中華民国の建国以前、孫文の辛亥革命までの道程を描く歴史ドラマ。逃亡先のマレーシアにまで暗殺の手が伸びる中、革命家・孫文に尽くす女性や支援者とともに革命資金の調達に奔走する様を映し出す。孫文を演じるのは、『宗家の三姉妹』でも孫文役だったウィンストン・チャオ。理想に彩られた思想や巧みな処世術や、活躍の裏に隠された苦悩がつづられ、孫文の人間的魅力に魅了される。[もっと詳しく]
「革命いまだ成らず」ということなど。
もう10年ほど前のことになるが、遼寧省あたりの中国東北部を中心に拠点を置いているという、(名前は伏せるが)ある日中の経済委員会を名乗る団体から、日本での委員になってほしいと誘われたことがある。
日清戦争以降、日本の勢力下にも置かれ、満州進出とともに日本の産業政策の拠点ともなってきたところだ。
僕の父も、祖母も叔母も、ある時期、このあたりに身を置いたこともある。
戦後しばらくたって、日本が経済的に中国に進出したりした時も、南の沿海部を除いては、やはりこのあたりの工業団地などに合資などを構えることが多かった。
今では、中国マネーの脅威は世界を覆っているが、その頃はまだまだ外国資本の導入に躍起となっていた時期である。
中国を舞台にしたうさんくさい詐欺事件もはいて捨てるほどあった時期でもあり、僕はPJの内容よりもその経済委員会の背景や思想や理念が知りたかったのである。
日本の事務局長と称する男は、さんざんもったいをつけながら、ある日「これは秘密のものですが」と言いながら、孫文の講演の一節を取り出したのである。
漢文の素養はないにしても、「中国革命の父」といわれ、現在でも奇妙なことに海を挟んだチャイナとタイワンの両方から「国父」と称される孫文のアウトラインぐらいは僕も知っている。
それはどちらかといえば、頭山満や宮崎滔天や内田良平やといった日本の「国士」たちのアジア主義の運動の中で、孫文との交流の記録を読み、そこから度々日本に亡命していた時期の孫文の多彩な人脈に関心を持ったからだ。
20代後半~30代前半の頃である。
玄洋社や黒龍会や中国同盟会のことなど、現在の貨幣価値で言えば一兆円近い資金を孫文に与えた日活の前身の映画会社を興した梅屋庄吉のこと、南方熊楠や澁澤栄一や犬養毅や大川周明や北一輝や下中弥三郎といった人たちとの交流や影響、神戸や横浜の華僑貿易商たちの密かな支援、日本で近くに存在した大月薫という女性のことなど・・・数え上げればきりがないが、日本やアジアの当時の運命を握るキーパーソンのひとりであった孫文。
どうして関心を持ったのかははっきりしている。
それは僕の祖父(写真でしか知らない)が若くして上海に移り、それから激動の渦に飲み込まれ、そのことが(思想はともあれ)、僕の祖母や父や叔母やといった血族の命運に大きな影響を与えてきたらしいからだ。
そのことを自分なりに聞き出そうと思っていた頃に、祖母も父も他界した。
結局、その日中委員会とやらには、近づかないようにした。
事務局長と称する人間が、秘密めかして「孫文」のことを持ち出すわりには、たいした思想を持っているようには思えなかったからだ。
孫文は、たしかに中国清王朝にとどめをさした「辛亥革命」の主役の一人ではある。
日本の明治維新をモデルにした近代民衆革命を理想としていた孫文だが、中華民国の初代の臨時大総統に位置したものの、清国の実力者である袁世凱に実権を奪われその後また亡命生活に入ったりしている。
1925年客死した孫文の有名なセリフに「革命尚未成功 同志仍須努力」(革命いまだ成らず)という言葉がある。
孫文の中華民国の思想は、半分は跡を継いだ形の蒋介石政府が、毛沢東率いる中国共産軍に破れ、本土を追われた形で、台湾に根付いたかたちとなっている。
また半分は、もともと近代化革命のためにソ連共産党や中国共産党にも国共合作によって通路を開けたため、中華人民共和国のなかにも残ることととなった。
宋家の三姉妹の次女である宋慶齢と結婚し、彼女は妹が結婚した蒋介石を裏切り者として許さず、孫文死後も毛沢東独裁政権において、唯一歯に衣をきせぬ物言いが出来る不思議な存在となった。
しかしながら、もともとアメリカ領ハワイで育った孫文にあったのは、アメリカ式のあるいは日本の明治維新をモデルにした「民主主義」革命論であった。
その「理想」の一定の着地点のためには、台湾中華民国に置いては、外省人として独裁をしいた蒋介石親子のあと国民党を無血で後継した本島人出身の李登輝まで待たなければならなかったともいえる。
そして中華人民共和国においてもマキャベリズムに長けたトウ小平まで待たなければならなかったといえるかもしれない。
考えてみれば、シンガポールを近代化に導いたリー・クワン・ユーもそうなのだが、孫文以下、トウ小平も李登輝も客家の人であった。
孫大砲(ホラ吹き)ともいわれた孫文ではあるが、革命には資金が必要であり、幾度もの蜂起に失敗しながらも、海外の支援者や華僑の財閥から、莫大な支援金をオルガナイズしてくる力はやはり格段のものがある。
この作品で孫文を演じたウィンストン・チャオは、アン・リー監督の作品で御馴染みだが、『宋家の三姉妹』でも孫文を演じているのが面白い。そういえば、壮年の孫文とどこかしら面影が似ている。
役者の中では、ペナンの富豪の娘を演じるアンジェリカ・リーがなかなかよかった。
彼女は『THE EYE』(02年)やカリーナ・ラムと美女共演した『カオマ』(04年)などのカルトスリラーめいた作品への出演が相次いだが、もともとはアイドルである。
この映画は、中国・マレーシアの合作映画だが、1910年という辛亥革命前夜のイギリス植民地であるペナンの街をまことに美しく再現している。
植民地主義は嫌いだが、いくら阿片に依存したものとはいえ、時代の仇花のような魔都は不思議な魅力がある。この頃に、僕の祖父も、アジア最大の魔都であった上海にいた。
映画としてみれば、香港のスタッフたちの起用なのだろうが、なにやら革命前夜の孫文をめぐる状況を、音楽にしても撮影にしても少しミステリアスに芸術風に凝って撮っているところが、いただけない。
ストーリーにしても史実には基づいているのだろうが、なんだかわざとらしい。
だいたい暗殺予告されているのに、支持者の男性たちは警護に就かず、女性二人が防衛しようとするのも不自然だ。
しかしながら、「孫文」という男を通じて、日本も含む、大アジア主義や王道・覇道の問題や民権の問題などをあらためて考えてみるのは意義あることだ。
孫文の時代の「革命」は、帝国主義時代における民族による「(民主)国家」をどう成立させるか、という課題であった。
しかし、繁栄を誇る中華人民共和国と一方では幻の「版図」を原則的には保持し続ける中華民国(台湾)を含めて、アジアにもしまだ「革命」という概念が残るとすれば、その行く末をいったい誰が見通せることが出来るだろうか。
やはり「革命いまだ成らず」なのかもしれない。
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『カオマ』
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確かに男連中が何もしていない印象ですが、一種の悲恋ものを狙ったのでしょう。
実際の孫文はなかなかの好色漢だったらしく、こんな綺麗事では済んでいないのでしょうが(笑)。
しかも違う監督でもね。
ちょっとこんな例は、ほかには見当たらないかもしれませんね。