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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

ペンテコステとは何か?

2019-06-09 16:35:12 | 礼拝説教
2019/6/9 ペンテコステ礼拝説教
【テーマ】  聖霊が注がれた日
【説教題】 「ペンテコステとは何か?」
【聖書箇所】 使徒2:1-4、41-47
2:1 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
2:2 すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
2:3 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
2:4 すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。

2:41 彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
2:42 彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
2:43 すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。
2:44 信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、
2:45 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
2:46 そして、毎日心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
2:47 神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。

○ 今日はペンテコステの日です。私たちがなぜユダヤの祭を祝うのでしょうか? この日はどういう日なのでしょうか? 私たちとどんな関係があるのでしょうか?

Ⅰ.ペンテコステとはユダヤの祭
A.50日目の祭
1.ペンテコステとはギリシャ語の50番目という言葉で、ユダヤの過越の祭から50日目の祭のことです。両方とも農業祭でもあるのです。五旬節(五旬祭)、七週の祭と言われます。
2.過越の祭の時にイエスが十字架につけられ、復活されました。その50日後の五旬節に聖霊降臨があったので、今もなお聖霊降臨のあったときのことをペンテコステと呼んでいます。
3.後にキリスト教ではイエスの復活を起点としてその50日の日曜日をペンテコステとして祝います。イースターが毎年変わるので、当然ペンテコステの日も変わるわけです。

B.人々はエルサレムに集まっていた
1.イエスの十字架刑の時も、過越の祭を祝うために人々はエルサレムに集まっていました。ですからイエスの死の目撃者がユダヤ人の中にもたくさんいたわけです。
2.そして、五旬節も人々はエルサレムに集まっています。一気に多くの人がイエス・キリストを信じることになったのもこうしたユダヤの祭のために多くの人が集まっていたことが挙げられます。これは神のご計画と言えるでしょう。

Ⅱ.その日に聖霊が降った
A.120人に一斉に聖霊が降った
1.その五旬節の日に初めて聖霊が人の中に注がれました。注がれるという言い方をすると何か聖霊は水のような物質として考えられそうですし、またエネルギーのようにも考えられそうです。しかし、聖霊は三位一体の神です。
2.120人ほどの弟子達が同じ家に集まっていたのですが、その彼らに聖霊が降りました。その時に激しい風のような響きが起こったため、祭に集まっていた人たちがその家の方に集まってきたというのです。人々を集めるために神のなされた特別な方法でしょう。

B.色々な言葉で語り出した
1.そこで、弟子達は聖霊が語らせるままに他国の色々な言葉で語り出したので、人々は驚いたのです。この出来事の中で人々が何が起こったのかわからず、勝手なことを言っているときにペテロが説明し、人々がイエスを信じるに至ったのです。
2.旧約聖書の約束通り、イエスがお出でになり十字架にかかってくださいました。そして、復活の後この聖霊が人々に注がれることが起こりました。すべて聖書通りです。

Ⅲ.教会が誕生した日
A.人々がひとつになった
1.イエスがおられないのにイエスを信じる人はどんどん増え、ユダヤ教の一派として急成長したのですが、ユダヤ教からは相容れないことでキリスト教ができていきます。その集まり、グループがエクレシア(教会)と呼ばれるようになります。
2.見えないキリストを中心として教会は一つになり成長していきます。イエスがおられないのにそうなるのは聖霊が一人一人の中におられるからです。

B.キリストの体を建て上げるよう励んだ
1.ひとつになるというのはキリストの体を建て上げるためでした。それはイエスを信じたら勝手にキリストの体ができるわけではありません。イエスを信じる喜びから起こる彼らの意志によるところが大きいのです。
2.私たちもこの時から続いて教会・キリストの体を建て上げています。聖霊を受けたら自動的に良い教会が出来上がるのではありません。そこにはイエスとの一致から始まる私たちがひとつとなってイエス・キリストを伝えていくという強い意志によるのです。

● あの日からずっと聖霊は信じる人の心にお入りくださっています。今もイエスを自分の罪からの救い主と信じる人の心に即座にお入りになっています。そして、イエスの思いを追求していくのです。

★ ペンテコステとは祭に過ぎませんでしたが、神がその日を選び、弟子達に聖霊が降った特別な日です。その歴史的一時点の出来事が世界中にまた再臨まで続くすばらしい神のご計画の日でした。今、私たちはその恵の時代に生きています。