
寄り添う心持ち続けたい

昨日から、大分大学で「教育臨床セミナー」が年間8回の予定で始まりました。夜の7時からの開催です。人気のあるセミナーだけに、すぐに定員がいっぱいになりました。
大分大学の先生に、昨年度から無理にお願いしていたので、参加させてもらっています。
県下でも実践家の講師の人たちばかりです。大学の先生、精神科医、臨床心理士の先生たちです。
昨日の時間は、大分大学の先生が担当してくださいました。先生は、臨床心理士でもあります。心理的な問題(情緒的不安、怒り、傷つき、不登校、いじめ・・・)を専門としています。深層心理を探りながら、生徒の支援、サポートを行っています。
生徒指導を行っている中で、現象面の指導に重きを置きがちな現場に対して、心の面からアプローチしていく方法を提起してくださりました。生徒の援助の方法において、すっと落ちるもの、納得するものがあり、充実した時間となりました。
「「問題」をどう捉えるか」というテーマでの講演・演習でした。
原因論、因果論という視点に立ったとき、人は、身体的な医学での場合、何かの症状があるとき、原因が明らかになるととすっきりします。しかし、心の問題の場合(不登校、情緒的不安など)は、原因にとらわれすぎると、責任追及、犯人捜しに没頭して、問題解決のための行動がそこから何も生じて来ないという危険性が潜んでいると言います。
心の問題は、一つの原因であることもありますが、多くは、目に見えない複数の問題が絡み合っています。その結果、心の問題という症状が出てくるのです。
先生は、次のように話を進めていきました。
○入場券としての「問題」
「問題」は、生徒が問題解決の場に登場するための入場券である。「問題」があるおかげで、子どもへの理解と援助ができる。
○危険信号としての「問題」
「問題」は周囲に発せられた信号・サイン・メッセージである。子どもの寂しさや孤独を伝えられている場合もある。
○安全弁としての「問題」
生徒にとっての「問題」は、これ以上の深刻化・悪化・破綻を防ぐ手立てである。
・パニックが勉強や授業などのストレスを遠ざけている。
・不登校が自分らしさの喪失を防いでいる。
・非行が絶望感に押しつぶされることを防いでいる。

解決の方法論は、共感できなくても間違っていてもその生徒にとっての「安全弁」と言います。そこから、問題を紐解く必要があるのです。問題をどう理解するのかが重要である。そこから、解決の糸口をつかんでいく。そのような内容を具体的に事例を含めて話をしてくれました。
話で「衝突=出合い」という意味についての話に共感しました。援助的な関わりの経過で出てくる困った事態、衝突があります。「出合う」と「衝突」は関連があります。
実生活でも他人が出合えば、荒れ模様の時もあれば、局面に立たなければならないこともあります。それが、因果関係です。なにも出合わなければ、なにもそこには、存在もしません。衝突もありません。
衝突があれば、ショックも受けますが、そのことで自分を責めるだけでは進歩がありません。その問題で、相手を理解し合えたり、接し方や自分の生き方を変えたり、関係の深まりにつながる可能性もあるのです。人と人との繋がりを濃くするチャンスです。
わずかな時間でしたが、このような話を聴く機会を今年は持ち、学ぶことができることに感謝しています。
写真は、10年前のものです。懐かしい人もいるでしょう。