けろっぴぃの日記

最近、政治のことをはじめとして目を覆いたくなるような現状が多々あります。小さな力ですが、意見を発信しようと思います。

流石にそれは、ズルくないか?

2012-05-14 22:32:55 | 政治
先日、東京電力からピークシフトの為の、昼間の料金が高い料金プランが提案された。午後の最も需要の大きい時間帯の料金を2倍以上に上げ、逆に夜間は半額以下にするというプランだ。多分、これを見た人は極めて常識的なプランだと感じたはずだ。もちろん、トータルで見たときに増収になるような値かもしれないから、その場合にその儲けを如何にして還元するかは工夫が必要かも知れない。春、秋の需要が厳しくない時の電気料金を大幅に割り引くとか、工夫の余地は幾らでもある。しかし、マスコミはこれをこぞって「弱い者虐め」と非難し始めた。言い分としては、高齢者や幼い子供がいる弱者は、昼間の電気使用を抑えられる訳ではないから、その様な弱者を狙い撃ちして電気料金が値上がりになるのがけしからんと言うのである。

しかし、私は言いたい。幾ら何でも「流石にそれは、ズルくないですか?」と。

現在、福島第一原発の事故の影響で、世の中は脱原発でイケイケドンドンになっている。あまり政治的なことには興味がなかったような人まで巻き込んで、一種の流行りの様な反応を引き出して、何とか脱原発で寄り切りたいという風潮だ。あまり情報がない人々は、声高に叫びさえすれば、安い電気料金で火力発電を中心とした電力を幾らでも使え、「おい、なんとかしろ!」と言えば、火力発電の比率が高まろうと環境的に問題となるCO2排出量も抑えられると思っている。きっと、誰かが自分の知らないところで、自分のために全てのつじつまを合わせてくれるのではないかと信じている。しかしちょっと考えれば分かるように、そんなうまい話があるはずがない。そんなことを信じる人は、きっと、ネズミ講などに引っかかって大損するような人なのだろう。

そもそも、その様な勘違いがなぜ起きるのか?それは脱原発派およびマスコミがアンフェアであるからである。脱原発派がアンフェアなのは、原発賛成派がそれ以上にアンフェアだから、喧嘩両成敗でも良いかもしれない。しかし、あたかもニュートラルで公平な顔を示しながら、ミスリードを狙ったような報道をするのは、ジャーナリズムの道に反する。

マスコミは、料金プランをこぞってけなしているが、そのような人はこの電力不足の事態をどの様に解決すべきだと考えているのであろうか?原発再開を前提とするなら矛盾しているとは言わない。それ自体は妥当な発言である。しかし、仮に脱原発というのであれば、どうすれば電気料金の値上げもせずに、電力需給料のバランスを取れると言うのだろうか?太陽光発電の買取り価格を高く設定しながら、どうやって辻褄を合わせられると言うのであろうか?再生可能エネルギーの買い取り制度は、それが普及して政策的に成功すればするほど、国民への負担は大きくなる。現在では、現実問題としてそれ程太陽光発電が普及しないだろうとタカをくくった見積もりなのだろうが、普及の程度に合わせて幾つかのシミュレーション結果として、料金の上昇率を定量的に示すべきであろう。

だから今回の短期的な電力不足を何とかするためには、あの程度には過激な料金体系にしなければならず、細かい金額の調整や還付などの工夫は別途行うとしても、まずはそれが「妥当な制度」であることを認め、我々はそこまでの覚悟が必要であるとをもっと周知・啓蒙しなければならない。しかし、マスコミはその道を逆行するかの様な報道の仕方である。

また、何故誰も指摘しないのかが分からないのだが、今回のピークシフトの料金プランは選択制であるが、本来はこれを全員に強制しなければ意味がない。だから選択性ではなく、政府の方が寧ろリードして、関西電力を含めて全国規模で強制的なピークシフトプランを導入すべきである。しかし、そんなことを言うと読者からの反発を買うと思うから、どの新聞もそんなことを書いたりはしない。今回の案は夏場だけかも知れないが、通年でこのプランを採用し、このプランを来年以降も長期的に継続することにすれば、それは太陽光発電の導入への強力なモチベーションとなるかも知れない。しかし、そんなことも誰も書こうとはしない。みんな、反発を買うのが怖いのである。

しかし、その様なことを語ることを恐れ、一方では「脱原発」というのは流石にそれはズルイとしか言いようがない。せめて、この程度の常識は持って欲しい。

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