俺は駐車場全体を見回した。
姿勢の良い私服姿の女性が散見された。
軍服では目を惹くので、私服で馬車に分乗して来たのだろう。
用心の良い事だ。
俺はカトリーヌの指示に従って真ん中の馬車に乗った。
軍用だから武骨な兵員輸送車と思っていたが全く違った。
軍人の汗の臭いはない。
王妃様の車輌と同じお上品な香りが漂っていた。
そして車内が広い上に、座席と座席の間に余裕があった。
その座席は三人用が三列。
上物の魔物の皮を使用していた。
内装の木目も美しい。
見回しながら腰を下ろした。
へえー、座り心地も負けていない。
これは高級将校専用車だ。
所謂、指揮車。
感心する俺をよそに、カトリーヌと副官も乗り込んで来た。
俺は一列目の座席の真ん中。
対面の二列目にはカトリーヌ。
副官が、どこから取り出したのか、
仮設のテーブルを組み立て、お茶を用意した。
ああ、油断、見逃した。
何とも手慣れた事で。
たぶん、当人がアイテムバッグを所持しているか、
車内に亜空間収納庫が取り付けてあるのだろう。
でもそれは聞かない。
それがこの世界の礼儀というものだ。
話し合いが始まる前にお茶を一服。
それもこの世界の、否、前世でも常識だ。
砂糖を投入して珈琲を一口。
上物だ。
カトリーヌがカップをテーブルに戻した。
「伯爵様、なかなか御商売もお上手の様ですね」
商人ギルドに作った口座に、一括で入金した1000万ドロン金塊十本。
それを指しているのだろう。
俺の懐事情を詮索するのは個人的興味なのか、
それとも王妃様の指示なのか。
まあいい、俺は言い訳も説明もしない。
話題を逸らした。
「伯爵は止めて欲しいな。
今まで通り、ダンでお願いしたいな」
カトリーヌは再びカップを手にした。
ゆっくり飲み干した。
それから俺に視線を戻した。
「分かりました、ダン様」
「それでは本題に入ってくれ」
カトリーヌは仕方なさそうに頷いた。
「襲撃は、王妃様襲撃は囮で、王女様が本命でした」
「もし王妃様の襲撃に成功したら」
「それでも王女様は狙われました。
見逃せば、評定衆の誰かに神輿として担がれる恐れが有りますからね」
「王女様を排除せねば何らの解決にもならない、そういう事か」
「ええ、理解が早くて助かります」
俺は疑問を口にした。
「王妃様襲撃に誘導されたのは」
「それは・・・、近衛内部に裏切り者がいたのです。
その者に巧みに誘導され、敵の狙いが王妃様襲撃だと思い込んだ。
お陰で王女様の警護が緩くなった。
・・・。
これは我々の失態です。
すっかり騙されてしまった。
異端の忠誠者に」
分かり易い。
「異端とは」
「忠誠をどこに置くか。
国王亡き今、それを置くのはどこに、誰に。
・・・。
国王を殺める為に手を結んだ王の兄弟二人は、そもそもが争乱の元凶。
だとすると、どこに求めるか。
その者は王妃様と評定衆の政には、
表では口にしませんが批判的でした。
争乱を拡大させた者達、そう旗下の将官達に申していたそうです」
国王を亡き者にしたのが王の兄弟、庶兄と同腹の弟。
その二人を討伐する機を利用して王妃様は政敵の排除に乗り出した。
普段から目の上のたん瘤だった者達を討伐軍に組み込んだ。
それを評定衆も真似た。
政敵を討伐軍に組み込んだ。
ここに両者の思惑が一致した。
「それでその忠誠の向かった先は」
カトリーヌの口が重い。
それでも吐いた。
「ウォルト山科子爵。
確とした証拠はありませんが、影がちらつきます」
山科子爵家。
足利家三代目の実弟が興した公爵家が祖。
臣籍に下ってからも本家からの降嫁を重ね、血筋としては歴としたもの。
現子爵は宮廷貴族として有能と評判で、手勢を持たぬのが利点。
お神輿として担ぎ易いのだ。
「近衛内部の裏切り者は誰ですか」
カトリーヌの表情が強張った。
「貴方の事だから予想は付いてるでしょう。
アルバート中川中将よ」語気が荒い。
近衛軍、国軍、宮廷、この三者の利害を調整する部局の局長だ。
そして今回、王妃様を襲撃した謀反軍を撃退した立役者でもあった。
当初、テックス小早川侯爵の独断だと思われていた。
ところが、これをアルバート中川中将が陰から助勢し、件の結果となった。
その二人が担ごうとするのがウォルト山科子爵。
表沙汰になったので筋書が粗方読めるのだが、
問題は小早川家が属する派閥だ。
毛利家。
その一つ、吉川家から王妃様に届けられた密書が、
小早川家に目を向ける端緒となった。
これは、・・・。
これも罠だったのではと疑えばキリがない。
ああ、問題がより複雑怪奇化するばかり。
だから大人達の政からは距離を置きたいのだ。
それでも敢えて尋ねざるを得ない。
「毛利家には」
「小早川、吉川、毛利、共に評定衆なので、
異例ですが管領様に御出座願い、議題としてご提出いただきます。
その時の出方で毛利派閥の真意を測ります」
「王妃様の御臨席は」
「危ないので御臨席はありません。
代わりにポール細川子爵殿が名代として出席なさいます」
「アルバート中川中将は」
あからさまにカトリーヌが顔を顰めた。
口にするのも嫌だとばかりに。
それでも答えてくれた。
「御病気なので近衛の医務局に隔離しました」
「もしかして首輪付き」
「当然です、キリキリ謳って貰います」
なるほど。
【奴隷の首輪】を嵌めての隔離入院措置か。
裏切り者には辛い場所だ。
医務局であれば軍医もいれば、ポーションも完備している。
手荒に扱っても問題はない。
俺はもう一人の事を尋ねた。
「テックス小早川侯爵は捕らえたの」
「いいえ、まだです。
ですが、証拠証言は揃っています。
毛利家の出方を窺う為に、今のところ泳がせています。
捕えるのは明後日からの評定次第ですね」
果たして当人は評定に出席するのだろうか。
それとも国都からの脱出を選択するのか。
あっ、もう一人。
与してるかどうかは不明だが、聞かざるを得ない。
「ウォルト山科子爵は」
「確たる証拠がないから手は出せません。
ですが、然るべき手は打っています」
その然るべき手が怖い。
王妃様が最高権力者だから何でも出来る。
姿勢の良い私服姿の女性が散見された。
軍服では目を惹くので、私服で馬車に分乗して来たのだろう。
用心の良い事だ。
俺はカトリーヌの指示に従って真ん中の馬車に乗った。
軍用だから武骨な兵員輸送車と思っていたが全く違った。
軍人の汗の臭いはない。
王妃様の車輌と同じお上品な香りが漂っていた。
そして車内が広い上に、座席と座席の間に余裕があった。
その座席は三人用が三列。
上物の魔物の皮を使用していた。
内装の木目も美しい。
見回しながら腰を下ろした。
へえー、座り心地も負けていない。
これは高級将校専用車だ。
所謂、指揮車。
感心する俺をよそに、カトリーヌと副官も乗り込んで来た。
俺は一列目の座席の真ん中。
対面の二列目にはカトリーヌ。
副官が、どこから取り出したのか、
仮設のテーブルを組み立て、お茶を用意した。
ああ、油断、見逃した。
何とも手慣れた事で。
たぶん、当人がアイテムバッグを所持しているか、
車内に亜空間収納庫が取り付けてあるのだろう。
でもそれは聞かない。
それがこの世界の礼儀というものだ。
話し合いが始まる前にお茶を一服。
それもこの世界の、否、前世でも常識だ。
砂糖を投入して珈琲を一口。
上物だ。
カトリーヌがカップをテーブルに戻した。
「伯爵様、なかなか御商売もお上手の様ですね」
商人ギルドに作った口座に、一括で入金した1000万ドロン金塊十本。
それを指しているのだろう。
俺の懐事情を詮索するのは個人的興味なのか、
それとも王妃様の指示なのか。
まあいい、俺は言い訳も説明もしない。
話題を逸らした。
「伯爵は止めて欲しいな。
今まで通り、ダンでお願いしたいな」
カトリーヌは再びカップを手にした。
ゆっくり飲み干した。
それから俺に視線を戻した。
「分かりました、ダン様」
「それでは本題に入ってくれ」
カトリーヌは仕方なさそうに頷いた。
「襲撃は、王妃様襲撃は囮で、王女様が本命でした」
「もし王妃様の襲撃に成功したら」
「それでも王女様は狙われました。
見逃せば、評定衆の誰かに神輿として担がれる恐れが有りますからね」
「王女様を排除せねば何らの解決にもならない、そういう事か」
「ええ、理解が早くて助かります」
俺は疑問を口にした。
「王妃様襲撃に誘導されたのは」
「それは・・・、近衛内部に裏切り者がいたのです。
その者に巧みに誘導され、敵の狙いが王妃様襲撃だと思い込んだ。
お陰で王女様の警護が緩くなった。
・・・。
これは我々の失態です。
すっかり騙されてしまった。
異端の忠誠者に」
分かり易い。
「異端とは」
「忠誠をどこに置くか。
国王亡き今、それを置くのはどこに、誰に。
・・・。
国王を殺める為に手を結んだ王の兄弟二人は、そもそもが争乱の元凶。
だとすると、どこに求めるか。
その者は王妃様と評定衆の政には、
表では口にしませんが批判的でした。
争乱を拡大させた者達、そう旗下の将官達に申していたそうです」
国王を亡き者にしたのが王の兄弟、庶兄と同腹の弟。
その二人を討伐する機を利用して王妃様は政敵の排除に乗り出した。
普段から目の上のたん瘤だった者達を討伐軍に組み込んだ。
それを評定衆も真似た。
政敵を討伐軍に組み込んだ。
ここに両者の思惑が一致した。
「それでその忠誠の向かった先は」
カトリーヌの口が重い。
それでも吐いた。
「ウォルト山科子爵。
確とした証拠はありませんが、影がちらつきます」
山科子爵家。
足利家三代目の実弟が興した公爵家が祖。
臣籍に下ってからも本家からの降嫁を重ね、血筋としては歴としたもの。
現子爵は宮廷貴族として有能と評判で、手勢を持たぬのが利点。
お神輿として担ぎ易いのだ。
「近衛内部の裏切り者は誰ですか」
カトリーヌの表情が強張った。
「貴方の事だから予想は付いてるでしょう。
アルバート中川中将よ」語気が荒い。
近衛軍、国軍、宮廷、この三者の利害を調整する部局の局長だ。
そして今回、王妃様を襲撃した謀反軍を撃退した立役者でもあった。
当初、テックス小早川侯爵の独断だと思われていた。
ところが、これをアルバート中川中将が陰から助勢し、件の結果となった。
その二人が担ごうとするのがウォルト山科子爵。
表沙汰になったので筋書が粗方読めるのだが、
問題は小早川家が属する派閥だ。
毛利家。
その一つ、吉川家から王妃様に届けられた密書が、
小早川家に目を向ける端緒となった。
これは、・・・。
これも罠だったのではと疑えばキリがない。
ああ、問題がより複雑怪奇化するばかり。
だから大人達の政からは距離を置きたいのだ。
それでも敢えて尋ねざるを得ない。
「毛利家には」
「小早川、吉川、毛利、共に評定衆なので、
異例ですが管領様に御出座願い、議題としてご提出いただきます。
その時の出方で毛利派閥の真意を測ります」
「王妃様の御臨席は」
「危ないので御臨席はありません。
代わりにポール細川子爵殿が名代として出席なさいます」
「アルバート中川中将は」
あからさまにカトリーヌが顔を顰めた。
口にするのも嫌だとばかりに。
それでも答えてくれた。
「御病気なので近衛の医務局に隔離しました」
「もしかして首輪付き」
「当然です、キリキリ謳って貰います」
なるほど。
【奴隷の首輪】を嵌めての隔離入院措置か。
裏切り者には辛い場所だ。
医務局であれば軍医もいれば、ポーションも完備している。
手荒に扱っても問題はない。
俺はもう一人の事を尋ねた。
「テックス小早川侯爵は捕らえたの」
「いいえ、まだです。
ですが、証拠証言は揃っています。
毛利家の出方を窺う為に、今のところ泳がせています。
捕えるのは明後日からの評定次第ですね」
果たして当人は評定に出席するのだろうか。
それとも国都からの脱出を選択するのか。
あっ、もう一人。
与してるかどうかは不明だが、聞かざるを得ない。
「ウォルト山科子爵は」
「確たる証拠がないから手は出せません。
ですが、然るべき手は打っています」
その然るべき手が怖い。
王妃様が最高権力者だから何でも出来る。