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金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(光の中へ)177

2012-10-25 20:03:18 | Weblog
 毬子は戸惑いを覚えると同時に恐怖にも駆られた。
乗った馬が雲を突き抜け、成層圏に達しようとしていたからだ。
この先どうなるのかが分からない上、地上に戻る術もない。
 ヒイラギが声を落として慰めてくれた。
「俺がついている。どんな事が起きようと一緒だ」
 何が起こるというのか。
いや、すでに起こっているし。
 不意に絹を引き裂くような悲鳴が脳内に響き渡った。
「ウッギャー」とサクラ。
「どうしたの」
「どうしたも、・・・こうしたもないわ。
ウッゥー。
伸ばしている触手が限界にきたみたい。千切れそう」
 サクラは『烏鷺神社』の精霊。
参拝客の願い事が積もりに積もって言霊に昇華し、
さらに年月を積み重ね、ついには精霊にまで上り詰めた。
それがサクラ。
精霊としての本体は烏鷺神社にあり、毬子の側には触手を伸ばして遊びに来るだけ。
その触手にも限界があった。
旧江戸内から外に伸ばすほど長くはないのだ。
それなのにここまで律儀に付き合ってくれた。
一人痛みに耐えていたのだろう。
 毬子は自分の立場も忘れてサクラを説いた。
「サクラ、私は大丈夫、ヒイラギや騅が付いていてくれるから。
アナタは怪我しないうちに神社に戻りなさい」
「そんな、・・・」
「アナタだけでも戻って、みんなに伝えて欲しいの。
特にお婆ちゃんに。
私は元気だし、必ず生きて戻るからって」
 珍しくサクラの声が小さくなった。
「マリ、・・・。
・・・。
分かったわ。みんなに伝える。
毬子は必ず生きて戻るって。
お婆ちゃんや百合子には特に。
毬子、本当に生きて戻るのよ」
 ヒイラギが力強く言う。
「マリは俺に任せろ」
「頼むわよ」とサクラ。
 サクラの気配が遠ざかる。
戻るように言ったものの、いざ戻られたら寂しいもの。
であるが弱音は吐かない。
 ヒイラギが、さも馬鹿にしたように問う。
「お婆ちゃんや百合子は分かるが、好きな男に伝言はないのか」
「そんなのいないわよ。私に居候しているんだから、分かるでしょう」
「分かってはいるが、念の為にな。やっぱり百合子がいいのか」
 分かってるくせに聞いてくる。
毬子はヒイラギの態度にむかついた。
「変な意味で聞いてるの」
 ヒイラギが変にドギマギする気配。
「そうじゃない。そうじゃない。・・・そうじゃないんだ」
 窮するなんて、ヒイラギにしては珍しい。
「百合子は大事な大事な女の子の友達よ」と毬子は言い切り、
「私が男に生まれていれば良かったのよね」と重ねた。
 初めて本心を口にし、胸のつかえが下りた気がした。
 ヒイラギが溜め息混じりに問う。
「男に生まれたかったのか」
 百合子への感情とは別に、「男に生まれたかった」とは心底から思っていた。
「そうよ。
お爺ちゃんは私に厳しく剣を教えてくれたけど、必ず一線を引いていたわ。
たぶん私が男だったら、そんな遠慮はなかった筈よ」
「薄々はマリの気持ちには気付いていたけど、本気だったんだ」
「アナタは私の感情の中にはズカズカと入ってこなかったものね。
ありがとう。
アナタは口は悪いけど優しいのよね」
 ヒイラギが苦笑い。
「爺さんが一線を引いていたのは、マリが女で、いずれ子を成す母体だから、
それを壊したくなかったんだろう」
 女は出産するだけの道具と認識している発言で、聞いていて嫌になる。
「私は出産する機械なの」
「違う、違う。
爺さんはそうは思ってなかった筈だ。
巣鴨の榊家で若いのはマリ一人。
年寄り二人が死ねば、本当の一人ぼっちになってしまう。
それじゃ寂しいだろう。
爺さんとしてはマリが良き伴侶を得、子沢山の家庭を築けば幸せになる、
そう考えていたんだろう」
 確かにそうかも知れない。
ヒイラギの推測に間違いはないだろう。
 不意にサクラの声が届いた。
「受け取って」と。
 目の前の空間が揺らぎ、忽然と抜き身の刀が出現した。
途中で落とした、「風神の剣」に間違いない。
 毬子は慌てて手を伸ばして受け取った。
「どうしたの」
「何かあった時に力になるかなと思って。アタシに出来るのはこれだけ。
それじゃアタシ帰るから」
 再びサクラの気配が遠ざかる。
「ありがとうサクラ、本当にありがとう」と毬子。
 思わず涙が零れた。
 ヒイラギが情感溢れる声で言う。
「アイツ平気な声をしていたが、触手が随分と削られていたぞ。
届ける為に触手を犠牲にしたんだろうな」
 毬子は涙流れるまま気持ちを引き締めた。
「必ず、みんなの元に戻るわ」
 手にした刀は奇妙に大人しい。
最前までは狂気のような妖気を顕わにしていたのに、それが嘘のように消えていた。
「刀に巣くう奴にも人並みの感情があるんだろう。
それでそいつが現状に戸惑っているんだ」とヒイラギ。
 急に辺りの空間が揺らいだ。
まるで地震のよう。
揺らぎを体感した瞬間、辺りが暗くなった。
夜ではない暗さ。
星明かりも月明かりもない。
まさに漆黒の闇。
 次の瞬間には、これまで一度として見たことのない世界にいた。
藍色一色が溢れる世界にいた。
感覚としては、トンネルを抜け出た感じだ。
見渡す限り、霧のような微細なサイズで、淡い藍色が点滅を繰り返していた。
光体が上下左右に緩やかに揺れ動いているのだが、正体までは掴めない。




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