天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

鷹7月号小川軽舟を読む

2018-06-27 08:00:06 | 俳句・文芸


湘子忌を待つ花選び菓子選び
鷹の創始者、藤田湘子は2005(平成17)年、4月15日、13時8分に死去した(藤田湘子全句集より)。胃ガンであった。小生が湘子にまみえた最後が3月26日の東京中央例会であった。このとき湘子は痩せて窶れていて、迫る死に対し裂帛の気合で講評を行なった。小生の<早起を疎まれてゐる新茶かな>を星野石雀が採ったものの湘子は、「余りにもほんと過ぎる」と嫌った。
この後、4月2日に京都中央例会を湘子が指導したと聞き唖然とした。あの状態でまだ門弟の指導に当たるとは……「湘子さんは教え魔」と三橋敏雄が評したらしいが先生は天性の指導者であり教えることが大好きであった。俳句から離れ読書に耽った晩年の飯田龍太をしばしば非難していたことも印象に残っている。
小川軽舟が鷹を継いではや13年。死に際し湘子は軽舟にもう少し時間をやりたかったと語ったと仄聞するが、今や盤石の主宰ぶりである。
花を選び菓子を選び……13年かけて培った自信とゆとりが感じられる。


湘子忌や嵐気すがしき箱根山
嵐気は、青々とうるおう山気、山中に立つもや。
嵐という言葉はまさに湘子の象徴といっていい。この言葉を選んだのはさすがである。<火事と喧嘩は江戸の華>というイメージの先師であった。「すがしき」が似合うのは現主宰である。先師が火ならば現主宰は水。この句は「嵐気すがしき」といったことに象徴的な味わいを感じる。
表面的に湘子が火で軽舟が水というイメージであるが、両者はどちらの資質を併せ持っている。水のようなたたずまいと見える軽舟の中に炎の気迫を秘めていることをずっと感じている。


晴嵐に樹々狂ほしく夏近し
この「晴嵐」にも湘子の気を感じている作者がいる。「樹々狂ほしく」に作者自身と鷹連衆の俳句に対する気炎を感じてしまう。深読みであるが、たぶん作者の思いからそう離れていないだろう。


石楠花や早駆けの雲尾根を過ぐ
この句には湘子のイメージがないまっすぐな叙景句。雲の形容はさまざまあるが「早駆け」はおもしろい。小田原城が近く合戦における馬の駆けるイメージが作者にあったか。石楠花の清新さが雲を受けて立つ。


若葉して車窓に額つめたしよ
素直な句である。一連の句ゆえ箱根登山鉄道かと想像する。木々や花すれすれに電車が通るすがしさ。


葉桜やひとりになれるパチンコ屋
この句を読んで実際に作者がパチンコ屋へ入って球を打ったのかどうか、作句の裏側がえらく気になった。主宰、こんな所へ行くのかなあ。前を通って中で熱中している人の気持ちになったのではないか。あのうるさい音の中でかえって孤独を味わえるのはわかる。
ぼくは忙しい主宰がパチンコ屋へ入ったと思わない。誰かと賭けをして主宰に正直に答えてもらいたいと思うような内容。


松も葉を広げたき夏来たりけり
プラタナスみたいな広葉樹でないのがおもしろい。針葉樹も夏は針のような葉が伸びようとする、実際伸びる。松の葉に着目したのが意表をつく。


風呂は沸き飯は炊けたり初鰹
風呂も飯も作者ひとりでやっているとなるとこの自由時間の使い方はすばらしい。その象徴としての初鰹を置いたことも秀逸。


海彼より戻りし機影鯉幟
海彼(かいひ)は海のかなたの意。たとえば、「万里の海彼にいる君の幸福を祈る」〈芥川龍之介「第四の夫」から〉のように使われる。俳句は一語の功績で決まることがあり、この句もその好例。


昼顔や雇用生みたるラブホテル
にんまりしてしまった。すぐ思ったのは桜木紫乃の『ホテルローヤル』。男と女の性欲を満たす行為も永遠ならばその場を提供する商売もまた永遠。ラブホテルと葬儀屋は不況に強い職種かもしれない。そこで働く人の賃金が高いとは思わぬが、働く場所であることは確か。『ホテルローヤル』はそこで働く人、そこにお金を落とす人たちの心にしみる物語である。
なお、季語からカトリーヌ・ドヌーブが主演した「昼顔」を思い出した。映画はこの言葉を象徴的に用いたのであるが、真昼の性の営みにこの花はなんと合うことか。


つながれに仔犬戻りし卯波かな
素直な犬である。波を見て怖気づいたのであろう。やはり飼い主のそばにいたい。
ぼくが昔飼っていたシベリアンハスキーは逃げることばかり考えていて、ときおり首輪はすぽっと外れたらもうどこかへ逃走して往生した。
飼い主も飼われる犬も素直でいいなあ。


父の日や松を眺めて夕餉待つ
この句は初鰹の句と違い、作者は自宅へ帰っている。したがって「松を眺めて夕餉待つ」である。「松を眺めて」に充実感がこもる。背後に夫のためにかいがいしく働く妻が感じられて他人事ながらうれしくなる。
作者は一人のときも妻といるときも満足できる自在な精神を有している。


写真:北山公園
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