けろっぴぃの日記

最近、政治のことをはじめとして目を覆いたくなるような現状が多々あります。小さな力ですが、意見を発信しようと思います。

政治とカネの問題への考え方について

2015-03-01 00:15:25 | 政治
先日から安倍政権の「政治とカネ」問題が話題になっている。正直、安倍総理には期待をしているのだが、内閣改造を行った結果がこれだというのは正直情けない。今更ではあるが、これだったら内閣改造なんかしなければ良かったのに・・・という感もある。「『知らなかった』で済むなら警察なんていらない!」という説は説得力もあり、この辺については反論する気は全くないのだが、そうは言っても今日は若干、この関係でコメントをしておきたい。

まず、現在問題となっている政治資金規正法について少し確認してみた。色々と書かれているが、問題となっている部分は概ね同法の第二十二条の規定である。この中でも、「第二十二条の三」が今回問題になっている所である。また、民主党政権時代に話題になった外国人献金に関する規定は、この「第二十二条の五」に該当する。その辺の関連する記述を下記に抜粋する。

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政治資金規正法
(昭和二十三年七月二十九日法律第百九十四号)
・・・中略・・・
(寄附の質的制限)
第二十二条の三
国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金(・・・詳細説明省略・・・)の交付の決定(利子補給金に係る契約の承諾の決定を含む。第四項において同じ。)を受けた会社その他の法人は、当該給付金の交付の決定の通知を受けた日から同日後一年を経過する日(当該給付金の交付の決定の全部の取消しがあつたときは、当該取消しの通知を受けた日)までの間、政治活動に関する寄附をしてはならない。
・・・中略・・・
6  何人も、第一項又は第二項(これらの規定を第四項において準用する場合を含む。)の規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない。
・・・中略・・・
<<※寄附の質的制限の続き>>
第二十二条の五
何人も、外国人、外国法人又はその主たる構成員が外国人若しくは外国法人である団体その他の組織(・・・詳細説明省略・・・)から、政治活動に関する寄附を受けてはならない。ただし、日本法人であつて、その発行する株式が金融商品取引所において五年以上継続して上場されているもの(・・・詳細説明省略・・・)がする寄附については、この限りでない。
2  前項本文に規定する者であつて同項ただし書に規定するものは、政治活動に関する寄附をするときは、同項本文に規定する者であつて同項ただし書に規定するものである旨を、文書で、当該寄附を受ける者に通知しなければならない。
・・・後略・・・
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少々分かり難いが、「第二十二条の三」では「国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金の交付の決定を受けた会社」からの献金を禁止すると共に、その第6項で「規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない」と規定されている。補足すれば、ここでは「規定に違反してされる寄附」と知らなければ罪に問わないと「明示的」に規定していることになる。この意味では、安倍総理やその他の閣僚の弁解は法的には絶対的に正しい。

一方で、報道各社が問題にしているのは、「知らなかったら許される」というのは明らかにおかしいだろうという前提に立ち、その様な問題のある法律が存在していることを放置していることが問題だとし、この法律自体を正すべきだとしている。しかし、少し考えればそう単純ではないことは分かるはずだ。これだけ明示的にザル法を作ることは考え難く、そこには明らかな意図があるはずである。つまり、ある政治家を陥れようとすれば、「知らなくても罪を問える」ということを利用して、狙った政治家ピンポイントで陥れることは可能である。勿論、どこぞの政治家の様に「秘書がやったことで、私はあずかり知らぬ・・・」とトカゲの尻尾切りをされても困るので、その辺のバランスは必要であろう。

ここで、私の読み込みが甘いのか分からないが、この様な甘々な規定の「第二十二条の三」に比べて、「第二十二条の五」の方はその様な抜け道を許していないように見える。「何人も、外国人、・・・から、政治活動に関する寄附を受けてはならない。」と極めてストレートで、「・・・であることを知りながら」という抜け道を許していない。こちらは極めて厳しい規定となっている。では「この差は何なのか?」ということだが、先日のブログでも書いたが、外国人が日本の政治に対して政治的圧力をかけること、何らかの影響力を及ぼすことは、国家の存亡に関わる重要な問題であり、これに関しては「知らなかった・・・では、許しませんよ!!」と明確に区別して禁止をしているのではないかと思われる。勿論、こちらに関してもある政治家を陥れようとすれば、献金しただけで狙った政治家ピンポイントで陥れることが可能であるという点で、非常に危険な規定とも言える。

さて、この様な中で今回の一連の騒動を見直してみよう。西川公也前農林水産相の辞任に関しては、常識的に見れば「政治資金規正法・第二十二条の三」への違反を理由に辞任をしたというのではなく、それに関連した違法献金した企業の顧問をしていたことの方が問題であり、それを気にしての辞任の様に見える。顧問としての業務の実績も乏しいようだ。だから、こちらの方が政治資金の収支報告や脱税などの関連で、明確な違法性が問えそうな気はする。ただ、その他の閣僚もそうであるが、各政治家が「違法性を認識していた証拠」がないと、殆ど実質的には被害者である可能性すら否定できない訳で、マスメディアはその辺の裏を取ることが腕の見せ所であろう。それをしないで、「一般市民の感覚」に訴えて有罪にしてしまおうというのは、嘘の泣き落としで情状酌量を目論むのと同罪で、マスメディアとかジャーナリズムと名乗る資格はない。

これに対し、民主党政権で問題になった外国人献金問題に関しては、弁解の余地もなく法律的には完全にアウトである。何故なら、上述の様に「・・・であることを知りながら」という抜け道を許していないため、「違法性を認識していた証拠」など必要なく、条文的には罪に問えるのである。このため前原元外相は辞任したが、前原氏よりも多くの104万円の献金を受けた菅元総理は、この問題が取り上げられた当日に起きた東日本大震災の影響もあって、全く責任を取っていない。検察はと言えば、前原氏も菅氏もどちらも不起訴処分としている。正確な理由は分からないが、法律上は明確にアウトでも、その背景に違法性の認識を見いだせない場合には、慣例的には不起訴とすることが一般的の様である。ルーピー鳩山元総理のあからさまな「超巨額子ども手当」脱税にしても、結局は知らなかったで済ませてしまっている。これが慣例というものなのだろう。

ちなみに、この政治資金規正法の罰則についても確認をしておこう。

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政治資金規正法
・・・前略・・・
   第六章 罰則
第二十三条
・・・中略・・・
第二十六条の二  次の各号の一に該当する者は、三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
一  第二十二条の三第一項又は第二項(これらの規定を同条第四項において準用する場合を含む。)の規定に違反して寄附をした会社その他の法人の役職員として当該違反行為をした者
二  第二十二条の三第五項の規定に違反して寄附をすることを勧誘し、又は要求した者(団体にあつては、その役職員又は構成員として当該違反行為をした者)
三  第二十二条の三第六項、第二十二条の五第一項又は第二十二条の六第三項の規定に違反して寄附を受けた者(団体にあつては、その役職員又は構成員として当該違反行為をした者)
・・・後略・・・
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この様に第二十六条の二第三項では、「第二十二条の三第六項、第二十二条の五第一項・・・の規定に違反して寄附を受けた者」を「三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金」としている。政治家の方はこれに該当する。だから、本来は逃がれられない罰則があるのは確かである。一方献金する側は、第二十六条の二第一項で「第二十二条の三第一項・・・の規定に違反して寄附をした会社その他の法人の役職員として当該違反行為をした者」は「三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金」としている。この献金した側は、明らかに構成要件である「補助金の受け取り」を認識していたのだから、政治家とは異なり確実に逃げられない。もちろん「法律を知らなかった」では済まされないはずである。しかし、あまりこちらで罰則を受けたという報道は聞かないので、本当のところはどの程度厳しく運用されているのだろうか?と疑問にも思う。

ここで、上述の民主党政権時代のルーピー鳩山氏、菅氏、前原氏などの面々が慣例で不起訴となったことについて考えてみたい。私の個人的な見解は、この様な慣例の様に「運用で逃げる」というやり方は、法律の行間を埋めるための手法としては、最も現実的で正しい考え方であると信じている。勿論、恣意的な運用の可能性が伴い非常に危険な要素をはらむモノではあるが、そこまでギチギチに問答無用!と厳しい網をかけてしまうと、誰も政治などできなくなってしまう危険性がある。それは本人に悪意はなく、純粋に良心的な政治家がいても、献金というトラップをかけてその政治家を追い落とすことが余りにも容易になってしまうためだ。だから、前原氏にしても菅氏にしても、仮にそれが明確な違法行為であったとしても、そこに悪質性を見いだせなければ、あの程度の外国人献金で政治家にトドメを刺すのは私も反対であり、不起訴処分に対して強い異論はない。その流れで考えれば、今回の安倍政権のスキャンダルも、西川前農相を除けば一通りお約束の責任追及をしたら、そこで打ち止めとするのが良識ある落としどころであろう。

勿論、それが不満ならそれでも構わないが、それなら民主党政権での責任追及も同様に厳しくやって頂きたいものである。西川氏の追及も証拠ベースで好きなだけ追及して頂ければ良いが、前原氏も本丸としては別件の黒い噂があって辞任したとも言われるし、菅氏に至っては、完全に売国奴的な別件の超巨額違法献金の問題(北朝鮮の拉致実行をしたグループと非常に近しい団体への献金)がバックにあった訳であり、少なくとも菅氏に関してはこれらを追求していけば、日本国民の誰もが二度と菅氏の話すことを聞かなくなるぐらいの衝撃の事実が白日のもとに晒されてもおかしくはなかった。しかし、何故か安倍総理に厳しいメディアはこの様な問題には興味を示さない。そのバランスの悪さは公平性に欠けるものがある。

という以前の問題として、何故かマスコミも野党の議員さんも閣僚のみをターゲットにするきらいがあるが、何故、閣僚がターゲットにされるのかは理解できない。そもそも、議員である以上は政治資金規制法に照らして違法性の有無をチェックされるのは当然のはずである。にも拘らず、一般議員にはその様な厳しい追及がないのも、これまた慣例である。しかも、その慣例にマスメディアも乗っかっている所が不思議である。ただ、昨年の小渕氏などの一連の問題が発覚した際には、野党の党首や幹事長クラスにまでマスコミが食指を伸ばし、チェックを繰り返したら出るわ出るわの大騒ぎになった。その悪質性は問題にはならなそうなものが多いが、しかし、純粋に法に照らし合わせれば、ないしは法的には言い逃れができても政治家の倫理的にどうかと問えば、徹底的な追求の結果、ホコリが幾らでも出そうな議員は多くいたはずである。しかし、閣僚という制約が付くと、「野党は追及の対象外」「閣僚を止めれば、形だけの責任の取り方を示せる」という好都合な部分もあり、野党はブーメランを恐れずに安心して追及が出来ることになる。しかし、これは既に「正義」とかという議論からはかけ離れ、権力無き野党の政治家のマスターベーション的なものに成り下がっている。

この様な追及もした上で、しかし一方では例えば「アベノミクスへの対案」などを示して経済政策を戦わせれば良いが、その様なことを一切せずに揚げ足取りのみに政治的エネルギーの100%を費やしている姿は、やはり悲しいとしか言いようはない。それを見るにつけ、「やはり、安倍自民党政権の代わりになり得る受け皿はいないのだな・・・」と痛感することになる。

安倍総理の情けない姿が、しかし結局一巡すると安倍総理の積極的肯定に繋がるという、何ともパロディの様なお話は、余り話洗っていられるお話ではない。それだけは確かなのだが・・・。

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