かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・綴っていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

「なんの秋にしよかなあ」

2019年09月29日 | Weblog
朝もやの白さが大地を包み込み
   澄み切る風の音に目を閉じ




昨日、運動会が終わり、また今日も運動会。一日楽しむことができました。

今は、読書や文化ではなく「食欲」と「スポーツ」の秋をちょっと楽しみましょう。




しかし、今日は、昨日の疲れもあってか、じっと観戦していると、受け身になっているので、目が自然と閉じていきます。
いやいやこれはいけない・・・。
競技にも出させてもらいました。



ペアになって、投げた白球を昆虫採取などで使う網で3球取るというものです。
相手が投げた。からぶった・・・。取れない・・・3球外しました。



おっ、永久に取れないのではないかと一瞬不安。意外と難しい。
しかし、そのあと、3球連続キャッチすることができました。


緊張&真剣になりました。



アンカーだったので、追い上げられましたが、抜かされずよかったあ。
運動会シーズンですが、それとともに、秋がどんどんと深まっていきます。

「3つの幸せ~子どもたちから~」

2019年07月31日 | Weblog
7月もあっという間に終わりです。

どんどんと月日が流れていきます。


明日からは令和元年初の8月。
そういうと、何もかもが「はつもの」です。


7月最後の中で嬉しいことがたくさんありました。3つを紹介☆




ひとつめは、生徒の退院の話です。

かつての生徒が思いがけないスポーツ事故で入院をしていました。
「先生、退院しました。」
と電話をくれました。



明るく元気な声で、とてもうれしく感じました。



予測しない事故の中で、苦しい入院生活を送りました。
きっとつらかった時間も多く過ごしたでしょう。
しかし彼の人柄でしょう。多くの友だちや関わってきた人たちが生徒のところにお見舞いに駆けつけています。



お見舞いに行った時も、リハビリ時間であったことと、次のお見舞いのお客さんが来ていたので、会えないままに帰りました。
でも今日、こうして退院ができたことが嬉しく感じました。
電話をありがとう。





ふたつめは、夜、かつての生徒で野球部だったたかしくんから電話がありました。



たかしくんの学年の部員は4人という少ない人数でした。
それでも練習をひっぱっていって、常に優勝候補に挙げられていました。



県大会予選では、後日また書きますが、決勝戦で、優勝をしたと思った瞬間、テレビでも見ることができない劇的な幕切れで敗れました。




その瞬間を今でも忘れることができませんし、わたしにとっても、4人の生徒たちにとっても、下級生にとっても一生忘れることができない思い出と人生の糧になる試合になりました。



この経験がのちの生徒たちの「強さ」にしていったのだと思います。
4人の同級会をするというので、
「先生は何が食べたいですか。」
当日が楽しみです。




みっつめです。
今日の朝、学校に着くと、子どもたちの何人かが、マリーゴールドや百日草などに黙々と水をやっていました。

すごい。


こんな朝早くから学校に来ている。

たぶん、当番なんでしょう。でも本当にその姿に感動。
 



子どもたちも、勤務校では、地区でラジオ体操もありません。地区の子ども会そのものもないのではないかと思います。



ちょっと前までは、夏休み前になると、地区のこども会があって、
「どこでラジオ体操をするのか。」
「だれが、ラジカセをもってくるのか。」
「地区の中で、危険な場所はないのか。」


などを話し合っていましたが、それも社会のあらゆる変化の中で、消えてしまっています。



でもこうして、子どもたちが、自分たちで決めた水やりを、責任をもってやりとげていることは素晴らしいと思いました。
 


いろんな幸せを子どもたちからもらうことができた一日でした。
 




明日から8月。子どもたちの夏休みも真っ盛りです。


「いろんなお客様・・・中学生にたけちゃんに~」

2019年07月11日 | Weblog
朝、子どもたちが騒いでいます。
「先生、こうもりがおるよ。」
と低学年の子どもたち。
 


どれどれ、こうもりが飛んでいるのは見かけたことがありますが、こうもりを実際にまじまじと見たのは初めてです。


先日は、へび。
今日は、こうもりが朝のお客様です。
 


ここはそぉーっと。そぉーっと・・・で、子どもたちと教室に行きました。
 


今日から豊陽中学校の生徒の職場体験です。
その事業所の一つに小学校もなっています。


4人が来校してきました。
明日まで体験学習があります。
 


「先生になりたいです。」
「保育士になりたいです。」




いろんな夢をもって、体験学習にきています。
朝、臨時の職員会議をもって、先生方と生徒との顔合わせがありました。
 



それから教室へと向かいました。
4年生担当も2人います。



子どもたちに聞くと、
「2年生の時の6年生だった。」
だから、子どもたちも嬉しそう。

そして、しっかりと中学生の指示に従います。
いい感じです。
中学生が優しく接してくれます。
 



水泳やいろんな授業のサポートをしてくれました。
また校長先生からも講話などを受けていました。
学校全体で生徒の夢を支えます。
 




夕方、子どもたちが帰りの準備をしている時は、昨年度まで一緒に勤務した「たけちゃん先生」が参観に来ました。



そこは「たけちゃん先生」の人柄。
子どもたちが取り囲みます。



子どもたちを取られました~~。



「教室から、家が見えますよ。」
教室の窓から外を見ると、確かに、遠い向こうに小さく見えます。



たけちゃんの家は、高い山の上にあるので、中津市街はもちろん周防灘、中国地方まで眺めることができます。
 




5月の体育大会以来の再会です。
懐かしく感じました。



部活などでも最近、勝負運を「もっています」。


階段をのぼったり下りたりしながら生徒たちを鍛えているという話も~聞きます。
中学校も県総体まであとわずかです。

 



一日が始まると、あっという間に時間が過ぎていきます。

学校の許可が得られたら、いつでも授業を見に来てもいいですよ。


今日もいろんな楽しいドラマなどがありました。
そして、学校もいろんなお客様や体験学習を積む生徒を迎えました。

 

明日もいい一日になりますように・・・。

「時代はめぐり 時代はまわる」

2019年07月05日 | Weblog
1学期も終わりに近づいています。


昨日は、期末PTAでした。



授業、学級懇談会が終わってから、教室の入り口で人が待っている・・・。誰か何かの用事かなと思って気になっていました。


すべてが終わってから、入り口に行くと、
「〇〇です。」
おっ。なんと。



初めて受け持った子ども(いやいや今は、りっぱに保護者)です。
「先生、子どもが隣りのクラスにいるんですよ。」
びっくりです。本当に久しぶりの再会です。



「なんで早く言わないん。」
少しだけ懐かしい話をしました。


今日は、子どもが、同じ掃除区域だったので、
「しっちょたん?」
と聞くと、「うん。」とうなずきました。


まったく。
いろんな縁でつながっています。
 



今日の放課後も学校の電話を取ると、クラスは違うのですが、お家の方からでした。
「先生覚えていますか。」
本耶馬渓時代の生徒でした。
 



長年、教員をしていると、二代にわたって、関わることがあります。



今年は、三代も出ました。


不思議な巡りあわせです。


結婚式にも出させてもらって、子どもが生まれて・・・その子どもが・・・保護者です。




♬めぐる、めぐるよ 時代はめぐる・・・
 まわる、まわるよ 時代はまわる・・・♬


 


期末PTAも終わり、明日からは、ひさかたぶりの通知表作成に全力少年?です。



♬汚れっちまった僕の世界浮いた話などない・・・
 積み上げたものをぶっ壊して 身につけたものを取っ払って
 止めどころのない血と汗で乾いた脳を潤せ・・・♬

「機器様に使われています~」

2019年06月19日 | Weblog
今、身の回りには便利なものが多くあります。物心が


ついた頃は、車を持っている家庭もほとんどありません。
バスや耶馬溪鉄道を利用する人が多くいました。



電話もぐるぐる回すと、交換手が出て、かけたい番号を言います。



町外になると、ぐるぐる回して交換手が出ると、「即時をお願いします。」と言うと、また違うところに回されて、そこの交換手にこちらの番号と相手の番号を伝えます。

つながると、「つながりました。」と交換手から言われて、相手が出ます。
今、考えると、めんどうしい。
しかし、そこには、人がいました。



めんどうしいけれど、人との関わりがありました。
 




家の近くのバス停からバスに乗ると、バスガイドさんがいました。
切符やお金を入れたショルダーバッグを下げたガイドさんから切符を買います。
 



今は、スピード化の中で、世界の情報も早く入ります。
「インターネット」の出現です。



あの時代では考えられない文明の進化です。
人ではなく、機器が相手です。


テレビも白黒。
テレビを持っている家庭も多くはありません。



ブラウン管で映像ができるまで時間がかかる。映りにくくなったらテレビをたたく・・・。
 



しかし、いったん、機器が故障をすると、一気に不便な生活に陥ります。



パソコンが固まる、パソコンが画面がうつらないなど、起動しない・・・などとなると、生活がストップします。




ここまでが序章です。ここからが本題。


今週になってから、テレビが突然、映らなくなりました。電源がすぐに切れてしまいます。
テレビが眠りに陥りました。



電器店の友だちに電話をしました。
テレビには外付けのハードディスクもつけていました。



電器店に行くと、

「代えた方が安くなるよ。もう10年経つんやろ。部品もあるかわからないし、電化製品は、だいたいが10年やで。」
※「もうけるために、そう言っているんやろ。」
「いやいや。」

と言いながら、説明をしてくれました。



 
画面もどんどん大きくなっていきます。テレビの画像も鮮明です。



しかし、ちょっとの故障が致命傷となります。
10年なんてあっという間に経ちます。



さらに不便なことが。ハードディスクにとりためていた番組。


「テレビを代えると、外付けのハードに入っていた番組は、もう見れなくなるんだよ。そういう仕組みになっている。」
えーっ。大切なものもあったのに。


「保存していこうと思えば、DVD機器などで保存しておかないと。盤にしておくのが一番だね。
今からのハードディスクは値段がちょっと高いけど、テレビを代えても大丈夫なのも出てくるよ。」
えーっ。
 



便利になった時代ですが、完全に機器に振り回されています。
物はいつ故障するかわかりません。



永遠のものではないことを痛感。
それを意識して使用していかないとね。

「かったか臨時講師、つながりを感じるの巻」

2019年04月09日 | Weblog
今日の夜は、地域の話し合いがありました。


ふるさとの活性化のための話し合いです。
体にむち打ち参加をしました。




今日くらいが、小学校や中学校に勤める人は、疲労のピークなのかも知れません。



年度始めの仕事がどんどんとやってきます。
またそれと同時にクラスの子どもたちのパワーと関わります。
一つひとつ話し合ったり、理解させたりしながら、クラス経営の「道」に乗せていくのも楽しみであり、一方ではエネルギーを必要とします。



怒涛の如く押し寄せる配布物も魅力的に?たまりません。
 



そんな時間をたっぷり体に感じながら、嬉しいことがたくさんありました。


それは、人のつながりです。
人はどこかで繋がっているんだなあっということをしみじみ感じます。
 




学校の駐車場の横に、中学校時代にお世話になった先生のお家があります。
かつて、一度遊びに行ったことがあります。



学校に着いて、車から降りると、先生のお家の庭に誰かいます。
「先生ですか。」
と言うと、



「父は、家の中にいます。入っていいですよ。」
おっ。相当久しぶりです。
「先生、おはようございます。」
と言うと、「おっ、誰が来たんかのう。」
と言って出てきました。




「おっ、ひさつねかあ。」
「すっかり高齢になってのう。病院通いをしているんだよ。」
と中学校時代の口調そのもので話をしてくれました。
相変わらず、背も高いです。
「今日も市民病院に行こうと思う。」




それからしばらく懐かしい話をしました。
嬉しい朝です。

「先生、また来るきね。」
と言って、学校に向かいました。
本当に思い出の先生です。先生みたいな先生になりたいと思っていました。



豊田小学校に来て、いい再会です。
 



そんな人とのつながりを一日感じました。
休み時間に椅子に座っていると、子どもたちも昨日、家に帰っての、お家の方の反応を丁寧に報告してくれます。




「お母さん、先生、還暦なんよ。お母さんもびっくりしていたけど、お姉ちゃんもびっくりしていた。前いた時は、22歳やったんやろ。みんなに永遠の22歳ち言うちょきない。」

*いろいろとご指導賜りありがとうございます。




「お父さんに先生のことを行ったら、「かったかちゃんかや。」と言っていたよ。」
*そうそうお父さんにこれまでいろいろとお世話になっていました。




「先生の家の近くにお母さんの実家があるんよ。」
*おっ、すぐ近くじゃないか。
 



極めつけは、放課後疲れて戻った職員室。ある先生がやってきました。


「おじいちゃんがよろしくと言っていました。」

*おじいちゃんって?誰?


「ひろたにですよ。」
ということは、お母さんは、前、豊田小学校にいたときのかつての子どものりえちゃんの娘さんでした。


*な、なんと。ひろたに家にはどれくらいお世話になったことか。
でも、あの時の子どもさんのむすめさんが・・・先生。永遠の22歳もびっくり。


びっくりだらけで懐かしさがこみ上げてきました。
 



人のつながりが続いていく不思議さと嬉しさを感じました。
つながりを大切にしながら、子どもたちとせいいっぱい関わっていけたらと思います。


☆「春から縁起いい」春に☆

2019年01月15日 | Weblog
3連休後の学校日です。


生徒たちも元気よく登校してきました。
年末年始、3連休と続いて、これから本格的な3学期となります。



インフルエンザは、勤務する学校は流行していませんが、いろんなところではやっています。
そんな中で、生徒たちは明日から高校受験が始まります。
体調万全にしっかりと力を発揮して欲しいと思います。



今日は、学年部から受験票を渡したり、指示を受けたりしていました。
こちらも激励のエールを送りました。





正月明け早々、勤務先の先生が無事に出産。
「春から縁起がいい」
嬉しいできごとです。




今日は、先生方を代表して、教頭先生とお祝いに行きました。
お祝いの一つに、服も買うようにしました。



どんな服を買ったらいいのか・・・。


先生方もあれやこれや考えました。


S谷先生やYえださんが、
「着る時期はわずかですが、0歳服も喜ばれるかも。今着る服は、買うことも少ないし、もらうことも少ない・・・。」
なるほど。
 


そこで、お祝いに行く途中に、ここがいいというところで、買いました。
「生まれたばかりのお子さんに合うような服はないですか。」
店員さんがすぐに出してきてくれました。
 


おっ、なかなかいいです。
教頭先生とこれならというものを男二人で選びました。



「この色だったら汚れが目立たないかも。」
という店員さんのアドバイスで、購入完了。


 
そして、病院に向かいました。
いよいよ赤ちゃんとの対面の時がやってきました。
 



病院に着いてから、どこに入院しているか、迷っていると、なんと知り合いのIさんが職員としていました。
あらま。



「病室を聞くのは、受付の横ですよ。」
教えてくれました。
お礼を言って、いよいよです。




「〇〇さんの病室はどこですか。」
お答えは。
「今、インフルエンザが流行しているので、家族以外は面会できません。」
おっ。な、なんと。教頭先生と一緒に交渉しましたが・・・だめでした。




確かに、患者さんが多かったです。お祝いだけを渡すことができたらということで、受付の人が病棟の方と連絡をしてくれました。

病棟で預かって、渡してくれるということで、ここで、はい終了。
 



対面ならずでした。
 



夜に、ほかの先生経由で写真が送られてきました。
母子ともに元気で何よりです。喜びの職場でした。
 



受験も同じ。
「春から縁起がいい」ものをつかんで欲しいです。

「新たな週のはじめの秋」

2018年11月05日 | Weblog
新しい週になりました。


とても気持ちのいい一日でした。


濃い秋の空気が流れていました。




紅葉もとてもきれいになりました。



ふるさとの山々は色づいています。
 



今日は、かつていろいろ指導していただいた先輩の家にも立ち寄って、コーヒーを呼ばれました。




今の生活の様子を聞いたりして、しばし時を過ごしました。


「時の過ぎゆくままに この身を任せ・・・」
的な生活をしています。


「今度は、おれが計画を立てるから。」

まじ?いろいろあちこちお供をしましたが、今度は、旅行に「連れて行ってもらえる」ということで楽しみにしています。


学校の周りも色づきがきれいです。



今日は、朝の様子をちょっとだけ紹介をしますね。


「真夏の研修の一日」

2018年08月08日 | Weblog
今日は朝から夕方まで夏季校長研修会でした。

午前中・午後の2回講演会。そして全体協議、小中別協議などが続きました。
 

学校日の研修は、子どもたちも登校してきているので、ゆっくりと研修とまではいきませんが、今日は、じっくりと話を聴いたり討議をすることができました。
 

午前中は、大分県教育委員会教育次長さんの
『「安心・安全」に地域で育む子どもの「自立」』
というテーマでの話でした。

実業系、進学校の高校での勤務時代の頃の話もありました。

学校現場のことを理解しての話であったので、より具体的にわかりやすくテーマに迫ったものとなりました。


社会も教育環境も20年前、10年前と比較すると現在は、大きく変化をしています。
 


そんなリスクもたくさんある中で、これから子どもたちが生き抜いていくためには、
「自ら考え、失敗を恐れず、周りと協働して行動できる子どもたち」
をゴールとして育てていく必要があります。


そのために、不易と流行を考え、命を守ること、確かな学力をつけていくための授業改善を中心に話を進めてくれました。


 
県のトップの方の話を聴く機会はそんなにありませんが、改めて、県の施策の骨格を聴くことができ、学びをいただきました。まだまだお盆までに、教育課程研究協議会など研修会などが続きますが、

「暑さに負けずに、がんばりましょう。」
と言って自分のバテ気味の心にムチ打ちます・・・。



 
小学校は、平成32年に、中学校は平成33年に新学習指導要領による授業の全面実施になります。
授業が内容も濃いものとなります。
そのための準備に先生方も日々研鑽をしています。

今日は七夕「記録的な豪雨」

2018年07月07日 | Weblog
今日は七夕の夜です。
さすが紫陽花も人々の生活を脅かす豪雨にもどかしく咲いているような感じです。


全国各地で記録的な雨量を観測しています。すでに40人近くの人が亡くなり、50人以上の人が安否不明となっています。全容がわかればわかるほど、被害が拡大していきます。
 

梅雨も終わり近くになっていますが、ここにきて、梅雨前線の動きが活発になっています。
昨日の夜は、こちらも避難グッズを持って、一時避難をしました。
 


昨日から学校などでも、生徒が「通常の学校生活を送っていくこと」と「危機管理の中での対応」のバランスをとるために情報収集をしていきました。関係機関とも連携をとりながら対応をしてきました。
 

状況も刻々と違ってきます。
 

昨日、学校は、朝、
「すべての授業が終わってから、部活動中止で一斉の下校、引き渡し」
という一日の流れを決めて、家庭にも連絡をしました。

その流れを12時で先生方とも再確認して、家庭にも生徒の様子と下校の確認の再連絡をしました。
 



連絡が終わった直後に、今度は、すごいサイレンの音で、避難勧告の放送。こうなると、また対応が違ってきます。


ここから、関係の機関とも連絡を取り合いながらの対応です。雨が止む気配がないので、帰るのは今だということで、下校体制に入ります。
下校できるという不安な生徒と喜ぶ生徒にも、その意味をしっかり学級指導で「落ち着いた行動」をとるという意味を伝えます。ここもポイントだと思いました。


口頭だけでは徹底しないので、文書も持って帰らせました。
 

下校したら、学校に連絡。自宅以外に避難したら、学校に連絡など体制もとりながらの時間も過ごしました。先生たちの安全な帰宅も考えるなど、危機管理時には、短時間に対応することがたくさんあります。
 


間違った情報なども入ってきます。それも精査しなければなりません。
よりよい情報とよりよい連携を大切にしながら「命を守る」という軸がぶれないようにすることの大切さを改めて感じました。


今日は、学校の点検と明日の市中学校一斉学校公開日の対応を決めていきました。

また、校区内も回りました。

学校公開日では、講演の2つのスパンの講師の方々とも連絡を取りました。機動力もある対応で、明日は、来校して下さるということになりました。


1つのスパンの講師の方は、今日、こちらに泊ってくれるということです。感謝です。


1日が充実して過ごせるように願っています。早く梅雨が明けることを願っています。



早く梅雨が明けることを今日は、みなさんで祈りましょうね。

「思い出の校庭の石碑の由来」

2018年05月10日 | Weblog
ちょっと、昨日の続きです。

今日、卒業アルバムには、今はあまり見受けられませんが、かつては、卒業写真を校庭の石碑の前で映ったものが多いです。
少しふるさとの歴史の勉強を。


1965年、昭和40年のふるさとの歴史を少しひもどきます。

○耶馬溪村から耶馬溪町へと町制が施行されました。
○耶馬溪中学校・津民中学校・下郷中学校・山移中学校の4校が統合されて耶馬溪中学校となり、現在の地に校舎が建てられました。


昭和40年は、ふるさとも変革期の中にありました。村が町へ。4つの中学校が1つに・・・。すごい変化。
 



40年前の学校

では、この石碑ってなんだ?「かったかくん」が中学生の時もありました。1965年、昭和40年にタイムスリップをします。


「昭和40年、下郷地区の江藤湖藤太氏が浄財、480万円を奨学金として町へ寄付をしました。それから江藤奨学金制度ができました。」

40年前の卒業生



その利子で高等学校に在学する生徒に対して、人材育成を目的として奨学金が活用されました。
奨学生は、毎学年末、学業成績表を教育委員会に提出したりする義務もありました。多くの生徒が学びを求めてこの奨学金を利用していきました。

「かったかくん」のときも「江藤奨学金」制度がありました。
 


現在の石碑

江藤氏は、この奨学金制度を確立しただけでなく、小中学校の学校環境整備に尽力されています。ふるさとの子どもたちの将来のことを大事にしてくれていました。


江藤氏の素晴らしい行動に対しての偉業をたたえて、3年後の1968年、昭和43年3月に江藤湖藤太氏の石碑の除幕式が行われています。


前の校舎

今のテニスコートの近くにある石碑。たぶん、生徒たちは、このことを知らないと思います。
また近いうちに生徒にこのことを改めて伝えたいと思います。



現在の石碑


中津市と下毛郡が合併されてからは、この奨学金制度も各種奨学金と合わせて、中津市奨学資金となっています。

いろんな歴史の中で、子どもたちは故郷で生きています。いろんな角度からふるさとの子どもたちを大切にしていく活動が展開していきたいものです。

将来を託す子どもたちを育てていきたいです。
今日もそんな話し合いが昼から行われました。



子どもたちには、たくましく心も体も学びも育っていって欲しいです。

「出発(PTA総会)を感じ・・・終わり(卒業アルバム)を感じ」

2018年04月20日 | Weblog
朝の生徒たちのあいさつに元気をもらいながら、一日を過ごします。
学校では一止一礼に取り組んでいます。いつものあいさつ運動に立つ場所は、今、いろんな方が立っています。
 


生徒たちも立った人もお互いが気持ちのいいあいさつを交わしています。「あいさつは、コミュニケーションの基本」とよく言われますが、生徒たちもあいさつの習慣を身につけてきています。
 



今日は、出発と終わりの両方を感じた時間がありました。
終わりってなんだ?・・・3年部の先生方は、もう卒業のことなどを考えて取り組みをしています。


中学校生活の終わりをイメージしての取り組みです。
 


それは、卒業アルバムです。


今日は、卒業アルバム用の職員写真の撮影がありました。
早くも卒業アルバムの企画が進められているのです。


また今は高校から、いろんな先生方がやってきます。その対応を受験のことも考えながら、3年部の先生と一緒に行っています。


早いものです。年度の初めから終わりのことを考えて、計画的にいろんな取り組みが始まっているのです。
 



そして、午前中は、学校公開日。午後から学年初めのPTA総会がありました。



PTA活動が本格的に始動しました。

夜は、市のPTA連合会の会議。これも総会に向けての会議です。


始動・・・学校だけでなく、市でもPTA活動がスタートしました。



出発の中でも終わりを感じながら、いろんな取り組みがあります。そして、あっという間に1年が回転をしていきます。

ネモフィラが可憐で・・・ふるさとを飾る

2018年04月07日 | Weblog
今日の夕方、青の洞門のところを通ると、「ネモフィラ」が咲いているのに気づきました。
雨に濡れたネモフィラが可愛く咲いていました。
 
ネモフィラってどんな花?
 
 

『ネモフィラは北アメリカ原産の一年草です。春に、繊細な茎の先から可憐な丸みをおびた青い花を咲かせます。多肉質の茎は繊毛があります。葉はよく分枝し、地面を這うように茂ります。

群生すると小花が咲き溢れてまるで絨毯のようになります。

青い花の中心が白いその花姿から英語では「Baby blue eyes(赤ちゃんの青い瞳)」と呼ばれています。』

 

そっか、1年草なのか。田植えのために、田植え前まで美しく青の洞門が彩られます。
 

そして、ネモフィラの花ことば。いろいろありますが、2つ紹介。

 

『まずは、「どこでも成功」という花言葉。仕事でも学業でも、何か挑戦しようとしている人に贈ると良い言葉です。
また、引っ越しや転勤などで新たな環境に挑戦する人にも適した花言葉です。
縁起が良い言葉なので、喜ばれることでしょう。

そして、「可憐」という花言葉。可憐はかわいらしいというニュアンスの意味なので、女性にピッタリです。
特に未成年の女の子にピッタリの言葉です。』


  


可憐で、どこでも成功するように、ぜひ、時間があるときに、青の洞門を訪れてみてください。
これからゴールデンウィークにかけて、青の絨毯が広がっていくと思います。
 

 
そして、冠石野の桜並木のところを通ってみました。ほとんど桜は散っていましたが、「粘って咲き続けるぞ。」というような木もありました。山国川を覆うように咲いていました。
 
梅の花、桜の花・・・と続いて、これからどんな花がふるさとに咲き誇っていくのでしょうか。
 


春の空気が流れる中で、月曜日は、始業式。
そして、入学式。火曜日は、高校。水曜日は、中学校。木曜日は、小学校となります。
 


春もどんどんと活気が出てきます。

「桜の花を感じながら」

2018年03月29日 | Weblog
校舎から外の景色を見ると、今日も桜の花が美しく咲き誇っていました。

外に出ると、時折春の風に吹かれて、桜吹雪となっていました。夕方行ってみました。だれもいない教室が何となくピンクがかっていました。

いい季節です。
 

今日、ある方にお会いした時に、
「春になって、病気をしている家族も、今日は、散歩をしたんですよ。」
とうれしそうに話をしてくれました。
 


長い寒い冬が終わり、春の季節は、心だけでなく体にもエネルギーを与えてくれるようです。話を聴きながら、こちらもうれしさを感じました。
 

そんな中、学校にもほのぼのとしたものや、寂しさやちょっと緊張した空気も流れます。この季節、花だけでなく、いろんな感情が一番咲いていくような気がします。
 


明日は、離任式です。転任する先生のところにあいさつに来る人もあります。
「お世話になりました。」
と、話をする方が訪れます。
 


お世話になった先生に感謝をしながら、話が進んでいく姿を見ます。こういったお互いの信頼関係にほのぼのとしたあたたかさを感じます。
 


また新しく赴任される先生方が引き継ぎに来られます。今日は、教頭先生が来られていました。


新しく来られる教頭先生に引き継ぐことをまとめていたものをもとに、話をしたり、学校の中を案内したりしていました。

新しく赴任される先生も緊張感があります。
 

だれもが「リセット」の時期です。クラス担任の先生も生徒もだれもが、年度初めは、過去を求めがちになります。


初対面のわずかな日数より、1年間過ごしてきた365日のつきあいを懐かしく思います。そこにしがみつきになります。

人の関係性の密度が違います。

「今までがよかった。」
と年度初めは特に、過去を求めがちになりますが、時間が密度を高めてくれます。
 

「チェンジ」は「チャンス」の季節なのかも知れません。
 


今日は、閉校式を終えた山移小学校にも行きました。先生方は残務整理に追われていました。来月には、プレハブの校舎も解体するそうです。
確実に役割を終えたさみしさを感じます。



年度終わり、年度初め・・・感情の枝に「喜び」「楽しさ」「悲しみ」「寂しさ」「とまどい」などのいろんな心を咲かせます。



今日の帰りに、暗くなって、教頭先生と
「こうして一緒に車で連なって帰るのも最後だね。」
と言いながら、帰途につきました。

いよいよ明日は離任式です。

「下郷映画祭」

2018年03月21日 | Weblog
雨が続きます。
川の水も春を運ぶというより、増水して濁って流れていきます。

九州北部豪雨の復旧工事を河川で行っていますが、工事に影響が出なければいいと思います。
 

災害があった故郷ですが、いろんなところで盛り上げる取り組みが行われています。
 

一昨日は、「馬溪橋周辺観光周遊看板」の除幕式が行われました。

馬渓橋周辺も2012年そして、2017年の九州北部豪雨の災害で風景が一変しました。

復旧していく中で、周辺の家もなくなりました。寂しく感じます。

これから馬渓橋を起点として、ぶらりと歩きながらの観光スポットにしていきます。
中津南高校耶馬溪校の生徒たちが、「馬溪橋周辺観光周遊看板」の原案を作ってくれました。


その除幕式です。

少しでも地域の活性化につながっていけばと思います。
 


そして、今日は、下郷映画祭に行きました。初めての参加です。行きたいと思っていましたが、機会を逃していました。
雨の中でしたが、たくさんの人が下郷公民館に詰めかけていました。


ここも災害があった地域です。

2012年、当時勤務していた学校のPTA会長さんだった木村さんや生徒たちとボランティアに行ったことが歩きながら思い出されます。

コーヒーやケーキ、おもちなどの店もたくさん出ていました。


おもちを腹に入れて、「たね」の映画を見ました。種子を守る重要性を伝えた映画です。
 

1回の映画ですべてを理解することは難しいです。

しかし、原点は、食料は安心・安全なもとで体に入っていかなければなりません。

安心・安全があって、利益の存在があると思います。農薬・化学肥料の問題と合わせながら、よりよい食の文化・時代を創っていきたいものです。
 

今日はオーガニック市場がありました。映画祭も含めて楽しく会話が弾む食文化運動ができていることに素晴らしさを感じました。
 

活弁ライブをみることができなくて残念。また来年味わうことができたらと思います