渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

日本のハート ~懸魚(げぎょ)と猪目(いのめ)~

2013年02月26日 | open

日本の伝統的な文様に「猪目
(いのめ)」というものがある。

ハート形の模様で、この文様は
歴史が非常に古い。奈良時代な
らず古墳時代の倒卵形鍔にもみ
られ、日本の歴史の中で最も古
い文様のグループであるといえ
る。器具などの飾り文様として
使われたこの日本のハートマーク
は刀装具でも鍔などに透かし技法
としてあしらわれることが多い。


猪目があしらわれる器物として
は建築装飾の懸魚(げぎょ)が
ある。

懸魚とは神社仏閣などに多く用い
られる装飾板のことで、掛魚とも記
すこともあり、「ゲギョ」と読んだ
り「ケンギョ」と読んだりする。
大抵は彫刻によって表現されてい
て、破風(はふ)板の下に装飾の
ために取りつけられる。



懸魚は単なる装飾としてだけでは
なく、建築の部分板としては物理
的な意味も持つ。

それは屋根の重要部分である傾斜
の合流点(左右から合わさるので
建築力学で重要な部分となる)の
部分を風から守り、同時に棟木の
端を隠しつつ守るという役目がある。

日本の木造建築自体が大陸渡来の
技術であるので、当然懸魚も発祥
地は中国なのであるが、なぜ屋根
に懸けるのが魚であるのかという
と、防火祈念から水に関係する魚
を懸けて「水をかける」を念じたと
いうことらしい。大陸中国の地方
集落では今も屋根に魚を模した板
を懸ける風習が残っているという。

日本でも、物理的な役目よりも、
こちらの方が意味合いが強かった
のではなかろうか。

懸魚には猪目の他にも梅鉢や蕪
(かぶら)などもあしらわれたり
する。

懸魚の意匠の種類は4000種ほどが
確認されている。


梅鉢


蕪(かぶら)と六葉(ろくよう)

板部分が蕪で突起物が六葉。
六葉の中心の突起物を「樽の口」
と呼ぶ。樽酒の栓を模したもので、

水を注ぎだす口として防火の意味
が表現されている。

樽の口の周囲の菊文様部分を菊座
と呼ぶ。


三花(みつばな)

三花は蕪や猪目の変形である

(京都大徳寺山門)


私の備前長船の鍔は猪の目に似た
スイカズラの文様だ。猪の目との
含意は同一と思われる。
猪目は刀装具に古墳時代から使用
されている。
大陸建築の懸魚となんらかの関係
があるかもしれない。
鍔などにも猪目文様は使われるが、
多くはくっきりとしたハート形だ。
鍔にハート形の猪目を施す製作者
の意図は懸魚に多く使われる猪目の
「火を消す」というところを想定
していたのかもしれない。

打ちかかる火の粉をどうするかは、
武士にとって重大な身の振り方だ。
猪目を四方に配し、四方から打ち
かかる火の粉を払うという作者の
願いが込められているように感じ
る。

鉄鍔。縦横72ミリ、厚み4ミリ、
重さ90グラム。

ただし、この私の鍔のデザインは
猪目ではなく、5世紀頃の古墳から
よく出土する三葉環式大刀(たち)
に施された忍冬(ニンドウ/スイ
カズラ)の唐草模様が後世まで継承
されたものであるという可能性の
ほうが高い。
となると、忍という文字が「心の
上に刃を置く」であるので、これ
もまた武士の心構えを示した意匠
なのであろう。
この私の鍔は「変わり猪目」と
当初思っていたが、多角的に判断
するに、「忍冬唐草文様」である
と思われる。

(三葉環頭大刀/5世紀)



刀剣本体もそうだが、刀装具の
意匠は、このように単なるデザ
インではなく、そこに何らかの
意図なり画題なりが必ず含まれ
ている。

梅の花を見て「あ、花が綺麗だ
な」だけで日本人は西欧人のよう
に終わらない。

内から湧き上がる感性の発露と
して、花を見て歌を詠み、季節
に思いを巡らす。山野の香りに
思いを巡らす。風のささやきに
耳を傾ける。人の心に思いを寄
せる。

そうした情念というものは、日本
人の一番日本人らしい部分だと
私には思える。

即物的に文物を見ない。作られた
物には作った人の情念が映ってい
る。

それは技法という匠の技の表現に
よって後世に残され、伝えられて
いく。

日本だなぁ、と私はひとりごちたり
するのである。

日本人が古代から愛した猪目と
いう文様。
猪目、それは願いが込められた
ハートのマークだ。
これからも、日本人の心を象徴
する文様であってほしいと思う。


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