佐藤雅彦さんは、若年性認知症を発症されてから後も、人生の意味について深く考察されています。
美しいものを愛することがあることの意味が書かれています。
自然や芸術そして宗教が私たちに与えるものについて改めて考えさせられます。
原文のままです。
___________________________________
生きている意味
私は配送途中で地図を見て、配送先商品を届けナの地、車に戻る道がわからなくなりました。
そして電話番号が短期記憶できなくなり固定電話からの電話がスムーズにできなくなりましした。
そこで神科医を受診して、認知症と診断されました。
認知症と診断されてから、記憶に障害が起きることがわっかていましので、毎日の自分の行動をノートに記録をとるようになりました。
マイナスの記録ばかりきろくするようにない、不安が不安をよび体調くずしました。
自分で自分がコントロールできなくなりました。
このような試練をくぐったのち、神様にすべてを委ねることができるようになりました。
しばらくたったのち、この試練で自分の人格が成長していることに気がつきました。
人生の意味とは
試練に会い、人格を磨くために生かされているということだと学びました。
私たちは、神様に生かされているので、自分勝手に生きているのではなく、神様を礼拝するように作られている。
神様にそむいて、自分勝手に生きることは罪である。
・日頃、「生きている」と実感するとき
美しい庭園をみたり、興味のある本をよんだり、おいしいものをたべたりするときにも感じます。
温泉にいったろ、旅行などしなくても、日々小さな身の回りのことに興味をもつことで生きていると感じます。。
私は、荒川土手の、春は菜の花、秋はコスモスがさいているのを見るのが好きです、美しい花を見ていると、「生きている」と実感します。
小さな目標を立てて、それをやりとげたきの充実感、満足感を感じたとき。
旧約聖書1500ページを1カ月で読み終えたとき、充実感満足感得て生きていると感じました。
私の今年の目標は、毎日聖書を20ページ読み、1日7000歩、歩くことです。
・楽しみ
旅行、演劇鑑賞、外食、美しい花を見ること、具体的には、新宿御苑や深大寺植物園を訪問しうて、バラをみること。春は新宿御苑の桜見物。絵画を鑑賞したり、描いたりすること。
・大切にしていること
人間の価値はこれができる、あれができると言う有用性で決まるのでなく、神様が作られた作品であるので、なんにもできなくとも、尊い存在だと自覚すること。
いつも、否定的に考えるのではなく、常に前向きに考え行動すること。
失った能力を嘆いたり数えるのではなく、常に残された機能に目を向け感謝して生きること。
神様はいつも最善野ことをして下さると、確信して、イエス・キリストの名によって、祈り求めること。
美し物を見て、美しいと感じるこころ、いつも何事にも、興味を失わないこと。
次の聖書のことば、
あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
新約聖書 コリント人への手紙 第一 10章13節
_______________________________
佐藤雅彦さんの文章は、ご本人と支援者前田隆行さんの了解を得て実名にて掲載させていただいています。