今日のうた

思いつくままに書いています

ふたりご 4

2015-01-01 20:46:38 | ⑯第一歌集 『ふたりご』・その他
      初生(な)りトマト

夏空に葛、やぶ枯らし、金葎(かなむぐら)フェンスを越えて蔓(つる)さき立たす

地下足袋にペダルこぐ老い人われを抜く荷台に鍬(くわ)を一本積みて

ぬばたまの黒き鳥なるオオバンの額(ぬか)のみしろく神は創(つく)れり

蓮の葉の漏斗(ろうと)のような窪みへときるきる雨が吸い込まれゆく
                            漏斗=じょうご

手のひらに寄り添うような軽さなりロゼ色ケータイ子より贈らる

嫁ぎたる子より着信今日もなし初生(な)りトマト滴(したた)らせ食(た)ぶ
  
花道を菩薩のような笑みうかべ琴欧洲ゆく優勝決まりて
                        二〇〇八年五月場所にて

立合に張り手が空(くう)を切るごとき批評と気づく歌会(かかい)を終えて


      凌霄花(のうぜんかずら)

雨しずくつけて蜘蛛の巣撓(たわ)みおり 今は言わずに黙っていよう

凌霄花(のうぜんかずら)落ちいる路面うつ雨に勢いありて花びら浮かす

雨あがり血溜(ちだま)りのごと固まれる凌霄花のおもく揺れいる

腎を病む母は氷を舐(ねぶ)りつつ喉の渇きに堪えていたりき

六十二歳(ろくじゅうに)のその半分を病みいたる母に習いしこと思い出せず

楓(かえで)の木の根方(ねかた)に胞衣(えな)を埋めしという母の言葉を
いまも畏(おそ)るる
                           胞衣=胎児を包んだ膜と胎盤

夏の夜の水琴窟(すいきんくつ)より聴こえくる忍びわらいの死者たちの声


      のっぺらぼうな日日(にちにち)

池の面(も)がしずかに息を吐くように輪の生(あ)れ鯉のうろこの見ゆる

レントゲンの肺の翳(かげ)りの浮かび出(い)づ入道雲のあわいにひとつ

二階よりよしず吊(つる)せば商家めき氷小豆が食べたくなりぬ

菜園にモロヘイヤ摘む夫(つま)が見ゆ首のうしろを黒光りさせて

逆光にひまわりの萼(がく)ならびいるのっぺらぼうな日日(にちにち)のごとく

葱の香の満つる畑道あちこちに切り捨てられし白が散らばる

葱畑(ねぎはた)にゆまり終えたる老い人は夕光(ゆうかげ)の中もんぺ上げおり
                           ゆまり=尿

われをさけ欅(けやき)もみじ葉降りしきるだれも知らないまひるの快楽

ウォーキングしたる日の夜(よ)の体(からだ)から獣(けもの)のにおう鏡のまえは

まなかいに白きうなじのうつむけば銀杏(ぎんなん)に似る骨うかび出(い)づ
                           まなかい=目の前

人疲れしたる日のよる栗をむく栗むき栗むくテーブルの上


      なおも手を振る

小きざみに声を浮力に変えながら雲雀(ひばり)はあがる七月の空を

ためらいのごとき間(ま)をもち潰(つぶ)れゆくわが靴底の青き梅の実

烏骨鶏(うこっけい)二羽に仔猫の六匹が農家の庭のそれぞれを占む

急(せ)くことのひとつひとつと無くなりぬ うす紫のカンパニュラの花

ただひとつ希(ねが)い叶わばゆったりと子を育てたし数珠玉(じゅずだま)つみて

原っぱの土管(どかん)の中にまどろめり遠くにわれを呼ぶ声がして

父と同じ箸づかいする人ありて秘事(ひじ)知りしごと心みだるる

手を振りて見送りくれし病室に戻ればなおも父は手を振る

鴉(からす)去りてアンテナしばし揺れており十月の午後つめたき雨ふる


      黄花コスモス

半球の空を背負いてゆく朝はひろき歩幅に畑道をふむ

傷(いた)みある小蕪(こかぶ)をかごに帰り来て夫は冷めたお茶を飲み干す

クリップに散(ばら)ける紙を留(と)むるごと職退(ひ)きし夫(つま)は気を使いおり

プレミアムモルツのように君だけが光りつつ来るカートを押して

憧れいしノールカップより帰り来て夫はその後を旅には出(い)でず

老眼鏡すこしずり下げ夫(つま)は読む付箋つけたるわたしの歌を

通信簿を見せいるごとく待つわれに「いいね」と言いて夫は顔上ぐ

〈光の春〉を教えてくれし日は過ぎてひだまりに夫(つま)は爪を切りおり

閑(しず)かなる老後というはこのことか背すじ直(す)ぐなる夫を見ている

ノックをせずに扉をあける人と居て知らぬ間(ま)にわれはゆるびていたり

こすもすに黄花コスモスまじり咲くこのままでいいとようやく思えり

牡蠣(かき)鍋のにおいの残るわが髪よ夫の寝息を聴きつつ眠らむ


      柚子味噌

魚には発熱というはあらざるやひかりまぶしき冬晴れの朝

雪は止(や)みキーンと射しくる陽(ひ)の中へひとり、ひとりと人が湧きくる

庭隅(すみ)がうごき始むる午後三時待ちきれないか「ウワン」とひと哭(な)き

だぼだぼの靴にゴボウの足入れてむすめは走る仔犬ひきつれ

うす桃色の新居に犬を飼いし日のわが巡りには音あふれいき

「賑やかなお正月でした」のふみ添えてポンカン届く子の姑より

ポンカンを剥けば果汁がほとばしり高知は娘のふるさとになる

ベランダが満艦飾(まんかんしよく)の日々ありき シーツ二枚を冬の日に干す
                  満艦飾=軍艦が艦全体を信号旗などで飾り立てること

一合の米研(と)ぐ指のたよりなさ硬めのごはんに柚子味噌のせる

元気なら会えずともよし 子の齢(とし)に母のさびしさ思わざりけり

冬のあさ松の幹より湯気立ちてしずかに空へ吸われてゆきぬ
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