人には分かるが、ずっと住んでいる人には分からない。

これは、会社でも同じこと。


「みんなと同じことをやってたら、お客さんは来ない」

他の人がやっていないことを考える人でありたい。