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[SF] 軌道通信

2011-02-11 22:37:34 | SF
『軌道通信』 ジョン・バーンズ (ハヤカワ文庫 SF)


大人になるための試験を2年後に控えた13歳の少女が、学校の課題でつづり始めた小惑星改造船での日々。学校のこと、家族のこと、そして、船内社会のこと。

地球から転校生がやってきたことを契機に、船内社会の特殊性が明らかになっていく。

疫病(新型エイズ)と戦争で荒廃した地球と、物資に恵まれた軌道上の惑星船。主人公の少女の閉じられた眼を、転校生の存在が開き始める。最初はそういう話なのかと思った。

しかし、転校生の強烈な反撃と地位の逆転から、意外な展開が始まる。これもまた嫌展開ないじめの話なのだが……。

アメリカにはスクール・カーストと呼ばれる身分制度があるらしい。その頂点はフットボール部のクォーターバックとチアガールである。日本で言うと、野球部のキャプテンとマネージャーか。こういう地位が、惑星船内の教室では明確になっていて、この地位を下げることをpd(push down)なんていう略語で読んでしまう。すべての成績順位は明確で、生徒たちはそれらを意識して学生生活を送っている。

特筆すべきは、それらは過酷な競争社会とか詰め込み教育とかに繋がらないところだ。生徒たちはその地位にしたがって協力し、全体のために努力することができる。pdされることは悔しいけれど、相手を認めて恨んだり陥れようとしない。

特徴的な言葉といえば、“正値”というのも気になった。これはたぶん“true”なんだろうな。船内の学校でCSL(サイバネティクス、記号論、論理学)なる科目が重要視されていることが影響しているんだろう。CSLが具体的にどんな科目なんだかはよくわからないけど。プログラミングかなんかなのか?

さて、最初の方で悲惨な地球の境遇というのが強調されるので、勘違いしてしまうのだが、惑星船も消して余裕のある生活ができているわけではない。貨幣のかわりに“選択権”が使われるのも、そのひとつの象徴だろう。

子供たちが個人の競争よりも全体最適を無意識に目指す(=条件付けられている)というのも、このことが影響しているのだと考えられる。惑星船は物資も限られ、ひとつ間違えば死の真空と隣り合わせの過酷な社会のはずだ。

この環境で子供を育てるために、惑星船の大人たちはある計画を立てる。それは確かに、子供の権利とかなんとかを考えればおかしなことなのかもしれない。しかし、彼らが生き延びるために必要だったことと考えれば、惑星船の未来の過酷さが際立ってくる。

そこで、あの個人主義な転校生が成長でき、気がおかしいと言われながらもドーム外でも生き延びられる地上との違いがはっきりとし、最初の印象がひっくり返る。

少女の成長と、学校でのいじめを描いたジュブナイルかと思いきや、環境が社会を規定するという硬派なSFだったというのが意外な一冊。



残念ながら、目録落ち、ですかね。



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